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第五章
衆愚政治
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始業式の放課後。黒板には文化祭の出し物案がずらりと並べ立てられていた。喫茶店、お化け屋敷、研究発表、演劇、合唱などがそこには書かれていた。とはいえどれも匿名投票によって提案されたものだ。
皆なんとなくやりたいことを書きつけただけで、深い考えがあるわけじゃないと思う。
さすがにこのまま多数決をとってもしょうがないと思ったのだろう。クラス委員の安部さんから周りの人と話し合ってくださいという指示が出される。だがまとまる様子はちっともない。
先輩が後ろから喜々として囁く。
「よく見ておきなさい。これが衆愚政治よ」
「そんなこと言って先輩も真面目に話し合う気なんてちっともないじゃないですか」
「じゃあ何か名案でもあるの?」
先輩の皮肉になんとか答えようとしたが僕だって特にやりたいことがあるわけじゃない。
周りを見渡してみても、相変わらず皆ペチャクチャとおしゃべりしているだけだ。そういうわけでクラスの中で議論が深まる様子は見られなかった。
それなのに高橋先生はちっとも苛立つ様子はなくてむしろどこか楽しげだ。やれやれとつぶやきながら嬉しそうに教壇に立った。
「大切なのは何に決めるかじゃなくてどうやって決めるかだ。まあ適当に決めたって困ることはないかもしれん。でもそれで本当にいいのかもうちょっと考えてみないか。とりあえず一週間やるから案を練ってみよう」
先生が教室から退出すると次々と不満の声が漏れた。
「先生はああいうけどさ~実際早く決めないとまずくない?」
「そりゃ、さっさと決めたほうが準備に取り掛かれるからなあ」
「部活があるからそんなに手伝えないしなあ」
そんな声をかき消すように安部さんは皆を仕切る。適当に席が近い人達でグループを分け、来週の月曜日に企画を提出するようにお願いした。
さっそく僕のグループでも話し合いが始まったがやはりあまりやる気のある人はいないようだ。先輩に至ってはやる気の無さを隠そうともしないので清々しいぐらいだった。
名案が出ないまま今日の分の話し合いが終わると黒板を眺めながら考え込んでいる安部さんに声を掛けた。
「大変だね、クラス委員」
安部さんはこちらを振り返る。スカートが綺麗に真円を描いて回転する。ヒラリという擬態語がピッタリ合いそうだった。
「本当だよ。文化祭実行委員がやってくれるのは実行委員会との折衝だけ。横光君は板書してくれるけどあんまり仕切ってくれないし。塾があるからってもう帰っちゃたしね」
横光というのは安部さんと一緒にクラス委員を務めている男子だ。痩せ型で眼鏡をかけていて、いかにも優等生という印象を受ける。物静かで別に嫌味な感じはしないが。先輩よりはやや劣るが成績優秀者として掲示板に名を連ねていたような気がする。
「ところで安部さんは何がやりたいの?」
「私は……。劇がやりたいかな」
そう言えば黒板にも書かれていた。安部さんのアイデアだったのか。
「どうして?」
安部さんが微笑む。
「受験の前、つまり一年前にねこの高校の文化祭を見に来たの。そこで劇を見て凄く面白かったから。あと自分の書いた小説を皆が演じたら面白いかなって。凄い個人的な理由だけどさ」
「僕は良いと思うよ。思い入れがあって。もっとも自分は劇なんてまともに見たことはないけど」
僕の言葉に安部さんは元気を得たようだった。そこで彼女は先輩と那須を呼んで劇のことを説明し始めた。唐突な展開に何が始まるのやら分からず困惑する。表情を見る限り先輩と那須も同じようだった。
一通り説明し終えたあとで安部さんは本題を切り出した。
「主役を先輩と那須君にやってもらいたいなって。もちろん他に主役をやりたい人が出てきたら抽選なり選考なりしなきゃいけないけど」
「どうして俺なんだ」
当然の疑問を口にする那須。先輩も同じような言葉を口にする。
安部さんは真面目な顔で答える。
「なんていうのかな、一言で言うと主役のイメージにピッタリなんだよね。二人が」
僕は思わず横から口を挟む。
「先輩はともかく那須は部活があるんだから無理だろう」
その言葉に反して那須はこう言った。
「まあ出来なくないこともない」
安部さんが食いつく。
「本当に?」
「週一で休みがあるからな。それに部活が終わってから学校全体が閉まるまでにタイムラグがあるし。まあ一時間も出来ないだろうけど。せいぜい三十分ぐらいか」
すぐに安部さんが言葉を返す。
「それで大丈夫だよ」
那須は息を深く吸ったあと安部さんを見据えていった。
「だけど本当にこれでいいのか? うちのクラスには安部以外にやる気があるやつはいなさそうだ。だから提案はあっさりと通るかもしれない。でも他の奴らや俺にとってはどういう意味があるんだ。安部は自分の小説を演じもらって嬉しいだろうけどさ」
安部さんは黙ってしまった。
見かねて横から口出しする。
「そんな言い方ってないだろ」
那須は頭を掻きながら素直に謝る。
「悪い。なんか安部を責めてるみたいな言い方になったな。忘れてくれ。協力するよ」
安部さんは笑顔だけど、ちょっと厳しさの混じった顔で答える。
「ううん、那須の言うことも分かるよ。自分なりに考えてみる」
これまで僕達の会話を黙って聞いていた先輩が割り込んできた。
「私も引き受けると言ったわけじゃないのだけれど」
「どうせ暇でしょ」
僕が指摘すると先輩はちょっと不満気な顔をしたが結局引き受けることを了承した。
次の日、登校するなり安部さんは那須の席に向かっていった。鞄を置くこともせずに。どんな答えを用意してきたのだろうかと聞き耳を立てる。
「一日考えてみたんだけどね、よく分からなかった」
那須は笑っていた。遠くで聞いている僕まで率直な物言いに笑ってしまう。
安部さんは那須に構わずに言葉を続ける。
「でも他にクラスの皆がやりたいことがあるならしょうがないけどそういうわけでもないでしょ。私が引っ張っていくうちになんだかんだ皆のやる気がでるかもしれないし」
それから彼女は那須を真剣な眼差しで見つめる。
「私わがままかな?」
「俺は安部のそういう素直で開き直った所好きだよ」
安部さんは頬を赤らめて固まってしまった。
那須は慌てることなく誤解を解こうとする。
「そういうことじゃなくて友達としてってことだよ」
「だ、だよねー」
だけど安部さんは頬を赤らめたままだ。僕は彼女が那須が好きなのではないかと密かに思う。雷鳴の日、僕からの問いかけに彼女が口にした答えが蘇った。
安部さんがひとりひとり人数を数えている。書記の横光が出し物と投票数を書き写していく。今日は月曜日。一通り発表がなされたあとで投票が行われたのだ。過半数をとった案はなく投票は分散していた。
一位を取ったのは売店。学校全体で売店の数は決められ場合によっては抽選がある。なので必ず認められるとは限らないが最も楽な出し物の一つだろう。当日は忙しいがほとんど準備が必要ないからだ。
横光が心配そうな顔をして先生に伺いを立てる。
「でも売店とかあんまり良くないですよね。もっと皆で力を合わせたみたいな出し物がほうがいいですよね」
「基本的に何をやるかはお前らの自由だよ。売店はもちろんオッケーだ。去年なんてアニメか漫画かなにかのコスプレして踊ったクラスもあったな、あれは笑った」
先生がそう答えると安部さんは堪え切れずに笑っていた。さらには
「オタ芸かよ。気持ちわりー」
などと調子のいい男子生徒が囃し立てて皆も笑う。
それは置いといて売店という案が有力になってきた。投票で一位に加えて先生からお墨付きを得たのだ。それに対して二番目の票を獲得した案は演劇だった。横光が黒板を見てから皆に呼び掛ける。
「どれも半数を超えてないので決選投票して決めましょうか。一位と二位で」
安部さんがその言葉を制した。
「その前にもう一回説明していい? さっきはあんまり時間なかったから」
横光は意外そうな顔をしたが、断る理由もないのだろう。結局了承した。まずは売店の方からということになった。
「えーっと、売店はさっきも言ったように楽だしさ。物を売るって楽しそうじゃん」
そこで説明役の男子生徒の口は止まってしまった。
「それだけかよ」
からかいの声が飛ぶ。説明役の生徒がニヤつき、クラス中で笑いが起こった。
次は劇の、安部さんの番だ。
先ほど安部さんはどうやって劇をやるのかについて最低限の説明をした。それに対して今回は何故自分が劇をやりたいのかという動機について語り始めた。
クラスの皆はその話を黙って聞いていた。
話がひと通り終わるとクラスの皆から疑問が湧き出てきた。
「だいたいさ登場人物って数人ぐらいでしょ。やることない人も出てきちゃうんじゃないの」
「そんなこと無いよ。役者以外にも照明とか音響とか大道具とか衣装とかあるから。それに部活があるからクラスの出し物に参加しない人も多いじゃん」
安部さんは一つ一つに誠実に着実に答えようとする。一段落したところで横光が決を採る。
「じゃあ売店か劇かどちらかを選んで挙手してください。まずは売店から」
結果は明らかだった。おおよそ四分の一ぐらいしか売店に挙げていない。劇の人数を数える必要もない。熱意が伝わったのだろう。僕はなんだか嬉しくなった。
「じゃあ早速、役割の希望を聞きたいんだけど。まずは役者をやりたいって人から」
すぐに先輩と那須が手を挙げる。那須はともかく先輩は意外だったのだろう。クラスの皆が先輩の方を見る。
かなりの時間が経ってから自信なさげに一人の生徒が手を挙げる。
「まあ主役とかじゃなきゃいいかな。芝居なんてしたことないからやってみるのも面白そうだし」
その後パラパラと手が挙がっていく。そこまでやる気があるという風には見えないが、曖昧にせよ自分の意志で立候補する人が出てきたのは大きな前進だろう。そのあと他の役割の希望もとったうえでその日の話し合いは終わった。
席に戻った安部さんに声を掛ける。
「すごいすらすらと受け答えしてたね。もうかなり調べ終わってるの」
「実はそんなことないんだけどね」
僕が詳しく尋ねると安部さんは取り繕うようにバツの悪い顔で弁解する。
「もちろんインターネットとか本とかで調べてるけどちょっと良く分からないところもあるから」
それから彼女は僕から顔を背ける。
「演劇に詳しい人が誰か教えてくれたらいいのにな」
とんでもなく都合のいい事を言う。うちの学校には演劇部がないからあまり演劇に詳しい人はいないのではないかと思う。とはいえそういう人が来てくれるに越したことはない。
安部さんはクラスの人に知り合いにそういう人がいないかと聞いていたが誰も手を上げるものはいなかった。
文芸部の部室で彼女は愚痴のように呟く。
「高橋先生にも聞いたんだけどね。いるにはいるけど忙しそうだから無理だって」
挙句の果てには部長にまで聞き始める。
部長はノーパソから目を離さないまま答える。
「いるよ」
あまり期待していなかったのだろう、安部さんは本当なのか聞き返していた。僕が詳しく尋ねると部長が意外そうな声を挙げる。
「杉山には話したと思うけどなあ」
「覚えてなんですけどいつのことですか」
部長は呆れ顔で答える。
「夏休みに皆で北海道に行った時だよ。夜に話しただろ。文芸部のOB、いや女性だからOGか、に演劇好きがいるって」
記憶が微妙に蘇ってくる。完璧に忘れていた。恥ずかしい。
「もっとも連絡してみないと来てくれるかどうか分からない。だからあまり期待しないように」
部長は早速スマホを操作し始めた。
皆なんとなくやりたいことを書きつけただけで、深い考えがあるわけじゃないと思う。
さすがにこのまま多数決をとってもしょうがないと思ったのだろう。クラス委員の安部さんから周りの人と話し合ってくださいという指示が出される。だがまとまる様子はちっともない。
先輩が後ろから喜々として囁く。
「よく見ておきなさい。これが衆愚政治よ」
「そんなこと言って先輩も真面目に話し合う気なんてちっともないじゃないですか」
「じゃあ何か名案でもあるの?」
先輩の皮肉になんとか答えようとしたが僕だって特にやりたいことがあるわけじゃない。
周りを見渡してみても、相変わらず皆ペチャクチャとおしゃべりしているだけだ。そういうわけでクラスの中で議論が深まる様子は見られなかった。
それなのに高橋先生はちっとも苛立つ様子はなくてむしろどこか楽しげだ。やれやれとつぶやきながら嬉しそうに教壇に立った。
「大切なのは何に決めるかじゃなくてどうやって決めるかだ。まあ適当に決めたって困ることはないかもしれん。でもそれで本当にいいのかもうちょっと考えてみないか。とりあえず一週間やるから案を練ってみよう」
先生が教室から退出すると次々と不満の声が漏れた。
「先生はああいうけどさ~実際早く決めないとまずくない?」
「そりゃ、さっさと決めたほうが準備に取り掛かれるからなあ」
「部活があるからそんなに手伝えないしなあ」
そんな声をかき消すように安部さんは皆を仕切る。適当に席が近い人達でグループを分け、来週の月曜日に企画を提出するようにお願いした。
さっそく僕のグループでも話し合いが始まったがやはりあまりやる気のある人はいないようだ。先輩に至ってはやる気の無さを隠そうともしないので清々しいぐらいだった。
名案が出ないまま今日の分の話し合いが終わると黒板を眺めながら考え込んでいる安部さんに声を掛けた。
「大変だね、クラス委員」
安部さんはこちらを振り返る。スカートが綺麗に真円を描いて回転する。ヒラリという擬態語がピッタリ合いそうだった。
「本当だよ。文化祭実行委員がやってくれるのは実行委員会との折衝だけ。横光君は板書してくれるけどあんまり仕切ってくれないし。塾があるからってもう帰っちゃたしね」
横光というのは安部さんと一緒にクラス委員を務めている男子だ。痩せ型で眼鏡をかけていて、いかにも優等生という印象を受ける。物静かで別に嫌味な感じはしないが。先輩よりはやや劣るが成績優秀者として掲示板に名を連ねていたような気がする。
「ところで安部さんは何がやりたいの?」
「私は……。劇がやりたいかな」
そう言えば黒板にも書かれていた。安部さんのアイデアだったのか。
「どうして?」
安部さんが微笑む。
「受験の前、つまり一年前にねこの高校の文化祭を見に来たの。そこで劇を見て凄く面白かったから。あと自分の書いた小説を皆が演じたら面白いかなって。凄い個人的な理由だけどさ」
「僕は良いと思うよ。思い入れがあって。もっとも自分は劇なんてまともに見たことはないけど」
僕の言葉に安部さんは元気を得たようだった。そこで彼女は先輩と那須を呼んで劇のことを説明し始めた。唐突な展開に何が始まるのやら分からず困惑する。表情を見る限り先輩と那須も同じようだった。
一通り説明し終えたあとで安部さんは本題を切り出した。
「主役を先輩と那須君にやってもらいたいなって。もちろん他に主役をやりたい人が出てきたら抽選なり選考なりしなきゃいけないけど」
「どうして俺なんだ」
当然の疑問を口にする那須。先輩も同じような言葉を口にする。
安部さんは真面目な顔で答える。
「なんていうのかな、一言で言うと主役のイメージにピッタリなんだよね。二人が」
僕は思わず横から口を挟む。
「先輩はともかく那須は部活があるんだから無理だろう」
その言葉に反して那須はこう言った。
「まあ出来なくないこともない」
安部さんが食いつく。
「本当に?」
「週一で休みがあるからな。それに部活が終わってから学校全体が閉まるまでにタイムラグがあるし。まあ一時間も出来ないだろうけど。せいぜい三十分ぐらいか」
すぐに安部さんが言葉を返す。
「それで大丈夫だよ」
那須は息を深く吸ったあと安部さんを見据えていった。
「だけど本当にこれでいいのか? うちのクラスには安部以外にやる気があるやつはいなさそうだ。だから提案はあっさりと通るかもしれない。でも他の奴らや俺にとってはどういう意味があるんだ。安部は自分の小説を演じもらって嬉しいだろうけどさ」
安部さんは黙ってしまった。
見かねて横から口出しする。
「そんな言い方ってないだろ」
那須は頭を掻きながら素直に謝る。
「悪い。なんか安部を責めてるみたいな言い方になったな。忘れてくれ。協力するよ」
安部さんは笑顔だけど、ちょっと厳しさの混じった顔で答える。
「ううん、那須の言うことも分かるよ。自分なりに考えてみる」
これまで僕達の会話を黙って聞いていた先輩が割り込んできた。
「私も引き受けると言ったわけじゃないのだけれど」
「どうせ暇でしょ」
僕が指摘すると先輩はちょっと不満気な顔をしたが結局引き受けることを了承した。
次の日、登校するなり安部さんは那須の席に向かっていった。鞄を置くこともせずに。どんな答えを用意してきたのだろうかと聞き耳を立てる。
「一日考えてみたんだけどね、よく分からなかった」
那須は笑っていた。遠くで聞いている僕まで率直な物言いに笑ってしまう。
安部さんは那須に構わずに言葉を続ける。
「でも他にクラスの皆がやりたいことがあるならしょうがないけどそういうわけでもないでしょ。私が引っ張っていくうちになんだかんだ皆のやる気がでるかもしれないし」
それから彼女は那須を真剣な眼差しで見つめる。
「私わがままかな?」
「俺は安部のそういう素直で開き直った所好きだよ」
安部さんは頬を赤らめて固まってしまった。
那須は慌てることなく誤解を解こうとする。
「そういうことじゃなくて友達としてってことだよ」
「だ、だよねー」
だけど安部さんは頬を赤らめたままだ。僕は彼女が那須が好きなのではないかと密かに思う。雷鳴の日、僕からの問いかけに彼女が口にした答えが蘇った。
安部さんがひとりひとり人数を数えている。書記の横光が出し物と投票数を書き写していく。今日は月曜日。一通り発表がなされたあとで投票が行われたのだ。過半数をとった案はなく投票は分散していた。
一位を取ったのは売店。学校全体で売店の数は決められ場合によっては抽選がある。なので必ず認められるとは限らないが最も楽な出し物の一つだろう。当日は忙しいがほとんど準備が必要ないからだ。
横光が心配そうな顔をして先生に伺いを立てる。
「でも売店とかあんまり良くないですよね。もっと皆で力を合わせたみたいな出し物がほうがいいですよね」
「基本的に何をやるかはお前らの自由だよ。売店はもちろんオッケーだ。去年なんてアニメか漫画かなにかのコスプレして踊ったクラスもあったな、あれは笑った」
先生がそう答えると安部さんは堪え切れずに笑っていた。さらには
「オタ芸かよ。気持ちわりー」
などと調子のいい男子生徒が囃し立てて皆も笑う。
それは置いといて売店という案が有力になってきた。投票で一位に加えて先生からお墨付きを得たのだ。それに対して二番目の票を獲得した案は演劇だった。横光が黒板を見てから皆に呼び掛ける。
「どれも半数を超えてないので決選投票して決めましょうか。一位と二位で」
安部さんがその言葉を制した。
「その前にもう一回説明していい? さっきはあんまり時間なかったから」
横光は意外そうな顔をしたが、断る理由もないのだろう。結局了承した。まずは売店の方からということになった。
「えーっと、売店はさっきも言ったように楽だしさ。物を売るって楽しそうじゃん」
そこで説明役の男子生徒の口は止まってしまった。
「それだけかよ」
からかいの声が飛ぶ。説明役の生徒がニヤつき、クラス中で笑いが起こった。
次は劇の、安部さんの番だ。
先ほど安部さんはどうやって劇をやるのかについて最低限の説明をした。それに対して今回は何故自分が劇をやりたいのかという動機について語り始めた。
クラスの皆はその話を黙って聞いていた。
話がひと通り終わるとクラスの皆から疑問が湧き出てきた。
「だいたいさ登場人物って数人ぐらいでしょ。やることない人も出てきちゃうんじゃないの」
「そんなこと無いよ。役者以外にも照明とか音響とか大道具とか衣装とかあるから。それに部活があるからクラスの出し物に参加しない人も多いじゃん」
安部さんは一つ一つに誠実に着実に答えようとする。一段落したところで横光が決を採る。
「じゃあ売店か劇かどちらかを選んで挙手してください。まずは売店から」
結果は明らかだった。おおよそ四分の一ぐらいしか売店に挙げていない。劇の人数を数える必要もない。熱意が伝わったのだろう。僕はなんだか嬉しくなった。
「じゃあ早速、役割の希望を聞きたいんだけど。まずは役者をやりたいって人から」
すぐに先輩と那須が手を挙げる。那須はともかく先輩は意外だったのだろう。クラスの皆が先輩の方を見る。
かなりの時間が経ってから自信なさげに一人の生徒が手を挙げる。
「まあ主役とかじゃなきゃいいかな。芝居なんてしたことないからやってみるのも面白そうだし」
その後パラパラと手が挙がっていく。そこまでやる気があるという風には見えないが、曖昧にせよ自分の意志で立候補する人が出てきたのは大きな前進だろう。そのあと他の役割の希望もとったうえでその日の話し合いは終わった。
席に戻った安部さんに声を掛ける。
「すごいすらすらと受け答えしてたね。もうかなり調べ終わってるの」
「実はそんなことないんだけどね」
僕が詳しく尋ねると安部さんは取り繕うようにバツの悪い顔で弁解する。
「もちろんインターネットとか本とかで調べてるけどちょっと良く分からないところもあるから」
それから彼女は僕から顔を背ける。
「演劇に詳しい人が誰か教えてくれたらいいのにな」
とんでもなく都合のいい事を言う。うちの学校には演劇部がないからあまり演劇に詳しい人はいないのではないかと思う。とはいえそういう人が来てくれるに越したことはない。
安部さんはクラスの人に知り合いにそういう人がいないかと聞いていたが誰も手を上げるものはいなかった。
文芸部の部室で彼女は愚痴のように呟く。
「高橋先生にも聞いたんだけどね。いるにはいるけど忙しそうだから無理だって」
挙句の果てには部長にまで聞き始める。
部長はノーパソから目を離さないまま答える。
「いるよ」
あまり期待していなかったのだろう、安部さんは本当なのか聞き返していた。僕が詳しく尋ねると部長が意外そうな声を挙げる。
「杉山には話したと思うけどなあ」
「覚えてなんですけどいつのことですか」
部長は呆れ顔で答える。
「夏休みに皆で北海道に行った時だよ。夜に話しただろ。文芸部のOB、いや女性だからOGか、に演劇好きがいるって」
記憶が微妙に蘇ってくる。完璧に忘れていた。恥ずかしい。
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