転生したら王子だった〜元腐女子が悪役令嬢を溺愛する話〜

ケポリ星人

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〈第二話〉

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 ナイトハルトは、リリー夫人に応接室まで引っ張られて行く途中、突然響いた甲高い怒号にギョッとして振り返る。

「こんなことも出来ませんの?!」

「申し訳ありません!」

 ナイトハルトが声のした方、カルデラ家の庭へと視線を向けると、ふわっとした金髪の小さな女の子の後ろ姿と、その女の子に向かってひたすらに頭を下げるメイドの姿が見て取れた。

「貴方の所為でこんな髪型になっちゃったじゃない!!」

「リジー!」

 リリー夫人が慌てて声をかけ、頬が若干赤くなった涙目の少女がくるっとこちらを振り向く。

 あぁ、成る程……

 現ナイトハルトは納得する。
 ゲーム内で、割と何でも出来て当たり前だった氷の様に冷たい目を持つ美丈夫、ナイトハルトは、この時リジーを「我儘な女性」「うるさい女性」として認識してしまったのだろうと。
 そして同時に現ナイトハルトは思う。

 これは、お父さん、心配するわ……

 リジー・カルデラは、とても可愛らしい御令嬢だった。
 軽く紅くなった頬と、潤んだ瞳、多少崩れた髪がまた彼女の可愛らしさを引き立てる。
 実は計算されていたんじゃないかと疑いたくなるくらいのその容貌に、ナイトハルトは、しばし我を忘れて見惚れた。

 リジーは、若干紅くなってしまった顔を、更に紅くしてこちらを見る。
 そして、ジリジリと後ろに引き下がり、くるっと後ろを振り返ると、脱兎の如く走り出した。

「待って!」

 ここで追いかけないのは紳士としての矜持に関わる云々とか以前に、泣いている女の子を放っておくことなど出来ない。
 ナイトハルトは、リジーの後を追いかけた。








 ※

 ナイトハルトは途中で一度リジーを見失い、とりあえず見失った周辺の人が隠れやすそうな場所を探す。

「ひっく、ひっく……」

 小さな泣き声を頼りに、音を立てない様に近づくと、草むらの影で泣いているリジーを見つけた。
 リジーが、ナイトハルトに気付く。

「待って、逃げないで」

「でも……こんな髪型じゃ……」

 ナイトハルトは、おもむろに自分の髪をくしゃくしゃにする。
 リジーが、びっくりして目を丸くする。

「ほら、これでお揃い。恥ずかしくないよ?」

 リジーが、しぱしぱと瞬きをする。
 ナイトハルトがそっと語り掛ける。

「初めてまして、私はナイトハルト・セフィラス」

 リジーが、慌てて立ち上がり、スカートの裾を摘んで、上手に挨拶をする。

「リジー・カルデラでございます……」

「宜しくね、リジー。確かに少し乱れてはいるけれど、とても綺麗なブロンドだね」

 リジーは、カァァと顔を紅くする。

「そそその……ありがとうございます」

 リジーが、じっとナイトハルトを見つめる。

「? ……どうしたの?」

「いえっ! ナイトハルト様は、もっと冷たいお方だと思っていましたので……」

「えっ、どうしてまた……」

「それは……有名な話しですわ。ただ淡々と全てのことを器用にこなし、普段全くその表情を変える事のない、掴み所の無い氷雪の貴公子と……」

 何という前評判を得ているんだ私は……

「へぇぇ、全く知らなかった……」

「噂は、社交界に出て行く上で大事ですのよ?」

 リジーが立ち上がり、ナイトハルトの腕を引っ張る。

「その御髪で人前に出るのは、次期国王陛下として宜しくありませんわ!」

 ナイトハルトは、リジーに引っ張られて草むらを出ようとするが……

 ズボッ‼︎

 草むらから、おいおいと涙を流し感動するゲオルグ公爵の顔部分だけという非常に強烈な物が現れる。

「パパ、感動しました」

 顔に似合わないぞおっさん!!

 ナイトハルトがあまりの事に心中で叫ぶ。

「ママも感動したわ……」

 木の上からロープを伝ってリリー夫人が現れる。

 どうなってるんだこの家は!!

 ナイトハルトの心中での驚愕とかそんな事はお構い無しにゲオルグ公爵が、同じく草むらから両腕をズボッと出し、ナイトハルトの腕をがっしりと掴む。

「うちの娘を、宜しく頼む……今日から、パパと呼ぶことを許そう……」

 ゲオルグ公爵が鼻をすすり、涙ながらに話すが、ナイトハルトは、若干渋い顔を隠し切れずに言った。

「……せめて、お父さんと呼ばせて下さい」









 ※

 そんなこんなで、無事リジー・カルデラとの婚約を認めて貰えたナイトハルトは、そのあと手厚い……かなり手厚い歓迎を受け、げっそりとした様子で、帰路に着いた。
 辺りはすっかり暗くなり、揺れる馬車の中で、目の前に座っているカイオンに話し掛ける。

「カイオン、氷雪の貴公子って知ってたか?」

「知ってました」

 あっさりと答えるカイオンに一瞬ずっこけそうになるが馬車の中である、そんな事は起こらない。

「……どう、思う? そのままだと思うか?」

「いえ、正直……あまり喋らない方で、表情には出さない方だとは思いますが、氷雪というイメージでは……」

 だよな。

 ナイトハルトは内心ホッとする。

「どちらかというと白銀の貴公子、という方がしっくりくるかと……」

 おおぉぉい!!  カイオォォォン!!

 お前もか、ブルータス。
 そんな言葉がしっくりとくる気分でありながらも、ナイトハルトは、冷静に今日の出来事を分析する。

 リリー夫人が、木の上からロープで現れたのといい、ゲオルグが気配も無く草むらに隠れて居たのといい、カルデラ家は、隠密の家なのかもしれない。
 そう考えればどうだろう、カルデラ家は、表立って重鎮の中に含まれる家では無いが、裏向きには非常に重要なコネクションとなる。
 現王が、婚約者候補の家として上げる……無理矢理リジーとナイトハルトを婚約させようとするのも納得が行く。
 そして、カルデラ家の没落は、現王の退位後、つまり旧ナイトハルトの即位と同時に起こったと考えることが出来る。
 というのも、カルデラ家の能力は、在り方次第では国の脅威となり、リジーを嫌っていた旧ナイトハルトがカルデラ家と上手くやっていたという構図は、想像しずらい。
 旧ナイトハルトが、脅威となる勢力を削る為にカルデラ家を没落させた、そう考えれば、どのルートに進んだとしてもカルデラ家が没落した事の説明が出来る。

 ナイトハルトは思う。

 だとしたら、カルデラ家の没落に関しては、あまり深く考えない方がいいかもしれない。それならば目下の脅威は……

 ナイトハルトは、カイオンに向き直る。

「カイオン、ピンクの髪の美少女には気を付けろよ」

「何ですかそれ、朝からですよね」

「特に甘い言葉をかけて来たり、やたら純真無垢そうに見えたりする奴には注意だ」

「殿下、カルデラ家の方々に当てられて疲れてしまったんではありませんか?」

 ナイトハルトは、しばし沈黙して考え、そして結論に至る。

 そうかもしれない……








  だが、この時ナイトハルトは知らなかった。
  リジーが熱病にかかることを。
  そしてそれによりリジーの態度が一変してしまうことを。
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