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一章

〈寝室の長兄〉(4)

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(灯台下暗しってね、まさか速攻で次元魔法を使って帰ってきているとは思うまい☆)

 という訳で私と長兄(カミーユ)は現在、母とお茶するいつもの庭に戻って来た。

「人が、空を飛ぶなんて……さっきのあれは、あの蛍の様な光が浮かぶ世界はいったい……」

 長兄が目をパチクリとさせている。

(やっぱ普通の人って空飛ばないんだ……っと、まずは……)

 私は土魔法を解除して長兄の腰から手を離す。

「カミーユ兄様、離して下さい。流石に苦しいです」

 長兄は初めて空を飛んだ恐怖からか私の頭にしっかりとしがみついている。

「は! すみません……って、は!」

 長兄は一瞬手を離しかけるが、付いてきた目的を思い出したのか私の手首をしっかり掴んだ。

「僕の質問にまだ答えて貰ってません! 貴方は何者なのですか!」

 長兄の手がちょっと震えている。

(なんというか、可愛いというより心配が先に来るというか……)

 まさかの、老婆心発動である。

「カミーユ兄様、えーっと、無理はまだなさらない方が……」
「無理なんかじゃありません!」

 長兄が叫ぶ。

(わわ! 人は……いない、よし!)

 私は周囲を確認し、ホッと胸を撫で下ろしてから言う。

「カミーユ兄様、貴方の病気は再発……またぶり返す可能性があるんですよ? それに危ないじゃないですか、こんな危なげな人に付いて来るなんて……」

(自分で危なげな人と言う寂しさよ。私は危なげな人では……いろんな意味で危なげな人だわ。)

 逃亡者、器物破損、誘拐犯などなど、怪しげな肩書きが増えていく。

 長兄は少し俯いてから小さな声で言った。

「……分かっています」

 私は静かに長兄の話を聞く。

「僕は最近、ずっと自分の部屋に居ました」
「時々具合が悪くなり、母様にはいつも心配をかけてきました」
「母様が一生懸命働いて、父様の事で傷ついているのに、仕事一つ手伝う事ができませんでした」
「父様を説得しようとしました、でもそれすらできませんでした」
「でも、それでも僕にだって……僕にだって王族としてのプライドがあるんです!!」

 長兄が叫ぶ。

「皆の役に立ちたい! 僕だって誰かを助けたい! 誰かを守れるくらい強くなりたい!」

 私は押し黙る、長兄の必死さが伝わってくる。

「皆僕に無理するなって言ってくれます! でもいつになったら自分の部屋から出られるんですか! いつになったら僕は母様や父様を助けられる様になるんですか!」

 長兄の声に僅かに涙声が混じる。

「短い人生かもしれません! でも僕だって男の子なんです! ここで何かできる事をしなくてどうするんですか! 今出来る事をやらなくってどうするんですか! 僕にこのまま、自室で寝ていろと言んですか!!」

 長兄に怒鳴られる。

 私は誰かが気づいて駆けつけるかもしれない事さえ忘れ、聞き入ってしまった。

 長兄がキッとこっちを見る。

「話してくれるまで返しません! 貴方が本当に僕の妹かはわからない、でも貴方が僕を攻撃すれば、貴方は本格的にこの国を敵に回す事になる! それは困る筈です!」

(……確かに。)

 電気魔法を使えば振り切る事も出来る、しかし術後数時間しか経っていない14歳の長兄に電気魔法を使いたくはない。

「答えて下さい! 貴方は誰ですか!!」

 長兄の息が若干上がっている、しかし手の震えはもうない。

(こんなに可愛い顔してるのに、中身は男の子なんだな。)

 私はなんだかここで適当に誤魔化してしまうのが失礼に感じた。

(どうせ、近々いなくなるなら、少し位本音を話してもいいか。)

 今の切迫した状況の中、呑気この上ない感想である。

 しかし私は、それが酷く正しい事に感じた。

「いいでしょう、兄様、少しだけ、少しだけ私の話をしましょう」

 私は長兄の方に向き直る。

(私は私の性格を、きっと誤魔化しきれない。いつまでも、私の過去を隠し通す事は出来ない。)

 それは分かっていた。
 分かっていたからこそ、ここから離れたかった。

 きっと自分を認めて今まで通り付き合ってくれる人はいない、だからこそ思い切り、出来る事をやってから居なくなろうと思っていた。

 しかし……

(もう少し、もう少しだけ、唯の母様の子供でいたい……もう手遅れかもしれないけれど……)

 だから言わせてもらった。

「代わりに、この話はいいと言うまで二人だけの秘密です」

 私は長兄といつもの指切りをした。




「お医者様……だったんですか」

 私は自分に医師だった頃の心と記憶がある事、起きてびっくり魔法のある世界だった事、魔法の勉強にハマった事、過去を母様に隠している事、これらを長兄に話した。

(さすがに計画の事や、あった事全ては話せないな。もっと簡潔に話すつもりだったのだが、話し始めたら止まらなくなってしまった。)

 長兄は私の突拍子もない話を割りとすんなり受け入れてくれた。

(よくこんな話を信じてくれたな。と、そろそろ帰らなければ……)

 私は途中から光魔法と音魔法で自分の姿を隠した。しかし長居は出来ない。

 叔父との約束の件がある。

「そうです。そして私には今時間がありません」
「それは…なんでですか? あ! 記憶の期限がきれちゃうとか?」

(おおお恐ろしい事いうな! やめい!)

「違います。父様からは逃げてますし、今日は叔父の約束があるので」
「ああ! なるほど…」

 長兄は深刻そうな顔をする。

「出来たら……出来たら母様に! ごめんなさいと伝えといて下さい!」

 私は長兄の手をひしと握る。

「分かりました。任せといて下さい。セス……いえ、結城慶さん? でしたっけ?」

 長兄が笑顔で言う。

「今はセスです、気に入っているのでそっちの名前で呼んで下さい。というかよくこんなとんでもない話信じてくれましたね」

 長兄がクスクスっと笑う。

「だって慶さん……じゃなくてセスさん? すごく真剣な顔で話すんですもん。辻褄は会いますし……それに僕を助けずに、帰る事だって出来たでしょう?」

 私はため息混じりに言う。

「無理です、母様に泣きつかれて黙ってられたら医師ではありません」

 おお~という感じでカミーユが答える。

「お人好しというか、奇特な性格なんですね」
「貴方に言われたく……」

 私が言いかけた時だった。

「ふぁ~、ほなエドガー、今日の勉強始めるでぇ~……って、セス!」

 私は素早い動きで思い切りマリン(本)を抱き締める。

「マリーーーン! 会いたかった!」

(マリン欠乏症で死ぬ所だった!)

 私はまた訳のわからない事を……

「わ! なんやねん! ちょちょ、折れる! 表紙折れるて!」

 マリンが慌てる。

「? ……そういえばなんでマリンさん? を連れてきたんですか?」

 長兄が首を傾げる。

「あ! そうだった!」

 私はマリン異次元から開かない宝石箱を取り出す。

「これは……」
「どう? 開けられそう?」

 私はマリンに尋ねる。

「うお! なんちゅうもんを出しおるねん! これは……やばいで……」

 箱の仕掛けの複雑さにマリンが悩む。

「……ちょっと貸して下さい」

 長兄が宝石箱をそっと持ち上げ、闇魔法を行使する。

(彼は闇魔法が使えたのか……おお?!)

 カミーユがスラスラと魔法陣を解いていき、全ての魔法陣を消し去った。

「はい!」

 長兄が笑顔で私に宝石箱を渡す。

「これは……凄いわ」

「凄いな……」

 私もマリンも唖然とする。

(トラップも沢山あったのに……)

「へへ。闇魔法は得意なんです、あんまり自慢出来ませんが……」

 私は宝石箱を受け取りつつ言う。

「いやいやいや、これは凄いですよ、天才です。全然自慢出来ますよ!」

 長兄は手を顔の前で降りつつ言う。

「気を使わなくていいんです。闇魔法って結構忌避されがちですし」

 カミーユがちょっと下を向いた。

 私は宝石箱を異次元にしまいながら言った。

「自信持って下さい、これは本当に凄いです」
「セスの言う通りやわ、自信持ってええでぇ!」

 長兄は下を向いたまま少し小さな声で言った。

「身体は、いつもだるいですし……取り柄といえば勉強くらいで」

 私はひしっと長兄の手を掴む。

「大丈夫です、兄様、貴方の病気は良くなります」

 長兄がこっちを向く。

「……本当に?」

 私は正直に話す。

「貴方の病気が完治する確率は半分位です、しかし世の中にはプラシーボ効果という物があります」
「プラシーボ効果?」

 私は説明する。

「プラシーボ効果というのは、病気は治ると信じた方が治りが早いという効果です」
「……そんなのがあるんですね」
「よくそんなんしっとったな、セスも凄いわ…」

 私と長兄は顔を見合わせる。
 お互いにクスクスと笑う。

「ちょ! やめてくれへん! 何があったんや二人とも…」
「色々! ……って不味い! 暗くなってきた!」

 私は長兄にマリンを渡して帰る方角を見る。

「おお?!」
「あ! そうでしたね、じゃあ気おつけて!」
「なんやせわしないなぁ~、ほな、気おつけてな!」

 私は閉じかかる異次元の中で顔だけ振り向いて言った。

「……カミーユ兄様、もし何かあったら叔父を頼って下さい」
「それはどういう……」

 長兄が言い終わる前に異次元の扉が閉まる。

「行っちゃった……」

 私が居なくなった後には草を走る風の音と、ただ静寂が残った。
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