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第一章 <婚約阻止>
第7話 <クッキーより甘いじかん>
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「その……シラー?」
「なぁに、ローズ」
「そろそろ……」
「もうちょっと」
リコラスに見捨てられた今、ツッコミ担当は皆無になってしまった。
そのせいか、私はアシュガ様に抱きしめられている。
……なんでも、『頑張ったご褒美』だそうだ。
「そもそも、私を抱きしめてなんのご褒美になるのですか……」
「好きな子は抱きしめたいものでしょう?」
「……ソウ、デスカ」
もはや、心を無にして耐えるしか道は無さそうだ。
しかし、そんなに簡単に心を無になんてできるわけがない。相変わらず心臓はバクバクとうるさいし、顔は自分でもわかるくらいに熱いし、アシュガ様の体温を感じてクラクラする。
「シ、シラー、そろそろ……」
「もう、わかった」
笑ってそう言われ、温もりが離れていった。
ほんの少しだけ名残惜しく思う自分に、ローズは気付かない。
「ローズの心臓も、持たなさそうだったしね。」
「なっ……!?」
気付かれていた!?
……羞恥で穴があったら入りたい。いや、むしろ無くても今すぐ掘って入りたい。
「シラー、あと少ししたら帰る時間だ」
「ん、わかった。そろそろ出ようか、ローズ」
そう言って手を差し伸べるアシュガ。
その姿がスチルと重なって、ドキドキが更に増していく。
その手を取って、明るい所へと歩き出した。
☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+
そして、やっと路地から抜け出したローズ達。
傾きだした太陽を少しだけ眩しく感じつつ、アシュガは言う。
「ローズ、君の好きなお店を案内してよ。興味があるんだ」
「私の、好きなお店ですか……?」
考える間もなく浮かんでくるのは、あのお店だ。それに、ここから遠くない場所にある。
案内するならそこがぴったりだ。
「わかりました、5分ほど歩いた所にあるお店なので、案内致しますね」
そして辿り着いた店は、『フロス・クッキー』という店だ。
王都で唯一のクッキー専門店。ローズ御用達の店で、街へ出た時は必ずここでクッキーを食べて帰る。
普段はクッキーを家まで届けさせているのだが、店に行けば、運が良ければ焼きたてのクッキーがあるのだ。それを目当てに、記憶が戻ってからのローズは足繁くこの店に通っている。
「へぇ、ローズのお気に入りのお店ってここ?」
もの珍しそうに言うアシュガ様。
やはり、王都へ出てもこういう庶民的なお店には足を運んだことがないのかもしれない。
「はいっ!ここのクッキーは絶品なんです!」
「なるほどね、楽しみだ。リコラス、30分後に合流しよう」
「承知しました」
「では入りましょうか」
カランコロン、と小気味よい音を立てて開いた扉。
その奥には、木を基調とした、落ち着いた雰囲気のお店があった。いくつもの可愛らしいカゴの中に、クッキーが詰まっている。
この中から好きな分だけ選ぶスタイルだ。
「いらっしゃい!……ロロちゃんじゃないか!久しぶりだねぇ!」
「おばさん、久しぶり! 暫く忙しくて……」
「ん?隣にいる良い男は誰だい?ロロちゃんの彼氏さんかい?」
ニヤニヤと笑う店主に、ローズは顔を赤くして否定しかけたのだが、ローズが口を開く前に、にこりと微笑んで答えた人物がいた。
「はい、そうです。将来ロロの夫となる予定のシラーです。」
「なっ……なりませんから! 違う!おばさん違うってばぁ!」
「ロロ、照れなくていいじゃないか」
「はい!?」
必死で否定する姿が、図星を指されて慌てている様子にしか見えない。
それを見て更にニヤニヤと笑う店主だった。
「とっ……とにかく、おばさん、何がおすすめ?」
「あぁ、そうだ。アーモンドとチョコチップは焼きたてだよ。それと、試作品あるけど食べていくかい?」
「もちろんです!」
「今持ってくるよ、少し待ってておくれ」
そう言っておばさんが奥に引っ込むと、アシュガ様が耳元で囁いてきた。
「ローズは、どのクッキーがおすすめなの?」
「ひぁ!? びっくりするじゃないですかっ、突然耳元で囁かないで下さい!」
「くはっ、ごめんね。ローズ可愛い。」
「反省してますかそれ!?」
何度やられても馴れないアシュガ様の言動。本当に、やめてほしい……。心臓に悪い……。
アシュガ様と出会ってから、心臓は一生分くらい動いたんじゃないかと思う。
「……とにかく、私のおすすめのクッキーはチーズクッキーです。チーズの濃厚さとクッキーのくどくない甘さがマッチして最高ですよ!」
何を隠そう、私が一番好きなクッキーはチーズクッキーなのである。
チーズクッキーの事なら何時間でも語れるだろう。
「へぇ、なら私はそれにしよう」
その時、おばさんがカゴと紅茶のカップを持って奥から出てきた。
「ほい、試作品のクッキーと、サービスの紅茶。試作品だからお代は結構だよ」
「えぇっ、そんな。ちゃんと払いますよ?」
「いやいや、若いお二人さんにプレゼントだよ。」
「そういうことなら……ってそれどういう意味ですか!?」
「そのままの意味だよ」
むぅ、とむくれるローズを見て吹き出したアシュガ。
「ありがとう、ありがたく貰っておくよ。ロロ、食べようか」
「……わかりました、シラー。」
いつものチーズクッキーと、焼きたてのアーモンドクッキーとチョコチップクッキー、前回、次に来たときに食べようと思っていた食用のバラの花びらで飾り付けされたクッキーをカゴに入れて、ローズは席に着いた。
アシュガはチーズクッキーとアーモンドクッキーを購入し、席に着く。
そして、チーズクッキーをさくり、と口に入れた。ゆっくり咀嚼して、少し考える。
「たしかに、この味はとても良いね。チーズの味とクッキーの味がとても合っていると思う。」
「でしょうっ!? チーズクッキーは本当に美味しいんです!」
そんなローズを見て、アシュガは言う。
「クッキーの話をしているロロって活き活きしてるよね、とっても可愛いよ」
「そ、そういう事を言わないで下さいっ、恥ずかしいです!」
「照れて真っ赤になってるロロも可愛い。なんだか美味しそうだね。」
「っ~!!」
二人が最後に食べ始めたのは、試作品のクッキーだった。
見た目はただのプレーンクッキーに見えるそれをさくり、と口に入れた瞬間、ローズは目を見開いた。
「抹茶……!?」
「マッチャ? それはなんだい?」
クッキーは二層になっており、中は緑色だ。
その味は、抹茶そのものだった。
懐かしい味に感動する。
「ロロちゃん、よくわかったね。それは遠い国の抹茶というお茶から作ったんだ」
「あぁ……えぇと、昔そこに旅行に行った事がありまして。」
慌てて誤魔化す。この世界に抹茶があったなんて知らなかった。
「美味しいと思うんだけどね、緑色だと少し見た目がアレだろう?だから、二層にしたんだ」
「とっっっても美味しいです!是非売り出して下さい!」
「ふふ、ロロちゃんがそこまで言うならそうしようかねぇ」
そうして、クッキーの事を語りつつ楽しくお茶をしたローズとアシュガ。
暫くするとリコラスとの約束の時間が迫ってきた。
「ロロ、そろそろ行こうか」
「もうそんな時間なのですね、ではお暇しましょうか」
外を見ると、真っ赤な夕日が道を照らしている。
「また来ますね!さよなら~」
「来てくれてありがとさん、また来ておくれよ」
そして外に出た瞬間、リコラスがこちらに向かって歩いているのが見えた。
「アシュ……シラー、戻るぞ。馬車を用意してある。とりあえずローズ嬢を邸に送る」
「あぁ。わかってるよ」
アシュガ様は先に馬車に乗り込むと、ローズに向かって手を差し伸べた。
その自分より一回り大きな手を取って、馬車に乗る。
「ローズ、今日は楽しかったよ。これから暫く会えなくなるのが辛い……」
そうか、これから少し会えないのか。
婚約の打診を受けてから、ひと月と空けずに会っているものだからほんの少しだけ寂しい。
――って、ダメだから!順調に絆されてる場合じゃないから!!
「はい、私も楽しかったです。」
寂しい旨は伝えず、今日の感想だけを述べる。
「……ローズは?寂しくないの?」
――そこはスルーしてよぉぉぉ!!
そんな心の叫びは心の奥底に封じ込めて、笑顔で言う。
「アシュガ様、そもそも私には婚約する気がないんです。わかっていますか?」
「ううん、全くわかってない」
そこ!キラキラスマイルで言うんじゃない!
「……はぁ。」
「アシュガ、もう着くぞ。」
……もはやリコラスがガツンと断るタイミングを故意に壊しているようにしか見えなくなってきた。
「なぁに、ローズ」
「そろそろ……」
「もうちょっと」
リコラスに見捨てられた今、ツッコミ担当は皆無になってしまった。
そのせいか、私はアシュガ様に抱きしめられている。
……なんでも、『頑張ったご褒美』だそうだ。
「そもそも、私を抱きしめてなんのご褒美になるのですか……」
「好きな子は抱きしめたいものでしょう?」
「……ソウ、デスカ」
もはや、心を無にして耐えるしか道は無さそうだ。
しかし、そんなに簡単に心を無になんてできるわけがない。相変わらず心臓はバクバクとうるさいし、顔は自分でもわかるくらいに熱いし、アシュガ様の体温を感じてクラクラする。
「シ、シラー、そろそろ……」
「もう、わかった」
笑ってそう言われ、温もりが離れていった。
ほんの少しだけ名残惜しく思う自分に、ローズは気付かない。
「ローズの心臓も、持たなさそうだったしね。」
「なっ……!?」
気付かれていた!?
……羞恥で穴があったら入りたい。いや、むしろ無くても今すぐ掘って入りたい。
「シラー、あと少ししたら帰る時間だ」
「ん、わかった。そろそろ出ようか、ローズ」
そう言って手を差し伸べるアシュガ。
その姿がスチルと重なって、ドキドキが更に増していく。
その手を取って、明るい所へと歩き出した。
☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+
そして、やっと路地から抜け出したローズ達。
傾きだした太陽を少しだけ眩しく感じつつ、アシュガは言う。
「ローズ、君の好きなお店を案内してよ。興味があるんだ」
「私の、好きなお店ですか……?」
考える間もなく浮かんでくるのは、あのお店だ。それに、ここから遠くない場所にある。
案内するならそこがぴったりだ。
「わかりました、5分ほど歩いた所にあるお店なので、案内致しますね」
そして辿り着いた店は、『フロス・クッキー』という店だ。
王都で唯一のクッキー専門店。ローズ御用達の店で、街へ出た時は必ずここでクッキーを食べて帰る。
普段はクッキーを家まで届けさせているのだが、店に行けば、運が良ければ焼きたてのクッキーがあるのだ。それを目当てに、記憶が戻ってからのローズは足繁くこの店に通っている。
「へぇ、ローズのお気に入りのお店ってここ?」
もの珍しそうに言うアシュガ様。
やはり、王都へ出てもこういう庶民的なお店には足を運んだことがないのかもしれない。
「はいっ!ここのクッキーは絶品なんです!」
「なるほどね、楽しみだ。リコラス、30分後に合流しよう」
「承知しました」
「では入りましょうか」
カランコロン、と小気味よい音を立てて開いた扉。
その奥には、木を基調とした、落ち着いた雰囲気のお店があった。いくつもの可愛らしいカゴの中に、クッキーが詰まっている。
この中から好きな分だけ選ぶスタイルだ。
「いらっしゃい!……ロロちゃんじゃないか!久しぶりだねぇ!」
「おばさん、久しぶり! 暫く忙しくて……」
「ん?隣にいる良い男は誰だい?ロロちゃんの彼氏さんかい?」
ニヤニヤと笑う店主に、ローズは顔を赤くして否定しかけたのだが、ローズが口を開く前に、にこりと微笑んで答えた人物がいた。
「はい、そうです。将来ロロの夫となる予定のシラーです。」
「なっ……なりませんから! 違う!おばさん違うってばぁ!」
「ロロ、照れなくていいじゃないか」
「はい!?」
必死で否定する姿が、図星を指されて慌てている様子にしか見えない。
それを見て更にニヤニヤと笑う店主だった。
「とっ……とにかく、おばさん、何がおすすめ?」
「あぁ、そうだ。アーモンドとチョコチップは焼きたてだよ。それと、試作品あるけど食べていくかい?」
「もちろんです!」
「今持ってくるよ、少し待ってておくれ」
そう言っておばさんが奥に引っ込むと、アシュガ様が耳元で囁いてきた。
「ローズは、どのクッキーがおすすめなの?」
「ひぁ!? びっくりするじゃないですかっ、突然耳元で囁かないで下さい!」
「くはっ、ごめんね。ローズ可愛い。」
「反省してますかそれ!?」
何度やられても馴れないアシュガ様の言動。本当に、やめてほしい……。心臓に悪い……。
アシュガ様と出会ってから、心臓は一生分くらい動いたんじゃないかと思う。
「……とにかく、私のおすすめのクッキーはチーズクッキーです。チーズの濃厚さとクッキーのくどくない甘さがマッチして最高ですよ!」
何を隠そう、私が一番好きなクッキーはチーズクッキーなのである。
チーズクッキーの事なら何時間でも語れるだろう。
「へぇ、なら私はそれにしよう」
その時、おばさんがカゴと紅茶のカップを持って奥から出てきた。
「ほい、試作品のクッキーと、サービスの紅茶。試作品だからお代は結構だよ」
「えぇっ、そんな。ちゃんと払いますよ?」
「いやいや、若いお二人さんにプレゼントだよ。」
「そういうことなら……ってそれどういう意味ですか!?」
「そのままの意味だよ」
むぅ、とむくれるローズを見て吹き出したアシュガ。
「ありがとう、ありがたく貰っておくよ。ロロ、食べようか」
「……わかりました、シラー。」
いつものチーズクッキーと、焼きたてのアーモンドクッキーとチョコチップクッキー、前回、次に来たときに食べようと思っていた食用のバラの花びらで飾り付けされたクッキーをカゴに入れて、ローズは席に着いた。
アシュガはチーズクッキーとアーモンドクッキーを購入し、席に着く。
そして、チーズクッキーをさくり、と口に入れた。ゆっくり咀嚼して、少し考える。
「たしかに、この味はとても良いね。チーズの味とクッキーの味がとても合っていると思う。」
「でしょうっ!? チーズクッキーは本当に美味しいんです!」
そんなローズを見て、アシュガは言う。
「クッキーの話をしているロロって活き活きしてるよね、とっても可愛いよ」
「そ、そういう事を言わないで下さいっ、恥ずかしいです!」
「照れて真っ赤になってるロロも可愛い。なんだか美味しそうだね。」
「っ~!!」
二人が最後に食べ始めたのは、試作品のクッキーだった。
見た目はただのプレーンクッキーに見えるそれをさくり、と口に入れた瞬間、ローズは目を見開いた。
「抹茶……!?」
「マッチャ? それはなんだい?」
クッキーは二層になっており、中は緑色だ。
その味は、抹茶そのものだった。
懐かしい味に感動する。
「ロロちゃん、よくわかったね。それは遠い国の抹茶というお茶から作ったんだ」
「あぁ……えぇと、昔そこに旅行に行った事がありまして。」
慌てて誤魔化す。この世界に抹茶があったなんて知らなかった。
「美味しいと思うんだけどね、緑色だと少し見た目がアレだろう?だから、二層にしたんだ」
「とっっっても美味しいです!是非売り出して下さい!」
「ふふ、ロロちゃんがそこまで言うならそうしようかねぇ」
そうして、クッキーの事を語りつつ楽しくお茶をしたローズとアシュガ。
暫くするとリコラスとの約束の時間が迫ってきた。
「ロロ、そろそろ行こうか」
「もうそんな時間なのですね、ではお暇しましょうか」
外を見ると、真っ赤な夕日が道を照らしている。
「また来ますね!さよなら~」
「来てくれてありがとさん、また来ておくれよ」
そして外に出た瞬間、リコラスがこちらに向かって歩いているのが見えた。
「アシュ……シラー、戻るぞ。馬車を用意してある。とりあえずローズ嬢を邸に送る」
「あぁ。わかってるよ」
アシュガ様は先に馬車に乗り込むと、ローズに向かって手を差し伸べた。
その自分より一回り大きな手を取って、馬車に乗る。
「ローズ、今日は楽しかったよ。これから暫く会えなくなるのが辛い……」
そうか、これから少し会えないのか。
婚約の打診を受けてから、ひと月と空けずに会っているものだからほんの少しだけ寂しい。
――って、ダメだから!順調に絆されてる場合じゃないから!!
「はい、私も楽しかったです。」
寂しい旨は伝えず、今日の感想だけを述べる。
「……ローズは?寂しくないの?」
――そこはスルーしてよぉぉぉ!!
そんな心の叫びは心の奥底に封じ込めて、笑顔で言う。
「アシュガ様、そもそも私には婚約する気がないんです。わかっていますか?」
「ううん、全くわかってない」
そこ!キラキラスマイルで言うんじゃない!
「……はぁ。」
「アシュガ、もう着くぞ。」
……もはやリコラスがガツンと断るタイミングを故意に壊しているようにしか見えなくなってきた。
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