悪役令嬢になりたくないので婚約を阻止しようとしましたが、いつのまにか王子様に溺愛されています。

えるる

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第二章 <断罪阻止>

第22話 <翳り>

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 ローズがアシュガの部屋に向かう途中、甲高い声が廊下の静寂を引き裂いた。

「あれぇ、ローズ様ぁ!こんなところで何してるんですかぁ?」

 ぴくり、とローズの肩が強張る。
 少しだけ息を吐き、ヒロインの方を向いた。

「御機嫌よう、えぇと……」

 口元に手を当て、小首を傾げる。
 貴女の名前など、憶えていないと。

「ふふ、ローズ様。アナベルですよぉ。ちゃんとお名前、憶えてくださいね?」

 可愛らしい顔立ちで、ニヤリ、と嗤う。
 乙女ゲームのヒロインらしからぬ表情で、どこか歪さを感じる。
 
 アナベルはそのままスタスタと歩みを進め、ローズを見上げると――

「アシュガ様の将来の伴侶になる、この私の名前なんですもの。」

 そう言ってのけた。
 瞬間、ローズは頭が沸騰するかのように熱くなる。

 ――こんな、女に……こんな、マナーも、美しさも家柄も学もない女に、アシュガ様を取られて堪るものか!
 
「貴女っ……」
「きゃぁ、こわぁい。……ね、今叫べばぁ、きっと寮のみんなが出てきて、こわいローズ様の顔が見られちゃいますねえ?」

 ……っそうだ。
 落ち着いて。運命に、ヒロインに、真っ向から立ち向かうと決めた。
 だが、それは悪役令嬢のように、ヒロインを感情的に怒鳴ることではないはずだ。

「えぇ、そうね。失礼いたしますわ。私、これからアシュガ殿下にお話がございますの。」

 にこりと笑うと、ヒロインの表情がすっと消えた。

「余裕で居られるのは今の内。今に見てなさいよっ……」

 と吐き捨てて、さらさらとした銀髪の少女は階段を降りていった。

「……やっぱり、帰ろうかしら」

 バクバクと鳴る鼓動を感じながら、ローズは部屋へと戻っていく。
 この状態でアシュガとまともに話し合いができるとは思えなかった。
 ヒロインなんかに心を乱された自分が情けなくて、アシュガ様の態度が不安で、運命に抗うなどと決めておきながら意志の弱い自分が、本当に……。
 その夜、渦巻く色々な感情を抑えきれず、ローズは殆ど眠れなかった。

 ☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

 そんな状態が続いて数日。
 今日も演劇の練習が始まる。
 憂鬱な気分で、練習を行う部屋に入った。

「アシュガさま、私、ダンスの練習頑張りましたよ!」
「あぁ、そうか……上達していると思うよ」

 ぼーっとしそうになる頭を無理やり覚醒させる。
 最近、アナベル嬢と居るとこうなることが多い。
 ローズが近くに居る、という気持ちだけで乗り切っているが、もしローズが近くに居ないと思うと……また、前のようになってしまうかもしれない。
 ローズの不安げな瞳と目が合い、そうはなるまい、と改めて気合いを入れる。

 アシュガの懸念通り、ローズはこの時間が来ると気分が重たくなる。
 日々心が翳っていくのを感じる。
 理由は明白、劇中でアナベルとアシュガが絡むシーンはとても多い。
 それを目の前で見せられているのだから、気分が重たくなるのも無理はないと思う。

「ローズ嬢?」
「っはい、どうかいたしましたか?」
「大丈夫ですか?少し休みますか?」

 クラスメイトの……彼は、誰だったか。確か侯爵家の令息だった気がするが。
 そこまで考えて、自分があまりに集中力を欠いていることを自覚する。

「……ありがとうございます。そうさせていただきますわ。」
「ご無理をなさらないでください。それでは、僕は失礼します」

 最近の激務と精神攻撃で疲れているのかもしれない。
 ローズは、未だダンスの練習をしている王子とシンデレラを横目に、扉から出ていった。

☆.。.:*・゜*:.。..。.:+・゜:.。.:*・゜+

 最近、ローズがアシュガと二人で話せる時間は激減していた。
 一つは、学園祭が近付き、ローズもアシュガも自由な時間が減ったこと。
 そしてもう一つは、放課後や休憩時間には何故かアシュガの周りにヒロインが居ること。

 そして今日も、ヒロインはアシュガの近くに居る。
 学園祭の打ち合わせに呼ばれたから行ってくる、と、眉を下げて謝るアシュガ様の姿を思い出して、辛くなる。

「……ごめんなさい、アザミ。私、もう、どうしていいのかわからなくて……。」

 恋愛の鬼だろうがなんだろうが、今は導いてくれる人が欲しかった。

「……ローズ。貴女、本当はどうしたらいいのかわかっているのではなくて?」
「わからない。自信がないのよ、アシュガ様に愛されているのか、アナベルさんに強く出ていいのか、忙しいアシュガ様の邪魔をしていいのか。」

 すると、アザミは少し黙った。
 珍しい、と思ってアザミの顔を見ると、アザミは。

 ……なんとも言えない表情をしていた。

「あのね、ローズ。私には、あれで愛されてないと思えるローズがわからないわね……」

 どこからどう見ても溺愛だろうに。
 演劇の練習中でも、アシュガがローズを気にかけているのは見ていればわかる。

「わかったわ、ローズ……貴女は確実に愛されてる。だから、アシュガ殿下を信じて、邪魔だろうが何だろうがしてきなさい!!」

 恋愛の鬼に叱咤され、ローズは重い足取りで生徒会室に向かった。
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