夢見るディナータイム

あろまりん

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土日を超え、平日になれば私は普通に仕事。
いつものように、PCを立ち上げ、数字と格闘。

経理、かあ…。
別に数字が好きなわけでもないんだけどね?
丁度簿記の資格を持っていたから、ここに配属されただけで。

5年くらいになるかな。
最初は、普通に庶務課にいたのだけど、経理に回されたのだ。

今では、お局…か?
いや他におばちゃん社員がいるから、ギリギリセーフ?

他には、年下の女の子が1人。
40代の男性と、課長。
以上、5名でやっております。

昔、私がここに回されて来たときは、あと2人くらいいたんだけど。

寿退社してからは、人員が増えなかった。
ま、PCのシステムがかなり使いやすくなったのもあって、人手が多少少なくてもどうにかなる。

会社自体は、経営はそんなに苦しくはない。
中の上?といったところかな。

私自身、他部署にいろいろ知り合いが顔なじみがいるから、仕事上困らない。
…というよりも、顔つなぎを頼まれる事もある。

お茶を淹れついでに、課長にも『くれるかい?』と頼まれ、お茶を持っていった。

ふう、とため息。

あらら。また家族会議がモメたのかしら。
反抗期の子供がいるらしく、ちょっと大変らしい。
しかも、進学の事で奥様ともモメているみたいで。
たまーに、愚痴を聞いたりします。



「どうしました?課長」

「ああ、眞崎君・・・ああ、うん・・・」

「大変ですねぇ。あまり考え込まない方がいいですよ?」

「うん、わかっているんだけどね・・・」



はあ、とまたひとつ。
どうやら結構重荷らしい。なんだろうか。

昼休憩の時間になったので、食堂へ。
年下の後輩と一緒に、ご飯を食べる事にした。



■ □ ■



「日替わり、なんだろ」

「なんですかねー。今日はパスタ食べたいですー」

「葉月ちゃん、食欲旺盛だよね」

「あは、好きなんですよね、炭水化物」

「わかる。美味しいもんね。食べ過ぎちゃいけないと思ってもつい・・・」



そんな当たり障りない話。
半分くらい食べたところで、葉月ちゃんがひそ、と小声で話しかけてきた。



「先輩、知ってます?ウチ、リストラあるらしいですよ」

「え、本当?」

「はい、確実です」

「・・・・・毎度ながら、収集するの早いわね」

「なんか、あんまり業績良くないみたいで、縮小するんだそうです。」

「うーん。ここ何年もそう変わってないけどねぇ?将来を見越して、ってやつかしら」

「どうでしょうねぇ?あーウチからだったら、確実に私ですよね・・・」

「え、どっちかって言うと、私じゃないの?適齢期過ぎてるし」

「先輩はないです。だって、いないと立ち行かないですもん」

「そう?そんな事ないわよ」

「いーえ。皆、杉さんも、木本さんも。勿論私も。課長だって。先輩いなかったら、グダグダですよ」

「・・・そこまで言うかな」



リストラ、かあ。
考えると、言葉が出なくなる。

そのとき、頭の中に一つの言葉がよぎった。



『仕事、辞めてこっちに専念しろよ』



………。

辞めるなんて、今言ってもすぐには無理だって思ってたけど。
もしかして、本当に。
葉月ちゃんの言う『リストラ』が本当の話だったら。

課長のため息。

まさか、これで悩んでる?

ごくん、とパスタを飲み込み、頭半分では『浩一朗のパスタの方がおいしい』と思いつつ、『退職金がっぽり出たら、店の運転資金になるよなぁ…』なんて考える。

確かに、祖父の遺産はある程度ある。
こんなに?ってくらい。
けれど、店を経営するとなれば、微々たる物だ。
お金があるに越したことはない。

浩一朗や、ハルは『自分達の店でもあるんだから出すからな』と言っているが、彼等は従業員だ。
オーナーは私。だから、そういう資金は私が出すべき。



ちょっと、聞いてみようか。
『先輩ー?ミルクプリン、半分食べませんか?』と聞いてくる葉月ちゃんの声を聞きながら、私は決意を固めた。



■ □ ■



経理課に戻れば、携帯に着信。
メールだ。誰だろう?



『辞めるって言って来いよ?いいな? 浩一朗』
『巽さんはああ言うけど、無理すんなよ 晴明』



………まったく。
なんて性格の差が出てるメールなのかしら。

ちょっと笑いがこみ上げた。

うん、決めた。
こんな私を、待ってくれている人が、2人もいるんだ。

彼等は、私に人生賭けてくれている。

その気持ちに、応えたい。

彼等の人生も花開かせてあげられるのは、私だけかもしれないから。

覚悟を決めて、課長のデスクへ行く。
ん?と顔を上げる課長に、私は話しかけた。



「少し、お時間いただけませんか?」

「どうしたんだい?」

「課長?風の噂ですけど。
リストラあるって、本当ですか?」

「・・・・・」

「・・・・・」



こくり。



何を言うでもなく、項垂れるように首を振った。



「そう、なんですね・・・」

「ああ、そうなんだ。まあ、今辞めるとかなりの退職金も出るんだが」

「そうなんですか?どのくらい?」

「まあ、普通の2~3倍は」

「うわっ。・・・そういうものなんですか?」

「まあね。ずっと雇うよりはいい、と言う判断なんだろうが・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・どうしたんだい?」

「課長?それって、ウチからも出さなきゃいけなかったりしますか?」

「─────そう、なんだ」

「え。マジですか」

「・・・・・(こくり)」

「それで悩んでました?」

「そうなんだ。誰を減らしても困るし。・・・誰を指名することも出来ないし」

「・・・・・」



なるほど。おばちゃん社員は独り者。男性社員は既婚者。
私を指名しようにも、抜けられると困る(らしい)
かといって、若い葉月ちゃんをリストラ対象にするにも…言いづらい。

悩むのは、当たり前だ。

課長は優しいから、言い出せないのだろう。



「課長。」

「うん?何かな」

「私、辞めます」

「え」
「え」
「えーーーーーーーーっ!!!!!」

「え。皆聞いてたの」

「な、な、な、何でだい!?眞崎君!困る!!!」



なんて正直者なんだ。
くすくす、と笑いが漏れてしまう。

私は、正直に話す事にした。

祖父の遺産として、レストラン物件を譲り受けたこと。私しか受け取る人がいないこと。
そして、そこを借りてくれる人がいる事。
でも条件として、私がオーナーになる事。



「─────というわけなんです。本格的にやり始めるには、Wワークは無理ですし。
彼等だけに任せたいんですけど、それだとダメだって・・・」

「なるほどねぇ・・・」
「素敵ですね!」
「凄いなあ」

「なので。退職金、多く貰えるのなら経営の運転資金になりますし。
普通に退職願い出すと、3ヶ月待つでしょうけど、これならもう少し早いのでしょう?」

「ああ。早くて1ヶ月以内だろうね」

「なので。経理課から誰かを出すのであればお願いします。ダメですか?」

「いやいや。そういう事情があるのなら、君にお願いするよ。
・・・辞めてもらいたくはないけどね」

「私が一番適任です。
事情も事情ですし、他の皆にお願いするよりはいいですよね?」

「・・・・・」

「・・・・・」

「─────わかった。そういう事なら、任せておきなさい」

「え?」

「退職金。限度額ギリギリまで吊り上げてあげよう。それくらいはね」

「助かります」

「ああ。・・・でも、現実には助かったよ。これ、本当は先々週に出さなきゃいけなかったんだ」

「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・悩みすぎじゃ?」

「そうは言ってもだね、人の人生を変える選択だ。そんな簡単にはできないよ。
今回は、眞崎君が自分の人生の転換期だったから良かったようなものの。」

「そうですね。・・・課長、よろしくお願いします。」

「そうだね。頑張るよ。希望の退社日はあるのかい?」

「えっと、有給が10日くらいあるので。
それを入れて、消化して最短で。」

「わかりました。とりあえず、1ヶ月を目安にしてください。
申し訳ないけれど、マニュアルの作成を頼めるかな?」

「はい。早速取り掛かります。」

「うん、頼むね。困ったね、これからは頼れる人がいなくなるなあ」

「大丈夫です。水澤さんがいますし」

「えええ先輩~~~~」

「大丈夫、ちゃんとマニュアル作るから」



こうして、私は会社を辞めることにした。
午後、マニュアルをパチパチ作成していたら、課長が帰ってきた。

なんと、退職金を吊り上げ、通常の3倍。
えっ?大丈夫なのか、それ?

けれど、かなり掛け合ってくれたそうだ。
キャリアもあり、要の社員を辞めさせるのだからこれくらいはしてほしい、と。

どうやら1週間出さなかったのも効果あったらしい。
上も、すんなりOKしてくれたようだ。
他の部署は、かなり揉めているようだから。…依願退職は私だけみたい。
そりゃそうだと思う。このご時勢、職を失うのはキツイ。



「で、有給は買い取れないから、消化してくれと」

「そうですか」

「退職日は2ヶ月の猶予だ。好きな日で構わないそうだ。出来るだけ早い方がいいようだけどね」

「うーん、とりあえず今週はマニュアル作りたいですし。で、あと2週間分有給で。
・・・・・突然ですけど、3週間後でいいでしょうか?月も終わりますし」

「そうだね。・・・うーん、今週だけか」

「すみません」

「いいや。構わない。君の人生の新しいスタートだからね。
そのレストランがオープンしたら、是非お邪魔させて貰うよ」

「はい!勿論、ご招待します!性格アレですけど、腕はいいんで」

「・・・っ、はは!凄い言われようだね」



どうやら、無事早急に退職できそうだ。
しかも、退職金もがっぽり。よしよし、これで少し資金が潤う。

微々たるものでも、少しづつ蓄えなくちゃ。

浩一朗とハルの腕は疑わない。
でも、それだけじゃやってけないはずだもの。



■ □ ■



定時に終了。
うー、お腹空いたなぁー。夕飯何にしよう…と思いながら会社を出る。



「響子!!!」



後ろからかかる、男の声。
くるり、と振り返ると、スーツ姿の男性が走ってくる。



「透」

「っ、はぁ、いつもながら早いな、お前・・・・・」

「定時きっかり」

「ったく」



彼は、栗原透。
一応、私の彼氏、だ。浮気してるけどね、この人。

2年程付き合っているけど、半年前くらいから浮気しているみたいだ。
別れようかどうしようか迷っていたのだけど。
さすがに2年も付き合えば情もあったし、戻ってくるかどうか泳がせていたのだ。

浮気がばれた半年前、最初かなり私をおざなりにしていた。
会うのも、月に1度か2度。けど、2ヶ月くらい前から、徐々に合う回数も元に戻った。
切れたのかな?とも思ったのだけど、ね?



「なあ、お前、辞めるって」

「あ、もう耳に入ったの?・・・思ったより早いのね」

「っ、何で何も言わないんだよ!」

「ごめん、夜にでもゆっくり電話しようと思ってたの。きっと外回りで遅いと思ったから」



彼は同じ会社の営業部勤務。
入社して5年も経てば信用も上がってきて、脂が乗ってる。

なので、大体仕事終わりは20時くらい。
それから電話しようと思っていたのだ。



「そう、か。俺、ビックリして・・・」

「あら、誰から聞いたの?」

「事務の子。笹倉。」

「ああ、笹さんね。いつも色々お世話になってるから」

「心配してたぜ?いきなりだし・・・」

「うん、そうなんだけど・・・」



立ち話もなんだな、と思ったとき。

携帯が鳴る。
ごめん、と断り、出ると。



『おい、終わったか?』

「え?」

『え?じゃねぇよ。仕事終わったんだろ?』

「うん。今ね」

『見えてる』

「は?」



なにやら、どこかから見られているようだ。
きょろきょろ、と辺りを見回すけど、自慢じゃないが目が悪い。
全くもってわからない。

………おかしいな、あれだけのイケメン、周りに気付かれないはずないんだけど。

見つからない、と思っていたとき。



「栗原さぁ~~~~ん」

「っ、・・・・・」



聞きなれた、女の声がした。

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