【番外編】異世界に来たからといってヒロインとは限らない

あろまりん

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ローザリア公爵家の確執【全4話】

1話

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「───わかりましたわ、お父様」


母親を亡くして二年。
娘は寂しさを堪え、よくやってくれている。


「ですが、わたくしのお母様はメルティーナ母様、只一人です」


真っ直ぐに、私を見る瞳。
ローザリア公爵家の血を引く事を示す、ピンクトルマリンの瞳。


「ですから、わたくしはその方を『義母様おかあさま』と認める事は金輪際ありませんのよ」


私の姿を映す瞳に宿るのは、憎悪の炎。
メルティーナによく似た顔立ちで、彼女メルティーナと同じ感情を向けられたこの瞬間に、私は娘からの愛を失った事に気付いた。



     * * *



その少女に会ったのは偶然だった。

王都を見回っていた時に、ふいに出会った平民の娘。
年の頃は自分の娘と同じ少女に、私はどうしようもないほど独占欲を感じていた。

公務と言って、何度もその娘に会いに行った。

花売りのその娘は、身分を隠した私の訪れに気付くことなく、気前よく花を買ってくれる事に喜んでいた。

笑顔を向けてくれる事に喜びを覚えた。
これまで何人の女性と関係を持っていても、ただの笑顔にこれほど満たされた事もない。

私は平民の彼女を買い上げ、別宅へと囲った。
私は32歳、彼女は12歳だった。彼女の家族に取ってみれば、お貴族様のお遊びと思った事だろう。
買い上げて、使用人として使う為と思っただろう。

彼女───ナキア本人もそのつもりであったようだ。お屋敷で使用人として使う為に買われたのだろうと。
家族の為になるのなら、と売られる覚悟はあったと行っていた。
『花売り』というのは必然的に事だ。

しかし、私はナキアにそれを求める事はなかった。
ただ、一緒にいてさえくれたら良かった。食事をし、話をし、共にいる時間が私にとっては癒しの時だったのだから。

正妻であるメルティーナの事は愛していた。
しかし私にとって彼女は『妹』のような存在であり、共に公爵家を存続させていくための『パートナー』だった。

メルティーナが私に『男』としての愛を求めている事はわかっていた。子供も三人授かった。しかし、それ以上の気持ちは湧かなかった。

私には学生の頃から懇意にしていた女性がいた。男爵家の三女である彼女は、私を愛してはいても一緒になれないことを受け入れていた。
公爵家と男爵家では同じ貴族であっても、上級貴族と下級貴族の差は大きい。
彼女───ルシアンナは私の愛人となる事を受け入れた。

メルティーナは公爵家の正妻として、私が愛人を囲うことを容認していた。
それがであれば我慢しなければならないことである、と理解していたからだ。
万が一、後継者に恵まれなかった時の為の保険。メルティーナとの間に授かった子供は皆、健康で優秀であり、その心配は無用であったが。

しかし、メルティーナはルシアンナやメイリィ───二人目の愛人だ───の事は受け入れたが、ナキアの事は受け入れなかった。
それも仕方が無い、愛人として囲うには、彼女はまだ幼すぎた。けれど私はナキアを他の男に渡したくはなかった。

それからだ、私とメルティーナの間に修復しきれぬ程の亀裂が入ったのは。

メルティーナはできた女で、他の愛人達にも気を配っていた。ルシアンナもメイリィも、メルティーナの事は『奥方様』と呼び、彼女を立てていたからだ。
三人の仲は良く、正妻と愛人の立場を弁えた付き合いがきちんと出来ていた。しかし、そこにナキアの居場所はなかった。

メルティーナが病に倒れ、公爵家として出席しなければならない夜会には、元男爵令嬢であったルシアンナが代わりに出ていた。愛人となった時に、私は彼女に伯爵位を買って授けていた。取り潰しとなった爵位というものは、金で買えるものだ。子爵位、男爵位、そして伯爵位の中でも下位のものはそうして金で買い上げる事ができる。一代限りの爵位となるが。
彼女はメルティーナに様々な礼儀作法を教えて貰った、と言い、どこへ出しても恥ずかしくないほどの気品作法を身に付けていた。

私はそれをナキアにも、と頼んだがルシアンナは拒絶した。『奥方様が認めない愛人に対して、私達わたくしたちに何をせよと?そもそも彼女は今に至るまで、私にすら挨拶に来たことはありませんでしてよ?メイリィ様にも同じ。メイリィ様も旦那様の愛人として迎えられた時は挨拶に来たというのに』
そう言って、ルシアンナはそれっきりナキアの話はしなかった。

私は失念していたのだ。
女同士の付き合いにも、きちんとした手順があるという事を。貴族の娘であれば、それは暗黙の了解として母親もしくはお付の使用人から教わる女のマナー。
そんなマナーですらナキアにはない。教わる下地も、教師すらないのだという事を。
別宅には身の回りをするメイド達はいても、彼女達もそれを教える立場にはないのだ。


「ルシアンナ、どうしたらナキアを認める?」

「何を言ってますの?旦那様がそう命令するのであれば、愛人である私達は従わざるを得ませんわ」

「そういう事ではないんだ」

「そういう事、でないのであれば無理ですわ。私達に対してだけならばまだしも、あの子は奥方様に対しても同じなのでしょう?愛人というのは奥方様に認められなくては日の目を見る事などありませんでしてよ。
旦那様、そんな事もご存知ありませんでしたの?」

「・・・すまない、何も知らなかった」

「そうでしょうね。私達の身の回りの事も、整えて下さったのはメルティーナ様ですもの」


愛人として連れてこられ、屋敷を与えられ、使用人を与えられ。けれど日々の生活を送るためにはそれだけでは足りない。使用人達との人間関係を作っていかなければならないからだ。

けれどメルティーナ公爵夫人は違った。

覚悟して会いに行った公爵夫人は、自分に対して貴婦人に対するように接し、屋敷の事や使用人の事をきちんと整えて下さった、と。

だからこそ、ルシアンナもメイリィもメルティーナ公爵夫人を『奥方様』と呼んで、立てていたのだと。


「殿方というのは勝手なもの。私達を閉じ込める檻を作っただけで、世話のひとつもしてはくださらない。私達をこうなるように世話してくださったのは、他でもないメルティーナ様ですわ」

「そうだったのか。ならば何故メルティーナはナキアを認めない?」

「当たり前ではありませんの。旦那様、私達を迎える際にメルティーナ様にきちんとお伺いを立て、それから屋敷に招いたのですわよね?けれどナキア様の時はそれをしなかったのでしょう?私達も驚き、呆れましたわ」


ナキアの事を相談はした。だがメルティーナは受け入れなかった。そうこうしているうちに、ナキアを買いたいと言う他の貴族が現れた。だから私はメルティーナの意見を無視して、ナキアを迎えた。


「なぜ使用人としてお迎えにならなかったの?年頃になるまで、せめてエリザベス様が輿入れされるまで、私かメイリィの屋敷に見習いとして預ければ良かったのです。
それから愛人に迎えるのであれば、周りの方も止めは致しませんでしたのに」

「渡したくなかったんだ、誰にも」

「・・・そうですの。ならば私から言えることはもうございませんわ」


そしてルシアンナも私から去っていく事になる。

メルティーナが亡くなった時、ルシアンナもメイリィも私の元から去ろうとした。
『もう私達は必要ありませんでしょう?』と告げた彼女達の目にも、私の姿は写っていなかった。

だが、それを止めたのはエリザベスだった。

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