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第五章【灰】
灰の魔女の魔術
しおりを挟むことり、と目の前に茶が置かれる。
ティティが運んできてくれたようだ。
「シグムントさんも大変なのですねえ」
「まあ、そうかもな」
「大丈夫ですよ、生きていればいいことありますから~」
「そうかもな」
「ティティも、お師匠様に会えました。すごく幸せです。色々なことを見たり知ったり楽しいですよ」
ニッコリ、と太陽のような笑顔。
少し気分が晴れたような気がして、ティティの頭を撫でてやる。
えへへ、とはにかみ笑いをするティティ。
そんな俺とティティを見守っているチャコーレア。
「教えてくれ、『灰』の魔女。俺はどうしたらいい」
◻︎ ◼︎ ◻︎
鬱蒼と茂る、木々の中を進む。
横にはティティがぴょこぴょこ歩いている。
なんでも、食べるものを採りに行くとのこと。
果実や、サラダにして食べられる葉が生えているのだという。
この森…もう密林、という方がしっくりくるかもしれない。
これは全て、チャコーレアの魔術なのだという。
現在、旧ローリマ公国…ウルグスタ連合国全体で魔力密度が過多になっている。
その為、通常の人間や動物はこの環境に耐えられない。人間であれば気が狂い、命を落とす。動物であれば、魔力に適応して魔物化する。
それを解消しようというのが、この『灰』の魔女の魔術だ。
木々を茂らせ、魔力を吸収し、拡散させる。この植物達は、チャコーレアが作り上げた魔術の産物。魔力を糧として成長する。
本来ここまで育つことはないのだが、旧ローリマの環境がそこまで異常だ、ということなのだろう。
吸収した魔力は大気中に放たれる。その結果、その魔力が砂嵐として起こっているそうだ。
砂嵐が弱まってきた、という話をすると、以前より魔力が薄まってきているからでしょうね、と返された。
ちなみに、この密林は100年前からある状態なので、今後砂嵐がなくなるのは200年ほどかかるだろうとの事だ。
「200年、とはな。途方もない話だ」
「それくらいすぐなのですよ~」
「そりゃティティにとってはな。そういや、エルフの寿命はどのくらいなんだ?」
「どうでしょう~?人によると思いますけど、ティティはまだ成人してもいませんので~」
「・・・ちなみに、ずっとしないという事もあんのか?」
「う~ん?わかりませ~ん」
「だよな」
チャコーレアはこの密林で取れる植生の研究や、『魔女の果実』の面倒を見ているらしい。
雛の深緑の森で取れる『魔女の香草』もそうだが、魔力で栽培されるものだ。
ちなみに、黄金の林檎は雛の大好物なのだという。酒につけて林檎酒にするのだそうだ。
黄金の林檎が市場に出ることがないのは、ほとんどが林檎酒になって、雛達で分けるからだそうだ。
そして、兄上のことだ。
おそらく、だが、『砂嵐の主』と呼ばれる魔物がどうやら兄上らしい。
「どこにいるんでしょうねえ、おにいさん」
「・・・鉢合わせることはないだろう。密林の中は入ってこられないんだろ?」
チャコーレア曰く、この密林の中には魔物は入れない。
木々達はチャコーレアの結界でもあるからだ。もちろん、人間も入れない。出入りが可能なのがティティのみ。
俺はティティが連れてきた、からこうして動き回ることが許されている。
あの小さなオアシスに設置された魔法陣からでなければ、ここへ転移できないそうだ。
転移魔法陣を設置したのはティティ。転移に関する魔法は前から得意だったそうだ。今学んでいるのは、さっきも見た物を復元する魔法。
「お皿を割ったりしたときに便利です~」
「安全な魔法の使い方だな」
「魔法も、魔術も、元は『幸せになる為のもの』なのですよ?」
「エルフではそう伝わっているのか」
「・・・人間たちは忘れてしまっているのですね。お師匠様達のような『魔女』達もそうして魔法を広めていったのですよ。
争いに使うようになっていったのは、人間達なのです」
「そう言われると、耳が痛いな」
「お師匠様も、お師匠様のお師匠様も争いは好まないのですよ」
「雛、に会った事があるのか?」
「はいです。とっても綺麗な人です~」
「・・・綺麗な?人?」
「シグムントさんも会った事があるのですよね?
お師匠様とはまた違って、神秘的で、惹きつけられるような美しさです~」
うっとり、とでも表現するかのように言うティティ。
…神秘的?どこがだ?あれはお転婆娘としか言いようがないと思うが。
俺以外にはそう見えるのか?
「お師匠様のお師匠様もすごい力の持ち主なのです~
緋の御方の魔術も凄いですが、お師匠様のお師匠様は、町をまるごと消し去ってしまうのですから~」
「は?」
「はい?」
「なんだ、その消し去る、って」
「なんて言ったらいいんですかね~?」
ティティが聞いた話では、ローリマの公都…スピルリナスは緋の魔術によって三日三晩の間、炎に包まれていたそうだ。
魔術の炎だから、大気中の魔力を触媒として燃える。いつまでも燃える炎は、雛…黒の魔女が消したという。
戻り、チャコーレアに事の真相を聞く。
「ああ、そのことですの」
「どういう事なんだ?ローリマは緋の魔女の魔術で滅んだんじゃないのか」
「大半はそうですわね。後は住む場所を追われて逃げだしたのではないかしら?
でも、緋の御方の魔術は人や建物、全てを対象として放たれていましたから、どうしようもありませんでしたのよ。
魔術だけでなく、全てを消し去る他なかったのです」
「・・・途方もない、な」
「ローリマにあった全ての町、村は雛様の魔術でほとんど風化しましたわ。人や獣の亡骸すらも全て。
あの方の魔術ですから、亡くなった人間や獣は全て輪廻の輪に戻したのでしょうね。
その余波で生じた魔力痕・・・残滓もありますから、こうして弟子の私が対処しているというわけですのよ」
「緋の系譜の魔女達は来ないのか?」
「来たとしても、あの系譜の魔女達は力任せに吹き飛ばす事しかできませんわよ?
それに、緋の系譜の高位魔女達は動けないのではないかしら」
「動けない?」
「あら、ご存知ありませんのね。今眠りについているのは、緋の御方ですもの」
そういえば、そんな話を雛がしていたような?
あの話は本当だったのか。…『みんな起きてる』とも言っていたと思うが?
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