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第二章【氷】
再び、深緑の森へ
しおりを挟む三月ぶりになるだろうか。王都ギルドから急いで向かったが、到着は次の日の昼だった。
青々と茂る、深緑の森。その近くにひっそりと佇む小さな村。ここでは王都ギルドの喧騒とは打って変わって、静かな時間が流れていた。
「・・・お?なんだ見慣れない顔がまた来たな」
「よう、ダグ。息災か?」
片翼の鷹亭。そこの食堂兼酒場のキッチンには、元冒険者の主人が鍋をかき回していた。
カウンターにかけると、娘のジーナがマントを受け取りに来てくれる。
「いらっしゃいませ、シグさん。お久しぶりですね」
「ジーナ、また大きくなったか?」
「こういう時は『綺麗になったな』って言うもんじゃありませんか?」
齢10歳にしてこの会話。末恐ろしいんだが。カウンターの向こうからダグがレモン水を出してくれる。
「んで?今日はなんだ?俺のカレーを食いに来たのか?」
「カレーは食いたいが、それだけで王都からはるばる来ると思うのか?」
「違うのか?残念だ」
ははは、と豪快に笑うダグ。店内にはグツグツと煮込まれるカレーのたまらなくいい匂いがしている。食うけどな、ここまで来たら。
ふと、カウンターの端に猫がいた。どっしりとした…デブ猫。ブチ模様がどことなく…東で見た招き猫のように見える。置物じゃないよな。
「・・・」
「何だ?どうした」
「猫を飼ってたのか?」
「あ?ああ、そりゃヒナちゃんのとこの猫だよ」
「は?猫飼ってたのか?」
確かにあれだけ広い場所ならば猫の一匹や二匹余裕で飼えるだろうが。しかしあんな遠い『魔女の庭』から猫が森を超えて来るのか…?
俺の視線に気づいたのか、猫はこちらを見て『ブニャ』と鳴いた。…そして寝た。なんだったんだ。
「・・・ヒナは、最近はここには来るのか?」
「ヒナちゃんか?今日来るぞ」
「今日?」
「おうよ、カレーの日だからな!」
そういう事か。確かに最初あった時もカレーを買いに来ていたような。カレーの日は確実に片翼の鷹亭に来るようだ。もうお馴染みの事らしい。
俺は昼飯にとカレーを食っていると、後ろから子供の声が聞こえてきた。
「ダグーーー!きたよ!!!」
「おう、お待ちどうさん、カレーの用意出来てるぞ!」
「やっふーーー!」
パタパタパタ、と足音。俺の隣の席にバスン!と飛び乗ってきた幼女。まさしくヒナだ。俺に気づいて、こちらを見る。カクン、と首を傾げひと言。
「どちらさまでしたっけ?」
「ざけんな」
「じょうだんですよ、じょうだん」
パタパタと手を振る。ヒナは変わりなくにへら、と笑って席に着く。ジーナがレモン水を持ってくると、両手でコップを抱えて一気飲み。
「っ、ぷはー!このいっぱいがしみるぅ」
「オヤジか」
「ぴっちぴちのようじょですよ」
「嘘言え」
「あれ、もうシグはカレーたべてるの?はやいね」
「王都からさっき来たもんでな、腹が減ってたんだよ。それにこの匂い嗅いでて食わないのは拷問だろ」
「ですよね~」
俺だけではない、さっきからどんどん客が入ってきている。この村の住人ほとんど来てるんじゃないのか?ダグは寸胴鍋を三つくらい用意しているみたいだが、あれ全部無くなるんだから凄い。
ヒナはちゃっかりダグにお持ち帰りカレーを準備してもらっているようだ。ひと回り小さな寸胴鍋がそれなんだろう。何人前なんだよアレ。
ランチタイムが一区切りし、客もほとんど帰るとダグがカウンターを回って出てきた。俺に珈琲を出し、ヒナの隣へと座る。
「よし、ではではおくすりわたすね」
「おう、いつもご苦労さん」
「ふふふ、カレーのためですから」
「カレーの支払いが薬なのか?」
「ああそうだ。ヒナちゃんの薬は効くからな。この村全員が世話になってる。金を払って買う奴もいれば、物々交換の奴もいる」
「えーとね、ぎゅうにゅうとかたまごとか、こうかんしたりするよ」
なるほど、流石に魔女の作る薬だ、値打ち物だろう。効き目は折り紙付だからな。辺境の村だけに、貨幣よりも物々交換で成り立っている部分は大きいらしい。
ヒナは胃薬、風邪薬、湿布と色々とリュックから取り出してはダグへと渡す。まさに魔女の薬屋だ。宿屋もやってれば、旅人が体調を崩す時もある。その為の常備薬でもあるようだ。
「よし、ありがとうな。んじゃカレーも用意できてるから渡すとするか」
「いえーい、きょうのよるごはんはカレー!」
この風景を見ていると、自分が何をしに来たのか忘れそうだな。ヒナに話を切り出すには、これが終わらないとできなさそうだ。
ダグの入れてくれた旨い珈琲を飲みながら、俺は機会を待つ事にした。
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