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第二章【氷】
風呂場でのひととき
しおりを挟む飯を食い終わり、珠翠に風呂を勧められた。雛も『入るといいよ~』と呑気に言うのでお言葉に甘える事にする。…しかし魔女の家で風呂とは。
だが、入ってみれば格別だった。薬湯です、と珠翠は説明をしてくれる。どうやら雛が育てたハーブが入った風呂のようだ。うっすら黄色がかった湯船は足も伸ばせて気持ちがいい。
「湯加減はいかがでしょう」
「ああ、すごくいい。なんか染み込んでくる感じがするな・・・」
「それは恐らく雛様の魔力でございましょうね。シグ様は古傷も多いご様子。この薬湯に浸かり、霊樹の家で一晩過ごせばかなり回復すると思われますわ」
「・・・そんなに効能があるのか?」
しげしげと湯船を見る。確かにじわじわと暖かい何かが体に染み込む感覚がする。恐らくこれが雛の魔力なのかもしれない。しかし古傷まで良くなるだと?ダグの潰れた片目も治したのだから、魔女の魔力に不可能はないのかもしれないが。
珠翠の話によると、人間は魂に『記憶』を刻むのだという。そこには『無傷であった時の記憶』が刻まれている。魔女が癒しの魔法を使う時は、その『魂の記憶』を呼び起こす為、欠損部位があっても蘇るのだと。
「ただし、それは『魂の記憶』が正しく残っていなければなりません。ですのでその人間の魂の記憶の質にもよります。シグ様はきちんと魂に記憶をお持ちの様ですので」
「そういう事か・・・」
「はい」
ダグの嫁さんを救えなかった、というのもここに関係しているのだろう。ダグの嫁さんは、自分の魂に『無傷であった時の記憶』がきちんと残されていなかった。だから雛の力でも病気を治すことが叶わなかったのだろう。
「そしてここは現世と幽世…人間の世界と私達人間でないモノの世界との狭間です。貴方達が生きている世界よりもさらに純粋な魔素が溢れた場所。本来持っている自然治癒力も促進されますので」
「だからか、ここに精霊や霊獣が留まるのは」
「もちろん、雛様を慕っている者が多いですよ。私達は皆、『古の魔女』を愛していますので」
精霊や霊獣は魔素を糧として存在するのだという。ならば世界に魔素を循環させる『古の魔女』という存在は、彼等にとってなくてはならない存在。
『愛している』というのも誇張ではないのだろう。そんな感情がこの珠翠という精霊の女性から感じられる。
「シグ様?」
「あ?ああ、なんでもない。まだ何か用か?」
「はい、よければお背中を流しますが」
「っ!? い、いや、自分でやるからいい」
「あら、遠慮なさらなくともいいのですよ。私は精霊ですから、雌雄同一ですし」
いやそうは言われても、珠翠は妙齢の女性体であって。精霊であるからかなりの美人だ。なんだってああいう奴等は皆美形なんだ?違うと言われても『女』として意識してしまう。見た目で区別してしまうんだ、仕方ないだろ!
そんな俺の動揺を感じ取ったのか、珠翠は『ではごゆっくり』と下がってくれた。いや、変な汗をかいた。
□ ■ □
ぬるめのお湯にゆったり浸かっていると、これまでの慌ただしさが嘘のようだ。ロロナはどうしただろうか。石化の兆候が出ていないといいが。
「だからー、ぜんぜんじかんあるってゆったじゃん」
「だからって急がない理由にはならないだろ」
「そんなこといったって、ひな、くすりのつくりかたおぼえてないもん。エリカのオリジナルかもよ?」
「お前が教えてたんじゃないのか?・・・って、うわ!いつの間に入ってきてんだよ!」
「きづかなすぎにもほどがあるとおもう」
「ぶにゃ」
考え事してたはずだが声に出してたのか!?いやそれよりなんで風呂に入ってきてるんだ雛!いやデブ猫まで!仲良く頭に手拭いを乗せ、湯船に浸かっている。勘弁してくれ。
「シグ、ひなみたいなようじょとおふろにはいるのがはずかしいの?どんだけはずかしがりさんなの」
「うるせ」
「ぶにゃにゃにゃ」
「いや、猫は風呂嫌いじゃないのか?」
「にゃもさんはおふろすきだよ」
「うにゃー」
気が済んだのか、デブ猫は先に上がってプルプルプル、と水分を飛ばして出ていった。雛は俺をじーっと見ている。見んな、減る。
「なにもへりませんて」
「うるせえな、人の考えを読むな」
「シグはキズだらけだね。としをとらないからって、ふじみじゃないんだからきをつけないとダメだよ」
「・・・死んだ方がマシだ、と性根がひねくれていた時が俺にもあったんだよ」
「そのひねくれぐあいもいまはゆるんでよかったね」
「・・・お前達には、ないのか?」
『古の魔女』。長い時を生きる魔女。俺と比べようもないくらい長い時を過ごしてきたのかもしれない。ならば、全てに絶望した時もあったんじゃないのか。
俺はそう思って雛に聞いてみた。答えてくれるとは思っちゃいない。そこまで自惚れてはいない。だが、今はそう聞いてみたかった。
「うーん、のぼせそう」
「さっさと上がれよ!ったく、珠翠!」
俺はゆでダコのようになっている雛を抱えて風呂を出る。もちろん下は隠してだな。珠翠はあらあら、と笑って雛を抱えていった。
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