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第四章【白】
二人目の『古の魔女』
しおりを挟む橋桁に腰掛ける女は、ふぁさりとフードを下ろす。零れる髪は長く、プラチナブロンドのような白。唇は薄い桃色で、線の細い少女といった風体。
「名乗った方がよかろうか」
「うーん?すきにしていいよ」
この時に気づくべきだったのだ。雛と親しげに話すこの女の事を。その声は鈴を転がすかのような心地いい声。その女と目が合った瞬間、不思議な感覚が襲う。何故か目を離せない。視線が吸い寄せられるかのように固定される。何だ、これは?
俺の様子に藍色の髪の男が目を眇める。そんな様子も視界に入ってはいるが、俺の視線は白の女に止まったままだ。
「おい、フードを被ってやれ。お前の魔力にあてられてるぞ、コイツ」
「おや」
くすり、と笑って白の女は藍色の髪の男に止められるのを気にせず、俺の前に立つ。そして覗き込むように近距離で視線を合わせた。それに対して俺の体は動かなかった。普段ここまで距離を詰められれば離れようとして仰け反るくらいのことはするだろう。だが今の俺はその距離を離そうともしなかった。いや、できない。
薄灰色の瞳が、キラリと銀色の光を宿したかのようだった。顔立ちは儚げな美少女だが、その瞳に宿るのは紛れもなく達観した色。
「面白いものだ、儂に魅了されてなお、ここまで抗える気力の人間がまだいるとはな」
「シグはたいせいあるからねー」
「ほう?・・・なるほど、エヴァの魔力の残滓、か。なればこそ儂の魔力にあてられても平気なのだな。これはおもしろい」
ククッ、と雰囲気にそぐわない笑みを浮かべて少し離れる。そして優雅に一礼。再び顔を上げた時、その瞳は銀色に光っていた。
「お初にお目にかかる。『古の魔女』が一人、『白』のファータ・モルガーナだ。
以後見知りおきを、『緋』に染められし儚き人間の子」
「─────『白』の魔女、か」
「『黒』が居るのならば『白』もまた然り。貴様にとっては珍しくもあるまいに」
そう言うとまたフードを被り、パチンと指を鳴らす。途端、何かから解放されたような気がした。ようやく視線が白の女から外れて自由になる。
「今の・・・は、何だ?」
「・・・あんたはコイツの魔力にあてられて『魅了』されてたんだよ。耐性があったから堕ちずに済んだがな」
藍色の髪の男が近寄ってきてそう告げる。ご愁傷様、とばかりに肩をポンと叩かれた。白の女と雛は何やら話を始めている。こちらに聞こえない所を見ると、何かの魔法を使っているんだろう。
「・・・俺の名はレンだ。アイツのことはそうだな、『澪』とでも呼ぶといい。雛様と同じく愛称みたいなもんだ」
「俺にそんな名を呼ぶ事を許していいのか?」
確かにどう言われても『古の魔女』の名前を呼ぶだなんて事はできない。ここが教会都市である事を差し引いたとしても、だ。
『黒』の魔女当人である雛からはそう呼べと言われているからいいが、『白』の魔女からは許しを得たわけでもないと思うが。しかしレンは問題ない、と言った。
「まさか『名前』を呼ばれても困るからな。アイツらの名前はそれだけで力を持ってる。不用意に呼べば大変だからな。『雛』『澪』の名前はそういったトラブルを防ぐ為の名前だから構わないだろ。あんたは『騎士』じゃなさそうだが、雛様が連れているならそれなりに信用が置ける人間と見た」
「『騎士』?・・・それは御伽噺の『魔女の騎士』の事か?」
古い文献や、『魔女』を描いた御伽噺に出てくる『魔女の騎士』。いかなる時も主たる『魔女』を守る永劫不滅の『騎士』だ。陰日向なく『魔女』に付き従い、守る、守護者。読み物だと『魔女』と一緒に無体を働く悪者として描かれるけどな。
まさか、レンは『白』の騎士なのか?
「まあ御伽噺の類だろうな。でも俺はあの女と『契約』しちまった。アイツが消滅するまで俺はアイツの『騎士』でいなきゃならん」
「・・・本当に、あるのか」
「興味があるのか?今のあんたとそう変わりはないけどな・・・なあ、『閃光のスカルディオ』。俺は五十年程前も今と変わらないあんたを見た事あるが?」
「っ、それは・・・」
「だいたいの想像は付くけどな。俺も『騎士』だから、『魔女』の魔力の残滓は見て取れる。『緋』の魔力の残滓があんたを人間の時間の流れから切り離しちまってる。難儀だな」
レンはそう言ってやれやれとため息を付いた。『魔女の騎士』が本当にいた事も俺にとっては驚きでしかないのだが、彼には俺に残る魔力の残滓も見えるようだ。雛がいつか言ってた魔術の残り香というようなものだろう。俺を不老長寿としている原因だ。
これまで全くこの『呪い』についてわかりはしなかったのに、ここ最近は驚く程に情報が出てくる。やはり『魔女』の事は『魔女』に聞けということか…
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