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第四章【白】
昔話
しおりを挟む日が落ち、夕暮れ時になってからようやく澪が戻ってきた。ここにいる、とは言わなかったはずだが、ここで待ち合わせていたかのように戻ってきた。雛の姿はない。
「済まなかったな、人の子。儂の弟子の事に関わらせてしまった」
「いや、構わない。あんたは大丈夫なのか?」
そう言うと、驚いたと言うように目を見開いた。フードの奥から覗く無表情ともいえる顔が、苦笑する。
「・・・そんな事と言われるとは思いもしなかった」
「何かおかしい事を言ったか?」
「『魔女』の儂にそんな事を聞いてくる人間がいるとは思わなかったのだ、許せ」
「・・・『魔女』だろうと近しい者が死ねば悲しいだろう」
俺はただ普通にそう思ったのだが、澪にとっては驚くようなことだったらしい。儚い美少女は頼りなげに微笑む。
「お前は優しいのだな、シグ。その心根の優しさをいつまでも忘れないでいてくれ。お前のような人間がいるのなら、まだこの世界を守る事も意味があるのだと思えるよ」
「そんな大層な事を言ったつもりはないんだが・・・」
「雛が気にかけるのもわかる気がするな。それ故にお前が『黒』の騎士となることはなかろうが」
「どういう、意味だ?」
澪はチラリとレンを見る。レンは心得たかのように、席を立った。澪が代わりに席に座ると、俺達に背を向けるようにして立つ。
「『魔女の騎士』の事は聞いたか」
「ああ、レンにな」
「その昔、雛───ラゼルにも『騎士』はいた。だが、今はいない。この意味を?」
「昔はいた、のか?じゃあ今は───」
何処に?と聞こうとして口を噤む。レンは『契約者である『魔女』が消滅しない限り死なない』と言わなかったか?ならば『死んだ』という事はないのだろう。なら何処に?そもそも、契約は破棄できるものなのか?
「・・・気付いたようだな?」
「『魔女』と『騎士』の契約は破棄できるものなのか?」
「通常はしないな。一人の『魔女』につき『騎士』は一人。それが普通だ。エヴァにも『騎士』はいるからな」
「なら───」
どうして雛には───『黒』の魔女には『騎士』がいない?
そう聞きたかったが声が出ない。言葉にすることを躊躇うのは何故だ?自分の体なのに、うまく動かない。そんな気がしていた。澪はゆっくりと口を開く。
「ラゼルの『騎士』は自らその命を絶った。理由はラゼル本人から聞くといい。話をしてくれるかどうかはわからんが」
「自ら、って・・・」
「『黒』の騎士はな、小さな子供の頃にラゼルと出会い、恋をしたのだ。何年も何年もずっと追いかけていた。ラゼルは『騎士』にする気などなかったが、二十年近く追い掛け回されてな。渋々『騎士』にしていた」
『白』の魔女はゆっくりと目を伏せ、思い出すように話し始めた。もう数百年前の事。
何処ぞの『魔女』が起こした争いから、孤児が生まれた。その子供は偶然にも『黒』の魔女に出会い、焦がれ、追い掛けて『魔女の騎士』となった。
それは『騎士』にとっては恋だったのだろう。だが、『黒』の魔女にとってはどうだったのか。けれど情は生まれたようで、永く時を過ごしたらしい。
けれど、それは訪れる。今から数百年昔、大規模な『魔女狩り』が起こった。俺が知る『魔女狩り』など比較にもならない程の凄惨なものだったらしい。主に『人間』側にとって。
その時は『緋』の魔女が積極的に人間側に攻撃を加え、幾つもの街が業火に消えた。その後始末はいつも『白』と『黒』の魔女がしていたらしい。
その中で、『黒』の騎士は精神を病んだ。『人間』と『魔女』の戦いに自身が傷付き追い込まれ、自ら命を絶った…
「儂が知っているのはここまでだ。真実何が起こったのかはわからん。ただ言える事は、ラゼルは『騎士』を解放し、転生させた。それからラゼルは『騎士』を持つ事を止めたのだ。今はあの白き獣が代わりとなっているだろう」
「・・・そうか」
「だから儂は驚いた。ラゼルがまた『人間』を側に置くとは思わなかったからな。だがお前を『騎士』とする事はないだろう。それ程までにラゼルの傷は癒えておらん」
『騎士候補か?』と聞いたが『もういらない』と言っていたからな、と澪は小さく笑った。澪曰く、『騎士』とは『魔女』にとって指針なのだという。永い時を生きる魔女にとって、『騎士』の人間らしさは自身が飲み込まれない為の軛なのだと。
雛が時折、何かを思い出すような遠い瞳をしていたのは、その『騎士』を思い出しての事だったのだろうか。いつもその時は手を出してはいけないような触れ難い気がしていた。俺は、あの優しい『魔女』に何をしてやれるだろうか。
「そういや、雛はどうしたんだ?」
「雛か?『つかれた』と言って宿に戻ったが?『おなかすいた』とも言っていたぞ?早う行って飯を食わしてやれ。雛は『人間』の作る飯が好きだからな」
「『人間』の作る飯・・・って何か意味があるのか?」
「儂にはわからんが、『あたたかくなる』気がするのだそうだ。旨い料理には作り手の魔力がこもるからな」
なるほど、それならばダグの飯を好んで食うわけだ。単に食い意地が張っているだけでもなさそうだな。
俺は澪に礼を言って、宿へと戻ることにした。…何を食わせれば満足するのか、と思いながら足早に。
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