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第1部
お父様は私に露ほども興味ありません
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「お父様、リーゼロットです」
「入りなさい」
ナーサリーを連れてお父様のいる書斎へやってきた。
ゆっくりドアを開けて入るとお父様は難しそうな顔をしながら書類に目を通していた。
隣にはお父様の側近ジェフリー・ダスティンが控えている。
お父様は私に一瞥もくれずに「どうして呼び出されたかわかってるな」と問う。
私に興味など露ほどもない冷ややかな声。
エーリック・シェーンヘル。
若くしてシェーンヘル伯爵家当主の私の父。
私はこの父が嫌いだった。
私の母だけを愛し、私には優しい笑みの一つもくれない。
母が生きていた幼い頃は頑張ってお父様に愛してもらえるようにたくさん愛嬌を振りまいていたけど、一向に変わらないお父様の態度に私はすぐに諦めてしまった。
昔も今も父親らしいことをしてもらった記憶などない。
そのくせ令嬢としての作法だの勉強しろだの顔を合わせる度に嫌味のオンパレード。
それもこれも愛せない娘をせめて自分の地位向上のための道具として働いてもらうための小言に過ぎない。
しかもこの父、原作では処刑される娘を見殺しにしたのだ。
処刑前にヴィルフリートはエーリックに処刑の許可を取りに行くのだがエーリックは「構わん。俺には娘などいない」とあっさり切り捨てた。
原作の流れとしては当たり前なのかもしれないけど。
ただこの最低なエーリックも顔はかっこよかったので読者の中でもファンはいたのだ。
冷めた顔がクールで素敵とか妻を一途に愛し続けていていいとか、そんなの当事者じゃないから言えることなのだと今になれば思う。
しっかし、この父嫌いは嫌いだけど今世の私においては大事なキーマンなんだよね。
なんせこの家で一番偉いのはお父様だ。
婚約破棄の一番近道だし、婚約破棄が無理でも味方につければ処刑を止めてくれるかもしれない。
いわゆる最後の砦。
なんとかこの父から信頼と好感を勝ち取らねばならない。
でもどうすれば……?
現状お父様からの好感度はゼロというより最早マイナス……。
ちょっとやそっとじゃ好感度は上がらないよねぇ。
「……聞いているのか」
色々と考え込んでいたせいでお父様を無視してしまっていた!
まずい、これじゃただでさえマイナスな好感度が更に下がる……!
「聞いております。婚約破棄のことですよね?」
「あぁ、そうだ。言うまでもないが婚約破棄は何があってもしない」
でしょうね。
わかってましたとも。
「第一、ヴィルフリート王子と結婚したいと言ったのはお前だ。口に出したのなら最後までやり通すのが筋だろう」
ぐっ……正論。
「ですが……!」
「異論は認めない。王家との結婚を甘く見るな」
お父様はぴしゃりと言い放つ。
聞く耳持たず……。
娘よりも権力を選ぶ父のことだ私の命が危ないと言っても揺らがないだろう。
どうしたらいいの?
私は頭の中で必死に前世の記憶を手繰り寄せる。
確か父に嫌われている主人公が好感度を必死に上げて幸せを掴むマンガがあったはず。
なんだっけ、えーっと……。
「まぁまぁ、お嬢様もお年頃ですから」
私が必死に記憶を手繰り寄せる中、お父様の側近ジェフリーが口を開いた。
お父様は口を挟むなと言うようにジェフリーを睨む。
ジェフリーは怯む様子もなくにっこりと笑う。
圧倒的裏のある笑顔だ。
ジェフリーは原作ではあまり出てこなかったから正直どういう人間なのか掴めない。
お父様と接する機会もほとんどなかったので当然ジェフリーと接する機会もほとんどなかった。
ジェフリーはナーサリーよりも年上だがまだ若い。
二十代前半くらいかしら。
けれどお父様の側近をしているくらいなのだからよっぽど信頼されているんだろう。
これは助け舟ととっていいんだろうか。
「お嬢様が旦那様に意見するのは初めてではないですか?」
ジェフリーに言われてはたと気づく。
そういえば今までお父様に反抗したことなかったわね。
いくら嫌味を言われても笑って流し、お父様がいないときに使用人に八つ当たりしてたものね。
「言われてみればそうだな。何か言い分があるのなら言ってみるがいい」
お父様はただ淡々と告げる。
私を試すような鋭い目。
きっとありきたりな回答じゃすぐに興味を無くしてしまうだろう。
みんなの視線が私に集中する。
ここでなんて言えば父が納得して好感度も上がるのか。
前世の記憶を思い出したなんて馬鹿正直に言えないしそもそも信じてもらえないと思う。
前世の記憶を検索してヒットしたものは正直実行に移していいものなのか……。
「お父様、私は……」
一かバチか。
ええいどうにでもなれ!
「お父様ともっと一緒にいたくて、その……」
「…………」
「結婚したらお父様にもっと会えなく、なっちゃう、から……」
「…………」
お父様は何を考えてるのかわからないけど腕を組んだまま静止している。
誰も何も答えない。ただただ静かに時間だけが過ぎる。
やがてお父様はため息をひとつついた。
やっちまったああああ!!
言ってから気付いたけど、パパだーいすき!みたいなかわいこぶりっこして許されるのって小さい子だけだよね!?
私十六歳!キツい!ムリ!
恥ずかしさで今にも逃げ出したい衝動を抑え下を向く。
「……ぷっ、あはははっ」
そこで吹き出したのはジェフリーだった。
ジェフリーは心底楽しそうに笑う。
「お嬢様にもそんな可愛らしい一面があったんですねぇ。パパと離れたくないよ~だそうですよ?旦那様?」
「ちがっ……!そこまで言ってないわよ!」
思わず顔を上げるとお父様と目が合う。
私はいたたまれなくなって目を逸らした。
お父様は咳払いをするとこう続けた。
「……リーゼロット。理由はどうであれ婚約破棄をするつもりはない」
「……はい」
お父様の声はいつもと何も変わらず淡々としていた。
冷静に返されると余計に恥ずかしくなる。
「それから近々エメラウス公爵家との食事会を予定している。必ず出席するように」
お父様はそれだけ言って口を閉ざしてしまった。
エメラウス公爵家、つまりヴィルフリート王子とその家族。
……あまり会いたくないのに。
もう話はないというようなお父様の態度にしぶしぶ書斎を後にした。
部屋を出るときジェフリーがこちらを見てにっこり笑いながら恭しく一礼をした。
それもまた裏がありそうな笑みだった。
婚約破棄作戦はただただ私が恥をかいただけで終わってしまったわ。
自室に戻る途中ナーサリーがにこにこしていたのでどうしたのか聞いてみるとこんな答えが返ってきた。
「リーゼロット様って実はお父様大好きっ子だったのですね」
……言わなきゃよかった。
「入りなさい」
ナーサリーを連れてお父様のいる書斎へやってきた。
ゆっくりドアを開けて入るとお父様は難しそうな顔をしながら書類に目を通していた。
隣にはお父様の側近ジェフリー・ダスティンが控えている。
お父様は私に一瞥もくれずに「どうして呼び出されたかわかってるな」と問う。
私に興味など露ほどもない冷ややかな声。
エーリック・シェーンヘル。
若くしてシェーンヘル伯爵家当主の私の父。
私はこの父が嫌いだった。
私の母だけを愛し、私には優しい笑みの一つもくれない。
母が生きていた幼い頃は頑張ってお父様に愛してもらえるようにたくさん愛嬌を振りまいていたけど、一向に変わらないお父様の態度に私はすぐに諦めてしまった。
昔も今も父親らしいことをしてもらった記憶などない。
そのくせ令嬢としての作法だの勉強しろだの顔を合わせる度に嫌味のオンパレード。
それもこれも愛せない娘をせめて自分の地位向上のための道具として働いてもらうための小言に過ぎない。
しかもこの父、原作では処刑される娘を見殺しにしたのだ。
処刑前にヴィルフリートはエーリックに処刑の許可を取りに行くのだがエーリックは「構わん。俺には娘などいない」とあっさり切り捨てた。
原作の流れとしては当たり前なのかもしれないけど。
ただこの最低なエーリックも顔はかっこよかったので読者の中でもファンはいたのだ。
冷めた顔がクールで素敵とか妻を一途に愛し続けていていいとか、そんなの当事者じゃないから言えることなのだと今になれば思う。
しっかし、この父嫌いは嫌いだけど今世の私においては大事なキーマンなんだよね。
なんせこの家で一番偉いのはお父様だ。
婚約破棄の一番近道だし、婚約破棄が無理でも味方につければ処刑を止めてくれるかもしれない。
いわゆる最後の砦。
なんとかこの父から信頼と好感を勝ち取らねばならない。
でもどうすれば……?
現状お父様からの好感度はゼロというより最早マイナス……。
ちょっとやそっとじゃ好感度は上がらないよねぇ。
「……聞いているのか」
色々と考え込んでいたせいでお父様を無視してしまっていた!
まずい、これじゃただでさえマイナスな好感度が更に下がる……!
「聞いております。婚約破棄のことですよね?」
「あぁ、そうだ。言うまでもないが婚約破棄は何があってもしない」
でしょうね。
わかってましたとも。
「第一、ヴィルフリート王子と結婚したいと言ったのはお前だ。口に出したのなら最後までやり通すのが筋だろう」
ぐっ……正論。
「ですが……!」
「異論は認めない。王家との結婚を甘く見るな」
お父様はぴしゃりと言い放つ。
聞く耳持たず……。
娘よりも権力を選ぶ父のことだ私の命が危ないと言っても揺らがないだろう。
どうしたらいいの?
私は頭の中で必死に前世の記憶を手繰り寄せる。
確か父に嫌われている主人公が好感度を必死に上げて幸せを掴むマンガがあったはず。
なんだっけ、えーっと……。
「まぁまぁ、お嬢様もお年頃ですから」
私が必死に記憶を手繰り寄せる中、お父様の側近ジェフリーが口を開いた。
お父様は口を挟むなと言うようにジェフリーを睨む。
ジェフリーは怯む様子もなくにっこりと笑う。
圧倒的裏のある笑顔だ。
ジェフリーは原作ではあまり出てこなかったから正直どういう人間なのか掴めない。
お父様と接する機会もほとんどなかったので当然ジェフリーと接する機会もほとんどなかった。
ジェフリーはナーサリーよりも年上だがまだ若い。
二十代前半くらいかしら。
けれどお父様の側近をしているくらいなのだからよっぽど信頼されているんだろう。
これは助け舟ととっていいんだろうか。
「お嬢様が旦那様に意見するのは初めてではないですか?」
ジェフリーに言われてはたと気づく。
そういえば今までお父様に反抗したことなかったわね。
いくら嫌味を言われても笑って流し、お父様がいないときに使用人に八つ当たりしてたものね。
「言われてみればそうだな。何か言い分があるのなら言ってみるがいい」
お父様はただ淡々と告げる。
私を試すような鋭い目。
きっとありきたりな回答じゃすぐに興味を無くしてしまうだろう。
みんなの視線が私に集中する。
ここでなんて言えば父が納得して好感度も上がるのか。
前世の記憶を思い出したなんて馬鹿正直に言えないしそもそも信じてもらえないと思う。
前世の記憶を検索してヒットしたものは正直実行に移していいものなのか……。
「お父様、私は……」
一かバチか。
ええいどうにでもなれ!
「お父様ともっと一緒にいたくて、その……」
「…………」
「結婚したらお父様にもっと会えなく、なっちゃう、から……」
「…………」
お父様は何を考えてるのかわからないけど腕を組んだまま静止している。
誰も何も答えない。ただただ静かに時間だけが過ぎる。
やがてお父様はため息をひとつついた。
やっちまったああああ!!
言ってから気付いたけど、パパだーいすき!みたいなかわいこぶりっこして許されるのって小さい子だけだよね!?
私十六歳!キツい!ムリ!
恥ずかしさで今にも逃げ出したい衝動を抑え下を向く。
「……ぷっ、あはははっ」
そこで吹き出したのはジェフリーだった。
ジェフリーは心底楽しそうに笑う。
「お嬢様にもそんな可愛らしい一面があったんですねぇ。パパと離れたくないよ~だそうですよ?旦那様?」
「ちがっ……!そこまで言ってないわよ!」
思わず顔を上げるとお父様と目が合う。
私はいたたまれなくなって目を逸らした。
お父様は咳払いをするとこう続けた。
「……リーゼロット。理由はどうであれ婚約破棄をするつもりはない」
「……はい」
お父様の声はいつもと何も変わらず淡々としていた。
冷静に返されると余計に恥ずかしくなる。
「それから近々エメラウス公爵家との食事会を予定している。必ず出席するように」
お父様はそれだけ言って口を閉ざしてしまった。
エメラウス公爵家、つまりヴィルフリート王子とその家族。
……あまり会いたくないのに。
もう話はないというようなお父様の態度にしぶしぶ書斎を後にした。
部屋を出るときジェフリーがこちらを見てにっこり笑いながら恭しく一礼をした。
それもまた裏がありそうな笑みだった。
婚約破棄作戦はただただ私が恥をかいただけで終わってしまったわ。
自室に戻る途中ナーサリーがにこにこしていたのでどうしたのか聞いてみるとこんな答えが返ってきた。
「リーゼロット様って実はお父様大好きっ子だったのですね」
……言わなきゃよかった。
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