あなたがが婚約破棄の証拠として持ってきた書類、私が作ったニセモノだって気づかないんですね

カズヤ

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「フィオナ・ロジエル! お前の悪事には心底呆れたぞ! よってお前との婚約を破棄する!」

 第二王子、ドルム・ロゼオールの口から発せられた言葉が執務室に響く。
 その言葉を予期していた私は苦笑しながら肩をすくめた。
 悪事に呆れたなどと持って回った言い方。
 私に興味が無くなった――いや最初から興味などなかったのだと、そう言えば良いのに。

「見ろ! お前がやった悪事がこの書類に……あれ、えっと……」

 ドルムは高らかに宣言して机の上に視線を這わせ、一瞬小首を傾げた。
 私はため息を付いて、彼が探しているであろう書類を横目で見た。
 
(書類入れは右の引き出しですよ。全く……私に仕事を全部押し付けて全くしないから)
 
 ドルムは執務仕事を一切しない。
 彼が任せられた仕事のほとんどは私と数人の秘書が処理している。
 彼はただサインをするだけ。
 だから書類がどこにあるのかわからないのだ。第二王子という立場にしてはあまり頼りない姿がどこか滑稽だった。
 
「これだ! お前が、リゼリア・アマン子爵令嬢を虐めたことの調査書類だ! 見ろ!」

 ようやく見つけた書類をドルムはこちらに投げつけてくる。
 私は書類を拾い上げるために腰をかがめる。
 そんな私を見下ろしてドルムはニヤリと笑った。勝ち誇ったような笑みだ。
 
 ため息を付きながら書類を開くと、そこには全く根も葉もない情報が羅列されていた。
 私がとある子爵嬢に対してのひどい噂を流し、公の場で悪意ある中傷をしたらしい。
 さらには私がリゼリアと二人きりになるように呼び出して、部屋の調度品を壊し、彼女の顔を引っ掻いたという話まである。
 本当だったらえらいことだが、証言者はなぜかリゼリア嬢ご本人のみ。他に証人は――なし。
 
(こんな報告を本当に信じるとは……)
 
 非常にリゼリア嬢に都合のいい報告書をドルムは鵜呑みにしている。
 もちろん私はリゼリアと二人きりになった事すら無い。
 せめて証言者が彼女一人だけという部分には疑問を持って欲しいのだが……。
 
「そうまでおっしゃられるなら婚約破棄は別に構いませんが。その書類が証拠で本当によろしいのですか?」

「そうだ! この書類が言い逃れできない証拠だぞ! 文句あるのか!」

 とりあえず私はそれだけ告げたが、ドルムは私に言わんとする事を全く理解しないようだった。
 彼は証人の不確かな書類を公文書として提出する気のようだった。
 正直な所、婚約破棄は否定する気がない。
 
 ドルムと私の関係は、全く政略的なものだった。
 
 第二王子ドルムは王子として頼りなく、真っ先に継承者候補から外れた。
 しかしそんな人間でも王族としての責務は少なからずある。だが彼はそんな責務を果たす能力すらなかった。
 だから王は彼の妻となる人間に政務を滞り無く行える能力のある人間を望んだ。

 彼の仕事を代わりにやる人間、それが私だ。

 婚約が決まってからドルムと私は数回ほど面会し、婚約相手だと紹介された。
 そのときドルムがどう思っていたか知らないが、少なくとも歓迎した顔をしていた記憶はない。
 そして私は政務をこなさなければならないため、当時通っていた学校を中退させられた。
 身を粉にしてドルムの仕事を肩代わりしろ――。それが、国王からの命令だった。
 そういうものかと私は受け入れた。
 
「これでお前とはお別れだ! 僕はリゼリアと真の愛をこれから育んでいく!」

 その結果がこれだ。
 ドルムは勝ち誇ったように叫んだ。
 つまるところこれは、私と別れて新しい女とくっつきたいという話だ。
 ドルムが私を見限って、新しい愛を見つけたのは貴族学校だった。
 彼が執心している女性の名はリゼリア・アマン。
 事業で一山当てた子爵家の令嬢らしい。
 本来は王族とつながりがない立場だが、金に物を言わせ最上位の貴族学校へと進んできた。
 リゼリアは、とにかく身分の高い男との結婚願望の塊であると評判だった。
 侯爵家以上の男性は、すべからく彼女に胸を押し付けられたという噂があるほどだ。
 
 そんなギラギラしたアプローチがお好きな男性もいるらしく、ドルムはそういう男だったらしい。
 見事に引っかかりこの状態だ。
 
(隠す気もなく、これみよがしに宮殿でいちゃつかれたなぁ。あのフォローは大変だった……)

 あっという間にドルムを骨抜きにしたリゼリアは、魅せつけるように宮殿内でドルムといちゃついた。
 王族と子爵家がいちゃついているというだけでも悪目立ちするのに、ドルムには私という婚約者がいる。
 これを放置しては王家の面子が酷いことになる。
 その後処理をしたのは私だ。
 なぜ私はこんなことをさせられているのだろうと思った。
 
「というか、あの、リゼリア嬢とすぐ婚約されるのですか?」

「なにか文句あるのか!?」

「子爵家と王族のご結婚は各所にお話を通さないと難しいですが……」

 染み付いた補佐のクセが出たか、私は思わず問いを発してしまった。
 ドルムと私の婚約は国王が主導で進めている。
 私が虐めをしていたというカバーストーリーを作ったとしても、すぐに結婚してしまってはいらぬ憶測を呼ぶ。
 
(子爵家がいきなり王族の正妃になるという問題は、私を悪人にしても解決しないわよね)

 貴族同士の婚約は当人同士の問題ではなく、信用に関わってくる重要なものだ。
 ましてや生まれながらにして王家の看板を背負っているドルムがそんなことをしたら影響は甚大だ。
 
「なっ……そんな……お前に関係あるのか!」

「やっぱり考えてなかったんですね」

「うるさいっ! 黙れこのグズっ! どいつもこいつもリゼリアと僕の仲を反対して!」

 ドルムは目を剥いて露骨に苛立ちを浮かべた。
 私はそれに体をこわばらせて縮こまった。
 いつものような怒鳴り声。こうして怒鳴られるのがしんどかった。
 婚約する時に、義父となる王は私にこう言った。
 
『お前は妻としてドルムが王族として恥ずかしい振る舞いをしたら正せ』
 
 これは暗に、部下からドルムへの苦情があれば、私が矢面にたって私の言葉ということにして伝えろということである。
 私は王命をできうる限り果たすべく、穏当にドルムの振る舞いを指摘し続けた。
 そのたびに怒鳴られた。ドルムの目は日に日に私のことを汚物を見るような形になっていった。
 
(王命を守れば王子に嫌われ、王子を尊重すれば王に叱られる……全く……板挟み)
 
 正直つらい。そんな日々が終わるなら婚約破棄も悪くはない。 
 そう感慨にふけっていると、ドルムがいらついて舌打ちをした。
 
「お前、そんな顔してられるのも今のうちだぞ? 告発は終わってない」
 
 そして次の瞬間、すさまじい悪意を表情に浮かべた。
 
「……資料をしっかりと読めよ。お前の“本当の罪”をまだ僕は指摘してないんだぜ?」

 そのあまりに自信満々の声に私は不安を覚え、どきりと胸が重く震えた。
“本当の罪”とはなんだろう。まさか――。
 
「フィオナ! さらにお前は国庫からお金を横領しているだろう!」




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