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1.お前に俺のすべてをくれてやっても良い

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 王都中が寝静まっている深い夜であった。

 王都ヴァルヘルム中央治療院――その最上階。

 貴賓だけが利用できるその病棟の最奥の部屋を、ランプ1つの明かりが照らしている。
 その部屋には二人の人間がいた。

「……決めたぞ、悪魔よ」

 純白のシーツのベッドに横たわる男性が告げる。
 黒い髪に、黒い瞳を持つ、精悍な若獅子のような男性であった
 宵闇に溶け込むようなその黒い髪は、この国で珍しい特徴の色だ。
 
「俺をもう一度立ち上がらせてくれ……できるのだろう? 悪魔のお前ならば」

 男は向かい合う人影にそう話しかけた。

 話しかけられた人影は女性のようであった。
 目深にフードをかぶっており顔はわからない。
 フードの少女は男の問いを受け困惑するように言葉を返す。

「貴方は、死ぬような目にあってまでなお、戦うことを求めますか」

 少女は手に握ったランプの光を男に向ける。
 男の全身がその光に照らされる。
 男は体中に包帯を巻き、そこから血をにじませながら横たわっていた。

「ああ。俺はなんとしてでももう一度戦場に立つ。だから……ぐっ」

 獅子の如き男は、その傷だらけの体でなお、少女を射すくめた。
 そして苦痛に顔を歪めながら言葉を続けながら、男は体をよじる。

 次の瞬間、男は立ち上がろうとして――ぐらりと体を揺らがせた。
 慌てた少女が男に駆け寄る。

「無茶です! そんな身体で起き上がろうなど……!」
 
 少女は男の体を支えるように抱きとめ、悲痛な声を上げる。
 男はいまいましげにそんな自分の身体を睨みつけた。
 
「手にも足にも力が入らん……くそっ……無様な」 

「……ご無理をすればもはや二度と立てなくなります」
 
「かまわん! もう一度この身体が動くなら……!」

 激しい怒りの声とともに、男は再び少女に視線を戻した。
 凄まじい意志がこもった視線だった。
 食い殺す寸前の獲物を見るように、獰猛なものだ。

「悪魔よ! おまえに俺のすべてをくれてやってもいい……!」

「ッ!? あっ!?」

 その瞳に気圧された少女は、動揺して後退る。

 衝撃で、少女のかぶっていたフードがはだけた。
 少女の顔がまろびでる。

 長い金の髪がランプにてらされ舞った。
 フードの下から現れたのは、しみ一つない白い肌の整った顔立ちの少女だ。
 陽光を吸い込んだような金の髪に、碧眼。男とは対象的にこの国でよく見る外見だ。

 ――だが少女の顔には1つ、特筆する異常があった。 
  
「見ないで!」

 少女は自分の額を覆い隠すように覆った。

「角つき……それがお前の悪魔たる所以だったな」
 
 ――少女の右の額には、一本の真っ黒い角が生えていた。
 その美貌すべてを無に帰すほどの異形である。

「クライヴ王子! 私のようなものに頼るなら、貴方は死ぬより苦しい目に合いますよ」

 角を手で忌々しげに覆いながら、少女は王子と視線を合わせ返答した。

 少女の言葉は、宵闇さえ吸い込むがごとき重苦しさを持っていた。
 だが――ヴァルヘルム王国第三王子、クライヴ・ヴァルヘルムは少女の言葉を受け止め真っ向から見返した。
 
「それでも、俺にはお前が必要だ。リディア・フェスティア……」

 クライヴ王子は真っ直ぐ少女の名前を呼んだ。

 それに少女――リディアは怯んで、居住まいを正された。
 二人の視線が交錯し無言の時間が流れる。
 その間、一瞬たりともクライヴ王子は少女から目をそらさなかった。
 
「クライヴ様……一つだけ問いをお許しください」

 根負けしたリディアの側が視線を落とす。
 やがて、震える声でリディアは王子へと問いかけた。

「王族である貴方がお命じになれば私は断れませぬ。なのになぜ……“願う”などと対等な風におっしゃるのです」

 そう告げたリディアの言葉に虚を疲れたようにクライヴも黙した。
 リディアはぐっとクライヴの瞳を見つめ返した。真摯な問いであった。
 クライヴは思案したあと、ふっと顔をほころばせた。

「さてな。わからぬが、なぜかお前には命令したくはない」

 リディアはその答えにかっと目を見開いた。
 そしてぎゅっと唇を噛み、落とした視線を再びクライヴ王子の方へを上げた。
 そのまま――二人の視線が絡み合う。
 
「……王家の方のご下命に、否やはありませんね」

「そうか! 受けてくれるか」

 そして震える声でリディアは王子の願いを受け入れた。
 クライヴは安堵の笑みを浮かべた。
 それに少女は一瞬だけつられたように口元を綻ばせる。

 だがそれも一時のこと。
 リディアは、角を見せてしまったことを恥じるようにもう一度フードをかぶった。

「ですが、貴方は悪魔に願ったのです……決して後悔なさいませぬよう」
 
 忌々しげに顔を隠しながら、リディアは言葉を続ける。
 フードを着込んでなお少女は角から手を離さず、ずっと覆っている。
 少女のその手に角の硬質な宝石のような感触が伝わり――。
 
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