その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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7.心配性の大司教

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◆7

 ――そんな夜を終え翌日。
 昼時に、3人の人影がクライヴ王子の病室の前に立っていた。
 その3人とはシスター・ヴィエラとリディア、そし純白の僧服を着た初老の男性であった。
 初老の男性が、せわしなく瞳をうろつかせながら懐疑の声を上げた。

「ううむヴィエラ……クライヴ王子の治療をするのがこんな若い子で、本当に大丈夫なのかね?」

(よく知らない男の人に、凄い心配されてる……)

 男性の不安そうな声に、リディアはなぜこんなことになったのか思い出していた。
 今朝リディアは、院長室に行った。
 王子の治療を受ける決意をシスター・リディアに告げるためだ。
 その時、シスター・ヴィエラと一緒にこの初老の男性がいた。
 用件を聞かれたので、リディアは男性の前で、王子の治療を決意したことを話した。
 すると、男性が血相を変えてしきりに大丈夫かと聞いてきて今に至る。
 
「リュケイオン大司教、先程から説明している通り、王都でこの治療ができる“角つき”はリディアしかおりませぬ」

 初老の男性の名と肩書をシスター・ヴィエラが告げた。
 大司教とは女神を信仰する教会の経営・管理をする重役である。それは男性が代々襲名する。
 なぜ男性が担当するのか。
 それは女性のみが霊力を持つ都合上、女性は聖女として現場で働くからである。
 そのため、役割分担として、運営側に男性がつくことになる。
 リュケイオン大司教はそういった教団のお偉いさんであった。
 
「しかしねえクライヴ王子の治療は危険を伴うのだろう? その、失敗したら……我らが女神教に、大変な責任がだね」

 大司教はかつて美青年だったような面影を残す顔立ちであった。
 しかし、そんな恵まれた風体を自信なさげな所作で台無しにしていた。
 
「確かにリディアの霊力には腐食の副作用があり、危険な治療ではあります」

 大司教の言葉には責任逃れしたい気持ちが見え隠れている。
 それに老聖女は額を抑えつつ左手で親指を立てた。

「ですが対策は万全です。これを御覧ください」

 老聖女は王子の病室の壁へと自分の手を掲げた。
 伸ばされた手が空中のとある部分で静止する。
 ヴィエラの手の触れた部分に、光の薄い膜のようなものが出来ていた。

「この光……回復結界ですね!」

 いままで大人二人の会話を黙って聞いていたリディアは、その正体を理解して叫んだ。

「その通り。この中にいる生命は、どのような怪我があっても瞬時に回復します」

 そう告げたヴィエラは胸元からハンカチを取り出した。
 高級そうなシルクのハンカチーフだが、その端のレースがほつれて崩れている。
 シスター・ヴィエラはそのハンカチを結界の中に入れた。

「例えば、生体由来の絹糸で出来たハンカチなんかもこのように治ります」
 
 特殊な縫製でハンカチの形を「元のモノ」と登録してあるものに限りますが……とヴィエラが追記した瞬間だった。
 ほつれたレースがみるみる内に元の美しい刺繍へと戻っていく。
 それをおお――と驚嘆して大司教は見つめた。
 
「クライヴ王子の手足が動かない要因ははっきりしています」

 ペースをつかんだヴィエラは畳み掛けるように説明を続ける。

「王子の骨身に、通常の霊力では治せない細かい“ひび”が入っているためです」

 シスター・ヴィエラは朗々と説明を続ける。

「その“ひびを『角つき』の規格外の霊力で直し、この回復結界で腐食の副作用をフォローします」

「う、うむ……ううむ……それは良い考えだとは思う」

 息せきつかさず、専門知識を並べ立てられリュケイオン大司教は腕組みをして完全にペースに飲まれている。
 シスター・ヴィエラの計画はこうだ。
 リディアの聖女の力は、強すぎて人体を腐敗させてしまう。
 ゆえに腐敗した端から回復結界(リジェネ・フィールド)で治せばいい。
 どのような不測の事態がおこっても回復結界により王子は安全というわけだ。

「万が一にも危険はないと自負しておりますよ」

 老聖女は自負を感じさせる声音でそう締めくくった。

「確かに、常時回復する結界の中にいれば危険の起こりようがない……」

 リュケイオン大司教はうなりながらそう告げた。
 リディアも胸中でその言葉に賛同した。
 回復結界は熟練の聖女が使う最終奥義である。
 この中にいれば、危険が起こってもその瞬間回復するわけだ。
 シンプルながら頼もしいフォローである。

「しかし人間のやることに完全はない。そのような危険を王子に侵させるのは如何なものかと……」

 だがこの説明を聞いてなお、尚もリュケイオン大司教は難色を示した。
 シスター・ヴィエラはついに眉をしかめた。

「それを直に王子へお話なさいますか?」

「いや、そ……それは……」

 その言葉を聞いたリュケイオン大司教はさっと顔を青くした。
 そしてもごもごと口で何か言葉にならない反論を咀嚼し。

「わかった! 治療を頑張ってくれ! あ、それと私が反対していたことは、くれぐれも王子に内密に……」

 諦めたようにそう告げて、リュケイオン大司教は慌てて帰ってしまった。
 ぽかんとリディアはそれは見送った。

「あ……帰っちゃった。なんで来たんだろう」

 リディアは首を傾げた。
 大司教は王子の治療に反対したいようだったが、特に明確な理由はないようだった。
 それを不思議に思ったが、偉い人なりの考えもあるのだろうと納得する。
 だが、大司教その態度にリディアはふりきったはずの不安がぶり返してきているのを感じていた。

「でも大司教様の言う通り、やっぱり私なんかが、治療を引き受けてしまってよかったのでしょうか……」

「気にしなくても大丈夫。ああいう人なのよ。必要以上に心配性で臆病なの」

(シスター・ヴィエラは、大司教様相手でも流石だなあ)

 シスター・ヴィエラはリュケイオン大司教と裏腹に堂々としたものだ。
 その自負心をリディアは羨ましく思っていると。
 その弱気を振り払うようにヴィエラはリディアの背中をぱんと叩いた。
 
「クライヴ様がお待ちよ」

 そうヴィエラが告げると測ったように扉の奥から声が聞こえた。

「扉の外で何を話し込んでいる? 治療をするなら早く始めてくれ」

 促すようなクライヴの声。
 急かされたリディアは気を取り直し、シスター・ヴィエラを手招きする。

「は、はい! いま参ります! シスター・ヴィエラ……さあ」

「いいえ、私は行けないわ」

 だがヴィエラは首を振ってそれを拒絶した。

「えっ? ……冗談ですよね?」

 聞き間違えかと思った。
 だが返ってきたのは意外な拒絶だった。
 ぽかんとするリディアに、ヴィエラは真面目な表情で説明を続ける。

「結界の術者は私。だからこの結界を維持するために外にいないといけないの。リディア……貴女一人で行きなさい」

 大司教がいなくなった今、ここにはリディアとヴィエラしかいない。
 そしてヴィエラは入ってこれないとなると――。

「……見習いの私一人で、王子を治療するのですか!?」

 結果が在るとはいえ、流石に他にも補助をするプロの聖女が付いていてくれるものだと思っていた。
 一人で治療をする想定など全くしていなかった。
 こんなことは前代未聞だ。
 なぜならリディアは聖女ですらない見習いの身だからである。
 医療行為は厳しい管理をされている。
 生兵法で治療に挑んで悪化させれば、取り返しの付かないことになるからだ。
 冗談だと思った。

「治療は院長権限で許可します。さ、王子がお待ちですよ」

 本気だ。
 老聖女の目は全く笑っていなかった。
 リディアは頭を抱えたくなる衝動に駆られた。
 治療をすると決意したが、まさかいきなり一人とは。
 
「……わかりました。そうしなきゃいけない訳があるんですね」

 迷ったリディアだったが、他に道はないとわかった。
 シスター・ヴィエラは言い出したことは曲げない人だ。
 それに必ず行動一つ一つに理由がある思慮深い人なのは知っている。
 今回のこともなにか理由があるのだろう。
 
「クライヴ王子を頼みます」

 リディアの背にヴィエラの薫陶がかけられた。
 それを受けて頷いた。腹は決まった。
 最悪シスター・ヴィエラの治療結界があるのだ。
 この条件は心強く、幾分か気が楽になったのもあった。

(ええい、どうにでもなれっ!)

 そしてリディアは一歩足を踏み出す。
 意を決してリディアは扉をノックし――病室の扉を開けた。

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