その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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8.食べさせて…って!?

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「クライヴ様……失礼します」

 扉をくぐるときに、結界に触れた。
 熱いお風呂に入ったような、体の芯がぽかぽかとしてくるような感覚が襲う。
 身体の代謝を上げる作用もあるのだろう。
 そんな感覚を受けながらリディアは扉をくぐった。

「結界のことは聞いている……しかし随分と扉の前で話し込んでいたな?」

 扉を開けると、クライヴが真っ直ぐこちらを見つめてきていた。

「シスター・ヴィエラに色々と注意を受けておりました」

 リディアは慌てて臣下の礼を取るべくひざまずいた。
 そして上目遣いでクライヴを見つめる。
 やはり、クライヴ王子は大変整った顔立ちをしていると思った。
 調練で鍛えられたクライヴの体躯は、威圧的な大きいだけの身体ではなく細身の引き締まったものだ。
 美男特有の全体的に細い印象がありながら、肉食動物のような力強さもある。
 あらためてリディアは緊張で身体をガチガチにした。

「改めまして、リディア・フェスティア、治療を承りました。不肖ながらしっかり務めさせて……」

 リディアは何を話していいかわからず回りくどく口上を述べた。 
 
「ああ、そう固くならずとも良い」
 
 その緊張を感じ取ってクライヴは苦笑しながら、リディアをなだめる。
 
「面倒だからそういう堅苦しいのは今後はいらん。それより――」

 そしてクライヴは部屋の奥を指さした。

「治療の前にだな。食事にしたいのだが良いか?」

 そこには大きな台車が置かれており、なにやら湯気が立っていた。
 目を凝らすとそれは、食事を乗せた台車であった。

「は、はあ。そういえばそのようなお時間ですね」

 時間はちょうど昼食時間である。
 その呑気な提案に少し緊張がやわらいだ。
 
「治療の下準備で忙しいからと食事を後回しにされていてな」

 リディアは皿の内容を見る。
 その料理がとても豪勢であることを見てごくりと生唾を飲み込んだ。
 さすが王子様のお食事だ。

「……何をぼーっとしている、食べさせてくれないか?」

 そうやって料理を眺めていると、信じられないことを言われた。

「えっ!? 食べさせて……って!?」

 リディアはぽかんと口を開けた。
 年頃の少女らしい発想がリディアの脳を駆け巡る。
 良い年齢の男女が、いちゃつくために食事を食べさせ合う話を思い出し、リディアは顔をひきつらせた。

「何を想像しているか知らんが、俺はこの通り手足が動かんのだぞ? 一人で食事できぬに決まっているだろう」

 リディアの様子を見て、呆れたようにクライヴは口を開いた。

「あ、そ、そうですよね!」

 そう言われてリディアは驚きながらも納得した。
 クライヴは戦傷により両手両足が全く動かない。
 ナイフやフォークなど使えるわけはなく、当然誰かが食べさせなければならない。

「私でよろしいのでしょうか」

 流石に不安になった。やはり王族への遠慮が在る。

「他に誰がいる。医療行為だ。無礼などと言わんよ」

 クライヴは堂々としていた。
 そんな態度に、なにやら感じていた気恥ずかしさが薄れていく。
 確かにこれは医療上とても重要なことなのだから、なんら恥じることはないのだ。
 リディアは納得して食事をベッドの前へと持ってきた。
 そして粛々と食器と皿を用意した。

「し、失礼して、では前菜から」

 まだ料理は温かい。
 まずオードブルのスープをすくったリディアはそっとクライヴの口元に差し出した。

「ん――」

 クライヴはそっと顔を寄せ、スープを口を近づけた。
 熱かったのかそれに顔をしかめる。
 そして、ふーふーと冷ましながらそれを飲んだ。
 失礼な連想であるが、小動物のようなあどけない所作であった。
 そんな可愛い動作に顔がにやけてしまう。

「ム……何かおかしいか?」

「い、いえ。恐れながら、その口をすぼめる飲み方が可愛らしいなと」

「ほほう……言うなァ角つき」

 顔を少し赤らめ、混ぜっ変えされるが、悪意をまるで感じない。
 不思議とこの人に角のことを言われるのは嫌ではなかった。
 リディアはスープをよそい、クライヴは憮然とそれを飲む。

「どうもニヤニヤ見られると飲みづらいな……子供扱いされている気分だ」

 とぶつぶついうクライヴに楽しくなってきたリディアは、急いでスープを差し出した。
 だが勢いがつきすぎた。それがスプーンからこぼれてしまう。

「あっ……こぼれ……」

 幸いにもスプーンの下に手をおいていたため、ベッドに垂れることはなかった。
 しかしリディアの左手にスープが垂れる結果となる。
 どうしようか迷っていると、それを見たクライヴの目が怪しく光った。

「大変そうだな? 拭いてやろうか」

 左手を、ちろりと何かで拭われる感触が奔った。
 びくりとリディアの背筋が震えた。
 クライヴの舌が伸びて、こぼれたスープを舐め取ったのだ。
 リディアは顔を真赤にして叫んだ。

「ひゃああああっ!? 舐め……な、何してるんですか――ーっ!」

 取り乱してスプーンを落とさなかった自分を褒めたい。
 いたずらが成功した子供のような笑みを浮かべ、クライヴは舌なめずりをした。

「綺麗になったろ? あいにく負けず嫌いな性分でな。子供扱いした罰だ」

 リディアは弾けそうなほど高鳴る心臓を抑えて憮然とした。
 なるほど確かに言う通り負けず嫌いだ。まさかこんなことをされると思ってなかった。
 同時に今までどこか、隔絶していたクライヴのイメージがほぐれ――変わっていくのを感じる。
 気後れや地位の壁のようなものが吹き飛んだ。
 リディアは考えるまま言葉を発する。

「クライヴ様は随分とプレイボーイでいらっしゃるのですね!」

「何を言う。こんな異国の風貌をした人間だぞ、王族でも女が寄るものか」

 その質問にクライヴは悲しそうな顔をした。
 どうも嘘を言っている風ではない。
 その反応におやと思う。
 確かにこの王子が浮ついた話があると聞いた記憶が一切ない。
 上昇婚したいと毎日叫ぶ妹ミズリーが、そういえば一度もクライヴの名を言わなかった。
 それはやはり、この特異な風貌に寄るのだろうか。

「お前こそ随分と食べさせるのに手慣れているな。恋人にそうしているのか?」

 全くもって負けず嫌いのようで、こちらの軽口を同じように返される。
 リディアは空になったスープ皿を下げ、主菜の肉料理を細かく食べやすい大きさに切ってからフォークで差し出し、言葉を返した。

「何をおっしゃいます。これは食事介助したときの経験です。角つきをディナーに誘う男性などいませんわ」

 自慢ではないが、生まれてこの方、男性に食事はおろか話しかけられた経験すら稀だ。
 夜会に参加しても、みな角を気味悪がって遠巻きに眺めるのみ。
 高位貴族に上梓されるような珍獣を見るのと、全く同じ目つきだったのを覚えている。
 そんな寂寥感は、次に続くクライヴの言葉で吹き飛んだ。

「……そうか、勿体ないことだな。角の下を見れば、可愛らしい顔をしているのに」

「な……っ……からかわないでください」

 それは、たとえ世辞だとして、これまで全くといっていいほど褒められたことなどなかったリディアにとって刺激が強すぎた。
 不意打ちに顔をあげられないほど頬が熱くなる。
 全く今度は自分が子供みたいだ。
 こんなふうな空気になるとは思っても見なかった。
 顔を真赤にしてうつむいていると、今度はクライヴがニマニマと笑いながら催促をしてくる。

「肉の切り分け方も気が利くしな。ほら、早く食べさせてくれ」

「はいはい……お待ち下さいね」

 クライヴの声もかなり気安い響きになっている。リディアは微笑を浮かべながらそれに従った。

「うん美味い」

 入室した瞬間とは打って変わったくだけた空気が流れ始める。
 そして食事はつつがなく進行した。


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