その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

文字の大きさ
9 / 33

9.痛みであれ、手に

しおりを挟む


 やがて皿の料理はすべて空になり、食後のまったりとした空気が流れた。
 食後の紅茶を吸い飲みで飲みおえたクライヴは一息ついた。
 そして――リディアをまっすぐ見る。

「さて、では治療を頼もうか」

 ぴりとした空気が戻ってくる。
 だがそれは先程かわした砕けたふれあいがあったからか、深刻な空気ではない。

「はい。では……患部のお手を拝借します」

 リディアはぎゅっと強めにクライヴの手を握った。
 その手はまるで力がなく――末端である指が少し冷たい。
 シスター・ヴィエラの回復結界の中においても、力を失ったクライヴの手は冷んやりとしている。

「てのひらを握られている感触は感じますか?」

「いや全く無いな。どうやら本当に駄目になっているらしい」

 クライヴは少し苛立たしく告げた。

「……戦ったのは巨大な蜥蜴の魔物だったからな、毒もあったのかもしれぬ」

 その情報にリディアは目を見開いた。

「竜種……!?」

 それは人類の天敵である魔法使役生物――通称「魔物(マモノ)」の最上級の存在であった。
 蜥蜴に翼を持ったような身体をしたものは、「竜種」と呼ばれ、非常に強力な魔物であると言われる。

「やも、とは言われていたがな? 専門家ではないから詳しくは知らんが」

「大変な戦果ではないですか……」

 それが本当なら竜殺しを成したことになる。
 おとぎ話なら伝説になる戦果だ。

「まあそんなことはどうでも良いんだ。治療を続けてくれ」

 だがクライヴは上の空で言葉を返す。
 そんな態度にリディアは疑問を感じた。

(あれだけ戦場に出たそうだったのに……戦功に興味が無いのかな……?)

 戦場に立ち、軍功をあげたといえば、軍人にとっては最大の栄誉である。
 それを「どうでも良い」の一言で終わらせるとは……。
 なにか引っかかるものがあった。しかし考えてわかるものでもない。
 気を取り直してリディアは治療を続けることにした。

「このくらい強くつねっても何も感じませんか?」
 
「全く駄目だな。何も感じない」

 リディアはクライヴの手の甲を少し強めにつまんだが、クライヴの眉尻はぴくりとも動かない。
 完全に感覚がないようだった。

「手から霊力を流します。何かあればすぐおっしゃってくださいね」

 そう告げた瞬間、リディアの胸中を凄まじい緊張がせり上がってきた
 人を焼く悪魔の力。
 リディアの聖女の力はずっとそう言われてきた。
 5歳の――あの“角が生えた日”からずっとだ。
 十余年そうして積み重ねられた無力感が不安になって押し寄せた。
   
「その……危険があればすぐシスター・ヴィエラを呼びますので……」

 思わずリディアは目を泳がせて、ためらってしまう。

「構わん。どうなろうと命じた俺の責任だ。お前は治療だけ考えれば良い」

 クライヴは視点を全く揺らがさず、そんなリディアを真っ向から見てそう告げた。
 
「は、はい」

 その曇りのない態度にリディアの覚悟が決まった。
 リディアはクライヴの手を両手で包み込むように強く握りしめ――意識を集中させた。

(女神様……私に力を……!)

 精神が集中され、聖女の力――霊力によりリディアの手に純白の光が巻き起こる。
 通常の聖女の力の何十倍も大きな発光だ。
 それが移動し――クライヴの手にまとわりついた瞬間だった。
 バヂリ、と宙に稲妻のような光が何発も舞った。

「ぐっ……やはり感覚がない状態でも……痛みが来るのか!」

 クライヴの手の周辺に、まるで放電が起こったかのような現象が吹き荒れる。
 初めて見る状態にリディアは戸惑った。

「こ、こんなの初めて……そうか、反発……腐敗と治癒が同時に起こるから……!?」

 リディアにしてもこのようななにかの反発じみた現象を見るのは初めてだった。
 そしてその原因が回復結界に在ると思い至る。
 リディアの聖女の力が腐食させているクライヴの手を回復結界が片っ端から治療しているからこのようなことが起こるのだ。

「ぐぁぁぁ……がああああっ!?」

 次の瞬間、クライヴが凄まじい苦悶の声を上げた。
 喉奥をかきむしるような声であった。
 あまりの苦痛の声にリディアは怯み、思わず叫んでしまう。

「クライヴ様!? 大丈夫ですか!」

「良い、続けろ! 俺は嬉しいぞ、痛みであれど手に感覚がある――ッ!!!」

 だがクライヴはまるで獲物に噛みつく狼のように犬歯をむき出しにして凄絶な笑みを浮かべた。
 魔物を狩るときの顔はこのような表情なのだろうか。
 その一面に気圧されるが、しかし痛みを確実にクライヴは抑え込んでいるようにみえる。
 リディアは迷った。だが腐敗は今のところ、回復結界によって処置され、治療に支障がないように見える。

「このまま……です。このまま霊力を走らせます!」

 手応えがある。確実に治療が進んでいるという確信。
 それが自信となり、リディアに続ける判断をさせた。

「ぐ……おおお……!!!!!」

 クライヴが苦痛のためにもう一度大きく吠えた、その時であった。
 握りしめたクライヴの手が痙攣し、そして――ぎゅっ、と苦痛をこらえるようにリディアの手を握り返した。

「――クライヴ様! 手が! 動いてます!」

 そう、動かなかった手が握り返してきたのだ。
 それは鍛えられたクライヴの力にしては弱々しいものだったが、全く動かない手としては奇跡だった。
 
「ああ、感じるぞ。リディア、お前の手の指の感触を!」

 歓喜の声がクライヴの口からあふれた。
 リディアもまた堪えきれずに笑みを浮かべた。
 だが、次の瞬間――。

「あ……なにこれ……」

 ぞわりと、リディアの背筋に悪寒が走った。
 それはリディア自身の不調によるものだった。

(いつもの頭痛が……なんでこんなときに!)

 襲ってきたのはリディアが慢性的に悩まされている頭痛の症状だった。
 角の付け根から、針が頭の中を駆け巡るような、鋭利な痛み。
 たびたびリディアはこの角からの頭痛に悩まされていたが、それがさらにひどくなったような痛みだ。

(角の下が……割れるように痛い……だめだ……意識が……)

 いつもはうずくまる程度の痛みだが、今回はもはや意識を保っていられないほどの凄絶な痛みだった。

「リディア!? どうした! おい、誰か――!」

 異変に気づいたクライヴが叫ぶ。
 必死に抵抗しようとするリディアだったが、不可能だった。
 ぷつりとリディアの意識が途絶えた。
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。 前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。 恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに! しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに…… 見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!? 小説家になろうでも公開しています。 第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...