17 / 33
17.優しい記憶
しおりを挟むうららかな陽光の注ぐ中庭を、幼少時のクライヴは走り回っていた。
春の花が満開に咲き誇り、色鮮やかな庭園である。
夢中で走り回るクライヴの後ろから声がした。
黒髪に黒い瞳――。クライヴに色濃く血を継がせた母ミレイナの言葉だ。
「クライヴ、転ばないでね。お父様を心配させてはダメよ」
後ろには母がいて、父がいる。
国王と王妃という普通の家庭とは責任の有り様も違う家族ではあったが、それでも幸福だった。
「平気だよ! ――あっ!?」
母の声にクライヴは気を取られ、気もそぞろに返すが――足元を引っ掛けてしまう。
いけない転ぶ。そう思った瞬間だった。
「危ないなクライヴ」
がしっと体を掴まれた。見上げるそこには――線が細いながらもたくましい、男性の顔があった。
「父上! ご、ごめんなさい。ご迷惑をおかけして」
クライヴは思わず頭を下げた。普通の親子とは少し違う有り様。
クライヴの母は辺境出身者であり、身分が低かった。
王妃としての序列はかなり下であり、いかに王子を産んだ身とはいえ気安く言葉をかわす関係にはなり得ない。
周囲から言い含められていたクライヴはただ恐縮する。
「僕は君の父なんだからそんなに遠慮しなくても良いんだよクライヴ」
そんなクライヴに優しく王は笑って、クライヴを抱き上げた。
「良いかいクライヴ、女神様は人々に――『力ある人は、力を持たない人々を守る』ことが大切だと言った」
王はそう説きながら、クライヴを肩に乗せた。
大人の視点から見た景色にクライヴは感嘆の声を上げた。
「君は子供なんだから。精一杯僕に甘えて良い」
「わあ――凄い! 高い!」
花壇を上から一望でき、今まで見えなかった景色が見えた。
遠慮も忘れてはしゃぐ幼いクライヴに、父王は笑顔で告げる。
こんな幸せな日々が、いつまでも続くと思っていた。
庭園を忙しくなく眺めていたクライヴは侵入してくる人影を発見した。
「あれ誰か来る。あっ! 大臣様だ」
「む……すまない。クライヴ、降りて。少し真面目な話があるから静かにしておいてくれるか?」
「は、はい」
王もつられてそちらを見て険しい表情になった。
家族団らんの目は鳴りを潜め王としての表情に変わっていた。
その緊張に釣られるようにクライヴも大人しくなる。
「軍務大臣。お忙しいところをすまないね」
庭園の中央にあるテラスに王は、大臣と向かい合う。
「王、例の、辺境への魔物討伐遠征の件ですが、その……」
大臣は開口一番話題を切り出して、少しバツの悪そうな顔をする。
「反応が悪かったようだね。議会の承認はもらえ無さそうかい?」
「無理そうですな。話に聞く限り、手強そうな魔物なのもよくありません」
「ゆえに領民は困っていると聞くが」
「件の魔物は……剣も通さず、四肢を動かなくする毒を撒き散らし、人を喰うのでしょう? あまり戦いたくはないものですな」
仕事の話が始まる。
難しい顔をする王と大臣の横からクライヴの母が話しに割って入る。
「そんな……毎年少なくない数の人が魔物の犠牲になっているのですよ!」
そんなクライヴの母に冷静な声で大臣は言葉を返す。
「ミレイナ様はその地の出身者ですから、幾分か私情も入っているでしょう」
王に応ずるときに比べ明らかに見下した言い方だった。
その言葉に母は萎縮する。
「討伐までせずとも、現地の避難で対応できるのではないかという意見が主流です」
「まあ……!」
やる気の無さそうな大臣の声色に、ミレイナは気色ばむ。
「魔物の活動周期が決まっているので、それに合わせて避難するだけで良いのではないかという意見が」
「例外なんていくらでも起こります! 数年前それで数十人規模の被害が――!」
母が必死に反論し、大臣がひょうひょうと受け流す。
その間にいる王は腕を組んで沈黙していた。
クライヴはそんな話を離れた場所に聞きながらぼんやりと思った。
(戦いに……行きたくないのかな?)
そう聞こえたのだ。
「正直なところこの話に積極的なのは王と、ミレイナ様だけです」
「誰も賛成の方はいらっしゃらないと……」
「特にミレイナ様に対して、出身地を守りたい“都合”で、兵を私物化しているのではいかという意見も出ていますよ」
苦言を呈する用に大臣はそういう。
それに機先を制され、王たちは黙すことになる。
「そういうことで、私は失礼致します」
大臣は肩をすくめながら帰っていった。
残されたクライヴの母は目を伏せて、うつむきながら王に告げた。
「王、やはり無理なのでしょうか。私のふるさとは魔物に脅かされる日々を送るしかないのでしょうか」
悔しげに母は唇を噛んで言葉を続ける。
「私はずっと見てきました。領民が魔物に無慈悲に殺される姿を。王都の方にとってそれは他人事で、辺境のものの犠牲は受け入れるしか無いということなのでしょうか」
その言葉はあまりにも深い絶望が刻まれていた。
そんな言葉を聞いて王は天を仰ぎ――そして、妻の手を握って口を開いた。
「大丈夫だ。ミレイナ。僕に任せておきなさい。辺境の人が犠牲になって良いはずがない」
王は立ち上がって、呟いた。
「女神様は人々に――『力ある人は、力を持たない人々を守る』ことが大切だと言ったのだから」
その後姿は決意に満ち溢れていて、クライヴは打ち震えた。
そして半年後。
辺境の魔物の討伐軍が編成され、王自らがそれを率いて出陣した。
結果その軍は歴史に刻まれるほどの敗北を喫したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!
にのまえ
恋愛
すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。
公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。
家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。
だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、
舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎
王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。
……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。
追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。
無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」
騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!
神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!
カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。
前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。
全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる