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16.過去を聞かせて

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 事件の後処理により病室は一時騒然となった。
 シスター・ヴィエラは顔面を蒼白にしながら奔走する。

「シリルはまだ息がある! 毒物の吸引措置を! 手術室を用意して!」

 慌ただしく搬送が終わり、様々な報告や謝罪が飛び交う中。
 リディアは気が抜けたことにより椅子にへたり込んでしまった。
 命が危ないという状況からの解放は、予想以上の疲れをリディアにもたらした。

「リディア。終わったよ」

 邪魔にならないように、隅っこで呆然としていたリディアは、クライヴの声で我に返った。
 部屋を眺めると、人がほとんど居なくなっていた。
 いつの間にか時間が経っていたようだ。
 
「あ……すみません、ぼおっとしてて。どうなりましたか?」

 応対は全てクライヴが行ったため、リディアはその内容を知らない。
 王宮内のことに立ち入れる家格でもないため当然ではあるのだが。
 リディアが戸惑っていると、クライヴの後ろに影のように付き従う人影があることに気づいた。
 
「えっと……この男の人たちは……?」

 男が二人、クライヴのベッドの横に立っていた。
 まとった雰囲気から戦闘の心得があるような人たちだった。
 その剣呑な雰囲気にリディアは気圧される。

「ああ。彼らは俺の護衛に付くことになった。24時間これから警備がつくそうだ」

 クライヴは首肯して、その二人の紹介をする。

「はっ……ガーヴェイ公爵家の名にかけてクライヴ様をお守りいたします」

 男たちは謹厳実直に礼をする。
 隙のない雰囲気をしている。護衛として経験豊富な人たちなのだろう。
 彼らを紹介するときについた家名にふとリディアは引っ掛かりを覚えた。

「ガーヴェイ家って聖女シリルの……?」

 その家名に聞き覚えがある。
 それはクライヴの命を狙ったシリル・ガーヴェイの生家だ。

「ああ。公爵から娘のやったことへの償いだとさ……全く今更だな?」

 クライヴはふんと鼻を鳴らしながら、じろりと護衛の方を見た。
 
「では自分たちは入り口を見張りますので、これで……」
 
 含みのあるクライヴの様子に警備兵たちは苦笑しながら部屋を出ていった。
 クライヴはそれ以上は追求せずに肩をすくめてリディアに向き直る。

「まあ、これだけ護衛が付くなら、もう危険は無いだろう……ん? リディア?」

 そしてリディアへと視線を合わせたあと、眉根が不意にひそめられた。
 そしてクライヴはリディアに向けて手を伸ばす。

「く、クライヴ様……? なんで急に手を……どうされたんです?」

 リディアが驚いた次の瞬間であった。
 クライヴに掌をとられ、ぎゅっと握りしめられた。

「どうしたもこうしたもない……暗殺者に立ち向かうなんて無茶をするから」
 
 手を包み込まれ、そのぬくもりにどきりとする。
 ため息をつくようにしてクライヴは握ったリディアの手を、その眼前へと持ち上げた。

「気づいてないのか? 手、震えてるじゃないか」

 そうやって呟いたクライヴの言葉には、怒っているような響きがある。
 ぎゅっ――と手を握る力が強くなる。

「あ……嘘」

 それでリディアは初めて自分の手が震えていることに気づいた。
 手の震えを認識した瞬間だった。
 過去の襲撃の映像が脳裏にフラッシュバックした
 シリルにナイフを突きつけられた光景が思い起こされる。
 震えがひどくなりリディアの体が……全身が震えだした。

「や、やだ……私……なんで」

 緊張が続いていたから気づかなかったのだろうか。
 死の危険に瀕した恐怖が、落ち着いた今押し寄せてきた。

(立って……いられない……!?)

 それが全身を震えさせていた。
 立っていられないほどの震えで、足から崩れ落ちそうになる。

「少し、このままでいろ」

 次の瞬間であった。リディアは頭を抱きすくめられた。
 握られた手はそのままに、もう片方の腕で抱きしめられたのだ。
 吐息が触れ合うくらいに顔が近づく。
 同時に今まで見たこと無いような優しい笑顔で見つめられた。
 どきんと心臓が跳ねる。

「無茶をした罰だ。落ち着くまでこうしていけ」

 その震えを受け止めるように、ぶっきらぼうにクライヴは囁いた。
 同時に、ぎゅっとリディアを抱きしめる手の力が強くなった。
 リディアはその抱きしめられる感触に安心を覚えた。
 
「申し訳ありません……胸をお借りします……」
 
 リディアは体から力が抜け、クライヴに体重をすべてを預けた。
 自然と――そうすることができた。
 胸元へ顔を埋める。たくましい胸板は、リディアの体重を受けてもびくともしなかった。

「……お前が居なければ俺の命はなかった。……ありがとう」
 
 そう言いながらぎゅっと抱きしめてくるクライヴの体は温かかった。
 寄りかかっていると髪を漉くように頭を優しくなでられる。
 それによって体の震えが止まった。

「もう絶対に同じことは起こさない。何が来ても、お前のことは絶対守ってやる」

 次の瞬間、耳元で囁くようにそう告げられた。また心臓が跳ねる。なんて――殺し文句だ。
 ものすごく嬉しさを感じてしまった。
 けど深い意味は無いのだろうと必死で考え直す。
 そんな風にドギマギすることで、命の危険を感じて荒れた心がもとに戻ってきた。
 足に力が入るようになってきて、リディアは預けた体重をもとに戻し、自分の足で立つ。
 立ち直ったことに気づいたクライヴが微笑しながら言葉を掛けた。

「だから――明日からまたよろしく頼む」

 リディアはその言葉に困惑して体を離した。
 じっとクライヴの目を覗き込み、疑問を発する。

「は、はい? えっ……と明日から……?」

 困惑するリディアを見て、クライヴは噛んで含めるように言葉を補足する。

「俺の体の治療だよ。もう一度リディアに任せたい――嫌か?」

 ようやくその意味を飲み込めたリディアは目をパチクリとさせた。

「本当ですか!? ぜ、ぜひ! あ――」

 そしてリディアは嬉しさから叫んだ。
 もう一度、クライヴと一緒にいられる。
 脊髄反射で肯定の言葉を返そうとしたリディアは、途中でふと口をつぐんだ。
 何かを思い出すように視線をさまよわせ。

「その前に、一つだけ条件があります」

 リディアはクライヴの胸から体を離し、背筋を正した。
 すぐに肯定の言葉を返したい気持ちをリディアは必死に抑えて、口調を固くする。

「条件か……俺にできることなら」

 クライヴはふむと口元を抑え、うなずいた。

「……改めてあのときの質問に答えていただくことです」

 リディアはまっすぐにクライヴの目を見据えた。
 
「あの時……とは?」
 
 脳裏にクライヴが自分の過去に口をつぐんだ日のことが思い出されていた。
 おそらくあれをやり直さなければ、同じことがまた起こるだろうという直感があった。

「クライヴ様、あなたは……お父様のことを恨んでいるのですか?」

 その言葉を告げられたクライヴは顔色を変えた。
 眉間にシワを寄せ、考え込む。
 だがその顔つきは、拒絶するものでなく答えるために必死に言葉を探しているようであった。
 クライヴはそして口を開く。
 
「それは……」

 クライヴは口をつぐんだ。明らかに言いにくそうだった。
 
「必要なことだと思うんです。知らないと、人はいつまでも恐れるから……」

 リディアは自分の角に触れる。
 この角がなんなのかを知らない人々は自分を『悪魔』と呼ぶ。
 それを見たクライヴは息を呑んだ。
 角は聖女の力が強すぎるがゆえのモノである。しかし見た目により人は恐れる。

「そうだな、俺もリディアの角の由来を知らなければ、もしかしたら、悪魔と呼んでいたかもしれない」

「今度は私が貴方を理解する番です」

 真摯に告げられたリディアの言葉に、クライヴは息を呑み。
 そして――吐き出すように言葉を絞り出した。 

「……俺にはわからないんだ」

 痛みを堪えるように唇を噛みながらクライヴはそう告げた。
 その表情は本当に沈痛な面持ちであった。

「え……っ」

 ただならぬ様子にリディアは言葉を止める。
 クライヴは視線をそらし、窓の外を眺めた。

「父上を憎んでいるのか……胸中に渦巻くこの衝動がなんなのか、自分でもわからない」

 クライヴは沈痛な面持ちで手をギュッと握りしめた。
 きつく握られた拳がミシミシと震えている。

「クライヴ様は体を治されたら何をしたいのですか?」

 話が核心に迫っていることを感じ取り、リディアは切り込んだ。
 クライヴを形作る大切な『なにか』に触れたと感じていた。
 痛みに堪えるようにクライヴの固く握られた拳をそっとリディアは握った。
 包み込まれたその拳から力が抜ける。
 
「したいこと。それは多分……昔、母上に言われたことだろうな……」

 導かれるようにクライヴはぼそりと呟いた。
 感情がこもりすぎて、声が張れない状態。
 リディアも覚えがあった。本当に悔しい時、声を上げられない人がいる。
 きっとクライヴもそうなのだろう。

「クライヴ様の過去……知りたいです」

 リディアは沈黙の倒壊にに沈みそうなクライヴをすくい上げるように言葉を重ねた。
 そのままじっと視線をかわし、受け止めるように先を促す。
 クライヴは負けたよと肩をすくめる。そして声のトーンを戻した。

「不思議な女(ひと)だな君は。墓へと持っていこうと思った過去を話したくなっている」

 気が抜けたようにクライヴの顔に笑みが戻った。

「たとえ何を言われようと、私はクライヴ様の味方ですよ」

 リディアはその笑顔を受けて微笑みかえした。

「ああ……リディア、聞いてくれるか俺の過去を」

 そうやってクライヴは過去を話し始めた。
 ゆっくりと――穏やかに。



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