その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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19.それが戦う理由

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「お父様とお会いするため。それがクライヴ様の戦う理由だったのですね!」

 壮絶なクライヴの過去を聞き終え、リディアは叫んだ。
 話を聞き終わり、空が夕焼けに染まっている。随分と長い間会話していた。
 クライヴの戦う理由――その中心にある理由をついに知れた気がした。

「そうだ。手柄を立てて父に会う。それが目的だった」

 クライヴは乾いた笑いを浮かべながら答えた。その目は笑っていない。
 先ほど尊敬の気持ちもあると笑っていたその目は、今や再び剣呑な光を帯びている。
 本当に愛も憎しみもクライヴの胸中にどちらともあるのだ。
 クライヴの拳が固く握りしめられた。
 そして遠くを見て、呟いた。

「だから手足の治療をこれほど強く望まれたのですね」
 
「ああ。もし父上が出てこなければもっともっと武功を上げる必要もあるからな。そのためには、五体満足の体がどうしても要る」

 そう告げたクライヴの顔には疲れが見えた。
 クライヴは語り終えたとばかりに大きく一つ息をついたl
 そして――虚脱したように天井へと視線を送った。
 しわがれた声でクライヴはため息を付いた。

「でもなリディア……正直辛いんだ。父上にまた逃げられたら、それがずっと続いたらって」
 
「クライヴ様……」

「だからかもしれない。虚無だな。こんな気持なら、いっそのこと、暗殺者に殺されてやろうとも思った」
 
 過去のわだかまりはもう溶けて消えているのだろう。クライヴの瞳に憎しみはない。

「それは……!」

 虚無を抱えて呟かれるその言葉にリディアは驚き体を寄せた。
 そんなリディアを見つめて、クライヴはふっと笑った。

「心配するな。お前がいるから死ねないよ。まったく……困るな」

 その笑顔は生命を諦めた人間の顔ではない。
 リディアは安心して体を離した。

「体が治ればクライヴ様はその功績を讃えられるでしょう。そのときに王もきっとコられるはず」
 
「そうだな。流石にその時に父上は流石に姿を見せないといけないはず、だが……」
 
 決意を告げるクライヴの顔は暗い。
 
「父上は姿を表すのだろうか?」
 
「クライヴ様……」

 その感情をリディアはわかる気がした。
 ここまで露骨に会うことを避けている王は、永遠にクライヴを避け続けるのではないかという不安だ。

「お前と話していてわかったんだ。父に拒絶されるのが怖い。……俺は純粋に父に会いたかったんだな」

 すべてを話し終えて燃え尽きたようなクライヴは、精気をなくした様子でぐったりとうなだれた。
 リディアはそんなクライヴの手を取る。

「お父様にお会いしたら……何をお話するつもりなんですか?」

 そんなリディアの問いにクライヴはふっと微笑を浮かべた。

「つばを吐きかけてやろうとも、ボコボコにぶん殴ってやろうとも思ってたけど、リディアと話して考えが変わってきた」

 ふっとクライヴは微笑み――そして手を解いた。

「一言文句を言って、それからじっくり母の話を聞きたい……たぶんそれだけで良いんだと思う」

 そう言って、どこか照れくさそうにクライヴははにかんだ。
 晴れ晴れとした憑き物が落ちたような顔つきだった。

「……すごく安心しました。前向きで素敵です」

 リディアは笑顔でそれを歓迎した。

「そうか?」

「クライヴ様……! あのっ!」

 そんな堪えようもない乾いた砂漠のような虚無をクライヴに感じた瞬間、リディアはその手をつかんでいた。
 そして、クライヴにぐっと顔を近づける。

「え? わっ。な、なんだ急に」

 勢いあるその行動にクライヴは戸惑って目をぱちくりとさせた。
 リディアは、クライヴの手を握りながらまっすぐその目を見つめた。
 吸い込まれそうな夜色の――黒い瞳。
 戸惑うクライヴにリディアはまくし立てる。

「クライヴ様は凄いです。辺境の沢山の人がクライヴ様のおかげで守られました」

「リディア、どうしたんだ急に」

「明日から命に怯えることなくその人達は暮らしていけます!」

 母が語る父が謳った――クライヴの根幹にある理想。
 それもまたクライヴの戦う理由の1つのはずだ。
 だからリディアは信じる。きっとクライヴはまた戦うことを。

「始まりがどうあれ、クライヴ様の力は、そのお仕事は、きっとこの世界に必要なことだと思います!」

「……っ」

 信頼の言葉にクライヴの瞳が揺れた。
 だが否定の言葉はない。クライヴはじっとリディアの言葉を聞いていた。

「だから、私はそんな立派な貴方を支えます。辛いことも、腹立たしいことも、悲しかったことも全部私が聞いて受け止めます」

 リディアは身を乗り出してクライヴの目をじっと覗き込んだ。

「そして最後に……私に自慢してください! 俺は凄いんだぞって!」

 クライヴは自分の頬に手を当て愕然と呟いた。
 リディアは目を細め、手を握る力を強めて声を喉から絞り出した。

「――私! クライヴ様が戦う理由の1つになりたいですっ……! ふ、不足ですか?」

 叫んでからリディアは大きく息をついた。
 感情が入りすぎて、息継ぎをも忘れていた。
 肩で息をつきながら深呼吸するリディアの吐息だけがしばらく響く。

「あ、は……」

 やがて静寂を破ったのは笑い声だった。
 クライヴが肩を震わせて笑っていた。
 やがてその声は大きくなり、爆笑と呼べるものへと変わっていく。

「あっはっはっ! リディア、お前さ……ははっ! 自分が何言ったかわかってるかい? くくく……」

 あまりに屈託ない笑顔に、リディアは恥ずかしくなって顔を真赤にする。

「わ、笑わないでください。私なにか変なこと言いました!?」

 クライヴは笑いすぎて流れる涙を人差し指ですくいながら答えた。

「自分を戦う理由にしてくれって、俺にとっての……家族くらい大切な人になりたいってことか?」

「え、あ――!?」

 その問いにリディアは顔をさらに赤らめて硬直した。
 クライヴの戦う意味は、大切な親にもう一度会うため。
 それと同じくらいに、自分を見てくれと言っているのと同じこと――。

「あ、あのいえ……私そんなつもりじゃ……」

 否定しつつ語尾がしりすぼみになった。
 そうではないと、言い切れない。
 クライヴとずっと一緒にいたいと思った。
 そして離れないために自分を特別扱いしてほしいと思った。
 それは否定できない事実だった。
 リディアは何も言えなくなってうつむいた。

「はは、そっかあ。いいなあ――お前が待っててくれるのか」

 そんなうつむくリディアの頭上で、クライヴは晴れ晴れとした声でそう呟いた。
 今はリディアは気づいてないけれど、その声は過去を語るときの苦しそうな声色と明らかに違っている。

「帰ってきたとき、リディアがいるのを想像すると、凄く嬉しい」

 告げられたのは、屈託のない真っ直ぐな好意の言葉だった。

「ッ……!?」

 その言葉でリディアのうつむいた顔が跳ね上がった。
 心臓が握りしめられたように早鐘を打った。気絶するんじゃないかというほど、胸が苦しい。
 そして同じくらい嬉しい。それはつまり、私は、クライヴ様を――。
 その感情の動きが一つの結論を導き出そうとするよりクライヴが早かった。
 
「それは戦う理由としては――十二分だ」

 不意にリディアの視界にクライヴの顔が広がった。
 そして温かい感覚に身が包まれた。
 クライヴはリディアを抱きすくめていた。

「いいよ悪魔。俺の全部を――お前にやる」

 抱きしめられ、耳元で囁かれた。
 ぞくりとするほど、甘美な響きでそれは聞こえた。

「その代わり……俺のものになってくれ」

 ずるい――。
 と想うとともに。
 ――何を今更とも思った。
 あの夜、傷を治すため自分を求めたあの夜。
 もう貴方の側から離れないと決めていたのだから。

「――俺の恋人になってくれ、リディア」

 そう告げたクライヴの顔が迫る。
 リディアは笑顔を浮かべて、そっと目を閉じた。

「はい……ずっと貴方のお側に……」

 告白を受け入れると同時にクライヴの顔が近づく。
 リディアは自然に目を閉じた。
 そして――唇が重ねられた。
 ファースト・キスを受け入れながら、リディアは幸せを感じた。
 こうして二人は恋人になった。


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