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20.庭園での出会い
しおりを挟む「はぁ……はぁ……。もう……どこに行かれたのやら」
治療院の廊下をリディアは息を切らせて走っていた。
周囲をキョロキョロと見渡しながら何かを探しているかのような表情だ。
「どうしたのですリディア。……クライヴ様はご一緒ではないのですか?」
そんな妙な様子のリディアをすれ違ったシスター・ヴィエラは思わず呼び止めた。
「あ! シスター・ヴィエラ! ちょうどよかった! クライヴ様の居場所を知りませんか!?」
その声で急ブレーキを踏んだリディアは、立ち止まり汗を拭った。
春が終わり夏が訪れようとしている。
第三王子クライヴの暗殺未遂事件、そして――リディアとクライヴが恋人同士になったあの日から約2月ほど時間が経っていた。
「部屋にいらっしゃらないの?」
「はい! ついこの間、クライヴ様の足が完治したでしょう!? それであの人ってば……ここ数日ずっとはしゃいで歩き回ってるんです!」
リディアはぷりぷりと頬を膨らませる。
そんな親しげな様子に微笑ましいものを見るようにヴィエラ院長は目を細めた。
「まあ……それで護衛の方が、慌てて下り階段に走って行かれてたのね」
そしてヴィエラは1階に続く下り階段を見て苦笑する。
「あ、あっちですね……って外!?」
その下り階段の先は外に繋がる道だった。
リディアは顔面を蒼ざめさせる。
クライヴは2月前に暗殺者に命を取られる寸前まで行ったのだ。
そんな目にあっても護衛を振り切るように外出する不用心さに驚いた。
「さきほど庭園の方が騒がしかったみたいだけど……」
「不用心な……! 多分そこだと思います! ありがとうございます!」
ヴィエラの独白のような推論にリディアはうなずいた。
そして再び体を起こし駆け足を始めた。
その後姿を笑いながら見つめてシスター・ヴィエラはつぶやいた。
「……ふふ。クライヴ様を親しげに呼んで、貴女のそれも不用心だわねえ」
『あの人』――ってねえ。
そう笑うシスター・ヴィエラの言葉を背に受け、悪寒に耐えながらリディアは階段を降りていく。
「くしゅん……風邪引いたかな?」
裏手に続く扉を開けた先でくしゃみをしたリディアの鼻孔を、ふわ――と強い花の香気がくすぐる。
そこは迷路状になった見事な庭園であった。
生け垣の花が日光を受けてさんさんと輝き、廊下状に配置されている。
「綺麗だけど……この庭園、迷路みたいに入り組んでるものね……」
病院の庭園であるため車椅子に乗った人間や、杖をついた人間に出くわす。
そんな人々に気を使いながらリディアは庭園を練り歩きクライヴを探した。
迷った末にリディアはとりあえず庭園の中央に行ってみることにした。
迷路を進んだリディアは悪戦苦闘しながら中央へとたどり着いた。
「ようやく奥についた! あ――」
庭園の中心部、探し人の影が見える。
その姿にほっとしたリディアは思わず叫んだ。
「クライヴ様!」
リディアの声は周囲に響いた。
その瞬間である、別の場所から思いもよらぬ男の声の驚く声がする。
「えっ!? わわわ!?」
「あっ……驚かせてすみません。あれ……貴方は」
驚く男に目を向けてみれば、純白の衣が目に飛び込んできた。
それは高位の神官が着る僧服であった。
「リュケイオン……大司教様?」
その声の主をリディアは知っていた。
以前会ったことがある人間だった。
「しーっ! 私がいることがバレるだろっ静かに!」
教会の管理職である大司教。
最初に会ったときもこんな風にびくびくと体を震わせていた。
白髪交じりながらも端正な顔立ちの男性で、恵まれた容姿をそんな所作で台無しにしている。
特徴的すぎてよく覚えている。リュケイオン大司教に間違いなかった。
「バレるって……。あの、大司教様……クライヴ様に知られてなにか困ることでも?」
リディアはそんな言葉に疑問を覚えた。
リュケイオンは物陰に隠れ、こそこそとクライヴを見張っていた。
用があるなら会いに行けば良いだろうにと思う。
「い、いや。そういうわけでは無い……こともないけど、できる限りバレないでほしい……」
リディアの質問にリュケイオンはますます体を小刻みに震わせた。
しどろもどろに返される言葉は、疚しいことがあるようにしか見えない。
リディアは不信感を抱いた。
「あ、怪しい……」
胸に疑念が宿る。
スルーするにはあまりにも挙動が怪しすぎる。
「い、いやいや? なんだねその目は……」
「直接会いに行けばいいじゃないですか。なんで遠目で見張ってるんです?」
「うっ……」
その問いに大司教は痛いところを突かれたとばかりに怯む。
リディアはそんな大司教の答えでますます疑惑を深めた。
「このまえクライヴ王子の暗殺未遂があったそうじゃないか。それを聞いたら居ても立っても居られなくなったんだ……」
リディアの疑惑の視線にリュケイオンは強く反応をした。
だがそれがリディアの疑惑をさらに強めた。
(ちょっとまって……この人……なぜ暗殺未遂があったことを!?)
リュケイオンが告げたその情報にリディアは顔を青ざめさせた。
確かについ数ヶ月前、クライヴの生命を聖女シリルとその共謀者が狙った。
その事件にリディアもそれに巻き込まれた。
だがそれは、シスター・ヴィエラの命令で、外に出さないように厳命されている情報だった。
あの日病院に居た限られた人しか知らない情報なのだ。
いくら上司に当たるとは言え、簡単に知っているはずがない。
(この人……まさか事件に関係がっ!?)
そして脳裏にひらめくものがあった。
この人はもしかしてクライヴの暗殺になにか関与しているのではないか。
自分の足を運んでクライヴを見張っているのも、後ろ暗い謀にかかわる人間を増やしたくないのなら説明がつく。
「あ、アウトっ、怪しすぎます。人を呼ぶしか」
リディアはじり……と下がった。
この庭園にはクライヴを護衛するべく探索している人間がいるはずだ。
大声を出せばその人達が駆けつけてくれるだろう。
「ままて! 違う! 本当に私はクライヴ王子の身を案じているだけなのだ!」
遮るようにリュケイオン大司教が言葉を続けた。
「大司教ともあろうお方が……それだけの理由で?」
そもそも人を動かせる立場の大司教がわざわざ自分の足で見張りをするというのが色々とおかしい。
話せば話すほど、疑念が強まるのを見かねた大司教は、不意にうろつかせた目に力をこめリディアをまっすぐ見た。
「神明に誓って私はクライヴ王子を心配しているだけだよ」
(なんだか……雰囲気が変わった)
熱がこもり始めたリュケイオンは体の震えが止まり、凛々しい顔つきになり始めた。
「クライヴ王子がこれまで過ごしてきた日々を思えばただ心配なのだよ……!」
次に続く言葉にリディアはぽかんとした。
クライヴの過去を打ち明けられたリディアはその重さを知っている。
だからこそ聞く耳を持った。
(そういえばリュケイオン大司教の顔……誰かに似てるような)
なにかのスイッチが入るように変わったその表情にリディアはなにか近視感を覚えた。
「……君も聖女見習いなら女神教の最も基本的な教えを知っているね?」
(あ、それ最近……聞いた)
「私はそれに従っている。いいかね」
リュケイオンのその言葉をうけてリディアの脳裏にひらめくものがあった。
それはクライヴが母から教わり、己の生き方の拠り所にした言葉だ。
「そうそれは――」
リュケイオンがそれを口にするより先にリディアも思わずそれを口にしていた
「『戦う力を持たない人々を守る』――こと」
リュケイオン大司教はリディアに先んじて言われたことに目をパチクリとした。
「あ、ああ。そうだ。感心だ、よく勉強しているね」
正解したことにリディアも驚いた。
だがリュケイオン大司教が言いたいのはこの言葉だろうという確信があったのだ。
(クライヴ様のお母様が言っていたことよね……)
何度もクライヴの過去の話に出ていた教えだから、特に覚えていた。
その教義を説いた大司教の顔は今までの頼りないイメージを覆すほど凛々しく、信頼感があった。
リディアはその顔に、この人は暗殺など企む人ではないと思った。
そう告げながらリュケイオンの視線はリディアを外れ、クライヴの方へと向かっていた。
クライヴを見るその目はたしかに真摯に彼を心配しているような目つきだった。
「大司教様は……本当に心配だからというだけで……自ら見張りをされていたのですか?」
リディアはおそるおそる聞いた。
口調といい、本気でクライヴの境遇を案じている様子だった。
気圧されるリディアを見て、はっとしたリュケイオンは急に身体をまたソワソワ扨せ始めた。
「あっ、うん、それに切った貼ったの責任を教会としても取りたくないし?」
緊張が切れたのか、強い意志のこもった瞳が唐突に揺れはじめ地面を向く。
いつもの大司教に戻ってしまっていた。
(き、決まらない人だなあ)
リディアはがくりと肩を落とす。
近視感もどこかに霧散してしまっていた。
クライヴの話をしていたリュケイオン司教はその優れた容姿に負けない貫禄のようなものがあった。
しかし目を伏せる今は嘘のように頼りない。
不思議な印象の人だった。
(目撃した私をどうこうする気も無いみたいだし、本当にただ見てただけなのかな)
暗殺の関係者かもという疑念は完全に消えていた。
ここまでバッチリ目撃したリディアをどうこうしようとしない時点で、後ろ暗いところは無いのは確定している。
リディアが安堵していると、リュケイオン大司教はぽつりと呟いた。
「……全く、酷いのは王なのだよ。無能で臆病な彼が王子とその母を……地獄のような場所に追いやった」
しどろもどろ状態で、リュケイオン大司教は独り言ちた。
「親子の情の問題なのだ……なのに玉座が絡むと、周りが無理に話を大きくする」
リディアは驚いてリュケイオンの背中を見た。
その背は震えていた。
「クライヴ王子が王を恨むのは当然の権利だ。好きにさせてやればいいのになあ……」
特大のため息とともに放たれたその言葉をリディアは遮った。
「でもクライヴ様は……もう王を恨んでいないといおっしゃってましたよ」
「な……? 本当かね? 本人から聞いたのか?」
リュケイオン大司教は驚いてリディアの方へ振り返った。
「そうです! 第二王子さまが、さもクライヴ様は王を恨んでいるかのようにおっしゃってますが……!」
リディアは過去を思い出して少しかちんときていた。
だから訂正したくなった。
第二王子のそういう言葉でクライヴとの仲を裂かれた記憶が思い出されたのだった。
「お、落ち着いてくれリディアくん。クライヴは王を恨んでないのは本当なのかい?」
いきり立ったリディアを驚いてリュケイオンは押しとどめる。
静止されたリディアは少し冷静になって話を戻した。
「……クライヴ様が戦う理由は、王に一目でいいからお会いしたいがためなんです!」
その言葉を聞いたリュケイオンは目を剥いて愕然とした。
「馬鹿な……王子は、国王に冬の宮殿に追いやられたんだぞ。会いたいなど」
震える声で大司教はそれを否定する。
「本当です! だってクライヴ様のお母様は、王を愛していらっしゃったから――」
徹底的に訂正したくなったリディアは、クライヴに聞いた過去を細かに話した。
冬の宮殿で彼の母が最後まで国王の理想を信じたこと。
それがクライヴの戦う理想になっていることをリディアは伝えた。
「そ……そうか、そうだったか……母から伝え聞いた父の……言葉を……支えに……」
リディアが語るクライヴのこれまでを、リュケイオン大司教は黙って聞いた。
そして聞き終わってから放心したように肩を落とした。
それからリュケイオンは帽子をぎゅっと握った。その手が震えている。
「王は……逃げていただけなのかもしれんなあ」
そうつぶやきリュケイオンは帽子で隠しながら目尻を拭った。
そして帽子を取り、リディアの目を真っ直ぐ見つめながらその肩に手を置いた。
「君は、そんなことまで打ち明けられるとは、相当クライヴ王子に心を開かれているようだね」
「あ、いえ……」
患者のプライバシーをついべらべらと話してしまったことに気づいてリディアは閉口した。
不思議とこの人には話しても良いと思ってしまっていたのだ。
なぜだろうと考え、そこでリディアは気づいた。
先ほど感じた近視感の正体、それは――。
このリュケイオン大司教は、クライヴ王子とどこか似ていたのだ。
「君のような娘が居てくれるならクライヴは大丈夫だろう。部外者は退散することにするよ」
リュケイオン大司教はそう言って肩から手を離し、踵を返した。
「あ、あの。お待ち下さい!」
リディアは思わず手を伸ばしたが、そのときにはもうリュケイオンは遠くに居た。
「これからもクライヴ王子のことをよろしく頼む」
リディアはその後姿をぼんやり見送った。
(あの人は……いや、そんな、まさかね)
しかしなにかいいことをしたような気がしていた。
最後の大司教の顔つきは何か晴れ晴れしたような雰囲気があったからだ。
頭を振ってリディアは大司教のことを忘れることにした。
「おおいリディア! いるのか?」
すると不意に後ろから声がかけられた。
「あ、クライヴ様!」
生け垣から身を乗り出したクライヴがこちらを見ていた。
自然に笑みがこぼれた。
「もう……戻ってきたら居なくなっててびっくりしましたよ」
「ははすまん。とにかく歩けるのが嬉しくてな。こっちだ! 絶景だぞ」
そう言ってクライヴは足で何度も地面を踏みしめた。
クライヴは二の足をついて地面に立っていた。
リディアの献身的な治療によりクライヴは、ついに歩けるようになっていた。
「ふふふ……もう、はしゃぎすぎです」
もともと肉体派であるクライヴは五体が動くようになってからの喜び方も凄まじい。
今までの病床の時間を取り戻すかのように体を動かしていた。
リディアとしても自分の治療を全身で喜んでくれるクライヴを見るのは嬉しかった。
恋人同士になった二人の関係はそうやって四六時中一緒にいることもありさらに近くなっていた。
「迷路を歩いて疲れたろ。あっちで座って話そうか」
そう言ってクライヴは自然にリディアの手をとった。
リディアは微笑んでそれを握り返す。
ぎゅっと手が固く繋がれ、エスコートされるようにリディアは庭園の中央に足を踏み入れた。
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