その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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21.今掴んだ幸せを

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「わあ――きれい――」

 庭園の中央部分にある広場は絶景だった。
 噴水が掲げられ、花が模様状に配置され非常に華やいだ空間になっている。
 その絶景にリディアは目を奪われた。

「さすが王都だな……こんな庭園があるとは。窓から見たとき、ぜひ1度は行ってみたいと思っていた」

 この庭園はクライヴの部屋の窓からからちょうど覗ける場所にある。
 貴賓室はその眺めも計算されて作られているため、この大庭園を上から楽しむことが出来るのだ。
 クライヴはかかとをトントンと地面についてそう嬉しそうに呟く。
 自然に動くその足を見てリディアも感慨に包まれた。

「足の治療に当たったこの2ヶ月間、本当に辛い治療でしたものね」

 クライヴの足の治療は難航した。
 足は手よりもデリケートで、施術にも手間がかかった。
 特にクライヴの願いが『戦場に出れるほどの回復』なのだ。
 後遺症が出ないように必死だった。
 
「全くだ。もう二度とあの痛みは……経験したくないな」

 足の治療は難航した。
 患者に苦痛を与えるほど強いリディアの霊力を、ひたすら患部に当て続ける必要がある。
 クライヴを狙った暗殺者さえ浴びせかけると悶絶していた霊力だ。
 そんな痛みを四六時中ずっと浴びるのはクライヴにとっても身を削る作業であった。

「それにクライヴ様ってば、焦ってすぐ歩こうとするんですもの。危なすぎます」

 成果が出ると治療の途中ですぐにクライヴは歩きたがる。
 そのたびに転びそうになって、大変なことになっていた。

「成果が見えないと辛いんだって。すぐ試してみたくなるんだ」

「クライヴ様は自分が王子であることをすぐお忘れになるんだから……」

 こんな風に話してたら、私も忘れそうになりますけど――という言葉は飲み込んだ。
 この3ヶ月、告白を受け入れ恋人同士になってから、二人はさらに気安く話せるようになっていた。
 リディアとしては正直なところ、雲の上のような立場のクライヴと恋人同士になることに不安がなかったわけではない。
 持っている常識や物の考え方が、合わない時が来るのではないかと不安だった。
 しかし少なくとも今まで、そういった心配は2人の間にはなかった。

「病院をクビになったら俺の家に来ればいいさ」

「んなっ」

 リディアが口を尖らせていると、クライヴは足をパタ付かせながら自然にそう呟いた。
 その言葉にリディアは耳を疑った。

「お前一人を食わせるくらいなら問題ないぞ」

 軽く告げられるその言葉にどう返していいか分からない。
 明らかにプロポーズのような言葉である。
 短いながらも一緒に過ごしたクライヴの素行を見ると、何も考えずに言っている可能性が全然ある。
 天然で――殺し文句を言う人なのだ。
 だからこれも冗談かもしれない。

「少し歩こう」

 リディアがドギマギして硬直していると、クライヴは立ち上がった。
 そしてエスコートするように手を差し出す。

「は、はい……」

 リディアはその手をとり、二人は手をつないで庭園の中を歩いて回る。
 手をつなぐことくらいなら自然に出来るようにはなっていた。
 いつもなら気にならないくらいだ。
 だけど今日は妙に――ドキドキする。
 さっきの『家に来れば良い』という提案もなんだか冗談には思えない響きがあった。

「実はなリディア、今日……王宮からの書状が来た」

 そんな風に自分の心と独り相撲していたリディアはクライヴの声で我に返った。

「書状ですか……どのような?」

「体が治って、正式に魔物討伐の功績を表彰されるらしい。その式の招聘状だ」

「ああ! ついに叙勲されるのですね! おめでとうございます」

 今までのじれったい空気を吹き飛ばすようなニュースに、リディアは顔を上げて笑顔になった。
 そんなリディアと視線を合わせクライヴは話を続ける。

「将軍位と、英雄勲章とかいう大層なものを貰えるらしい」

「英雄勲章!? す、凄い……! 吟遊詩人はしばらくクライヴ様の歌でもちきりでしょうね」

 英雄勲章とは最高の名誉勲章である。
 前に出たのは今より魔物との戦いが激しい100年頃のことだ。
 つまりクライヴは100年ぶりの受勲ということになる。
 吟遊詩人や文筆家のネタ元になることで有名である。
 戯曲や本の題材になるため、市政の人間にもこの勲章だけは特別扱いされていた。

「正直げんなりするな。歌にされたら、翼や第二の人格なんかを生やされるんだろ?」

「あはは……いいじゃないですか。そういうのが広まったら、逆に本人がいても気づかれないかも」

「全く、当事者じゃないと気楽なもんだ」

 クライヴの微妙に煮え切らない状態にリディアはころころと笑う。
 そしてふと気にかかったことを口にする。

「授与式に国王様は来られるのでしょうか」

 クライヴはその質問に眉根をぴくりと揺らす。
 彼が危険な魔物討伐を続ける理由は、国王と会うためだ。
 その目的は今回果たされるかはリディアも心配になった。

「慣例通りなら来るだろうが、まあ父上の気分次第だろうな」

 クライヴは肩をすくめてそう告げた。
 
「それでなリディア。その2つ以外にもう1つ、望みのままの褒美がもらえるそうだ」

「クライヴ様の好きなものをなんでも……ですか。大盤振る舞いですね!?」

 リディアは驚いた。
 将軍位に英雄勲章そして自己申告でもう一つ。
 貰える報酬の多さから、いかにクライヴの立てた功績が凄まじいか解る。

「何を願うか悩んで歩きまわってたんだが……ようやく決めた」

 リディアはここ数日、クライヴが護衛や自分を振り切ってよく出歩いていた理由に納得した。
 何でも願いを叶えることが出来る。
 それは悩む必要があるほど大きな選択だ。

「立場もついてきて俺も24だ……貴族社会ではそろそろ身を固めなければならない」

 そこで言葉を切ったクライヴは足を止め、リディアの方を向いた。
 つられてリディアも立ち止まる。
 木陰になっている場所で二人は視線を交錯させて向き合った。
 こちらを向いたクライヴの体がガチガチに緊張しており、不安そうな視線でこちらを見ている。

「俺はその願いで……リディア、君との婚姻を願うつもりだ」

 そしてひどく真剣な目で――クライヴはそう告げた。

「えっ……結婚……わ、私と……っ!?」

 リディアは呆然と叫んだ。
 確かにいま自分とクライヴは恋人同士だし、その延長として結婚は考えないではなかった。
 だけどこんなに早くそこまで段階が移行するとは思っていなかった。
 
「この数カ月間一緒に過ごして思った。リディアとならずっと一緒にいたいと」
 
「う……あ……え」

 あまりのことにリディアは混乱して言葉を発せない状態になった。
 心臓が激しく脈打って、今にも飛び出してしまいそうだった。

「だが……その、性急かな? それに強制したくない。嫌なら……」

 返らない返事に不安そうな言葉がクライヴの口から漏れる。
 だがリディアはすでに一瞬で覚悟を決めていた。
 リディアは固く結んだ唇を開き叫んだ。

「だ、ダメです!」

 衝動的にその言葉が口をついて出た。

「えっ!? 嘘だろ!?」

 クライヴがわかり易いほど狼狽した。
 後退って口をパクパクと開け二言目が出ない状態だ。
 まさかそんなことを言われると想定していなかったような表情だ。

「その願いは、お父様に……お会いすることに使うべきです。そのために戦ってきたんでしょう」

 リディアは混乱する頭でなんとか二の句を続けた。
 
「いや、そういう!? でもな俺は……」

 クライヴは頭を抱えながらなんとか言葉をひねりだろうと四苦八苦する。
 そんなクライヴにリディアは一歩足を踏み出し。その胸に飛び込んだ。

「私はっ! ……そんな大事なお願いを使わなくても、貴方のそばにずっといますからっ……」

 クライヴの顔に胸を埋め、リディアはそう叫んだ。
 はっとしたようにクライヴは胸に飛び込んできたリディアを見た。
 リディアはプロポーズを受けた瞬間に一瞬でそれを受けると決めていた。

「……じゃ、じゃあ……」

「私でよろしければクライヴ様のお側にずっといさせてください」

「~~~~っ。驚かすなっ! 本当に……初陣で魔物と戦ったときより緊張したぞ」

 クライヴは胸の中のリディアを思い切り抱きしめ、安堵のため息を付いた。
 痛いほど強い力で抱きしめられる感触を確かめるようにリディアはクライヴの胸に顔を押し付けた。

「ありがとう。君の好意に従って、父上と会ってくる」

 クライヴはそんなリディアの身体を受け返し、髪に顔を埋めるようにしてそう言った。
 囁くように耳がくすぐられる。

「はい。私は貴方が帰ってくるのをずっとお待ちしてますから」

 リディアの返答を聞き、クライヴはすっと包容を解いた。
 2人は向き合うことになる。
 どちらともなく二人は顔を寄せ合い――。
 そしてキスをした。

「ん……」
 
 やがて顔を離したクライヴが笑顔で告げた。

「これからずっと……俺は、お前のもとに帰るよ」
 
 微笑んで二人が顔を見合わせたその時だった。
 庭園の入口の茂みが揺れた。

「誰だ!?」

 クライヴがそれに反応しリディアを守るように遮り叫んだ。

「あらっ。もう! この生け垣邪魔だわね」

 突然の乱入者の声に二人の視線がそちらへ飛ぶ。
 入り口からスタスタとこちらに歩み寄ってきたその影はさっそうと二人の前に立つ。
 そして扇をひらいて口に当てながら告げた。

「どうもご機嫌よう」

「ミズリー……!?」

 それはリディアの義理の妹、ミズリー・フェスティアだった。

「探しましたわクライヴ様――と、お姉さま。ずいぶん仲がいいご様子ですわね」

 口元に扇を当て、高らかに笑いながらミズリーは、恋人たちを睥睨した。

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