その力で人の身を焼く“悪魔”の聖女にしか、第三王子は救えない

カズヤ

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23.高い天井

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 それからさらに時が経ち、ついにクライヴの退院が決まった。
 リディアの業務も増え、慌ただしい日々となった。
 最後に見たミズリーの憎悪の表情を気に病んでいたリディアだったが、そんな忙しさの中でそれは記憶の片隅に追いやられた。
 あくる日、そんな目の回るような日々にクタクタになってリディアは就寝した。
 そこまでぼんやり覚えている。

「ん……もう……朝……?」

 ふわりと温かい陽光が目をくすぐり、リディアは薄く目をしばたかせた。
 朝だ、と半覚醒の思考が伝えてくる。
 目覚めようとするが、襲い来る睡魔に今日は抗えない。
 なんだかいつもより、二度寝をしたい欲求が強い。

(なんか凄くベッドがふわふわ……)

 なぜだろうと徒然考え、それはベッドがいつもより感触がいいからだと思い至った。
 信じられないくらい良い寝心地で、いつまでも身を委ねていたくなる感触だ。

(まずい二度寝する! い、いけない起きないと)

 体内時計が仕事が始まる1時間前だと告げている。
 欲望に負けて二度寝をするわけにもいかない。 
 思い切って寝返りをうち、目を覚まそうとリディアは重い目をこじ開ける。
 
「え……!?」
 
 視線の先に信じられない物があった。
 寝返りを打ったその先に、すやすやと寝息を立てるクライヴの姿があった。

「クライヴ様!? なんで一緒のベッドに!?」

 リディアの思考が停止する。
 眠気がさーっと引いていく。
 慌てたリディアは体を起こし状況を確認するために周囲を見た。
 高級そうな絵画や調度品が視界に飛び込んでくる。
 天井を見上げれば大理石。地面には高そうな絨毯。
 ここが何処なのかだんだんと記憶が蘇ってくる。
 
「そ、そうだ……ここ……クライヴ様のお家だ」

 ここは、第三王子クライヴ・ヴァルヘルムの所有する自宅。
 王都中央街――最上位貴族のみが住まう住宅街のさらに奥地にある、戸建ての邸宅だ。
 そしてこの部屋その最奥。
 当主室のベッドで自分は、クライヴと眠っていた。

「わ、わわわわ」

 慌ててまだ完全に状況が思い出せない。なんで自分は此処にいるのだっけ。

「んー……ん。ああ、リディア……起きたか?」

 後ろからクライヴの声がした。
 横たわった状態で目が開いている。
 寝巻きを着崩したクライヴの胸元が見える。
 それに目を奪われたリディアだったが、次の瞬間クライヴの手がリディアの腰に伸びた。
 
「ちょっと、顔見せて……」
 
 ものすごい力で引き寄せられる。
 リディアはぽすんと、クライヴの眼前――吐息がかかる距離へと抱き寄せられた。

(わ……う……近いよ)

 視界にクライヴの顔がいっぱい広がる。
 クライヴは少年のような細もてながら、肉食獣のようにしなやかな精悍さも持つ。
 寝起きでもクライヴの美麗な顔立ちは変わらない。
 眠そうな目を細めてクライヴはリディアの顔を見た。

「よく眠れたみたいだな。顔色が随分良くなってる」

 眠そうな目をしばたかせながらクライヴは笑った。
 その言葉にリディアは完全に自分がなんでここにいるのか思い出した。
 なぜそんなことになったかの流れを思い出す。

(確か、昨日……仕事が終わった後に、シスター・ヴィエラに色々と報告して……)
























 数日前、リディアはクライヴにプロポーズをされそれを受けた。
 先日仕事が終わり、そのことをシスター・ヴィエラに報告するとこういわれた。

『あらまあ、婚約。……もうちょっと先かと思ってたけど早かったわね』

 もうすべてを察したように『ふーん』といった表情で流された。
 患者とこういうことになるというのに罪悪感も覚えていたが、あっさりと受け入れられた。

『丁度良いいわ。ということは、貴女はクライヴ様の身内というわけよね?』

 複雑な気分のリディアに、ヴィエラはにやりと悪そうな笑みを浮かべ、言葉を続けた。
 うっと言葉をつまらせるリディア。

『ご挨拶がてらクライヴ様の家に行って、退院に使う書類を取ってきて』

 なぜか仕事が増えた。
 ヴィエラは『1から説明するの結構骨折れるのよね。助かったわ』としれっとしている。
 なんで仕事が増えたと口をとがらせて文句を言おうとするリディアに被せるように先んじて言葉を置いた。
 
『ああせっかくだし――泊まりでも良いわよ』

 最後の外泊許可はぼそりと耳元で告げられた。
 その言葉にリディアの思考はそっちに引っ張られて反論どころではなくなった。
 もう断れる雰囲気でなく、クライヴの家に行く流れになったのだった。
 今となっては結果オーライな言質を残してリディアは送り出されたのであった。


















「心配したんだぞ。馬車の中で急に死んだように眠り始めて」

 そんな記憶を一通り呼び戻した後。
 再び現実クライヴとベッドで向き合った状態。
 顔を覗き込むクライヴが苦笑する。

「すみません、この退院が迫った数日……緊張してあまり眠れなくて……」

 リディアは申し訳無さそうに身体を縮こまらせた。
 ここ数日、退院間近のクライヴに万が一がないようにリディアはとても気を張っていた。
 婚約者になった人の、これからの人生を左右するというプレッシャーがすごかった。
 家に帰っても不安が胸を駆け巡りなかなか寝付けない。
 そんな3日から開放されて気が緩んだ結果、つい馬車で眠りこけてしまったのだった。

「まあ――よく眠れたみたいで良かったよ。これからここがリディアの家になるんだから」

 申し訳ない気持ちで頭がいっぱいになっている時、優しい言葉をかけられた。
 気に病んでいた所の優しい言葉に、リディアは安心して涙ぐんでしまった。

「……うう、ありがとうございます」

「だからそんなしょげた顔するなって――ほらおいで」

 それをあやすようにクライヴはリディアを抱きしめようとして。

「っ痛!? あ、角か……ちょうど骨に当たった……」

「す、すみません」

 勢いよく抱きしめたその衝撃でリディアの角がクライヴの右脇腹にごつんと当たった。
 慌てて体を離しリディアは顔を真赤にした。

「……はは、慣れないとな。キスする時に当たったら大変だ」

 恥ずかしがるリディアの顔を覗き込んで、意地悪げにクライヴは笑う。
 リディアは目を伏せる。二人は自然に唇を――。
 
「クライヴ様! いま痛いと!? お怪我ですか――ッ!?」

 その寸前、ノックもそこそこにものすごい勢いで扉が開かれた。
 扉の向こうから勢いよく執事服を着た初老の男性が部屋に入ってきた。

「あ、いやこれは……お邪魔でしたか?」

 そして顔を寄せ合っているクライヴとリディアを見つめ――初老の男性は取り繕うに咳払いをした。
 部屋に気まずい空気が充満した。

(執事さん……!? 見られたかな……?)

 部屋の扉が開け放つ寸前、反射的に離れたものの執事さんの反応からして何か感づかれているようで。
 顔を真赤にしてうつむくリディアの前で、クライヴが頭を振りながらベッドから立ち上がる。

「おはようカイン……良いタイミングだな?」

 そして不満そうに執事の名を呼んだ。
 ウェイタースーツを瀟洒に着こなした初老の執事の名はカインというらしい。

「も、申し訳ございません! クライヴ様の身が心配でしたので」

 カインは髪に白髪の混じった出で立ちの執事である。
 肩幅ががっちりしており、身のこなしに隙がない。
 護衛の人を見たことのあるリディアの目には、彼が戦闘経験もあるように見えた。

「治療院で暗殺されかけたと聞いては、不詳カイン・シュタインヴェルグ、万が一にもと……!」

 カインは直立不動の姿勢で頭を下げる。

「結果としてクライヴ様のお時間を邪魔してしまい、失態を……!」

 カインは一度頭を下げると、えんえんと反省し始めた。
 ぽかんとリディアはそれを見る。
 クライヴはため息を付きながら耳打ちした。

「ああ……スイッチが入ってしまったな」

 クライヴは苦笑しながら執事を見る。
 その対応はよくあることを見るような目だ。どうもこの執事はそういう個性の人らしい。

「えっと、このお屋敷の執事さんですよね?」

「優秀なんだが、許容量を超えるとこうなるんだ。適当にいなして」

 執事の謹厳実直な人柄が伝わってくるようなその態度に、思わずリディアは笑顔になった。
 病室で一人きりだったクライヴを見てきたリディアは、こうして彼の身を案じてくれる人がいることが嬉しかった。

「あ、あの。執事さん。昨晩はご迷惑をおかけしました。ありがとうございます」

 おもむろにリディアはベッドから立ち上がり、カインに頭を下げた。

「は、はて? ご迷惑とおっしゃいますと」

 突然のリディアの謝罪にカインは自制の言葉を止め、驚きの表情を浮かべた。

「私ってば、来訪時に意識を失ってしまって……ここまで運んでいただくの大変だったでしょう」

 それに笑顔で返し、リディアはそう告げた。
 自分を介抱したという功を口にして、カインの顔を立てたのである。

「ああそうだな。運んだ後に、身体の異常が無いか診てくれたのもカインだ」

 無意識のことだったが、リディアはそういうバランス感覚はあるほうだった。
 その意図をクライヴは読み取り、その話題に載るようにカインを手で指し示した。

「改めて紹介しよう。当家の侍従長の――カイン・シュタインヴェルグだ。俺が一番頼りにしている」

 自負心が籠もった紹介に、クライヴがカインを深く信頼していることが伝わってくる。
 それを聞き届け、リディアはカインに微笑んだ。
 クライヴが信頼するならば自分も同じであると行動で示す。

「はっ……恐縮です。リディア様もお元気になられたようで、安心いたしました」

 その堂々たる紹介に、カインは落ち着きを取り戻したように優雅に一礼した。
 そんな様子に安心したようにリディアは再びクライヴの後ろにつく。

「くくくく……あんなに慌てていたカインが一瞬で静まるなんてな」

 それを面白がるように見ていたクライヴは、リディアの背に手を回してその腰を抱き寄せた。

「きゃっ……」

「どうだカイン」

 クライヴはリディアをぎゅっと抱きすくめる。
 そして得意満面の顔で笑いながら、カインに告げた。

「昨日話した通りのこういう女性だ。……佳い女(ひと)だろ?」

 カインも笑みを浮かべリディアを見た。 

「ええ。全く、助けていただきました。“奥様”――朝食のご準備ができております。どうぞ」

(奥様……って!? ああそっか、そうなるんだ私……)

 慇懃で心が籠もった一礼を受けたリディアは戸惑った。
 これから、自分はこの屋敷の“奥様”となるのだ。
 実感が湧くと同時に、どうも執事カインに対しては悪い印象を抱かれなかったようで安心する。
 リディアは戸惑いながらも足を踏み出した。

(え、ええと……よくわからないけど執事さんに認めてもらえたのかな)

 戸惑いながらリディアは部屋の外に出る。
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