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最終話.大団円

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 その広間中を包む光はたっぷり一呼吸――荒れ狂い。そして、嘘のように収まった。
 そして気味の悪いほどの静寂が訪れる。

「う……うう……」

 貴族たち全員がリディアから発せられた光に押され、壁にぶつかって昏倒している。
 そんな中一人だけ動いている人影があった。
 
「何……よ……」

 それはミズリーだった。
 柱につかまったミズリーはなんとか壁に激突せずにそれをやり過ごした。
 ミズリーは肩で息をして立ち上がった。
 立ち上がったミズリーはリディアたちの方を見た。
 そこには――倒れ伏すクライヴと、それに寄り添うように倒れたリディアの姿があった。
 ふたりとも目を伏せ――ぴくりとも動かない。

「あは、あはは何よ、死んじゃったのリディア」

 ミズリーは体を引きずりながら近づき、リディアを見下ろした。
 リディアの胸はもう呼吸をするために動いていなかった。
 クライヴも、息をしていない。
 
「はは、ははははははは! そうよ! 奇跡なんて起こるわけない! 死体に霊力を使って……当たり前じゃない! ば――――ーか!」
 
 呆然とそれを見下ろし、そしてミズリーは狂ったように笑った。
 数分はそれで笑っただろうか。
 思えばミズリーもこの時あまりのことに正常な判断力を失っていた。
 自分たちが、時間をあまり掛けていけない謀略を勧めている最中だという認識が飛んでいたのだから。
 リディアに気を取られたミズリーはその貴重な数分という逃亡時間を浪費した。

「この部屋のもの全員動くなッ!」

 突然、大広間の扉が開かれ雪崩を打って兵士が入ってきた。
 数十人要るこの会場をさらに包み込めるほど百人はゆうに超える数だ。

「シェルザス! お前の企みはもう読めている! ベルナルド公爵が自白したぞ!」

 その中心で指揮を取る声が叫んだ。

「この部屋のものは全員連行しろ!」

「あっ……国王……様……そんな……」

 兵の最後尾から、悠然と指示を出すのは紛れもなくこの国の王、リュケイオン・ヴァルヘルムだった。
 その声を聞いたミズリーは魂を抜かれたようにその場にへたり込んだ。

「なんだこれは……」

 部屋を見渡したリュケイオン王は呆然とつぶやいた。
 兵たちも全員困惑しているだがその中で、とにかく壁に激突して気絶している犯人たちを捕縛し始めた。
 
「あ、あれは」

 王はせわしなく部屋を見渡しそれを見つけて駆け寄った。
 部屋の中心。
 手を握り合いながら寄り添い倒れて、ぴくりとも動かないリディアとクライヴがそこには居た。

「く、クライヴ! リディアくん! 間に合わなかったのか!? ヴィエラ! 診てやってくれ!」

 慌てたリュケイオン王は、兵の最後尾にいるシスター・ヴィエラを手招きた。
 ヴィエラは血相を変えて走り寄ってくる。

「はい! くっ……リディア! ミズリー! 貴女なんてことを!」

 駆け寄る途中でヴィエラはミズリーを叱り飛ばした。
 その声にはっとしたミズリーは思考を現実に戻した。
 自分の仲間であった公爵家の貴族たちがどんどんと逮捕されていく部屋の中を見渡した。

「は、はは。終わり? 私が!?」

 心が折れ果てたようにしわがれた声でミズリーは地面を思い切り殴りつけた。
 その背から王の厳しい声が届く。

「貴様がミズリー・フェスティアだな! お前は姉まで手に掛けて!」

 その糾弾を受けてミズリーは叫んだ。

「違うわよ、リディアが勝手に死んだのよ! こいつは、クライヴを助けようとして、命を全部霊力にしたの!」

「なっ……!? リディア、貴女そこまで」

 その説明を聞いたシスター・ヴィエラは顔面を蒼白にしておののいた。
 長年、聖女の力を日頃から使いこなすヴィエラからしてその反応になるほどのことだった。

「こいつはいつもそう! 連れ子の私に全部譲って……馬鹿なのよ! だからっ! 死んだの!」

 ミズリーはへたりこみながらギャハハハ――と半狂乱で笑いながらリディアを指さした
 そんな常軌を逸したミズリーに王は拳を握りしめ詰め寄ろうとし。
 ヴィエラも張り手をしようと一歩前にでたその瞬間だった。

「えっ……嘘……」

 ヴィエラの戸惑いの声が響いた。

「お前に、リディアを笑う資格があるか?」

 若い男の声。
 それに、ミズリーのその笑いが、凍りついたように中断した。
 彼女の足を誰かの手が掴んでいた。

「く、クライヴ様!? ご無事で!?」

 一番近くに居たヴィエラが信じられないようにその手の主の名を呼んだ。

「ミズリー! お前は、本当にやってはいけないことをした!」

 男の声が地の底からした。
 黒い――涙に濡れた目が、ミズリーを射抜いた。

「おお……おお! クライヴ……!」

 王が歓喜の声を上げた。
 だがクライヴは周囲の声を全て無視して、ミズリーへと本気の怒りをこめて掴みかかった。
 ぽたりと涙のしずくが絨毯に吸い込まれていく。
 滂沱の涙を流しながらクライヴはミズリーの足を引きずるようにして立ち上がる。

「く、クライヴ!? そんな、そんなッ!? なんで生きて!?」

 確かに心臓が止まっていた。
 霊力を阻害する毒が全身を巡っていた。
 その上あそこまで血を流した。
 何を持ってしても、どうあっても助かるはずがない。
 ――奇跡でも起きない限り。

「霊獣……ユニコーンは、死者を蘇らせる……」

 ヴィエラは呆然とつぶやいた。
 自分がかつてリディアの角のことを人に教えるときに例えたものだ。
 霊獣ユニコーンの伝説は、万人の病魔を治し――死者を生き返らせるというものだ。

「ミズリ――――ッ!」
 
 クライヴの怒声が部屋中を貫いた。
 地の底から沸き起こるような低い声だった。

「なんでだ! お前が欲しがっていた権力や金など俺はなんの未練もなかった! ほしければくれてやったんだ!」

 呆然としたミズリーの胸元がクライヴに掴まれる。
 そして凄まじい怒気を浴びせられた。

「俺はリディアが……そばにいてくれればそれで良かったのに!」

 幽鬼のような凄絶な表情でクライヴは立ち上がり、ミズリーへと一歩ずつ近づいている。

「ああ……あああ……嫌ぁ……来ないで……」

 そのあまりの怒りにミズリーは半狂乱になりながら地面をはって無様に逃げる。

「人を殺しておいて、自分はここで殺される覚悟が無いと言うなよ!」

「いやあああああああああああッ!?」

 戦場を幾多も駆け巡ったクライヴの怒気はもはや殺意と呼べるものだった。
 それを真正面から受けたミズリーは、あまりの恐ろしさに目をむいて意識を失った。
 
「クライヴ! よせ!」

 ミズリーになおも殴りかかろうとして、リュケイオン王がクライヴを後ろから羽交い締めにした。
 その静止を受けたクライヴは、身体を止めた。
 そして荒く方で息をして握りしめた拳から血を流しながらクライヴは告げた。

「くそっ……お前をここで傷つけたら、リディアが命をかけた意味が……無駄になる……」

 誰も犠牲にしないで幸せを得たい、というリディアの言葉をおぼろげな意識でクライヴは聞いていた。
 拳を止めたクライヴは、肩を戦慄かせ立ちすくんだ。
 その眼下にぽたぽたと滂沱の涙が落ちていく。

「クライヴ……」

 リュケイオン王は無言のまま息子の肩に手をおいた。
 親としての強い情感がその声にこもっていた。
 それを聞いたクライヴは背を向けたまま涙声で返答した。

「父上……俺は……リディアとの結婚を今日……貴方に……お願いするつもりだったんです」

 万感の思いの込められたその言葉に、つおいにリュケイオンも落涙した。

「ああ……ああ……彼女なら喜んで、私も……」

 リュケイオンはリディアに十字を切り、クライヴの手を握った。

「彼女に……お前が戦う理由を教えてもらったんだ……だから今日……お前に会う決心がついた……」

 悔恨のこもった声でリュケイオンはついにクライヴに膝をつくようにひれ伏した。
 
「すまないクライヴ! 私はお前たちにひどいことをして、その上お前の愛する人を守れなかった……どう償えば……」

 クライヴはついに振り向き、すがりつくように父の方を抱きしめた。
 そしてクライヴは父の手を握った。
 強い――強い力で。
 握りつぶすほど強い力で。それをリュケイオンは黙って耐えた。
 クライヴのそれは、子供が人混みをおそれ親の手にしがみつくような――すがりつくような、握り方だった。

「父上に会うことが俺の生きる目的だったんです」

 その言葉にリュケイオンもついに落涙した。
 王はそんなクライヴに言葉で答えず、黙したままクライヴを抱きしめた。

「それが叶ったら俺は……リディアを守るために生きようと思った」

 クライヴは父の胸の中で呻くようにつぶやいた。

「クライヴ……何処へ」

 そしてクライヴは父の手を離し、ふらりと立ち会った。 
 クライヴの顔から生気が抜け落ちていた。

「もう俺には……生きる理由が無い……」

 このままリディアの後を追いかけそうな声色で、クライヴはリディアの遺体に縋り寄った。
 リディアの顔を見つめたクライヴは、ある異変に気づいた。
 
「リディア……角が……消えていく……」

 リディアの角がまるで燃やし尽くされた薪が灰になるようにさらさらと塵になって消えていく。
 そして今まで角に隠れていたリディアの顔が――全て外にさらされた。
 追いついたリュケイオンがそのリディアの顔を見て、息を呑んだ。

「なんて……美しい……」

 兵士の幾人かさえ思わず足を止めてリディアの顔に見惚れた。
 角がなくなったリディアの顔は、ここにいる全ての人間が思わず見つめてしまうほど美しかった。

「ああ……それが君の本当の顔か」

 クライヴは泣き晴らしながら、リディアの顔をじっと見つめた。
 そして無理に笑顔を作って――次の言葉を言った。

「綺麗だよ……君の精神(こころ)みたいに」

 そしてクライヴはリディアに縋りより――その唇に自分の唇を重ねた。
 刹那。
 吐息が、クライヴの頬にかかった。

「う――クライヴ様……」

 信じられないことが起きた。
 リディアの口が動いた。
 周りがざわめいた。

「り、リディア……? いま喋って」

 クライヴが驚いてリディアを見る。
 ゆっくりとリディアの目が開かれていった。

「ん……」

 やがて完全に目を開けたリディアはまぶたを瞬かせ、ぼんやりとつぶやいた。

「あれ……私……おかしいな……全部霊力を……使って……」

 すかさずヴィエラがそんなリディアに向けて癒やしの霊力を向ける。
 死人のような青白いリディアの顔色が徐々に良くなっていく。

「奇跡……か?」

 それを見ながら王がつぶやいた。

「俺の夢じゃないよな。本当に生きてる!」

 クライヴは人目をはばからずリディアを思い切り抱きしめた。
 あらあらとそんなクライヴを自愛に満ちた目で見つめたヴィエラは、すっと邪魔をしないように二人のそばを離れた。

「う……苦しいですクライヴ様……」

「うるさい……お前はいつも……心配かけて……」

 凄まじい力で抱きしめられたリディアは思わずうめいた。
 そこで違和感に気づく。
 クライヴの胸に顔を埋めたリディアはその感触に、自分の頭に角がないことに気づいた。

「え、あ……!? 角がない私の……」

 リディアは慌てて自分の額を触る。そしてその感触の違和感にふらつく足で立ち上がった。
 そんなリディアの慌てた姿を見て、ヴィエラがなにかにひらめいたようにつぶやいた。

「そうだわ。あの角は霊力の固まり……リディアは身体の霊力を使い果たしたけど、角に霊力が残っていて、それがリディアに還ったから……」

 角が溶けた後の塵をつまみ上げ、ヴィエラはそれを見つめた。
 かすかに霊力が奔った後が、その残骸に残っている。
 だがそのつぶやきは誰につたわることもなかった。

「リディア! 良かった! もう……離さないぞ!」

 立ち上がったリディアをクライヴが抱きすくめた。
 それを見た周囲が凄まじい歓声を上げた。
 
「クライヴ様! おめでとうございます!」

「あんたは勲章だけじゃない! 本物の英雄だ!」

「我々兵は、貴方こそ敬愛致します!」
 
 兵士たちはクライヴの同胞のようなものだ。
 それがついに職務を堪えれなくなって祝福の声を上げた。
 ここで起こった奇跡に誰もが賞賛を送った。

「リディア様ー! お綺麗ッスよ!」

「こら大声であんまり目立つな! ったく、おめでとうございます」

 抱きかかえられたリディアの耳に、歓声の中から聞き覚えのある声がする。

(護衛の人たち! 無事だった!)

 自分を三階に送り届けた二人の護衛が傷まみれの腕をふりこちらに声援を送っている。

「ハァハァ……クライヴ様っ! 屋敷の処理にてまどい……カイン一生の不覚です!」

(執事さんも!?)

 大騒ぎになった大広間の歓声のさなか飛び込んできた影が頭を下げた。

「奥様……私は今日の償いをするため、終生貴女とクライヴ様のお側いますぞ!」

 会場に滑り込むように走り込んできたカインは、ボロボロだった。
 暗殺者の対処も壮絶だったようだ。
 そんな皆の様々な感情を受け取る中心のクライヴは足元のふらつくリディアを抱き上げた。

「きゃ……」

「父上! クライヴ・ヴァルヘルムはこの度の遠征の功績を持って、リディア・フェスティアとの婚姻を希望します! よろしいですね!」

 リディアはお姫様抱っこの形で抱き上げられた。
 そして晴れ晴れとした顔でクライヴは、リュケイオン王へと宣言した。

「ああ、リュケイオン・ヴァルヘルム王の名において二人の婚姻を認める!」

 会場全体から拍手が沸き起こった。
 誰もが若い二人に惜しみない祝福を送った。
 リディアはそれを聞き届け――人生で一番の笑顔を浮かべた。
 













 後の歴史書にはこうある。

 辺境からも完全に魔物の驚異をなくした、クライヴ・ヴァルヘルム王国元帥を語る際に欠かせない話がある。
 その妻、リディア・ヴァルヘルムの聖女としての高名さも同時に語らざるを得まい。
 筆頭聖女であるリディア・ヴァルヘルムは数々の難病から人々を救い、“聖女の中の聖女”として語られた。
 外に内に王国のさらなる発展を導いたこの夫婦は、将来仲睦まじく――互いに支え合って生きていたとされている。
 
 戯作家にこの夫婦を題材にしないかと聞くと、彼らは一応に苦笑しながら告げる。
「あまりに順風満帆なその夫婦の生涯は、語り部としてはいささか退屈させてしまう」
 ほどだと――。

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