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しおりを挟むぱちり。
男が目を開くと、そこはドラマやアニメでよく見るような、西洋風の城の広間。
そして男の下に描かれた魔法陣を取り囲み、どよめきながらこちらの様子を窺うこれまた西洋貴族のコスプレをした人々。
状況が全く飲み込めない中、誰かが叫んだ。
「召喚に、成功したぞ!」
とある男の身の上話をしよう。
男の名前は大山一馬(カズマ)。頭の出来は微妙、腕っぷしはまあまあ、身長は高め、体力はそれなり、人望は……バラつきあり。
特にこれといった長所のない、探せば何処にでもいる普通の特徴の男。
学生時代は人並み以上の反抗を見せ、未成年でありながら飲酒、喫煙、無免許運転など、まあまあなグレ具合を曝け出していた。
そんな彼の人生が一変したのが、高一の年。
自身と中学一年生の妹を残して両親が他界した。初めは病弱だった母が春に。そして疲労による不注意による交通事故によって父が秋に。
2人は祖父母に引き取られたが、年金生活の老人には金がなかった。
生きねばと、一馬は不良行為の一切を辞めた。
複数のバイトを掛け持ち、死に物狂いで働いた。部活は入っていなかったので、時間は余裕があった。本当は高校も辞めたかったが、卒業はしておけと祖母に諭され、赤点ラインを低空飛行しながら働いた。
それもこれも、まともな妹には大学に行ってほしかったから。
一馬が高校を卒業したタイミングで、祖父が他界した。定年退職してから家に居座るだけの置物だった祖父には、特に思うことはなかった。
一馬が自立できるだけの貯蓄が溜まったタイミングで、今度は祖母が亡くなった。一馬は妹と2人きりになってしまった。
祖父母の家を売り払い、妹と1DKの家に越した。平日は工場勤務、空いた時間で時短バイト。学がない分、時間をかけて倒れる寸前になるまで働いた。顔を合わせる暇はなかったが、妹は貴重な学生の時間を削って家事を行ってくれていた。
妹が志望する大学に入学しても、社会人になっても、一馬の生活はかわらなかった。
全ては妹の為に……妹を理由にして、原動力を保とうとする自分のために。
働いた。仕送りをした。金を稼いだ。
そんな折、妹から彼氏を紹介された。
一馬など一瞬で捻り潰してしまいそうな屈強そうな彼氏は、その大きな体躯を屈ませて頭を下げた。
「妹さんを私にください」
その一言を聞いて、一馬が長年背負っていた肩の荷が降りた気がした。妹はもう一馬が支えなくても、大切な人を見つけて勝手に歩んで行けるのだ。
その後の事は何故だかよく覚えていない。喧嘩などはせずに2人は帰っていったから、肯定的な返事はできたと思う。
そして半年後、帰宅途中に婚姻届を提出したという妹からの連絡に目を通した。
急に1人取り残された実感に襲われて、脚が鉛のように重くなった。絶望にも似た虚無が身体と思考を蝕み、なんだか全てがどうでも良くなった気すらしていた。
だから見落とした。
横断歩道の信号が点滅しているのを。
襲いかかる衝撃。抗えない力に押し倒される身体。
庇いきれずに打ち付けた頭の痛みが、一馬の最後の記憶だった。
そして冒頭に至る。
途中で記憶をすっ飛ばしたかと思える程突然の展開に、一馬はやんややんやと騒ぐコスプレ貴族達を呆然と眺めることしかできなかった。
すると、コスプレの群れの中から1人の男が手を差し出しながら歩み寄ってきた。
「もし、召喚に応じし異世界人よ。貴殿の名は────」
残念なことに、男の言葉が続くことはなかった。
一馬の背を優に超える高さの窓が砂のように砕ける音が男の声を遮った。暴れるような回転をしながら飛んできた、ギロチンのような大きさの刃物が男の手首を切り落とし、大理石の床に突き刺さった。
一拍だけ訪れる、静寂。
「ギャアアアアアアアアアア!!!!」
割れんばかりの悲鳴は誰のものか。
男の手首から溢れる返り血を浴びながら、一馬は腰を抜かした。鮮血が弱々しく吹き出す光景が、ジリジリと目に焼き付いていく。
心臓の音が耳の仕事を阻害する。そのせいか、次の瞬間の光景をしっかりと視界に捉えてしまった。
窓を突き破って空いた穴から、今度は一直線に先程と同じ刃物が飛んでくる。それは一馬の真横を通り過ぎ、背後にいた別の貴族を貫いた。
更に増す悲鳴に、駆け付けた衛兵の鎧がガシャガシャと揺れる音が混ざる。
返り血で塗れて動けない一馬を誰もが遠巻きで見つめる中、
カツン
不自然な程凛としたヒールの音を鳴らし、一馬の前に1人の女がいつの間にか立っていた。
「みーつけた」
世界観を壊すサイバーパンクな姿に、頭にはウサ耳カチューチャというふざけた格好の女は一馬に告げる。
そして女は一馬の反応を待たずして、その細身からは想像もつかない筋力で硬直する一馬を小脇に抱え上げた。
「それじゃあ下々、Adiós(神のご加護がありますように)!」
それだけ言い残して、女はぶち破られた窓から飛び出した。その先は、地面まで30mは余裕で距離があった。
「ぁ、ぁぁああああああああ!!!」
張り付いて動かなかった喉が、本能的に震え出す。重力に従って落ちていく女に抱えられたまま、一馬は何もできない。
しかし、鷲頭の謎の生物が滑り込むように現れ、2人を背に乗せてそのまま遠く高くに飛び立った。
「ぁ、ぁ……いき、てる…………?」
「キミ見た目の割にビビりだねー」
獅子のような背に跨るように下ろされた一馬は、女に縋りながら周囲を恐る恐る見渡す。本当は女に触れているのも御免だが、手を離した瞬間に真っ逆さまに落ちそうな不安定さ故に手を離せない。
振り返れば、先程まで居たと思われる立派な城が豆粒サイズで確認できた。たった数秒でここまでの距離を離れたというのに、風の抵抗はまるでそよ風のように快適だ。
一切の状況が飲み込めない中、一馬は仕方なく目の前の女に尋ねた。
「これ……どういう状況?」
「あれ、まだ分かってないの?鈍いね~。キミ異世界転生したんだよ、い せ か い!」
異世界転生……なんだか聞いた事はある。アニメなどでよくあるジャンルだった気がする。
それを俺がした……俺が、異世界転生……俺が!?
「は、え!?」
「やっとわかった?」
女はウサ耳を揺らしながらしたり顔をする。
しかし既に、一馬の知る異世界転生のテンプレートから流れは外れている。
「俺、さっきの城の人達に召喚されたんだよな?」
「そだね」
「普通はこっから勇者とかに……」
「普通はね。でもキミはもう無理だねー」
ゆるゆるな返答を重ねる女とは対照的に、一馬の顔色は悪くなっていく。
なんだか嫌な予感がする。今すぐこの場から逃げ出したいが、ここは空の上。女から手を離せば待つのは死のみ。
仕方なく、今一番の疑問を投げかける。
「俺って……今どういう状況なの?」
一馬の問いに、女は溌剌とした笑顔で答えた。
「私があの城から誘拐した!キミはこれから魔王の元でコキ使われてもらいます!」
キリリ、とサムズアップを決める女の言葉に、一馬は目が回る思いだった。
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