プリンなんだから食えばわかる

てぃきん南蛮

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董哉の借りてるアパートよりも広い青芝の庭の片隅。設置された木陰のベンチに董哉はぐったりと腰をかけた。

日本の一軒家を3つ束ねたくらいの大きさはある白塗りの家が見えた瞬間、董哉は帰りたくなった。しかし自宅に着いた時点でフレッドが逃亡を許すはずもなく。
ドラマで見るような2mを超える黒い柵の門を潜ると、庭でパーティーの準備をしているフレッドの親戚が一斉にこちらを見た。
すると恰幅の良い男や見目麗しい女性、溌剌とした高校生くらいの少年など複数人が両腕を広げながらにこやかにフレッドを迎える。その光景を見て初めて気づいた。

あ、この人達ほとんどアルファだ。

アルファの群れの中に無防備に入ってしまった事実に漸く気づいた董哉の全身に悪寒が走る。暑さだけが原因ではない汗が喉を伝い、浅くなる呼吸を気づかれまいと飲み込んだ。まるで弱みを見せまいと恐怖を威嚇で誤魔化す小動物だ。
料理のことばかり呑気に考えている場合ではなかった。フレッドの親族の第二次性についてを真っ先に考慮すべきだった。
学校や軍事基地にもアルファはいるが、この空間にいる人間の9割がアルファ。今まで董哉が経験したことのない割合だ。
たとえば、もし次の瞬間董哉がヒートになったら。此処にいるほとんどの人間が董哉に牙を剥く。その光景を一瞬でも想像してしまい、怖気を殺すように奥歯を噛み締めた。
その場に食材の入ったビニール袋を置き、首の汗を拭う。その首にチョーカーはない。

日本と比べてしまえば、アメリカの治安は決して良いとは言えない。治安の悪い国でチョーカーをする意味は「私は皆様より劣ったオメガです」と公言するのと同義だ。
するとどうなるか。サルの脳みそを持った馬鹿どもによって犯罪に巻き込まれる確率がグッと高くなるのだ。
頸を噛まれずとも複数人に強姦され、計画的な犯罪になればチョーカーを切断する術だってある。それでも命があればまだマシで、翌日遺体となって見つかったオメガだっている。
日本での「最悪の事故を防ぐ防波堤」は、他の国では「己の価値を下げるレッテル」と成り果てていた。

臭い消しは飲んでる。フレッドが勝手に告げていなければ、この中で董哉をオメガだと知る人物はフレッドただ1人だ。流石に他人の第二次性を勝手に暴露するほど人間性が終わっているとは思いたくなかったが、今までの記憶が董哉の不安を煽る。
対してフレッド本人は軍のチームメイト達に向けるような、董哉には決して見せない人の良い笑顔で出迎えた親戚一同を受け入れている。親戚達の意識もフレッドに向いており、董哉のことなど誰1人気にしていない。
「こんにちは」
「あ、お、こんにちは……ハハ」
もういっそこのまま姿を消して1人で帰ってしまおうか。そう考えていた矢先に1人の女性に声をかけられた。
艶のあるブロンドヘアーに青のワンピースを着た初老ぐらいの女性が、ニコニコしながら董哉に歩み寄ってきた。
「貴方がフレッドの言っていたジャパニーズのコックね?」
「コック……か、どうかはわかりません。ですが、本日料理を作りに来ました。トーヤです」
「やっぱり!私はソフィア。私も私の夫もね、日本料理が大好きなの。だからほら、言われた通り今鉄板を用意していたの」
「ああ、すみません。僕も手伝います」
「いいのよ、夫の兄弟達がやってくれるから。それに貴方の本当の仕事はこの後よ?」
たおやかな見た目に反して、グイグイ来る女性だ。ソフィアと名乗った女性は、くるっと親戚に囲まれたフレッドの方を向くと、早くパーティーの準備をするように親戚一同を急かした。董哉も料理の準備をするために、その中にそっと紛れた。

その後はひたすら鉄板に向かっていた。
今回選んだ料理は焼きそば。過去に屋台でバイトをした経験が、こんな形で生きるとは思わなかった。
予め夜通し切り刻んだ野菜を鉄板に豪快に炒め、アジアスーパーで購入した麺を投入し、ソースをこれでもかとぶっかける。それをひたすら繰り返した。
1人でも美味しく食べてほしいからではない。少しでも鉄板から意識を逸らしたら、アルファに囲まれている恐怖で身がすくんでしまいそうだったから。
「美味しい」と喜ぶ声は求めていなかった。料理を食べて笑顔になってもらおうなんて考えは微塵もなかった。ただひたすらに、誰にも文句を言わせないように。
終われ、終われと念じながら目の前の焼きそばを炒めていた。

そして董哉が用意した食材を全て調理しきり、冒頭に至る。
とにかく疲れた。もう帰りたい。
安物の腕時計で時刻を確認すると、14時を過ぎたばかりだ。空腹を感じてもいい頃合いだったが、緊張からか食欲はない。
元凶ことフレッドはというと、董哉が作った焼きそば片手にソフィアや他の親族達と談笑している。
(……テメェが連れて来たんだからテメェでフォローしろよ)
人が命の危機すら感じながら料理を作っていたにも関わらず、そっちのけで笑ってるフレッドに内心毒付く。
どれだけ睨もうとも、フレッドのいるパーティー会場のテーブルからこのベンチまで5mの距離がある。睨むだけの圧がフレッドに届くことはない。
なら睨むだけ睨んでやる、と穴が開くのではないかというほど恨めがましく目をつける。
「ちょっと」
すると、突然四角から声をかけられた。振り返ると、董哉と同じように董哉のことを睨む、ティーンかどうかというくらいの少女が仁王立ちしていた。
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