プリンなんだから食えばわかる

てぃきん南蛮

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「……子供もいたのか」
周りのアルファにばかり意識が向かって、第二次性も判明していなさそうな子供もいることに気が付かなかった。
日本語で呟いたのだが、それがまた癇に障ったらしい。少女は足を踏みしめながら董哉に近づき、正面に立ち塞がった。
「フレッドが連れてくるって言うからどこの誰かと思えば、こんなちんちくりんなアジア人だとは思わなかった!」
何かと思えば2言目にはこれだ。ジェンキンス家の教育はどうなってるのか、家系を暴いて問いただしたい気持ちをぐっと堪えて苦笑いを作る。
「俺もこんな豪勢な家のパーティーに呼ばれるなんて思ってなかったよ。君もフレッドの親戚かな?」
「姪のエマよ!そんなことも聞いてないの?」
「結構突然連れてこられたからなぁ……料理するのに必死で、自己紹介もしてないや」
これは半分嘘。自分の素性を大勢のアルファに知られるのが怖くて、それとなく自己紹介する暇もない空気を装った。
フレッドの親戚には無愛想な日本人に見えただろう。現に、エマは不機嫌そうにむくれている。
「大体アナタ、フレッドのなんなの?」
「…………なんだろう?」
「バカにしてるの?これだからチンクは」
今の発言は確かにおちょくっていると取られても仕方なかった。しかし、フレッドとの関係性を問われると適切な答えを出せない。
友人とも、仕事仲間とも言い切れない。フレッドは命の恩人で、董哉は恩を返そうと雇われているような状態に近い。以前ほど険悪な関係ではないが、健全とは言い難い微妙な距離感。
喉に小骨が引っかかったような、胸のつっかえを感じた。
しかし、今はそれより気になる事がある。
「俺はジャパニーズだよ」
「はぁ?ジャパニーズもチンクでしょう?」
「ジャパンとチャイナは全く別の国だよ。あと、その言葉は君の敵を作ってしまうからやめよう」
チンクとは、中国人の蔑称。スラングだ。単語そのものすら聞きたくないのに、日本人の董哉に向かって言われると一周回って放っておけない。
「何よ!私が誰かを嫌うのなんて勝手でしょう!?」
「うん、それは君が好きにしたらいい。誰を好きになるのも、嫌いになるのも君の自由だ」
董哉の言葉が意外だったらしい。一瞬そっぽを向いたエマは驚いたように董哉に向き直った。
「でも、"嫌い"は傷つけていい理由にはならない。エマ、君が使った言葉は沢山の人を傷つける。傷つけられた人は、どんな気持ちになると思う?」
「……悲しい」
「そうだね。でも、それ以上にきっとこう考えるんだ。『あいつから攻撃してきたんだから、あいつはどれだけ傷つけてもいいんだ』……ってね」
董哉はわざと声のトーンを下げ、ハッキリ聞き取れるように告げた。すると董哉の思惑通りにエマは怖くなったのか、スカートを握りしめて一歩、後ろに下がった。
「……そんなこと、誰も」
「そうだね、言わないよ。言わないけれど、決めつけるんだ。君が傷つけた人の数だけ、今度は君が苦しくて、辛くて、悲しい思いをする」
「…………やだ」
「うん、俺も君が傷つくのは嫌だよ。だから、君にはそんな最低な言葉を使ってほしくない」
そこまで告げると、董哉はわざと張り詰めていた緊張を解いてはにかんだ。
一丁前に説教をしたが、内心はこの後エマの親御さんに詰められるのではないかと生きた心地がしなかった。
「…………ごめんなさい」
すっかり俯いてしまったエマが、かろうじて聞きとれる声量で謝罪を口にした。
「俺はいいよ。でも、もうその言葉は使わないでほしい。沢山の人と、何より君の為に」
約束できる?と問うと、エマは確かに頷いた。やっとエマの中の緊張が解けたのか、シワだらけになったスカートをゆるゆると手放す。
「Come here.」
ぽんぽんとベンチの空いたスペースを叩くと、エマは大人しくベンチに座り込んだ。
「で、そんなスラング誰から聞いたんだい?」
「……フレッドが言ってた」
あの野郎……!!
董哉は顔を覆って天を仰ぎたい気持ちをどうにか堪えた。予想はしていたとはいえ、あの男は教育に悪すぎる。
これは大人としてフレッドに意義を申し立てる必要があると内心心に決めていると、視界の端にエマが小さな両手を握りしめているのが見えた。
「……フレッドも、傷つけられちゃう?」
────その一言で、少女の想いに気づいてしまった。
叔父と姪ということは、程々の頻度で会うであろうちょっと歳の離れたお兄さんくらいの認識か。そしてムカつくことに顔はいい。人付き合いは……同族相手には愛想もいい。ありがちなシチュエーションに、全て納得いってしまった。
罪な男だと思う。色々な意味で。
「フレッドは強いから、きっと何かあっても受け流してしまうよ」
「…………」
「あー……さっきのフレッドとどういう関係なのか、だけど。フレッドにはちょっと前に助けてもらって、それから恩返しに料理を作ってるんだ。それだけの関係だよ」
我ながら話題の変え方が下手くそ過ぎると自虐した董哉だったが、予想外にもエマは食いついた。沈んでいた頭が、董哉を見上げた。
「本当に!?」
「ほんとほんと」
「でも、フレッドはずっとアナタの側にいたじゃん!」
「えっ、いつ?」
ここに来てから全く一緒にいた覚えがなく、董哉は目を丸くした。対して、エマも何を言っているんだと言わんばかりに首を傾げる。
「いつ?アナタが料理してる間、ずっとよ!隣で手伝ってばかりだった!遊んでって言っても、『今日は無理』の一点張りで!」
予想外の方向からぶん殴られた心地になって思考がフリーズした。
あの?フレッドが?手伝った?董哉を??
閉まった後の食堂で料理を振る舞うようになってからも「メシよこせ」しか言わない日すらあったあのフレッドが???
疑い深く董哉を見上げるエマをポカンとしながら固まっていると、2人を覆う影がさした。
 
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