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しおりを挟む「おい」
空から降ってきたハスキーボイスに2人が顔を上げる。パッと花が咲いたような笑顔を浮かべるエマとは対照的に、董哉は疲れの滲んだしかめ面をした。
どこか不機嫌そうなフレッドが、コーラ片手に2人を見下ろしていた。
「なんでお前ら一緒にいるんだ」
言葉尻にはどこか苛立ちすら滲んでおり、董哉は居た堪れなくなった。
……可愛い姪に寄り付くオメガがムカつくなら、連れてこなければ良かったのに。
「フレッド!私が話しかけたの」
フレッドの謎の苛立ちをエマも察知したらしい。立ち上がってフレッドに縋り付くように彼を宥める。その姿は、まるで歳の離れた兄の機嫌を取ろうとする妹だ。実際、それに近い関係なのだろう。
場違いなのは、董哉の方。
ずっと分かっていたことを何度も突きつけられれば、流石に気が滅入る。
見上げていると首が痛いわ、フレッドの言動を気にし過ぎて疲れるわで、董哉はまた俯いた。頭上から、ベコッとコーラの入ったプラスチックのコップが凹む音がする。
「え、フレッド!?キャッ!」
エマの悲鳴が聞こえた瞬間、咄嗟に董哉は顔を上げた。同時に、ドカッとフレッドが董哉の真横、ベンチの空いたスペースに腰掛けた。
董哉は目を白黒させて立ち竦むエマの姿を一通り確認する。怪我や痛がった様子はなく、恐らくフレッドに引き剥がされたのであろう。
「今日は無理だって言っただろ」
「……やっぱりそのアジア人がいるから?」
「アジア人じゃない、トーヤだ」
……こいつ、今俺の名前言った?
董哉は自身の耳を疑った。聞き間違いかとフレッドをガン見するが、フレッドはしれっとしている。
今まで「Hey」とか「you」しか言わなかったのに。というか、俺の名前知ってたんだ。
そもそも人として扱われているかすら疑っていた節すらあった董哉には、それほどフレッドが董哉の名を知っていた事が衝撃的だった。
「……なんで今日……ト、トーヤを連れてきたの?」
「…………He's my person」
「……嘘つき!」
「エマ!」
エマはそれだけ言い残して、そっぽを向いてパーティーの輪の中へ駆け戻って行った。
去り際の表情が今にも泣き出しそうだっので、董哉はエマを追いかけようと立ち上がった。しかし、見越していたようにフレッドに腕を掴まれ、ベンチに座り直された。
「バカ野郎……あんな嘘ついてまで引き離す必要なかっただろ」
パーティーの大人達と合流したエマは、彼女の様子に気づいた大人達に様子を伺われている。あそこまでアルファが集まってしまっては、董哉はもう話しかけることはできない。
「お前を連れてくることが決まる前まで、今日もエマと遊んでやる約束をしてた。それを破ったから嘘つき呼ばわりされたんだ」
「俺が言ってるのはそこじゃねぇよ」
八つ当たりのようにフレッドの肩を軽く殴ってやる。現役軍人の体幹がブレることはなかったが、董哉の予想に反して殴ったことに文句を言われることもなかった。
「なんだよ、大切な人って。俺たちそんな関係じゃないだろ」
My personとは、直訳すると"大切な人"だ。使われ方はカジュアルで、親友からボーイ/ガールフレンド、愛する人としても使われる。少なくとも、通りすがりに助けただけの飯炊オメガに使う言葉にしては重過ぎる。
「俺は本気だ。お前を大切だと思っているし、お前にそう思われたい」
「…………はぁ?」
フレッドの言葉の意味が分からなかった。
フレッド・ジェンキンスはアジア人嫌いのオメガ嫌い。特にオメガのことは、軍事基地を跨ぐ事すら嫌がる偏見者。そんな男が、アジア人のオメガである董哉のことを大切だって?
フレッドには悪いが、ジョークにしてはキツい歯の浮くような台詞を、董哉は鼻で笑ってしまった。
「その言葉は美人なレディに言ってあげたらどうだ?お前なら惚れさせられるよ」
「違う、本気だって言ってるだろう」
「でもお前、アジア人もオメガ嫌いじゃん。エマにスラング吹き込むほど」
「それは……クソッ」
何をそんなに焦っているんだろう。もしかして、料理の腕だけは認めてもらえているみたいだから、最低限の好感度は保っておきたいのかもしれない。
なんて、董哉が自身に言い聞かせていると、突然肩を掴まれて振り向かされる。
自然とフレッドと向き合う形になった。
「……悪かった」
「………………は、」
「今までのこと、悪かった。侮辱したことは謝罪する。だからまずは……俺の言葉を信じてほしい」
謝罪なんて今更だとか、俺より先にエマに謝れよとか、言いたい事は色々あったのだけれど。
董哉の肩を掴んだままの手が微かに震えていることと、何故かフレッドが傷ついたような表情をしていることに気づいた瞬間。
カッと目が熱くなり、堰を切ったように涙が溢れた。
「!?おい、トーヤ!?」
フレッドの慌てた声がどこか遠くに聞こえる。大丈夫、そう伝えてさっさと泣き止みたいのに、溢れ出した感情に対して理性が追いつかない。
……人間なんだ。傷つかない訳がない。望んでオメガに産まれたわけではない。同じように喋り、飯を食い、生きている。そこに性別など関係ないのに、オメガというだけで下等と決めつけられた扱いを受ける。
日本にいた頃もそういう扱いをする奴らはいた。しかし、アメリカに来てからはそれは顕著になった。
下卑な視線を向けられるのは日常茶飯事。料理について学びにこの国にやってきたのに、オメガのメシは食えないと大学内でも蔑まれる日々。それでも、泣き寝入りをしたらバカにされるから、必死に食らいついて抵抗するように研鑽を続けた。
……そんな日々が、辛くないはずが無い。
でも弱みを見せる訳にはいかない。そもそも見せられる相手も場所も時間もない。強気な姿勢で傷つく心を必死に隠して、どうにか頑張ってきたけれど。
フレッドの謝罪で、心を守っていた殻は呆気なく決壊してしまった。
「泣くほど嫌だった……んだよな。ああ、泣かせるつもりはなかったんだ。少なくとも今の俺は。それとも、これだけの謝罪じゃあ足りないか?」
「N、no……」
「No!?なら金か!?医療費だけじゃあ足りないか……そうだよな、示談金を決めるのは俺じゃなくてお前だもんな」
董哉が泣き出した途端、フレッドは今まで見たことがないくらい慌てふためいている。董哉に今まで見せていたつっけんどんな態度でも、他の人に見せるフレンドリーな姿でもない、やけに必死な姿。
あまりにもらしくない様子が面白くて、荒んでいた今までの傷と混ざり合って情緒がめちゃくちゃになる。ブサイクな表情をしている事は察することができて、フレッドから顔を隠すように手で覆った。
やっと少し落ち着き始めた時、背中に何かが回ってフレッドの方に引き寄せられた。
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