猫を拾おうと思ったら人魚を拾っていました。

先崎

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 新井は飛び込んだ場所に残してきたスマホを回収するとまたハウのいる場所へと戻ってきてビシャビシャになった背広をハウの尾ヒレに巻いて隠して(全く丈が足りないのではみ出ていたが)お姫様抱っこで車まで走って行き後部座席へと座らせると家路へと着いた。車のシートは助手席以外激しく濡れてしまったがそれをどうするかは明日以降考えることにして住んでいるアパートへと向かう。自宅へ着くと一度鍵を開けてから車へもどり、人目を気にしながらハウを抱き上げて駐車場からダッシュでドアの中へ飛び込むと浴槽にそっとその身体を降ろして水の蛇口をひねった。

「えっと、真水だけど大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ、それよりシイカもびしょ濡れだから温まろうよ。人間ってお風呂であったまるって聞いたよ?」

 ハウはそう言いながら新井の顔を両手で挟むと、鼻先同士がくっつくほど近くに顔を引き寄せた。ハウの体温は低いらしく、新井の頬と鼻先がひんやりとする。ハウの手がだんだんと冷たくなっているような気がしたが、自分の顔がどんどん熱くなっているだけだと気がつくのにそう時間はかからなかった。

「……キレーだ」

 風呂場の照明に照らされてハウの美しさがより鮮明に見える。金色の長いまつ毛はくるんと綺麗に上を向いて小さく薄い桃色の唇に目が釘付けになる。

「……入らないのかい?」
「あ、入る入る!」

 慌てて脱衣所へ飛び出すように移動すると風呂場からクスクスと反響した笑い声が聞こえた。それが何故か無性に気恥ずかしくなってやや乱暴に濡れた衣類を脱いで脱衣籠へ入れた。

「おじゃまします……」

 何故か自分の家の風呂場に入るのに挨拶をという気持ちもあるがとりあえず風呂椅子に座るとハウは浴槽に肘をついて楽しそうにしていた。

「ねぇ、その変なホースの先からあたたかい水が出るんだろう? 見せてよ」
「シャワーのことか? ほら」

 お湯の蛇口をキュッと捻ると雨のようにシャワーが降り注ぎ、ハウはそれを見るとはしゃいで手を伸ばした。

「へぇ、ほんとにあったかいんだね」

 ぱしゃぱしゃと両手をシャワーにかざして遊ぶ様子に思わず新井の頬が緩む。

 (綺麗すぎて怖いくらいだったけど、こうして見るとあどけないとこもあって可愛いじゃん)

「楽しんでるとこ悪いけど、俺も冷えてるからシャワー浴びさせてくれよ」

 そう言って風呂椅子に腰掛けたたまま暖かいシャワーを自分に向けると目を瞑って頭から被る。しばらくそうして暖まってから目を開けると、ハウが浴槽から身を乗り出してこちらを眺めていたので驚いて大声をあげた。

「うお! なんだ!」
「人間の下半身ってどうなってるのかなって思って……あれ、なんで後ろ向いちゃうの?」

 目を瞑っている間、下半身を凝視されていたらしいと思うとなんとも恥ずかしいというか、居心地が悪い気がして風呂椅子ごと浴槽に背を向けてシャンプーを泡立て始める。モコモコと白い泡がたつごとに後ろではしゃいでいる声が聞こえた。

「わぁ、それなに? ねぇねぇ、こっち向いて見せてよ」
「いや、見られてるとなんか恥ずかしいから……」
「恥ずかしくないよ?」
「そりゃお前は恥ずかしくないだろうけど!」
「ねぇねぇこっち向いてよ。ねぇ?」
 (人魚ってやっぱりあんまり可愛くないかも……)



 ねぇねぇ攻撃の中、身体を洗った新井は半分ほど溜まってきた浴槽に手を入れる。当たり前だが冷たい水である。海に落ちた身体はシャワーではまだ暖まりきっていないので出来れば湯船に浸かりたいと思いハウに問いかけた。

「あのさ、お湯入れても平気?」
「あったかい水のことだよね。入ったことがないからわかんないけど入れてみたらいいよ」

その回答に、じゃあ有り難くとお湯の蛇口を捻る。普段は40度ほどのお湯を入れているがいつもよりも熱めに、触るとつい手を引っ込めてしまうほどに熱いお湯を蛇口を全開にして湯船に注ぎながら手でかき混ぜていく。ぐるぐると腕を回していると腕を両手で掴まれ、肘のあたりに頬を擦り寄せられながらキュッとイルカのような鳴き声を出された。

「な、なんだ?」
「甘えてるだけだよ」
「甘えてるって……お前いくつなんだよ」
「えーと、18だね」
「18!!!?」

なんとこの人魚は自分より10歳も下だったらしい。あまりの衝撃に叫んだ声が風呂場全体に反響している。そりゃああどけなく見える時もあるという納得や、そんな歳でひとりぼっちだなんてさぞ不安だろうと庇護欲のようなものも芽生える。ちょうどいい温度になってきた湯船に浸かって向かい合って顔をよくよく見ると確かにまだ幼さも残っているような気がした。

 (あんまり綺麗だからもっと年上に見えるな……)

そんなことを思いながら見つめているとハウが近づいて肩に顔を乗せるようにもたれかかってきた。

「おうおう、俺で良かったら存分に甘えていいからな」

急に兄のような気持ちになり、ハウの頭を撫でてやると何か小さい声でつぶやいているのでよく耳を澄ませてみる。 

「あっつくて動けない……ここからだして……」
「うおおおおい! お湯だめじゃねえか!!」

ハウの腹に腕を回して急いで持ち上げると、ハウの手は力なくぶらりと下がっているしさっきまで持ち上がっていた尾ヒレもだらりと垂れている。洗い場に出して全身に冷水のシャワーをかけ、脱衣所に用意してあったバスタオルでハウを包んで敷きっぱなしの布団に転がすと氷水をグラスに入れて布団の隣に置いてあるローテーブルへ置いた。

「えっと、水飲めるか? ていうか水飲むのか?」
「のむ……」

グラスを布団まで持っていきハウの手に持たせるもののハウは首を傾げて見るばかりだ。

「なにこれ? 飲み方わかんない」
「口につけて傾けるだけだ」
「わかんないから口移しして」
「ぶっ! いや、それは流石に……お前18歳だしなんからの法に触れるんじゃないか?俺が」
「人魚に人間の法律は適用されないよ」
「だとしても! ストローならもう少し簡単か?探してくるから待ってろ!」

カランとハウの手の中にあるグラスから甲高く、涼やかな音が響く。新井が去った部屋の中を見渡して観察すると寝室兼リビングと思われる部屋にはミントブルー色の布団とローテーブル、抹茶色の座椅子があり、部屋の端には小さいキッチンと冷蔵庫が見える。大きい窓には落ち着いた苔色のカーテンがかけられていて、どうやらこの家の主は緑系の色が好きらしいと思ったハウは自分のエメラルドグリーンの尾から鱗を1枚剥がす。

「いてっ……」

 (あの人間、こういう色好きみたいだからあげようかな……。今回こそ成功すると良いけど)



 物置としている別の部屋へストローを探し行った新井はなんとか以前ファストフード店に行った時に貰って使っていないストローを溜めていた袋を見つけてハウのいる部屋へと向かう。「ストローあったぞ」と言いながら部屋に入るとグラスを持って氷水を飲んでいるハウと目が合った。

「……おかえり。口移しして?」
「今飲んでただろ!」

グラスを持った手を下げてアーンを持つようにハウは目を瞑って口を開き、立っている新井を見つめてくる。

(鳥は親鳥が雛に口移しで餌を与えるらしいが、人魚もそういう習性なのか? これも甘えなのか?)

この若さで独りになってしまったことは可哀想だと思うし寂しさが紛れるというのなら甘えてくることは全く構わないのだが、あの綺麗な顔でこんなことをされると何だか変な気を起こしそうになって思わず頭を抱えた。

 (だめだ、こんな子どもに……しかも人魚……)
「自分で飲め!」
「ちぇー」

断固として口移しはしてくれないことを察したらしいハウは両手でグラスを持つと氷水を飲み干して差し出してきた。そのグラスを受け取ってテーブルへ置くと布団に座っているハウの横にしゃがんだ。

「水、冷たくておいしかったよ」
「そりゃ良かった。もう身体は平気か?」
「うん。あ、そういえば鱗……」

ハウが自分の尾ヒレに手を伸ばしたかと思うとエメラルドグリーンの鱗を取って新井に見せつけてくる。

「はい。あげる」  
「え! ……大丈夫か! 痛くないか!?」
「あ、えっと、怪我したわけじゃないよ。自然に取れたんだよ。だからあげるね」
「あげるって……」
「人間って脱皮する動物の皮をお金と一緒にするんじゃなかったけ? 僕は脱皮するわけじゃないけど似たようなものでしょ?」
「似たようなもんではないと思うが……でも綺麗だし貰っとくよ」

新井の手のひらほどもある大きな鱗が蛍光灯の光を反射して鮮やかな緑色に光っている。確かに縁起物と言われれば信じてしまいそうなほどに立派な鱗をズボンのポケットへと仕舞い込むとハウへ話しかける。

「お前そういう知識どこで覚えてきたんだ?」
「人間の話を盗み聞いたりとか、流れ着いた本を読んだりしてたんだよ。知れば知るほど陸ってすっごく面白いよね」
「海だっていっぱい魚とか珊瑚とかあって面白そうだけどな」
「それだけだよ。人間が食べてるような美味しいお菓子も無いし、本に乗ってた遊園地や公園も何もないんだよ」
「まあ、それは暇かもなぁ」
「でしょ? だから僕はずっと陸に上がりたいと思ってたんだけど他のみんなはそう思わないみたい。僕は異端なんだって」

どこか遠くを見つめて憂いているような表情に思わず胸が痛み、ハウの肩に手を置いた。

「わかる。俺もクラスのみんなが修学旅行で沖縄行きたいって言ってた時に沖縄住んでたことあるから京都が良いって投票したら空気読めよって一軍の女子軍団にめっちゃ怒られたことあるし。超怖かった」
「全然解んないけど励ましてくれてるのかな、ありがとう。あぁ、でも女の子が怖いのはちょっと解るよ。彼女達は圧がすごいもんね。僕も陸に興味なんて持たないでって毎日のように言われてたよ」
「人魚の世界もそうなのか……あ、陸のこと知りたいって言うならさテレビとか見たらどうだ? ほらこれ、リモコンって言って赤いボタンを押すとあそこの画面がつくんだよ」

ローテーブルに置いてあるリモコンを取ってハウに見せながら電源ボタンを押すとプツと小さな音がしてテレビのモニターが明るくなる。もう深夜になっている為やっているのは通販番組くらいだったがそれでもテレビがつくとハウはかじりつくように画面を見て、特にロボット掃除機が出てきたときは何かが琴線に触れたらしく1人で拍手をして盛り上がっていた。

 (寝るから消して欲しいとか言えない雰囲気になっちゃったな……明日休みだからいいけどさ……)

「見てるとこ悪いけど移動させるぞ」

ハウの両腕をつかんで持ち上げると布団からローテーブルの隣に置いてある座椅子へ移動させる。移動させるといっても全てが同じ部屋の中にあるので横に一歩分動かしたくらいだが。自分が動かされたことに気づいているのかいないのか、視線はテレビに釘付けになっている。そんなハウを横目にもそもそと布団にもぐり込むと自分もぼーっと通販番組を眺め始める。よく切れる包丁の紹介が始まり、この手の番組はいつも包丁を売っている気がするな等と考えているうちに微睡んできて、次の瞬間に部屋が明るくなった。

「ん……?」

しばらく呆けていたが、耳に土曜日の朝だけやっているニュース番組の音が流れてくる。一瞬目を瞑っただけだと思っていたのに7時間は寝てしまったようだ。

「なんでテレビつけっぱ……ふぁ……」

寝ぼけ眼を擦りながら、横着して布団に入ったままテーブルの上のリモコンへ手を伸ばそうと横を向くと美しい寝顔が目に入り声にならない声が出た。

「っ!? ……あ、ハウか……」

昨日の出来事自体が夢のようで今この状況を認識できずに一瞬飛び上がりそうになる程驚いたものの何とか起こさずに済んだ。小さい鼻からは規則的な寝息が聞こえている。

「勝手に入ってきたのか……」

起こさないように気をつけながら布団から這い出ると洗面台の鏡の前で自分の姿を見る。黒目は小さくて目つきも悪く、隈はあるし唇は薄くて色が悪いし、そもそも顔色も悪くて身体は同年代と比べると貧相だ。

「こんなツラのオッサンが添い寝ってもうそれだけで犯罪じゃねえか……?」

目にかかりそうな程伸びている黒くてパサパサの髪の毛を一束つかむとため息をついた。

「髪も昔は女の子に間違われるくらいツヤツヤして綺麗だったのに、やっぱ歳かなぁ……」
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