妹が聖女に選ばれたが、私は巻き込まれただけ

世川 結輝

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25, 犬

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 この世界で良かったと思うことは、その文化から女性の露出が少ないという点だ。元々自分の肉体に自信があるわけでもない上、左腕に目立った火傷があるため、露出の多い服を好まない私からすれば、天国のような世界だった。
 
トアセスはこの屋敷に帰ってきたものの、昼間は滅多に姿を現さなかった。
 アルバートに聞いてみれば、隣山に鍛錬に行っていると言っていたが、その隣山は一目見ただけでその禍々しさが伝わった。
「あの山には、ペネセス様が生け捕りにされた魔獣たちが住んでいまして、トアセス様はよくあの山で剣の鍛錬に行かれるのです。一日中あの山で過ごさて、よっぽどご兄弟に会いたくないのだと」
 そういう話を聞いてしまえば私のお節介の血が騒ぐ。兄弟の仲人をするのと、剣の修行をつけてもらうというふたつの目標のため、私はメイドたちに頼み軽装に着替えさせてもらった。
 その軽装が、軽いと言いつつ身体中をしっかりと包んでくれる男性用のような服で、聞いてみればアルーセスのお下がりらしい。そのアルーセスにはあとで、色んな意味で謝るとして、私は早朝ペネセスとの勉強もアルーセスとの仕事も放り出して山に向かった。勉強の始まる10時までに帰ればいいと軽く考えていたのだ。

 剣を借りてきたは言いものの、山に一歩踏み入れた途端、木々がざわめき奥の方で何かが鳴き始めた。朝日も昇ったというのに、山の中は薄暗く、酷く不気味であった。
 剣を持つ手が震える。
「トアセスくーん、どこですかー。お話したいことがあるんですが」
 小さな声で叫びつつ、道無き道を進んでいく。
 後ろで薮が揺れる。肩が大きくはね、ゆっくり振り返り剣を腰の位置まで構えた。
「く、来るなら来なさい。こちとら、中学の授業で剣道を履修済みよ」
 その時藪の中から出てきたのは灰色の小さな子犬だった。瞳はすんだ空色で、手足だけ靴下を履いたように真っ白だ。
 しかし子犬と言うにはあまりにも小さく細く、今にも死んでしまいそうなほど震えている。
 私はポケットに今朝厨房で貰った蒸したいもがはいっていることを思い出し、犬の前に差し出した。子犬は数回匂いを嗅いでから、冷めきったそれを頬張った。
 必死に芋を貪る子犬をよく見ると、左の後ろ足から血が流れていた。私は持っていた水をその足にかけ、ハンカチで傷口を塞いだ。一通りの処置をする間、子犬は一切抵抗をしなかった。自分がされていることを理解しているのだろうか。
 犬を撫でながら私はぼんやりと呟く。
「あなたはどこから来たの? お母さんは? 兄弟は? もしかしてあなたもひとりぼっちなのかな」

 ホームシックというものだろうか。泣く理由なんて対してないはずなのに、私の目から涙が止まらなかった。
 転移してから1週間ほど。わかったのは解決の糸口は私の魔力にあるということ。しかし現状、私の少なすぎる魔力ではどうしようもない。
 後ろ盾のない私がバルシュミード家でいつまでもお世話になるには、彼らの負担になりすぎる。それでも私を邪険にせず、この屋敷に置いてくれている彼らに、なにか恩返しをしたい。そう思っているのに、私は彼らの迷惑にしかなっていない。
 トアセスのあの殺気に震え上がりそうになった。彼の言葉に胸を打たれた。今のトアセスはこの世界に召喚されたばかりの私と同じなのだ。

「申し訳ないことをしたな。ごめんね、トアセス」

 暗い森の中に言葉が溶けた。
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