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第二章 人と精霊と
生徒たちの反発
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「どうだった?」
教室に戻ったルークスに、待ち構えていたアルティが尋ねる。
むすっとした顔で少年は、ぶっきら棒に幼なじみに答えた。
「断った」
「そ、そう……」
ある程度予想していたアルティだが、ルークスの表情から「余程の事があった」のが見て取れたので、それ以上は言わなかった。
その時既に教室は騒然となっていた。
昼休みも終わり近く、寮から戻ってきた生徒たちに「ルークスが騎士団から誘われた」事は知れ渡っていたのだ。
男子なら一度は騎士に憧れるもの。中でも国王直属という一番人気の騎士団からの誘いを断るなど、あり得ない。
女子にしても、憧れのフォルティスに先んじて騎士になれるのを断ったルークスは生意気である。
そして男女を問わず貴族たちは「自分らへの仲間入り」の拒否を、侮辱と受け取った。人の上に立つ事を当然と思う彼らは「平民は誰もが貴族になりたがっている」と思っていた。
ところがルークスは、貴族である騎士になる事を拒否したのだ。
自分らが大切に思っている階級に「価値が無い」と言われたも同然である。
そして「階級を否定する人間は、貴族を引きずり下ろす者」との考えが根深く染みついていた。その最たる例がサントル帝国なので、あながち被害妄想ではない。
貴族たちの中でルークスは帝国を支配する革新主義者と認識されるようになった。
つまり敵である。
当のルークスからしたら「ゴーレムマスターになれない道を選ばなかった」だけの話である。
騎士団どころか上級貴族への誘いだったとしても、ルークスにとっては等しく無価値の道である。
ルークスが進みたい道はただ一つ、ゴーレムマスターになれる道だけなのだ。
だがそれを理解できる生徒は、幼い頃からその夢と、夢にかける執念を知り尽くしているアルティだけであった。
初等部に入った頃はルークスの夢がまさか叶わないとは誰も思わなかった。何しろ既にシルフと契約できていたのだ。
しかし風精との相性が良すぎるが為にノームから拒否されてしまった。
普通ならそこで諦める所を、ルークスは「どうしたらできるか」を考えるのだ。
恐らく「ノーム無しにゴーレムを使えないか」は調べ尽くしただろう。
だが方法は見つからなかった。
それでも諦めず、土の下位精霊と契約するなど、誰もやらない事を次々とやった。
お陰でグラン・シルフを始め水と火の精霊とも契約できている。
だのに彼女らの力を使って何かするという事はない。
アルティが見る限り、会話しているだけなのだ。
恐らく人間に無い知識を得ているのだろう。
全てはゴーレムマスターになる為に。
これはどれだけ第三者に説明しても理解されない。
アルティの友人にしても「大げさに言っている」と受け取るのだ。せいぜい「ルークスが吹かしている」だ。
どこの世界にゴーレムマスターになる事に、この世のあらゆる富や栄光より価値を見いだす人間などいようか?
だが、その「いないはずの人間」をずっと見てきたアルティにとり、他人からの無理解はあまりに当然で、絶対で、無限だった。
遠巻きの生徒たちが敵意の視線を注ぐ中、ルークスは苛ついた様子で弁当のハムと野菜の薄パン包みを食べている。
見守るアルティの胸には不安が幾重にもうずまいていた。
カーストの底辺なのに大精霊契約者で英雄の息子と、ただでさえ浮いているルークスが、大勢の怒りを買ってしまった。
何より、当人がその事について全く無自覚なのが恐い。
悪い事に、午後の選択科目は他人の怒りが暴力になりやすい講義、ゴーレム戦基礎なのだ。
アルティの胸が心配のあまり痛み、締め付けられた。
א
ゴーレムはノームにより自律して動くが、出来る事はノームが知っている動作に限られる。
戦闘などノームが知らない動作はゴーレムマスターが教えなければ出来ない。
ゴーレム戦の基本動作を将来のゴーレムマスターに身に付けさせる講義が「ゴーレム戦基礎」である。
座学と実技とがあり、今日は実技の日だった。
生徒たちは動きやすい雑衣に着替えて園庭に出て、先にクッションを付けた竿と木の盾を教師から受け取る。
ゴーレムの標準武器は戦槌である。先が尖ったハンマーで敵の装甲を割り、胴体内部の核を破壊するのがゴーレム戦だ。
退役ゴーレムコマンダーの教師マルティアルが号令し、生徒たちは準備運動として攻撃と防御の動作を繰り返した。
「よし、では全員防具を着けろ」
等身大ゴーレムが防具を詰めた籠を次々と運んできて、生徒はクッションの付いた防具で全身を覆う。
そして一対一で模擬戦を行うのが実技である。
勝敗を着ける必要は無く、ゴーレムにやらせるべき動きが出来ているかを教師が確認するのが目的だ。
とは言え、血気盛んな十代には自己アピールのチャンスでもあるので、自然と熱が籠もる。
退役したとはいえまだ四十六才のマルティアルはこの日、生徒たちに普段以上の熱気を感じた。
学園長と騎士との諍いは聞いていたが、それが関係するとは思っていない。
平民に、貴族同士の諍いを詳しく教える者はいないのだ。
何組かが終わって、ルークスの番が来た。
この模擬戦が実際のゴーレム戦と一番違うのが、体格差である。
ゴーレムはサイズに比例して力と重量が増す。人間の十倍である十倍級ゴーレムなど、歩くだけで道路を崩し、周辺に地割れを起こす。そのうえ渡れる橋が無いなど扱いに困る。
そのため石造りの橋が耐えられる限度の七倍級が各国の標準となっていた。
つまり戦闘用ゴーレム同士は大きさも力も差が無いのだ。
だが今、ルークスの相手ワーレンスは頭一つ大きく、体重も五割は上の巨漢だ。筋力もルークスを遥かに上回る。
しかもワーレンスは、何かと目立つルークスを「悪者として懲らしめるチャンス」なのでやる気全開だった。その衝動が嫉妬から来ることを自覚もせずに。
マルティアルの合図で模擬戦が始まる。
ルークスが振り回す戦槌は簡単に弾かれ、ワーレンスの攻撃は盾ごと小柄な少年を突き飛ばした。
見ている生徒たちから嘲笑が湧いたので、ワーレンスは得意になる。
起きあがったルークスがワーレンスに立ち向かう。
初撃を躱したルークスだが、ワーレンスが軽い戦槌を無造作に振り戻すだけでまた尻餅をつかされた。
転んでも防具のクッションがダメージを吸収するので、その都度ルークスは立ち上がり、ワーレンスに向かって行く。
何度ルークスが立ち上がろうと結果は同じ。体格も筋力も大人と子供である。
繰り返される転倒劇で残り時間が短くなり、ワーレンスは焦った。
一発入るだけでルークスは転んでしまうので、追加ダメージを与えられないのだ。
蹴ってやりたいワーレンスだが、転んだ相手への攻撃は禁止されている。
しかもルークスが冷静でワーレンスから片時も目を離さない。
それが後ろめたい心を見透かしているように感じられた。
ワーレンスの心に疑心暗鬼が生まれる。
(俺の腹を読んで、わざと転んで追撃を避けているのか?)
ルークスの手で踊らされていたと思った途端、ワーレンスの理性が消し飛んだ。
全力でワーレンスは戦槌を、下から振り上げた。ガードする盾ごとルークスの左腕を跳ね上げる。そこでワーレンスは膝を着きざま、肘をルークスの顔面に打ち込んだ。
ヘッドギアは頭と顎こそ守っているが、顔面は剥き出しである。
鼻血を出してルークスはその場に崩れた。
教室に戻ったルークスに、待ち構えていたアルティが尋ねる。
むすっとした顔で少年は、ぶっきら棒に幼なじみに答えた。
「断った」
「そ、そう……」
ある程度予想していたアルティだが、ルークスの表情から「余程の事があった」のが見て取れたので、それ以上は言わなかった。
その時既に教室は騒然となっていた。
昼休みも終わり近く、寮から戻ってきた生徒たちに「ルークスが騎士団から誘われた」事は知れ渡っていたのだ。
男子なら一度は騎士に憧れるもの。中でも国王直属という一番人気の騎士団からの誘いを断るなど、あり得ない。
女子にしても、憧れのフォルティスに先んじて騎士になれるのを断ったルークスは生意気である。
そして男女を問わず貴族たちは「自分らへの仲間入り」の拒否を、侮辱と受け取った。人の上に立つ事を当然と思う彼らは「平民は誰もが貴族になりたがっている」と思っていた。
ところがルークスは、貴族である騎士になる事を拒否したのだ。
自分らが大切に思っている階級に「価値が無い」と言われたも同然である。
そして「階級を否定する人間は、貴族を引きずり下ろす者」との考えが根深く染みついていた。その最たる例がサントル帝国なので、あながち被害妄想ではない。
貴族たちの中でルークスは帝国を支配する革新主義者と認識されるようになった。
つまり敵である。
当のルークスからしたら「ゴーレムマスターになれない道を選ばなかった」だけの話である。
騎士団どころか上級貴族への誘いだったとしても、ルークスにとっては等しく無価値の道である。
ルークスが進みたい道はただ一つ、ゴーレムマスターになれる道だけなのだ。
だがそれを理解できる生徒は、幼い頃からその夢と、夢にかける執念を知り尽くしているアルティだけであった。
初等部に入った頃はルークスの夢がまさか叶わないとは誰も思わなかった。何しろ既にシルフと契約できていたのだ。
しかし風精との相性が良すぎるが為にノームから拒否されてしまった。
普通ならそこで諦める所を、ルークスは「どうしたらできるか」を考えるのだ。
恐らく「ノーム無しにゴーレムを使えないか」は調べ尽くしただろう。
だが方法は見つからなかった。
それでも諦めず、土の下位精霊と契約するなど、誰もやらない事を次々とやった。
お陰でグラン・シルフを始め水と火の精霊とも契約できている。
だのに彼女らの力を使って何かするという事はない。
アルティが見る限り、会話しているだけなのだ。
恐らく人間に無い知識を得ているのだろう。
全てはゴーレムマスターになる為に。
これはどれだけ第三者に説明しても理解されない。
アルティの友人にしても「大げさに言っている」と受け取るのだ。せいぜい「ルークスが吹かしている」だ。
どこの世界にゴーレムマスターになる事に、この世のあらゆる富や栄光より価値を見いだす人間などいようか?
だが、その「いないはずの人間」をずっと見てきたアルティにとり、他人からの無理解はあまりに当然で、絶対で、無限だった。
遠巻きの生徒たちが敵意の視線を注ぐ中、ルークスは苛ついた様子で弁当のハムと野菜の薄パン包みを食べている。
見守るアルティの胸には不安が幾重にもうずまいていた。
カーストの底辺なのに大精霊契約者で英雄の息子と、ただでさえ浮いているルークスが、大勢の怒りを買ってしまった。
何より、当人がその事について全く無自覚なのが恐い。
悪い事に、午後の選択科目は他人の怒りが暴力になりやすい講義、ゴーレム戦基礎なのだ。
アルティの胸が心配のあまり痛み、締め付けられた。
א
ゴーレムはノームにより自律して動くが、出来る事はノームが知っている動作に限られる。
戦闘などノームが知らない動作はゴーレムマスターが教えなければ出来ない。
ゴーレム戦の基本動作を将来のゴーレムマスターに身に付けさせる講義が「ゴーレム戦基礎」である。
座学と実技とがあり、今日は実技の日だった。
生徒たちは動きやすい雑衣に着替えて園庭に出て、先にクッションを付けた竿と木の盾を教師から受け取る。
ゴーレムの標準武器は戦槌である。先が尖ったハンマーで敵の装甲を割り、胴体内部の核を破壊するのがゴーレム戦だ。
退役ゴーレムコマンダーの教師マルティアルが号令し、生徒たちは準備運動として攻撃と防御の動作を繰り返した。
「よし、では全員防具を着けろ」
等身大ゴーレムが防具を詰めた籠を次々と運んできて、生徒はクッションの付いた防具で全身を覆う。
そして一対一で模擬戦を行うのが実技である。
勝敗を着ける必要は無く、ゴーレムにやらせるべき動きが出来ているかを教師が確認するのが目的だ。
とは言え、血気盛んな十代には自己アピールのチャンスでもあるので、自然と熱が籠もる。
退役したとはいえまだ四十六才のマルティアルはこの日、生徒たちに普段以上の熱気を感じた。
学園長と騎士との諍いは聞いていたが、それが関係するとは思っていない。
平民に、貴族同士の諍いを詳しく教える者はいないのだ。
何組かが終わって、ルークスの番が来た。
この模擬戦が実際のゴーレム戦と一番違うのが、体格差である。
ゴーレムはサイズに比例して力と重量が増す。人間の十倍である十倍級ゴーレムなど、歩くだけで道路を崩し、周辺に地割れを起こす。そのうえ渡れる橋が無いなど扱いに困る。
そのため石造りの橋が耐えられる限度の七倍級が各国の標準となっていた。
つまり戦闘用ゴーレム同士は大きさも力も差が無いのだ。
だが今、ルークスの相手ワーレンスは頭一つ大きく、体重も五割は上の巨漢だ。筋力もルークスを遥かに上回る。
しかもワーレンスは、何かと目立つルークスを「悪者として懲らしめるチャンス」なのでやる気全開だった。その衝動が嫉妬から来ることを自覚もせずに。
マルティアルの合図で模擬戦が始まる。
ルークスが振り回す戦槌は簡単に弾かれ、ワーレンスの攻撃は盾ごと小柄な少年を突き飛ばした。
見ている生徒たちから嘲笑が湧いたので、ワーレンスは得意になる。
起きあがったルークスがワーレンスに立ち向かう。
初撃を躱したルークスだが、ワーレンスが軽い戦槌を無造作に振り戻すだけでまた尻餅をつかされた。
転んでも防具のクッションがダメージを吸収するので、その都度ルークスは立ち上がり、ワーレンスに向かって行く。
何度ルークスが立ち上がろうと結果は同じ。体格も筋力も大人と子供である。
繰り返される転倒劇で残り時間が短くなり、ワーレンスは焦った。
一発入るだけでルークスは転んでしまうので、追加ダメージを与えられないのだ。
蹴ってやりたいワーレンスだが、転んだ相手への攻撃は禁止されている。
しかもルークスが冷静でワーレンスから片時も目を離さない。
それが後ろめたい心を見透かしているように感じられた。
ワーレンスの心に疑心暗鬼が生まれる。
(俺の腹を読んで、わざと転んで追撃を避けているのか?)
ルークスの手で踊らされていたと思った途端、ワーレンスの理性が消し飛んだ。
全力でワーレンスは戦槌を、下から振り上げた。ガードする盾ごとルークスの左腕を跳ね上げる。そこでワーレンスは膝を着きざま、肘をルークスの顔面に打ち込んだ。
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