一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第四章 事件

深夜の惨劇

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 人々が寝静まった深夜、無人のゴーレムスミス工房で小さな影が動いていた。
 手の平サイズの下位土精、オムのノンノンが工房の片隅へと歩いているのだ。両手で小さな羊皮紙――ゴーレムの呪符を抱えている。向かう先はゴーレムの補修に使う粘土混じりの泥溜だ。
「うんしょ」
 枠を乗り越え、ぺたんと呪符を泥に貼る。小さな体では何をするにも一苦労だ。
 泥に同化し、盛り上げ、人型を創る。泥人形を作るまではできる。問題はそこからだ。
 形を保ちつつ右腕を挙げる。少しずつ、少しずつ。
 しかし斜めになったところで肩からもげてしまった。
「また失敗したです」
 肉体を持たぬ精霊は睡眠がいらない。ルークスが眠っている間、ノンノンは毎晩練習していた。
 少しでも「大好きなルールー」の役に立ちたい。その一心で。
 再度泥人形を作り、動かそうとして、失敗する。
 繰り返し、繰り返し、繰り返す。

 工房には鋼板を加熱する炉がある。一度温度を下げると上がるまで時間がかかるので、一晩中種火を着けていた。常に火があるので火精には居心地が良く、サラマンダーのたまり場となっている。ルークスの契約精霊カリディータもその一体だった。
 彼女は燻っていた。
 自分はまったく働く機会を得られないのに、下位精霊がルークスに贔屓されている事に苛つく。
 さらに昨日、シルフたちが大活躍の場を与えられたと聞かされた。久しぶりに見た顔々が、ルークスの為に働けた喜びをわざわざ言って回ったのだ。ウンディーネまで重要な働きをしたとも聞かされた。
 そのうえノンノンが毎晩練習を、当てつけのように工房でやるとあっては、カリディータの嫉妬心も燃え上がってしまう。
 失敗ばかりするオムに、カリディータは腰を上げた。
「いい加減諦めねえかな?」
 炉から出てノンノンを見下ろす。
「いくら頑張ったところで、お前がノームになる前にルークスの寿命が来ちまうぞ」
「そんな事ないです!」
 オムはむくれて、また泥に同化する。カリディータは八つ当たりを続けた。
「なんでルークスはオムなんかと契約したんだ? ノームになる寸前ならまだしも、できたてなんかと。ルークスは土精と相性最悪だからゴーレムマスターなんて無理なのに、お前と契約できたせいで無駄に望みを持っちまった。お前みたいな役立たずでも土精だもんな。でもそのせいで、無理な夢を諦められなくなっちまったんだ。お前のせいで、ルークスは一生、叶わない夢を追い続ける事になりやがった」
 心を乱されたノンノンは泥から飛びだした。
「違うです!」
「違わねえ。お前さえいなければ、ルークスは才能を活かす道を選べた。お前がルークスの不幸の元なんだよ」
「ち、違うです……」
「契約者の役に立てねえ精霊なんて、契約する資格なんざねえ。解消してどっかへ行きやがれ」
「行かないです! ノンノンは、ノンノンはルールーと一緒にいるです!」
「つくづく邪魔だな、能無しのくせに。そうだ、お前がいなくなれば、ルークスはノームと契約する事を工夫するかもな」
「え?」
 ほんの思いつきだったが、しゃべっているうちにカリディータの中で可能性がどんどん高まった。
「ルークスほどの奴だ。何かの拍子でノームと契約する方法を見つけるかもしれねえ。けどお前がいたら、ノームと契約なんて考えやしないだろう。お前みたいな役立たずさえいなくなれば、ルークスは夢を叶えられるかもしれねえな」
 ノンノンは言い返せなくなった。
 大好きなルークスの邪魔になっていたなんて、考えたこともない。
 だがもし、そんな事があったら……
 オムの幼女は泥に伏せて言った。
「ノームの皆さん、ノンノンがいなくなったら、ルールーと契約してくれるですか?」
 しかし下位精霊の呼びかけに答える者はいなかった。
「ほら。同族からも無視されるのがお前なんだよ。そんな奴が、あのルークスを心配する必要なんざねえさ。あいつは凄い奴なんだからよ」
「そ、そうでしたです」
 ノンノンはおろおろと周囲を見回した。
「ノンノンは、どこへ行けば良いですか?」
「どこでも好きな所へ行けよ。でもって戻ってくるな」
「でも、でも、どれだけ離れても、ルールーに呼ばれたら戻るですよ」
「なんだよ、下位精霊まで呼び戻せるのか。ずっと一緒にいるのは、離れたら戻れないからかと思っていたぜ」
「ノンノンは、ルールーとずっと一緒にいると約束したです。だから呼ばれたら戻るです」
「面倒だな。だったら消えちまえよ」
「き、消えるですか?」
「そうだ。土の無い世界へ行けば、土精は力を失って消える。この炉なんか丁度良いじゃねえか」
 カリディータは炉の蓋を開けた。熱気があふれ出てくる。
「土なんかねえここで焼き尽くされれば、消えてもう二度と戻ってくる事はねえぜ」
「え、え?」
 炎と熱が恐ろしく、ノンノンは震えだした。
「なんだ? 恐いくらいでルークスの邪魔を続けるのか? 我が儘だな」
 ルークスの邪魔だけはできない。
 震える足で小さなオムは炉へと歩む。押し寄せる熱気にくじけるが、ルークスの為に前に進んだ。
 どうにか炉の下まで辿りついたが、口までの絶望的な高低差にノンノンは途方にくれた。
「あー、もう焦れってえなあ」
 しびれを切らしたサラマンダーは、オムを掴むや炉の中へ放り込んだ。

                   א

 寝苦しくてルークスは目を覚ました。
 精霊を感じる霊感がやたら刺激され、頭痛がする。
(精霊が騒いでいるんだな)
 風は穏やかで雨も降っていない。騒いでいるのは四大精霊ではない。感情の精霊たちが活発に動いているようだ。
(誰かが泣いている?)
 夕食の時大泣きしたパッセルも、寝る頃には落ち着いていた。
 室内は静かで、同室で寝ているアルティもパッセルも規則正しい寝息を立てている。
 ルークスは起きあがって靴を履き、台所に出た。精霊が騒いでいるのは家の外だ。
 今までに無い事態なので、風の大精霊を呼ぶ。
「インスピラティオーネ、来てくれ」
「はい主様、こちらに」
 そよ風とともにグラン・シルフが現れた。
「精霊が騒いでいる。何が起きたか調べてくれ」
「承知」
 すぐにシルフを四方に放つ。
 ルークスが家を出た時点で、精霊が騒いでいるのは工房だと知れた。
「サラマンダーが何かしているようです」
「火事でも起こされたら大変だ」
 直ぐさま工房に向かう。火事に備えゲート前の井戸にウンディーネのリートレを待機させる。
 通用口の扉を開けてルークスは工房に入った。
 そこで彼は信じられない光景を目にした。
 赤々と熱せられた炉に、サラマンダーのカリディータが何かを投げ込む様である。
 とんがり帽子を被った小さな姿は、オムのノンノンだ!!
「やめろおおおおおっ!!」
 我を忘れてルークスは走った。妨げる誰かを押しのけ、怒鳴り、ノンノンへと手を伸ばす。
 誰かが大声を出し、目の前で煙が上がった。視界を失うも、なおも前に出て手を伸ばし――
 大音響がしたと思った次の瞬間、意識が消し飛んだ。
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