一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第四章 事件

魂を持つ者

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「ノンノーーン!!」
 ルークスは跳ね起きた。炉に駆け寄り両手でそっとノンノンをすくい上げる。
 鉄部に触れまた皮膚が焼けたが、何も感じない。
 感じるのは、両手の中にいる土精だけ。
「ノンノン……良かった……生きていた……」
 ノンノンはうつむいて言った。
「失敗……したです」
「失敗なんて何もないよ。だって君はここにいるじゃないか」
 嬉し涙がとまらない。ルークスはノンノンに頬ずりした。
 しかしノンノンは困っていた。消えなければならないのに、失敗をルークスが喜んでいるのだ。
「ノンノンは、いなくなるしないといけないです」
「行かないでくれ。どこへも行かないでくれ」
「でもでも、ノンノンがいると、ルールーはノームと契約を考えるないです。ノンノンはルールーの夢を叶えられない役立たずです。だから、いなくなるしないといけないです」
「僕はノームに嫌われている。僕を受け入れてくれた土精は君だけなんだ。僕には君しかいない。君だけが希望なんだ、ノンノン。君がノームになってくれる、それだけが僕の夢を叶える方法なんだ。だからどこへも行かないでくれ」
 家族がいなくなるなど、ルークスにはもう耐えられない事だ。
「ノンノンは、いてもいいですか?」
「いてくれ。ずっと一緒にいてくれ。どこにも行かないで。お願いだから」
 涙まじりに訴えるルークスにノンノンは何度もうなずいた。
 ノンノンには難しい事は分からない。だがルークスの願いを聞く事が、何より一番にやるべき事だとは理解した。
「分かったです。ノンノンはずっとルールーのそばにいるです」
「良かった」
 安堵のあまりルークスはノンノンを手に抱いたままへたり込んだ。

 ルークスに頬ずりされるオムを、サラマンダーの娘は呆然と見つめていた。
 土など欠片も無い灼熱の炉に放り込んだのだ。土の下位精霊が存在できるはずがない。
「この痴れ者め」
 風の大精霊がカリディータの隣に舞い降りた。
「貴様は新参だから知らぬようだが、あの小さなオムは魂を得ているのだぞ」
「魂……だと?」
「そうだ。主様と心を通わせ、魂を得たのだ。知っておろう? 魂を得た精霊は不滅になる事を。それは下位精霊だろうと上位精霊だろう変わりはない」
「不滅……なのか」
 信じがたいが、オムが無事である以上そうに違いない。
「でも、ルークスは必死に、て言うか死に物狂いで助けようとしたぞ」
「それが主様だ。精霊を家族のように大切に思ってくださる。あそこで冷静に状況を見る人間になど、我らがここまで惹かれるはずがなかろう。貴様とて、だから契約したのであろうが」
「ああ、そうだった。そういう人間だったな」
 一見大人しいが、内に常人を越えた熱いものを持っているのがルークスなのだ。その熱に惹かれた事をサラマンダーは思い出した。
 インスピラティオーネが声を鋭くした。
「時に、ノンノンに『役立たず』と言ったようだな? 主様の夢を叶える役に立たぬと」
「事実だろ」
「役立たずと言うならば、貴様の方が役に立たぬではないか」
「あたしはサラマンダーだ。ルークスの夢を邪魔する奴を焼き尽くすのが――」
「いつ主様がそのような事を望んだ? 主様の夢はただ一つ、ゴーレムマスターになる事。貴様は微塵も役に立っておらぬではないか。それどころか主様の夢を邪魔までした」
「ノームが使えないんじゃゴーレムマスターにはなれない。だったら、そんな夢を諦めれば――」
「貴様は何様か!? 何故貴様を満足させる為に、主様が夢を諦めねばならぬのだ!? 貴様はルークス・レークタの主人にでもなったつもりか!?」
 その指摘は痛かった。その為なおさらカリディータは憤った。
「じゃ、じゃあ風の大精霊様はお役に立っているのか?」
「立っておらぬな。そよ風ほども役に立っておらぬ。我らは等しく、主様の夢を叶えられぬ役立たずよ。少しでも夢に近づけているオムに及ばず、恥ずかしいかぎりだ」
「だ、だったら――」
「だからと言って、主様を操ろうなどと思い上がるでない。そのような真似などしたら、それこそ上位精霊の名折れよ。我は主様の夢を変えようなどとは微塵も思わぬわ」
 器の大きさを見せつけられ、カリディータの焦燥感がいや増した。
「じゃあ、ルークスは何の為にあたしらと契約したんだ? ろくに働かせないじゃないか!」
「ほう。貴様は神殿の人間が言うように、人間の従僕か家畜になるのが望みか?」
「んなわけねえけど、いくら何でも使わなさすぎだろ?」
「それを主様に言ったか? 使ってくれと頼んだか?」
「え!? いや……それは……」
 カリディータは言葉に詰まった。
 あのルークスの性格だ。頼めば使ってくれるのは火を見るより明らかだ。
(頼まなかったからルークスはあたしを使おうと思わず、それであたしは燻っていたのか?)
 それでは非があるのが自分になってしまう。カリディータには認めがたかった。
「でも、それがサラマンダーだってくらい、精霊使いなら知っていて当然だろ」
「一般論がそうであっても、貴様もそうだとは限るまい。え、カリディータよ」
「な、何だと?」
「主様は一度たりとも、我らを十把一絡げに『精霊』扱いなどした事もないぞ。他がどうあれ、自分がどうなのかを主様に伝えておらぬでは、貴様の焦燥など理解されようはずもない」
「そんな……それって……」
 あまりの事にカリディータは驚いていた。
「人間は、もっと大雑把で、個々の精霊の区別なんかできないだろ?」
「貴様の目には主様が、十把一絡げの人間と同じに映ったか? なるほど、それで他の人間同様に『ちょっとしたつまづき』で夢を変えると思ったか。このたわけが!」
「だ、だって……そんな人間……なのか?」
「確かに風変わりではあるな。貴様より随分と長く世界を吹き渡ってきたが、主様のような人間は初めてだ。だからこそ、お側にいて楽しい」
 グラン・シルフは自らの胸を抱いた。
「貴様も、魂を宿せば分かるであろう」
 その言い方、仕草にカリディータの胸に嫉妬の炎が燃え上がる。
「それで、魂を宿したあんたらは、ルークスが夢を叶えられないまま寿命が尽きちまうのを、ただ見送るつもりか?」
「それを言われると辛いな。我らにできるのは、ノンノンがノームに育つ手助けくらいか。せめて、邪魔はするな」
「だから、その前にルークスの寿命が来ちまうって言ってんだ!」
「精霊が時間を気にするくらい、カリディータちゃんもルークスちゃんが大好きなのね」
 ルークスの治療を終えたウンディーネが茶化した。
「横からしゃしゃり出てくんな」
「水を差すのは得意だから。ルークスちゃんを不幸にしたくない気持ちは分かるわ。でもだからって夢を諦めさせたら、もっと不幸になってしまうのよ」
「じゃあ、このままただ見送るだけか!?」
 焦燥感に身を焦がすカリディータを、リートレは不思議そうに見る。
「どうしてそんな簡単に諦めるの?」
「どう考えたって不可能だからだ」
「本来なら人型を作れないオムが、小さいながらゴーレムを作れたわ。それって不可能が可能になったって事でしょ? なら次はもっと凄い不可能が可能になるわ」
「楽天的過ぎるぜ」
「だって、ここから尽きる事なく力が湧いてくるから」
 胸を抱いて言うリートレに、カリディータは愕然となった。
「まさか、お前も魂を?」
「ええ。私が一番最初なのよね。ルークスちゃんから魂をもらったのは」
 風水土の三属性の精霊が魂を得ていて、風に至っては上位精霊だ。
 だのに火の自分だけがない。
 カリディータは魂ではなく疎外感を抱いた。
 反論が止んだので風の大精霊は告げた。
「サラマンダーよ、お前はまず主様に言うべき事がある、とは理解しておろうな?」
 それ以上抗う火種もなく、カリディータはうな垂れた。

 ルークスはアルタスの肩を借りて歩きだした。全身に力が入らず、両手や顔などが酷く痛む。
 それでもノンノンがいる左肩と、小さな手が触れる左頬は痛くない。
 二人に炎が消えかけたサラマンダーの娘が近づいてきた。
「すまなかった、ルークス。あたしが間違っていた。ノンノンには本当に悪い事をした」
 ルークスは苦痛をこらえて言葉を探す。
「今は、頭が働かない。君とは後でゆっくり話したい。ただ、一つ約束してくれ。害してはいけないのは人や物だけじゃない。精霊もだ」
「分かった」
 リートレも来て反対側を支えてくれたが、家に戻るまでにルークスは再び意識を失ってしまった。
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