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第六章 ゴーレムマスター

精霊を呼び戻せ

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 仮とはいえアルティが再契約に成功したので、生徒たちはルークスに群がった。
 口々に自分の元契約精霊を呼んで欲しいと願っている。これまでの態度とは正反対、見事な手の平返しである。
「知らない精霊に頼み事はできないよ。それに、ノームには嫌われているし」
「そこを何とかお願いだー!!」
 小柄なルークスにさらに小柄な暴走ポニーがすがりついている。だが、カルミナが契約していたのはノームだった。
「いくら頼まれても、向こうが僕を嫌っているから無理」
「あううう、絶望だ~」
 頭を抱えるカルミナをクラーエが慰める。
「二人で頑張れば、きっと呼び戻せましょう」
 いつもの光景のようだが、アルティはいつもの人間がいない事に気付いた。
 ヒーラリを探すと、校舎脇で抱えた膝に顔を埋めている。
「どうしたの?」
 隣に座ると、ヒーラリは顔をあげた。目が赤く、レンズに水滴が付いている。
 泣いていたのだ。
「レーニス……私の契約精霊だったっす……」
「あ――!」
 アルティは思い出した。
 先程ルークスが言伝を頼んだシルフ、ルークスのではなく、ヒーラリの契約精霊だった。ルークスはアルティら親しい人間の契約精霊も名前を覚えている。
「もうルークスの契約精霊になって……たぶん私より仲良くやっているっす……」
 打ちひしがれた様子に居たたまれなくなって、アルティはルークスを呼んだ。
 ルークスはグラン・シルフに「学園を去った精霊に戻るよう」呼びかけを頼んでいるところだった。事情を聞くと彼は悪びれずに言う。
「あー、レーニスだったか、ヒーラリの契約精霊は。インスピラティオーネ、レーニスを呼んでくれないか?」
「直ちに」
「もういいっす。前々からルークスと良く話していたし、私といるより幸せっすから」
「ええと、言ってなかったと思うけど、レーニスとは僕の方が付き合い長いから」
「「え?」」
 ヒーラリと驚きを重ねたアルティは、ルークスを問いただす。
「つまり、レーニスはあんたの友達で、さらにヒーラリと契約したって言うの?」
「うん、そうだよ」
「そ、それって良いの?」
「アルティだって友達が複数いるじゃないか」
「精霊が複数の人間と契約するって……ありなんだ」
「人間が複数の精霊と契約できるんだ。精霊がダメだって理屈はないよね?」
 そこに男性シルフがやってきた。先程の、ヒーラリの元契約精霊レーニスだ。
 ルークスが事情を説明する。
「聞いたと思うけど、例の問題校則が無くなった。間違っていたのは人間だと決まったわけだ。ヒーラリはまた契約したがっているんだけど、聞いてやってくれないか?」
 いつもの元気は鳴りを潜め、ヒーラリはアルティの陰に隠れるように精霊に向き合う。か細い声で呼びかける。
「あの……もう一度……私と契約して――じゃなくて、友達になってくれますか?」
 レーニスはルークスに顔を向けた。
「僕もフォローするよ」
「ル、ルークスを見習います。真似をします。だから……」
「いいよ。何かあったらルークスに相談しろよな」
 消沈していたヒーラリの顔が喜びに輝いた。
「はい! もちろんっす!」
 あっさりと、実にあっさりと再契約ができ、見守る生徒たちは興奮した。またしてもルークスに頼る。
「だから、知らない精霊に頼み事なんてできないし、そもそも君は誰?」
 虫の良い頼み事をする生徒たちに難儀するルークスを見かね、グラン・シルフが一喝した。
「普段主様を悪し様に言っておきながら、利用できると見るや群がるとは見苦しい。左様に他者を利用する者を、精霊は好かぬと知れ!」
 ようやく解放されたルークスは、玄関へは向かわず、脇の井戸へ歩み寄った。ウンディーネのリートレが井戸端に腰掛け待っていた。
「少しは残ってくれたかな?」
「水脈に数名しか残らなかったわ。離れた者にはできる限り声をかけるけど、時間がかかりそう」
「旧友にも手伝ってもらおう。少しでも手を増やして戻るよう説得してくれ」
「任せて」
 リートレは水となって井戸に流れ込んだ。
 篝火の下にいるサラマンダーのカリディータは頭を振った。
「あたしには期待すんな。大精霊でも魂持ちでもない、ただの精霊なんだ」
「でも君が動いてくれないと始まらない。頼むよ」
「期待すんな」
 そう言って火精は炎に飛び込んだ。
 それを見ていたアルティもシンティラムに頼む。
「私もお願いできる?」
「ルークスの真似なら仕方ない。声かけくらいしてやるよ」
 シンティラムも動いてくれた。
 園庭の一角を占める泥沼の前でルークスは足を止めた。
 ルークスの肩から腕を滑り降りたノンノンが、沼のほとりでビシッと敬礼する。
「ノンノンが頑張るです」
「無理ない範囲で戻って来てね」
 オムは泥沼に飛び込んだ。
「凄い。ルークスがノンノンを使いに出すなんて」
 アルティは感心した。
「何が?」
「だって、その間あんたゴーレムを作る練習とかできなくなるじゃない」
「仕方ないよ。学園に精霊を呼び戻さないとはじまらない」
 何が始まらないかアルティには不明だが、ルークスが自分の夢より学園の事を優先した事は好ましかった。
「こちらなら私も協力できそうだ」
 中等部最高学年の主席であり級長のフォルティスが歩み寄る。ノームを伴っているのでアルティは驚いた。
「彼女は、契約精霊なの?」
 尋ねるとフォルティスは苦笑した。
「恥ずかしい話だが『精霊に逆に説得されて』宿題ができずじまいだったのだよ。だが失敗が幸いして、私は友達を失わずに済んだ」
 フォルティスは生徒たちに呼びかける。
「他にも『精霊に説得された』生徒がいるはずだ。今は、少しでも多くの精霊たちに、仲間を説得させて欲しい。これは学園始まって以来の危機だ。生徒は団結して、出来るかぎりの事をしようではないか」
 この呼びかけに、何人もの生徒たちが応じて精霊を召喚し始めた。
 それを見届けフォルティスはノームを泥沼に潜らせた。
 ルークスは疑問を抱いたが、フォルティスがすぐ生徒たちの方へ戻ったので尋ねられなかった。
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