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第十章 決戦
ルークス推参
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パトリア王国の若き女王フローレンティーナ・アマビーリア・ド・ジーヌスは北の夜空を見上げていた。
全天雲に覆われ、時折雲間から月が覗く暗い夜である。
まるでこの国の行く末のようだと彼女は思った。
「まだ夜風は冷とうございます」
年老いた侍従が苦言するが、彼女は聞かない。
「今、将兵たちはこの寒空の下で死力を尽くして戦っているのです。君主が『寒い』などと言えましょうか」
彼女は細身のドレスの上にガウンを纏っているだけなので、侍従も心配なのだ。
「僭越ながら、将兵の前で語られてこそ価値があるお言葉かと」
女王の決意に水を差したのは参謀長のプルデンスである。痩せぎすで武官らしくなく、やはり智の人間だ。君主が疲れて判断力が落ちては困ると思っている。
バルコニーにいるのは二人だけで、他の臣下は謁見の間にいた。
今宵、この国の命運が決まるので主だった者たちが集まっているのだ。
「そろそろお休みになられては?」
侍従は女王の健康を殊の外気にしている。これから辛い事が続くのだから、少しでも体力を残して欲しいのだ。
「結果が出るまで待ちます」
「勝敗は深夜、場合によっては未明にずれ込むかと。恐らく大きな音が轟きますので、それが合図になりましょう」
「参謀長には先が見えているのですね。勝ち目も見えますか?」
「遺憾ながら、常識的に考えて勝つ見込みは一割に遠く及びません」
「その物言いですと、常識を超えたところに希望の光があるように聞こえます」
女王の声が弾んだので、参謀長は察した。
「例の少年でございますか?」
「ゴーレム単基で二十基の敵に勝利しました」
「装備の製作が遅れフェルームの町を発ったのは夕刻とのことです。普通よりかなり速く移動できるそうですが、果たして間に合いましょうか。なにぶん未成年ですし、ゴーレムも未完成。万一彼がご期待に応えられなくとも――」
「西からの侵攻を防いだだけでも十分すぎる働きです。これ以上が無くても誰が文句を言えましょう?」
「そこまでご理解いただいているなら、もはや何も申しませぬ」
「彼に期待してしまうのは、私が未熟だからでしょうね」
「一概にそうとも言えますまい。彼のゴーレムは未知数過ぎて計算には入れられません。ですがフェルームから届いた報告を全て信じるなら、戦況に大きな影響を与える可能性があります。しかしそれも『間に合えば』の条件付きでございます」
女王はうつむいて自問する。
ルークスに、たった一度会っただけの少年に、そこまで期待してしまって良いのだろうか?
将兵がどれだけ献身的に戦っているかについては疑問の余地はない。
だが、それだけでは守り切れないほど敵が多いのだ。
特にゴーレムが。
奇蹟でも起きなければこの国は滅ぶ。
そして一度は奇蹟を起こしたのがルークスなのだ。
「神よ、彼に今一度の奇蹟をお許しください」
女王は跪き祈りを捧げた。
国の為、民の為、将兵の為、そしてルークスの為に。
א
月が光を投げかけるソロス川を、リスティア軍の歩兵三千余とゴーレム四十基が渡っている。
パトリア軍は大型弩でボアヘッド三基を擱座させた。しかし残り三十七は川の半ばを過ぎ、川床の土砂をすくって投げだした。大型弩を操る兵は作業ゴーレムに大盾を持たせ必死に石の雨を防ぐ。
ソロス川という絶対防衛線は破られつつあった。
パトリア軍総司令ヴェトス元帥は指揮杖を握り絞め、歯を食いしばって待っていた。
切り札である水門の堰を切ったのに、まだ水が到達していない。
既に予定時間を過ぎたが、上流に灯っている燈火が消えない。篝火を隠さない事は、その地点に水流が到達していない事を意味する。
合図が途中で断たれたか、水が堰き止められたか。どちらにせよ作戦が失敗した懸念が強い。
「元帥、水位が下がっています」
参謀の声に思わず力んで指揮杖をへし折ってしまった。
「堰き止められたか」
僚友フィデリタスと騎士団を送ったのだが、彼らをしても阻止できなかった。もはや打つ手は無い。
「あとは、敵がどの時点で気付くか、か」
ほどなく敵の総攻撃が始まる。
文字通り最後の戦いとなろう。
リスティア軍征南軍指揮官パナッシュ将軍も焦れていた。
敵の本陣から上流に合図が送られたのを確認。だが上流に送った分遣隊から連絡が来ない。確認に送ったシルフもまだ戻らない。
「どうなっているのだ?」
苛立つ将軍に副官が言う。
「失敗したら激流が押し寄せて来ますから、堰き止めには成功したはずです」
「では何故連絡が来ない?」
堰き止めたと分かれば残ったゴーレムを渡河させて一気に勝負を決められる。
第一波三十基は十も残っていない。このままでは下流の四十基ともども各個撃破されてしまう。
「あるいは、先程の合図は敵の罠かも知れません」
キニロギキ参謀補佐が気になる事を言う。
「焦って総攻撃をかけたところで堰を切ることもありえます」
「ではどうするのだ?」
「現状は優勢です。兵と下流の第二波四十基が対岸に辿りつけば、勝負はほぼ確定します。今は待ちの時期かと」
「いつまで待つ?」
「確認に送ったシルフが戻ってくるまでですから、それほどではないでしょう」
そのシルフは予定より大幅に遅れて戻った。
「水は堰き止めた。分遣隊は敵に攻められほぼ全滅」
報告するシルフに精霊士長は尋ねる。
「何故遅れた?」
「他のシルフに邪魔された」
その様な些事はどうでもよい、とパナッシュ将軍は怒鳴った。
「総攻撃をかけよ!!」
満を持してボアヘッド一個大隊五十五基がインヴィタリ橋の上流側から川に入った。
工兵中隊が橋に突撃して、上にあるバリケードを次々と撤去する。
対岸から大型弩や弓を射かけられるが、損害を無視して前進させた。
橋上は特に反撃が激しかった。正面に据えられた大型弩がバリケードごとリスティア兵を打ち砕き、余勢で後方の兵を川へとなぎ払った。
それでも士官は突撃を命じ、兵を走らせバリケードに取り付かせる。
ゴーレムを使えば撤去は簡単だが、それを狙って大型弩が配置されているので、兵を捨て駒にしたのだ。
リスティア軍の総攻撃を受け、堤防上のパトリア軍本陣でヴェトス元帥は身を戦慄かせた。
「ついに来たか……」
軍略的にはここは撤退する場面だ。
今の所は敵の損害が大きく、味方の損害は少ない。兵もゴーレムも残した状態で後退する事はできる。
だが、兵とゴーレムを残したところで、反撃する力は残されていない。
迎撃に適した場所も、大型弩などの装備も、ここにあるだけだ。
この場を逃れたところで、パトリア軍ができるのは投降だけである。
数に勝る敵に勝つ方法、特にゴーレムを百基も撃破する方法は激流をぶつける他にない。
「もし……騎士団が阻害物を排除してくれれば……」
果たして騎士団はそこまでできるか?
連絡さえ付かないで、健在かどうかさえ分からない。
それに敵が川を越えて進撃し始めてからでは遅い。
全てが上手く行くなど、奇蹟でも起きなければ不可能だ。
そして軍人が奇蹟にすがるなど、絶対にあってはならない。
だが、他に選択肢は無かった。
敵を川に、河川敷に足止めする。時間稼ぎが敵を防ぐ為に自分ができる唯一の策だった。
その為には将兵の屍を山と積まねばならない。
その全てが無駄死にとなる公算の方が遙かに大きい。
ヴェトス元帥の奥歯が音をたてて砕けた。
痛みなど感じぬままパトリア軍総司令は命じた。
「予備兵力を全て出せ! 最終防衛線を死守せよ!!」
死守――将兵を無駄死にさせるだけの下策中の下策。
演習でも一度も出した事のない、無能だけが口にする唾棄すべき愚策である。
その命令を下したのだ。
たとえ奇蹟が起きて敵を撃退できたとしても、自分は二度と安眠する事は出来ないし、死ねば地獄の業火で焼かれることは確実だ。
だが、彼に後悔は無かった。
下流域ではついに、第二波ボアヘッドの先頭が南岸に到達した。
向かえ撃つ味方ゴーレムはいない。
大型弩を操作するパトリア兵たちは最後の一矢を放つと、持ち場を放棄して逃げるしかなかった。
堤防を駆け上る兵と入れ違いに、堤防を巨大な影が乗り越えた。
悲鳴を上げる兵を影は跳び越え、斜面を駆け下りる。戦闘ゴーレムほどの巨体なのに、二倍級の作業ゴーレムほどの足音しかたてない。
炎の軌跡を残し、影はボアヘッドの先頭に飛びかかった。
手にした槍を、ボアヘッドの兜の根元に深々と突き立てる。
次の瞬間、ボアヘッドの頭部が吹き飛んだ。
ゴーレムは鎧と土塊になって崩れる。鎧が川原の石に当たって金属音を響かせた。
月が雲間から顔を覗かせる。
照らし出されたのは戦闘ゴーレムほどの人型――ゴーレムにしては細身で、白銀の鎧で身を固めた女性の姿をしていた。
兵たちは逃げるのも忘れて見入っていた。
何が起きたかは分からないが、敵ゴーレムが破壊された事だけは理解できた。
しかも一撃で。
その一撃は、敵ゴーレム群と共に押し寄せた敗北の空気を、押しとどめた一撃だった。
堤防を駆け下ったイノリは勢いに乗って跳躍、上からボアヘッドの襟元を狙った。
ルークスは火炎槍を逆手で持ち、頭上から突き立てた。
ノンノンは見事にイノリを制御し、狙い過たず鎧と兜の隙間に穂先を突き刺した。
落下速度も使って深々と、灼熱した火炎槍を突き込む。
ゴーレム内部で瞬時に気化した水蒸気が、出口を求め首から噴きだした。
兜ごと頭部が吹き飛ぶや、ボアヘッドは崩れた。
「やったぞ、アルティ!!」
先頭のボアヘッドを倒し、ルークスは叫んだ。イノリの腰元でサラマンダーの娘も吠える。
「ひゃっほう! 最高だぜぇ!!」
アルティが発案した新兵器は見事に威力を証明した。
ルークスの予想を上回る破壊力を見せたのだ。
イノリは左手で松明をつまみ、火炎槍の先の留め具に押し込む。それまであった松明は、ゴーレムを突き刺したときに取れていた。
「カリディータ、頼む」
「よっしゃ、行くぜ!」
サラマンダーが松明を燃え上がらせる。余熱が残っている穂先は加熱されて赤くなった。
敵を認めたボアヘッド隊は、相手の姿に惑わされずに距離を詰めてくる。
先頭のボアヘッドが間合いに入り、戦槌を上から振り下ろす。
ルークスは慎重にバックステップをした。空振った戦槌を踏みつけると、敵は前のめりになる。
(狙える!)
襟元を火炎槍で上から突き下ろした。
胴体に深々と突き刺さった穂先は、その高熱で含有水分を瞬時に蒸発させる。穂先が空けた穴は円錐の金具で塞がれている。行き場を無くした水蒸気は莫大な圧力となり、内側からゴーレムを破裂させた。
中身が噴きだし空になった鎧が崩れる。子供ほどある細長い核が転げ落ち、月明かりに青く煌めいた。
「二基め!」
瞬く間にボアヘッドが二基も粉砕されたのを見て、パトリア兵たちが歓声をあげた。
「女神様だ!」
「水の女神様、万歳!」
その声が陣営に広がる。
ルークスは午前中に繰り返した動作で、ボアヘッドの攻撃を柄で逸らして敵の右に回り込む。がら空きになった右脇に横から突きを見舞った。
深々と刺さった灼熱の鋼鉄に内部を焼かれ、ゴーレムは爆発する。頭部が川まで飛んで水しぶきを上げた。
「三基め!」
ノンノンとリートレの連携は絶好調。ルークスは自分の肉体より素早く巧みに力強くイノリを動かせた。そもそも飛びかかるなど、ルークスの身体能力では不可能だ。
「主様、下流域から渡河した敵ゴーレムは残り三十四基。対岸との視界は閉ざしてございます」
ボアヘッドは続々と迫ってくる。地響きがイノリに伝わり、水繭を震わせる。
しかしルークスの心に恐れも迷いも全く無かった。
「全部やっつけるよ、皆!」
「承知」
「了解よ」
「頑張るです」
「やってやるぜ!」
ルークは火炎槍に新たな松明を装着する。
まだイノリの戦いは始まったばかりだった。
全天雲に覆われ、時折雲間から月が覗く暗い夜である。
まるでこの国の行く末のようだと彼女は思った。
「まだ夜風は冷とうございます」
年老いた侍従が苦言するが、彼女は聞かない。
「今、将兵たちはこの寒空の下で死力を尽くして戦っているのです。君主が『寒い』などと言えましょうか」
彼女は細身のドレスの上にガウンを纏っているだけなので、侍従も心配なのだ。
「僭越ながら、将兵の前で語られてこそ価値があるお言葉かと」
女王の決意に水を差したのは参謀長のプルデンスである。痩せぎすで武官らしくなく、やはり智の人間だ。君主が疲れて判断力が落ちては困ると思っている。
バルコニーにいるのは二人だけで、他の臣下は謁見の間にいた。
今宵、この国の命運が決まるので主だった者たちが集まっているのだ。
「そろそろお休みになられては?」
侍従は女王の健康を殊の外気にしている。これから辛い事が続くのだから、少しでも体力を残して欲しいのだ。
「結果が出るまで待ちます」
「勝敗は深夜、場合によっては未明にずれ込むかと。恐らく大きな音が轟きますので、それが合図になりましょう」
「参謀長には先が見えているのですね。勝ち目も見えますか?」
「遺憾ながら、常識的に考えて勝つ見込みは一割に遠く及びません」
「その物言いですと、常識を超えたところに希望の光があるように聞こえます」
女王の声が弾んだので、参謀長は察した。
「例の少年でございますか?」
「ゴーレム単基で二十基の敵に勝利しました」
「装備の製作が遅れフェルームの町を発ったのは夕刻とのことです。普通よりかなり速く移動できるそうですが、果たして間に合いましょうか。なにぶん未成年ですし、ゴーレムも未完成。万一彼がご期待に応えられなくとも――」
「西からの侵攻を防いだだけでも十分すぎる働きです。これ以上が無くても誰が文句を言えましょう?」
「そこまでご理解いただいているなら、もはや何も申しませぬ」
「彼に期待してしまうのは、私が未熟だからでしょうね」
「一概にそうとも言えますまい。彼のゴーレムは未知数過ぎて計算には入れられません。ですがフェルームから届いた報告を全て信じるなら、戦況に大きな影響を与える可能性があります。しかしそれも『間に合えば』の条件付きでございます」
女王はうつむいて自問する。
ルークスに、たった一度会っただけの少年に、そこまで期待してしまって良いのだろうか?
将兵がどれだけ献身的に戦っているかについては疑問の余地はない。
だが、それだけでは守り切れないほど敵が多いのだ。
特にゴーレムが。
奇蹟でも起きなければこの国は滅ぶ。
そして一度は奇蹟を起こしたのがルークスなのだ。
「神よ、彼に今一度の奇蹟をお許しください」
女王は跪き祈りを捧げた。
国の為、民の為、将兵の為、そしてルークスの為に。
א
月が光を投げかけるソロス川を、リスティア軍の歩兵三千余とゴーレム四十基が渡っている。
パトリア軍は大型弩でボアヘッド三基を擱座させた。しかし残り三十七は川の半ばを過ぎ、川床の土砂をすくって投げだした。大型弩を操る兵は作業ゴーレムに大盾を持たせ必死に石の雨を防ぐ。
ソロス川という絶対防衛線は破られつつあった。
パトリア軍総司令ヴェトス元帥は指揮杖を握り絞め、歯を食いしばって待っていた。
切り札である水門の堰を切ったのに、まだ水が到達していない。
既に予定時間を過ぎたが、上流に灯っている燈火が消えない。篝火を隠さない事は、その地点に水流が到達していない事を意味する。
合図が途中で断たれたか、水が堰き止められたか。どちらにせよ作戦が失敗した懸念が強い。
「元帥、水位が下がっています」
参謀の声に思わず力んで指揮杖をへし折ってしまった。
「堰き止められたか」
僚友フィデリタスと騎士団を送ったのだが、彼らをしても阻止できなかった。もはや打つ手は無い。
「あとは、敵がどの時点で気付くか、か」
ほどなく敵の総攻撃が始まる。
文字通り最後の戦いとなろう。
リスティア軍征南軍指揮官パナッシュ将軍も焦れていた。
敵の本陣から上流に合図が送られたのを確認。だが上流に送った分遣隊から連絡が来ない。確認に送ったシルフもまだ戻らない。
「どうなっているのだ?」
苛立つ将軍に副官が言う。
「失敗したら激流が押し寄せて来ますから、堰き止めには成功したはずです」
「では何故連絡が来ない?」
堰き止めたと分かれば残ったゴーレムを渡河させて一気に勝負を決められる。
第一波三十基は十も残っていない。このままでは下流の四十基ともども各個撃破されてしまう。
「あるいは、先程の合図は敵の罠かも知れません」
キニロギキ参謀補佐が気になる事を言う。
「焦って総攻撃をかけたところで堰を切ることもありえます」
「ではどうするのだ?」
「現状は優勢です。兵と下流の第二波四十基が対岸に辿りつけば、勝負はほぼ確定します。今は待ちの時期かと」
「いつまで待つ?」
「確認に送ったシルフが戻ってくるまでですから、それほどではないでしょう」
そのシルフは予定より大幅に遅れて戻った。
「水は堰き止めた。分遣隊は敵に攻められほぼ全滅」
報告するシルフに精霊士長は尋ねる。
「何故遅れた?」
「他のシルフに邪魔された」
その様な些事はどうでもよい、とパナッシュ将軍は怒鳴った。
「総攻撃をかけよ!!」
満を持してボアヘッド一個大隊五十五基がインヴィタリ橋の上流側から川に入った。
工兵中隊が橋に突撃して、上にあるバリケードを次々と撤去する。
対岸から大型弩や弓を射かけられるが、損害を無視して前進させた。
橋上は特に反撃が激しかった。正面に据えられた大型弩がバリケードごとリスティア兵を打ち砕き、余勢で後方の兵を川へとなぎ払った。
それでも士官は突撃を命じ、兵を走らせバリケードに取り付かせる。
ゴーレムを使えば撤去は簡単だが、それを狙って大型弩が配置されているので、兵を捨て駒にしたのだ。
リスティア軍の総攻撃を受け、堤防上のパトリア軍本陣でヴェトス元帥は身を戦慄かせた。
「ついに来たか……」
軍略的にはここは撤退する場面だ。
今の所は敵の損害が大きく、味方の損害は少ない。兵もゴーレムも残した状態で後退する事はできる。
だが、兵とゴーレムを残したところで、反撃する力は残されていない。
迎撃に適した場所も、大型弩などの装備も、ここにあるだけだ。
この場を逃れたところで、パトリア軍ができるのは投降だけである。
数に勝る敵に勝つ方法、特にゴーレムを百基も撃破する方法は激流をぶつける他にない。
「もし……騎士団が阻害物を排除してくれれば……」
果たして騎士団はそこまでできるか?
連絡さえ付かないで、健在かどうかさえ分からない。
それに敵が川を越えて進撃し始めてからでは遅い。
全てが上手く行くなど、奇蹟でも起きなければ不可能だ。
そして軍人が奇蹟にすがるなど、絶対にあってはならない。
だが、他に選択肢は無かった。
敵を川に、河川敷に足止めする。時間稼ぎが敵を防ぐ為に自分ができる唯一の策だった。
その為には将兵の屍を山と積まねばならない。
その全てが無駄死にとなる公算の方が遙かに大きい。
ヴェトス元帥の奥歯が音をたてて砕けた。
痛みなど感じぬままパトリア軍総司令は命じた。
「予備兵力を全て出せ! 最終防衛線を死守せよ!!」
死守――将兵を無駄死にさせるだけの下策中の下策。
演習でも一度も出した事のない、無能だけが口にする唾棄すべき愚策である。
その命令を下したのだ。
たとえ奇蹟が起きて敵を撃退できたとしても、自分は二度と安眠する事は出来ないし、死ねば地獄の業火で焼かれることは確実だ。
だが、彼に後悔は無かった。
下流域ではついに、第二波ボアヘッドの先頭が南岸に到達した。
向かえ撃つ味方ゴーレムはいない。
大型弩を操作するパトリア兵たちは最後の一矢を放つと、持ち場を放棄して逃げるしかなかった。
堤防を駆け上る兵と入れ違いに、堤防を巨大な影が乗り越えた。
悲鳴を上げる兵を影は跳び越え、斜面を駆け下りる。戦闘ゴーレムほどの巨体なのに、二倍級の作業ゴーレムほどの足音しかたてない。
炎の軌跡を残し、影はボアヘッドの先頭に飛びかかった。
手にした槍を、ボアヘッドの兜の根元に深々と突き立てる。
次の瞬間、ボアヘッドの頭部が吹き飛んだ。
ゴーレムは鎧と土塊になって崩れる。鎧が川原の石に当たって金属音を響かせた。
月が雲間から顔を覗かせる。
照らし出されたのは戦闘ゴーレムほどの人型――ゴーレムにしては細身で、白銀の鎧で身を固めた女性の姿をしていた。
兵たちは逃げるのも忘れて見入っていた。
何が起きたかは分からないが、敵ゴーレムが破壊された事だけは理解できた。
しかも一撃で。
その一撃は、敵ゴーレム群と共に押し寄せた敗北の空気を、押しとどめた一撃だった。
堤防を駆け下ったイノリは勢いに乗って跳躍、上からボアヘッドの襟元を狙った。
ルークスは火炎槍を逆手で持ち、頭上から突き立てた。
ノンノンは見事にイノリを制御し、狙い過たず鎧と兜の隙間に穂先を突き刺した。
落下速度も使って深々と、灼熱した火炎槍を突き込む。
ゴーレム内部で瞬時に気化した水蒸気が、出口を求め首から噴きだした。
兜ごと頭部が吹き飛ぶや、ボアヘッドは崩れた。
「やったぞ、アルティ!!」
先頭のボアヘッドを倒し、ルークスは叫んだ。イノリの腰元でサラマンダーの娘も吠える。
「ひゃっほう! 最高だぜぇ!!」
アルティが発案した新兵器は見事に威力を証明した。
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イノリは左手で松明をつまみ、火炎槍の先の留め具に押し込む。それまであった松明は、ゴーレムを突き刺したときに取れていた。
「カリディータ、頼む」
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サラマンダーが松明を燃え上がらせる。余熱が残っている穂先は加熱されて赤くなった。
敵を認めたボアヘッド隊は、相手の姿に惑わされずに距離を詰めてくる。
先頭のボアヘッドが間合いに入り、戦槌を上から振り下ろす。
ルークスは慎重にバックステップをした。空振った戦槌を踏みつけると、敵は前のめりになる。
(狙える!)
襟元を火炎槍で上から突き下ろした。
胴体に深々と突き刺さった穂先は、その高熱で含有水分を瞬時に蒸発させる。穂先が空けた穴は円錐の金具で塞がれている。行き場を無くした水蒸気は莫大な圧力となり、内側からゴーレムを破裂させた。
中身が噴きだし空になった鎧が崩れる。子供ほどある細長い核が転げ落ち、月明かりに青く煌めいた。
「二基め!」
瞬く間にボアヘッドが二基も粉砕されたのを見て、パトリア兵たちが歓声をあげた。
「女神様だ!」
「水の女神様、万歳!」
その声が陣営に広がる。
ルークスは午前中に繰り返した動作で、ボアヘッドの攻撃を柄で逸らして敵の右に回り込む。がら空きになった右脇に横から突きを見舞った。
深々と刺さった灼熱の鋼鉄に内部を焼かれ、ゴーレムは爆発する。頭部が川まで飛んで水しぶきを上げた。
「三基め!」
ノンノンとリートレの連携は絶好調。ルークスは自分の肉体より素早く巧みに力強くイノリを動かせた。そもそも飛びかかるなど、ルークスの身体能力では不可能だ。
「主様、下流域から渡河した敵ゴーレムは残り三十四基。対岸との視界は閉ざしてございます」
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しかしルークスの心に恐れも迷いも全く無かった。
「全部やっつけるよ、皆!」
「承知」
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「頑張るです」
「やってやるぜ!」
ルークは火炎槍に新たな松明を装着する。
まだイノリの戦いは始まったばかりだった。
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