一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第十章 決戦

奮戦

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 リスティア軍が最初に気付いた異変は、突然の向かい風だった。
 風の大精霊を擁する征南軍に、風が災いするなどこの戦役で初めてである。
 ついで敵陣偵察のシルフが追い返されてきた。
「敵のグラン・シルフ使いが来ました。しかも我が軍のそれより遥かに近くに」
 精霊士長がパナッシュ将軍に報告する。自軍のグラン・シルフ使いがどこにいるか、司令官であるパナッシュ将軍さえ知らない。
 分かっていることは、今戦場を支配しているのは敵のグラン・シルフであること、そしてその力は自軍のそれを遥かに上回っていることだ。
 強烈な向かい風が吹きすさび、敵の矢は勢いを増した。
 川は波立ち、渡河し終えかけた丸太が押し戻される。
 砂埃が砂嵐のように吹き付け、対岸が見えなくなった。
 風精が戦闘を助ける程度の話ではない。風によって攻撃されているのだ。
「早急に橋を確保! 全軍を対岸へ送れ!」
 パナッシュ将軍も危機感を抱いた。
 もたついていると、水を堰き止めた土砂が押し流され、敵軍の予定を上回る土石流に見舞われる恐れがある。
 そうなれば河川敷に布陣した両軍ともに無事では済まない。
 風精に続いて土精にも異変が起きた。
 対岸からノームが次々と戻ってくるのだ。ほとんどが下流から送った第二波ボアヘッドのものだった。
 ノームたちは口を揃えて「ノームがいないゴーレムに破壊された」と言う。それも「一発で全壊」である。
「一体何が起きているのだ?」
 パナッシュ将軍は青ざめた。
 キニロギキ参謀補佐が強い口調で言う。
「ならばノームがいないゴーレムを攻撃すれば良い。それが敵の、新型ゴーレムだ」
 視界が閉ざされる直前、雲間から覗いた月が照らした光景を、彼は目に焼き付けていた。
 だがそれを将軍や連隊長に話す気にはなれない。あまりに荒唐無稽すぎて、自分でも信じがたいのだ。
 ところが連隊長が小声で彼に言う。
「信じられぬ話だが、私には銀色の女性型ゴーレムが、槍の一突きでボアヘッドを破壊したように見えたのだ」
「見間違いではなかったか」
 キニロギキ参謀補佐は安堵とともに諦めの息をついた。
 連隊長はさらに気が滅入る事を言う。
「刺突攻撃はゴーレムにはほとんど効果がない。核を正確に突かない限りダメージにならないので。しかもゴーレムを作る際、核がどこに行くか製作者でさえ分からないはず」
「それを一突きで破壊したとなると、位置を知る手段を敵が得た事になりますな」
 連隊長の顔は蒼白から土気色になっている。
 下流から戻って来たノームはもう六体になったのだ。
「第二軍団を破った単基は、あの女性型に間違いあるまい」
「とんでもない新兵器です。これはもう、将軍の判断を仰ぐしか……」
 キニロギキ参謀補佐はため息をついた。
 つい先程「勝利を確信した」上官に「撤退を進言する」など、相手があのアニポノスでなくても気が滅入る事だ。
「ご心配なさるな。私も一緒に話しましょう」と連隊長は言う。「またしてもパトリアは『ゴーレム戦は数で決まる』という常識を覆したのだと」
 
 状況が掴めないのはパトリア軍本陣も似たようなものだった。
 味方のグラン・シルフが戦場を支配してくれた事は分かった。
 今は王都までシルフで連絡が取れるようになった。それだけでも女王にとっては朗報だったらしい。
 強風が敵の丸太を押し戻してくれたお陰で、敵兵の渡河は全て失敗したようだ。
 下流域のボアヘッド四十基は、三基が川で止まっただけで残りは上陸した。
 そこに突然現れた味方のゴーレム一基が、瞬く間に三基も仕留めたのだ。
 しかも一撃で。
 信じがたい話が、人間だけでなくシルフも報告している。
 ヴェトス元帥は副司令として戦った九年前の戦いを思い起こした。あの時も、常識を覆して少数のゴーレムが多数に圧勝したではないか。
 精霊士長が報告した。
「未登録シルフによる連絡ですが、ルークス・レークタのゴーレムが参陣したとこの事です」
「あ奴の息子が、来たのか」
 西から侵攻した別動隊ボアヘッド二十基を、一基で撃破拿捕した英雄が来援してくれたのだ。
 その戦果が誇張ではない事は、回収されたボアヘッド十五基が今は自軍の戦力としてここを支えている事で明らかだ。
 そして下流域では敵ゴーレムが、次々と撃破されている。
「そのシルフは、グラン・シルフの指示で来たのだな?」
「はい。グラン・シルフのインスピラティオーネの指示だと」
「以後、そのグラン・シルフからの連絡は、王城と並び最優先で取り次ぐのだ。この戦局を変えるには、是が非でも必要だ。騎士団との連絡はまだ付かないか?」
「捜索中であります」
「グラン・シルフの手を借りられないか、聞いてみろ」
「は!」
 そこに報告が来て、ルークスが撃破したボアヘッドは三基追加され計六基となった。
「我が国は、親子二代に渡ってレークタ家に救われるか」
 雲が流れて月光が戦場を照らした。
 銀色の鎧で身を固めた女性型ゴーレムが、槍でボアヘッドを突き崩す様が本陣から見えた。
 兵たちの歓声が聞こえてくる。
「将兵が女神と呼んでいたが、あながち間違いではないな」
 まさに戦場に降り立った、勝利の女神だった。

 ボアヘッドが戦槌を振り下ろす。
 ルークスは火炎槍の柄を戦槌の柄に当てて逸らす。同時に左脚を踏みだし、敵の右側に回り込む。右脚を踏み込み横から突きを、敵の右脇に突っ込んだ。
 繰り返し体で覚えた動作は、イノリも学習して動きに切れが出ている。
 ボアヘッドが内側から破裂するや、強い衝撃がイノリとルークスを襲った。
「なんだ!?」
 水繭の内面に映されていた外の光景が見えなくなり、外の音も聞こえなくなった。
「主様、吹き飛んだ敵の腕が頭部に当たりました」
「ルークスちゃん大丈夫。頭が無くなっただけだから、すぐ直すわ」
「大丈夫です。ノンノンには見えてるです」
 イノリが後退するのが挙動で分かった。
 程なく水繭の内面に外が映し出された。外の音も聞こえている。
 兜は失ったものの、リートレは川の泥を使ってイノリを補修していた。
「あ……」
 火炎槍の穂先が折れて無くなっていた。
 二本目の槍を背中から抜き、予め付けてある松明をカリディータに燃やさせた。
 余熱が無い穂先を灼熱するまでの時間、イノリは有効な攻撃ができない。
「時間が惜しいな」
 既に八基撃破しているが、まだ敵は三分の二以上残っている。今も橋に向かって前進を続けていた。
「回り込もう」
 イノリを川に向けた。
 しかしイノリに向きを変えたのは近くにいる基だけで、他は依然として橋に向かっている。
 対岸から様子が見えないのだから、コマンダーの命令は「橋を奪取せよ」や「近づいた敵ゴーレムを撃破せよ」くらいの、漠然としたものにならざるを得ない。
 後者だけなら足止めは簡単だが、どうやら前者を優先するよう指示されているらしい。
「とにかく先頭を止めないと」
 ルークスはイノリを走らせた。ボアヘッドのただ中に。
「主様、それは無茶です!」
「大丈夫だ!」
 敵を認識したボアヘッドは足を止め、盾を向け戦槌を振り上げるが、振り下ろす前にイノリは間合いを出ている。そうして次々とボアヘッドに反応させ、敵ゴーレム群を横断した。
 抜けたところで振り返る。
「遠かったか」
 先頭のボアヘッドは足を止めもしなかった。
 だがこれで、ボアヘッドの自律行動よりイノリの移動速度の方が速い事は分かった。
「あまりこいつらに時間はかけられないな」
 上流からさらにゴーレムが迫ってきているのだ。数からしてそれが本隊であろう。
 ルークスは火炎槍を左に持ち替え、腰の後ろから短剣を抜いた。予備武器で、ゴーレムを撃破する事はまず無理である。
「でも何とかと刃物は使いようってね」
 ルークス今度は群れの中央を、後ろから前へと駆け抜けた。そして先頭の重装甲型ボアヘッドの正面に回り込む。
 敵が振り下ろす戦槌を避け敵の左、盾側へと回り込んだ。
 上から軽く短剣を振り下ろす。
 ボアヘッドは盾を掲げて頭部への攻撃を防いだ。命中してもダメージが入らない攻撃でも防御行動をしたのだ。
 防御を上に誘ったところで、身をかがめて相手の内懐に踏み込む。狙いは左脇の下、伸び上がる勢いで短剣で突き上げ、踏み込む力で切り裂きつつすれ違った。
 ノームならすぐ直せる程度の、ゴーレムにとっては軽傷である。
 だが盾と重装甲の腕当てという重量物を支える「筋肉と骨を失う」という意味では重かった。
 残り部位では重量を支えきれず、ボアヘッドの左腕が肩で千切れて落ちる。ウルフファング級の腕当て一式に耐えきれず、イノリの腕が千切れたように。
 その時すでにイノリは後ろに抜けており、重量物は川原に落ちて大きな音を立てた。
「お見事です、主様!」
 ゴーレム戦基礎の実技で、ルークスはただやられていた訳ではない。相手の動きを見る目を養っていたのだ。
 午前中散々フォルティスと模擬戦をした甲斐もあって、今やボアヘッドの動きは手に取るようにわかる。防護具を着けても隙が少ない体捌きのフォルティスに比べ、自律行動のゴーレムは前振りで意図が見て取れた。
 そしてイノリはノンノンとリートレの連携のお陰で、ボアヘッドの隙を突くだけの敏捷性と瞬発力があった。
 さらに鎧が軽いので慣性力も小さく、動きの隙が小さい事もある。
 撃破できずとも、敵の防御力を大幅に減らす事は短剣でも出来るのだ。イノリの運動性能をもってすれば。
 続いて先頭に立った重装甲型も、同様に盾ごと左腕を切り落とした。
 間合いを取ったところで火炎槍の穂先を炙っていたカリディータが声を上げる。
「待たせたな。頃合いだぜ!」
 穂先が赤く加熱されている。短剣を腰の後ろに戻し、火炎槍を構える。
 イノリはボアヘッドの群れに突き進んだ。
 左腕を失ったボアヘッドの左に回り込み、剥き出しの左肩に火炎槍を正面突きで突っ込んだ。
 反対側の腕が吹き飛びボアヘッドが崩れた。
「九基!」
 倒すのは一瞬だが、その準備に、松明を付け穂先を加熱するという手間と時間を挟まないと、次の攻撃ができない。
 弩より攻撃頻度が少ないのが火炎槍の弱点と、ルークスには思えた。
 とは言えその威力は凄まじく、これまで全てのゴーレムを一突きで撃破できている。
 左腕ごと盾を奪ったもう一基の重装甲型も、同様にして撃破した。
「十! ……はあ、はあ」
 ルークスの息が上がった。
 加熱時間の度に息をついていたが、その休み休みの戦いでも疲労が蓄積していた。
 午睡では午前中の稽古の疲れが取れなかったこともありそうだ。
「ルークスちゃん、少し休憩しましょう」
 しきりにリートレが勧めるが、聞き入れる訳にはいかない。
 ボアヘッドを止めないと、味方の兵士が蹂躙される。
「残り二十七基、ここが踏ん張り所なんだ」
「せめて攻撃準備が終わるまで、主様は休んでおられよ」
「ノンノンが頑張るです」
「……分かった」
 しかしイノリの攻撃頻度が下がったので、敵の前進が速まった。
 兵たちの悲鳴がルークスには聞こえる気がした。
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