72 / 187
第十一章 戦争終結
講和会議
しおりを挟む
マルヴァド王国はパトリア王国とリスティア大王国の西に位置し、両国を合わせた面積の二倍を超す国土を有する内陸国である。
気候は温暖で農作物も豊か、人口も多い。
そして「東方の雄」と言われる強国であった。
黒髭に白い物が混じる国王コバルディア三世は揺るぎない治世を誇ってきたが、ここにきて思惑が外れてしまった。
リスティアの侵攻を受けたパトリアが、仲介依頼と称する実質降伏に使者を寄越したまでは計画どおりだった。
ところが交渉中にリスティアが大敗するという、番狂わせが起きてしまった。
マルヴァドの仲介という役割はそのままだったが、パトリアの立場は逆転、慈悲を請う側から領土と賠償を要求する立場になった。
マルヴァドは、その使い走りにされてしまったのだ。
「リスティア軍が貴国領土を通過した件については後ほど」
と釘を刺されては拒めない。
「リスティアに貸しを作り、パトリアに恩を売るはずが、とんでもない事になった」
王城の執務室でコバルディア三世は唸った。
東方の地盤を盤石にするどころか、リスティアとの内通を追及される身になってしまった。
ついでに四十過ぎても遊びが止まない第二王子を、パトリアの女王に押しつける話が消えたのも、国王には痛かった。
パトリアの使者が帰った後、執務室で王は近習たちと対応を協議していた。
「信じがたい情報なので確認中でございますが」
と間者を司る外務相が脂ぎった顔の汗を拭う。
「パトリアがリスティア王アラゾニキを捕らえたとの事です」
「あの口だけ男が前線に出るはずが無かろう」
「はい。パトリアからの情報だけでしたら、ご報告には及びませんでした。しかし、リスティアで蜂起した民衆が『暴君はパトリアのゴーレムに捕まった』と主張している由にございます。鎮圧の旗印に幼い王太子が担ぎ上げられた事もございまして、国王が不在、もしくは表に出られないのは確かかと」
「その情報筋は『水の女神がリスティア国土を走り回った』だのと伝えた筋であろう?」
「パトリアの間者からも、女神については報告がございます。こちらは『新型ゴーレム』でして、何でも走るとか」
「ゴーレム? 女神の様なゴーレムなど作れるのか?」
国王に問われた王室精霊士の長老は否定した。
「自重を支えるにはそれなりの太さが必要となります。女神と言っても相当『ふくよか』になるかと」
「女神は大げさにしても、パトリアが新型ゴーレムを投入したのはほぼ確実です」
と元帥が進言する。
「観戦武官から『単基でリスティアのゴーレムを次々と撃破する新型ゴーレムを確認』との報告が上がってきております。何でも一撃で撃破したと」
「それをパトリアが量産したら事だな」
コバルディア三世は鼻を鳴らした。
強力な兵器は東方の雄である自国の立場を脅かす、程度の認識である。
そのゴーレムが帝国を倒す切り札になる、とは考えないのだ。
帝国建国から既に一世紀、対帝国同盟が結成されてからも半世紀以上。サントル帝国が存在する事が当たり前になってしまっている。
帝国打倒という同盟の目的など忘れ、同盟内での自国の立ち位置が彼にとっての外交であった。
「先の事は後にしよう。リスティアとの密約はどうだ? よもやパトリアに証拠を握られる不手際はあるまいな?」
「公爵殿が上手く立ち回ってくださるでしょう」
と外務相が答える。
「リスティア国王が捕まったとの情報が事実でもなければ、パトリアは歯ぎしりするだけです」
宰相もまた楽観を述べた。
臣下たちの意見を聞き、君主は意見を整理する。
「まずはパトリア国境に配した部隊を北へ上げよ。パトリア解放戦争はもうない。真にあの暴君が捕らえられたなら、リスティアへは懲罰出兵どころではなくなる。全土を制圧して証拠を全て消し、アラゾニキを狂人とするのだ」
マルヴァド王コバルディア三世が命じ、臣下たちはそれぞれの役割を果たすべく部屋を退出した。
彼らはまだ知らなかった。
リスティア大王国が此度の侵略をするにあたり、もう一カ国と密約を結んでいたことを。
それをパトリア王国が把握していることも。
そしてその国はリスティア国王が拿捕されたと知り、既に出兵を決めたことも。
א
若き女王フローレンティーナは、パトリア国王として隣国の国王と面会した。
戦死者の喪に服し黒い装いの女王の左にはヴェトス元帥が、右には腕を吊ったフィデリタス騎士団長が、背後には宰相と外相、護衛の騎士五名が控えている。
対するリスティア大王国の大王にして大将軍アラゾニキ四世は、礼儀も威厳も体面も捨て、椅子の肘掛けにしがみついてブルブルと震えていた。
護衛は女王の後ろにいるだけで、彼の身は室内だけなら自由である。
しかし元暴君は部屋の中央から動こうとせず、怯えた目で女王をにらんでいた。
「アラゾニキ陛下、この部屋はお気に召しませんか?」
「と……当然だ」
「それは困りました。仮にも一国の王を地下牢に入れる訳にはまいりません。かと言って陛下のような内外から命を狙われている方を、普通の部屋に置いては危険です。この塔の部屋は唯一出入りできる階段さえ見張れば誰も入れず、一番安全なのです」
いくら安全と言われても、高い塔のてっぺんはアラゾニキには恐ろしくて仕方ない。
ゴーレムに運ばれている間ずっと宙づりだったので、すっかり高所恐怖症になっていた。
しかし「恐い」などとは口が裂けても言えない。
結果、できるだけ窓から離れた部屋の中央で震えるしかなかった。
フローレンティーナは淡々と述べる。
「不自由無い生活をしていただきたいのは山々ですが、戦争で荒らされた我が国は食べる物にも困る始末です。陛下にも少々我慢していただきます」
食事の量を減らしたところで、肥満が解消する程度であろう。
「あの、ゴーレムは何なのだ?」
アラゾニキが掠れ声を出した。
「我が国の、新型ゴーレムのことですか? 残念ですが専門的な事は私には分かりかねます」
「我が国を蹂躙し、大王城を襲撃した。その様なこと、許されるはずがない」
「!?」
そんな話は知らない。
思わず臣下に確認しようと振り返りかけたのを、フローレンティーナは必死に堪えた。
知らないということを相手に教えると、付け入る隙を与えてしまう。
知っている振りをして彼女は反論した。
「まあ、この王城を襲撃しようと大軍を寄越し、我が国を蹂躙された方が異なことをおっしゃいますね。その様なこと、許されないのですね?」
「き、貴国は、同盟国である我が国に協力しなかった。利敵行為だ! 帝国が喜んでいるぞ!」
「貴国が不当に安い価格で鉄鉱石を求めた事が、そもそもの発端でしたね。貧しい同盟国を経済的に追い詰めるなんて、それこそ利敵行為ではありませんか?」
「て、帝国と国境を接する国の苦労を知らぬから! 帝国に侵略される恐れが無い国が、武力を蓄えるのは領土的野心があるからだろうが!」
「我が国が武力を蓄える必要があったことは、貴国が立証されました。資源を奪いに侵略する国が隣にあるのでは、それを撃退する武力は当然必要ですもの。ただ、そんな無法な国が同盟内にいたとは、帝国はさぞ喜んでいるでしょう」
言い負かされてアラゾニキは怒鳴った。
「余を解放せよ!」
命じたところで、アラゾニキが居丈高なのは言葉だけ。肘当てにすがりついたまま声を裏返すので滑稽ですらある。
「解放しますとも。此度の戦争の、敗北を認めてくださるなら」
「敗北? 我が軍が破れるはずがなかろう! そんな報告は聞いておらぬぞ!」
「風の大精霊を擁する貴国が、戦場からの敗報を受け取っておられぬと? きっとグラン・シルフ使いが伝え忘れたのでしょうね」
「まさか奴が? いいや、騙されぬぞ! 我が軍はきっと、もうじきこの城に押し寄せてくるはずだ!」
「貴国が送りつけた百七十のゴーレムは全て破壊、鹵獲しています。およそ半数は陛下を捕らえた、あの新型ゴーレムによって。貴国の将兵は気の毒にも、大勢が濁流に呑まれて亡くなりました。幸いにも総司令官は捕縛しておりますので、確認いただけますか?」
女王は背後の騎士に指示し、捕虜を入室させた。
国王に負けぬほど肥満したパナッシュ将軍が、長いらせん階段に息を切らせて入って来た。
真っ赤だった顔が、主君と対面するや真っ青になる。それは主君も同様だった。
「き、貴様。ここで何をしておる!?」
「へ、陛下!? 何故ここに!?」
互いに相手の存在が信じられず、絶句してしまった。
「パナッシュ……貴様に預けた軍はどこへ行った?」
「あ、ああ、陛下。我が軍は善戦虚しく、全滅してございます」
「ぜ……全滅……だと……?」
アラゾニキにはとても信じられなかった。
「嘘だ! 嘘を申すな!」
「申し訳ございませぬ、陛下。敵の新型ゴーレムはあまりにも強く――」
「貴様にはゴーレムを百七十も与えたであろうが! 兵も三万いた! それが全滅だと!? パトリア相手に負けるなどあり得ぬ! この役たたずめ!!」
パナッシュ将軍は額と腹を擦りつけて平伏すも、暴君は許さない。
「貴様は極刑に処す! 直ちに首を刎ねい!!」
しかし大王の命令に従う者はいなかった。
我に返ったアラゾニキ四世は、敵国の女王と臣下がじっと見つめているのに気付き、歯ぎしりした。
「状況は理解されましたか? では、改めてお伺いしましょう。この度の戦争、敗北をお認めになりますか?」
アラゾニキ四世は、ギクシャクと口を動かした。
「み……認める……」
「それではただ今から講和会議を始めます。我が国は先勝国として貴国に対し、先ずはかつて奪われた国土と国民の返還を求めます」
「ま、待て。交渉は……外務の担当を……」
「残念ながらこの場に外務の担当はいらっしゃいません。ですが貴国では陛下が全てをお決めになられるとか。なら、この場で決めていただけるはずではありませんか?」
「お、おのれ……」
「加えて賠償金、そして陛下ご自身の身代金を――」
「調子に乗るな、この小娘が!」
「あまり多いと、交渉で決まった要求を貴国の外務が拒否してしまう恐れがありますね。そうなると、困るのは陛下ではありませんか?」
「く……う」
敗戦国の君主は目を見開き、口を戦慄かせる。
暴君の死を願うのは、他国よりもむしろ身内であるのは世の常である。
それを知っているからこそ、アラゾニキは兄弟親類を皆殺しにしたのだ。我が子さえ信じられない、それが独裁者である。
そして身内以上に臣下が「自分の死を願っている」とアラゾニキは病的に信じていた。その為常に暗殺に怯えてビクビクし、それを隠す為に必要以上に居丈高な態度でいたのだ。
もし弱みを見せたら殺される。
その為アラゾニキは少しでも負けを値切るべく、要求を拒否した。
フローレンティーナは止めを刺しに入った。
「現在、我が国は多数の難民が出て困っております。同盟諸国に支援をお願いしたいところですが、帝国による被害でないと助けてはいただけません。ですが幸いな事に、貴国はラファールというグラン・シルフを使われました。この大精霊契約者はエラン・エスピオン。サントル帝国の精霊士が、何故貴国で働いていたのですか?」
「!? そ、その様な事実は、無い」
その男は死んだ。死人に口なしである。
「我が国のグラン・シルフ、インスピラティオーネがラファールと、その契約者の死を確認しました。貴国が同盟を裏切って、帝国の協力を受け軍事行動を起こしたは明白。事を公にすれば、我が国は貴国の非道を証明でき、また同盟諸国からの支援も受けられます」
それをされては同盟から除名されてしまう。孤立すれば帝国に併呑されるのは目に見えていた。
帝国は王侯貴族を否定しており、占領国の君主一族は皆殺しだ。
アラゾニキ四世はがくりと首を落とした。
パトリアの要求を全て受け入れる以外、自分が生き延びる道が無いと理解したのであった。
その場で書面が交され、両国王の署名と紋章印を押して講和条約が締結された。
両国の戦争は僅か六日で終結し、パトリア王国の勝利が確定した。
後に「六日戦争」と呼ばれる、ゴーレムライダーが初めて現れた戦いである。
気候は温暖で農作物も豊か、人口も多い。
そして「東方の雄」と言われる強国であった。
黒髭に白い物が混じる国王コバルディア三世は揺るぎない治世を誇ってきたが、ここにきて思惑が外れてしまった。
リスティアの侵攻を受けたパトリアが、仲介依頼と称する実質降伏に使者を寄越したまでは計画どおりだった。
ところが交渉中にリスティアが大敗するという、番狂わせが起きてしまった。
マルヴァドの仲介という役割はそのままだったが、パトリアの立場は逆転、慈悲を請う側から領土と賠償を要求する立場になった。
マルヴァドは、その使い走りにされてしまったのだ。
「リスティア軍が貴国領土を通過した件については後ほど」
と釘を刺されては拒めない。
「リスティアに貸しを作り、パトリアに恩を売るはずが、とんでもない事になった」
王城の執務室でコバルディア三世は唸った。
東方の地盤を盤石にするどころか、リスティアとの内通を追及される身になってしまった。
ついでに四十過ぎても遊びが止まない第二王子を、パトリアの女王に押しつける話が消えたのも、国王には痛かった。
パトリアの使者が帰った後、執務室で王は近習たちと対応を協議していた。
「信じがたい情報なので確認中でございますが」
と間者を司る外務相が脂ぎった顔の汗を拭う。
「パトリアがリスティア王アラゾニキを捕らえたとの事です」
「あの口だけ男が前線に出るはずが無かろう」
「はい。パトリアからの情報だけでしたら、ご報告には及びませんでした。しかし、リスティアで蜂起した民衆が『暴君はパトリアのゴーレムに捕まった』と主張している由にございます。鎮圧の旗印に幼い王太子が担ぎ上げられた事もございまして、国王が不在、もしくは表に出られないのは確かかと」
「その情報筋は『水の女神がリスティア国土を走り回った』だのと伝えた筋であろう?」
「パトリアの間者からも、女神については報告がございます。こちらは『新型ゴーレム』でして、何でも走るとか」
「ゴーレム? 女神の様なゴーレムなど作れるのか?」
国王に問われた王室精霊士の長老は否定した。
「自重を支えるにはそれなりの太さが必要となります。女神と言っても相当『ふくよか』になるかと」
「女神は大げさにしても、パトリアが新型ゴーレムを投入したのはほぼ確実です」
と元帥が進言する。
「観戦武官から『単基でリスティアのゴーレムを次々と撃破する新型ゴーレムを確認』との報告が上がってきております。何でも一撃で撃破したと」
「それをパトリアが量産したら事だな」
コバルディア三世は鼻を鳴らした。
強力な兵器は東方の雄である自国の立場を脅かす、程度の認識である。
そのゴーレムが帝国を倒す切り札になる、とは考えないのだ。
帝国建国から既に一世紀、対帝国同盟が結成されてからも半世紀以上。サントル帝国が存在する事が当たり前になってしまっている。
帝国打倒という同盟の目的など忘れ、同盟内での自国の立ち位置が彼にとっての外交であった。
「先の事は後にしよう。リスティアとの密約はどうだ? よもやパトリアに証拠を握られる不手際はあるまいな?」
「公爵殿が上手く立ち回ってくださるでしょう」
と外務相が答える。
「リスティア国王が捕まったとの情報が事実でもなければ、パトリアは歯ぎしりするだけです」
宰相もまた楽観を述べた。
臣下たちの意見を聞き、君主は意見を整理する。
「まずはパトリア国境に配した部隊を北へ上げよ。パトリア解放戦争はもうない。真にあの暴君が捕らえられたなら、リスティアへは懲罰出兵どころではなくなる。全土を制圧して証拠を全て消し、アラゾニキを狂人とするのだ」
マルヴァド王コバルディア三世が命じ、臣下たちはそれぞれの役割を果たすべく部屋を退出した。
彼らはまだ知らなかった。
リスティア大王国が此度の侵略をするにあたり、もう一カ国と密約を結んでいたことを。
それをパトリア王国が把握していることも。
そしてその国はリスティア国王が拿捕されたと知り、既に出兵を決めたことも。
א
若き女王フローレンティーナは、パトリア国王として隣国の国王と面会した。
戦死者の喪に服し黒い装いの女王の左にはヴェトス元帥が、右には腕を吊ったフィデリタス騎士団長が、背後には宰相と外相、護衛の騎士五名が控えている。
対するリスティア大王国の大王にして大将軍アラゾニキ四世は、礼儀も威厳も体面も捨て、椅子の肘掛けにしがみついてブルブルと震えていた。
護衛は女王の後ろにいるだけで、彼の身は室内だけなら自由である。
しかし元暴君は部屋の中央から動こうとせず、怯えた目で女王をにらんでいた。
「アラゾニキ陛下、この部屋はお気に召しませんか?」
「と……当然だ」
「それは困りました。仮にも一国の王を地下牢に入れる訳にはまいりません。かと言って陛下のような内外から命を狙われている方を、普通の部屋に置いては危険です。この塔の部屋は唯一出入りできる階段さえ見張れば誰も入れず、一番安全なのです」
いくら安全と言われても、高い塔のてっぺんはアラゾニキには恐ろしくて仕方ない。
ゴーレムに運ばれている間ずっと宙づりだったので、すっかり高所恐怖症になっていた。
しかし「恐い」などとは口が裂けても言えない。
結果、できるだけ窓から離れた部屋の中央で震えるしかなかった。
フローレンティーナは淡々と述べる。
「不自由無い生活をしていただきたいのは山々ですが、戦争で荒らされた我が国は食べる物にも困る始末です。陛下にも少々我慢していただきます」
食事の量を減らしたところで、肥満が解消する程度であろう。
「あの、ゴーレムは何なのだ?」
アラゾニキが掠れ声を出した。
「我が国の、新型ゴーレムのことですか? 残念ですが専門的な事は私には分かりかねます」
「我が国を蹂躙し、大王城を襲撃した。その様なこと、許されるはずがない」
「!?」
そんな話は知らない。
思わず臣下に確認しようと振り返りかけたのを、フローレンティーナは必死に堪えた。
知らないということを相手に教えると、付け入る隙を与えてしまう。
知っている振りをして彼女は反論した。
「まあ、この王城を襲撃しようと大軍を寄越し、我が国を蹂躙された方が異なことをおっしゃいますね。その様なこと、許されないのですね?」
「き、貴国は、同盟国である我が国に協力しなかった。利敵行為だ! 帝国が喜んでいるぞ!」
「貴国が不当に安い価格で鉄鉱石を求めた事が、そもそもの発端でしたね。貧しい同盟国を経済的に追い詰めるなんて、それこそ利敵行為ではありませんか?」
「て、帝国と国境を接する国の苦労を知らぬから! 帝国に侵略される恐れが無い国が、武力を蓄えるのは領土的野心があるからだろうが!」
「我が国が武力を蓄える必要があったことは、貴国が立証されました。資源を奪いに侵略する国が隣にあるのでは、それを撃退する武力は当然必要ですもの。ただ、そんな無法な国が同盟内にいたとは、帝国はさぞ喜んでいるでしょう」
言い負かされてアラゾニキは怒鳴った。
「余を解放せよ!」
命じたところで、アラゾニキが居丈高なのは言葉だけ。肘当てにすがりついたまま声を裏返すので滑稽ですらある。
「解放しますとも。此度の戦争の、敗北を認めてくださるなら」
「敗北? 我が軍が破れるはずがなかろう! そんな報告は聞いておらぬぞ!」
「風の大精霊を擁する貴国が、戦場からの敗報を受け取っておられぬと? きっとグラン・シルフ使いが伝え忘れたのでしょうね」
「まさか奴が? いいや、騙されぬぞ! 我が軍はきっと、もうじきこの城に押し寄せてくるはずだ!」
「貴国が送りつけた百七十のゴーレムは全て破壊、鹵獲しています。およそ半数は陛下を捕らえた、あの新型ゴーレムによって。貴国の将兵は気の毒にも、大勢が濁流に呑まれて亡くなりました。幸いにも総司令官は捕縛しておりますので、確認いただけますか?」
女王は背後の騎士に指示し、捕虜を入室させた。
国王に負けぬほど肥満したパナッシュ将軍が、長いらせん階段に息を切らせて入って来た。
真っ赤だった顔が、主君と対面するや真っ青になる。それは主君も同様だった。
「き、貴様。ここで何をしておる!?」
「へ、陛下!? 何故ここに!?」
互いに相手の存在が信じられず、絶句してしまった。
「パナッシュ……貴様に預けた軍はどこへ行った?」
「あ、ああ、陛下。我が軍は善戦虚しく、全滅してございます」
「ぜ……全滅……だと……?」
アラゾニキにはとても信じられなかった。
「嘘だ! 嘘を申すな!」
「申し訳ございませぬ、陛下。敵の新型ゴーレムはあまりにも強く――」
「貴様にはゴーレムを百七十も与えたであろうが! 兵も三万いた! それが全滅だと!? パトリア相手に負けるなどあり得ぬ! この役たたずめ!!」
パナッシュ将軍は額と腹を擦りつけて平伏すも、暴君は許さない。
「貴様は極刑に処す! 直ちに首を刎ねい!!」
しかし大王の命令に従う者はいなかった。
我に返ったアラゾニキ四世は、敵国の女王と臣下がじっと見つめているのに気付き、歯ぎしりした。
「状況は理解されましたか? では、改めてお伺いしましょう。この度の戦争、敗北をお認めになりますか?」
アラゾニキ四世は、ギクシャクと口を動かした。
「み……認める……」
「それではただ今から講和会議を始めます。我が国は先勝国として貴国に対し、先ずはかつて奪われた国土と国民の返還を求めます」
「ま、待て。交渉は……外務の担当を……」
「残念ながらこの場に外務の担当はいらっしゃいません。ですが貴国では陛下が全てをお決めになられるとか。なら、この場で決めていただけるはずではありませんか?」
「お、おのれ……」
「加えて賠償金、そして陛下ご自身の身代金を――」
「調子に乗るな、この小娘が!」
「あまり多いと、交渉で決まった要求を貴国の外務が拒否してしまう恐れがありますね。そうなると、困るのは陛下ではありませんか?」
「く……う」
敗戦国の君主は目を見開き、口を戦慄かせる。
暴君の死を願うのは、他国よりもむしろ身内であるのは世の常である。
それを知っているからこそ、アラゾニキは兄弟親類を皆殺しにしたのだ。我が子さえ信じられない、それが独裁者である。
そして身内以上に臣下が「自分の死を願っている」とアラゾニキは病的に信じていた。その為常に暗殺に怯えてビクビクし、それを隠す為に必要以上に居丈高な態度でいたのだ。
もし弱みを見せたら殺される。
その為アラゾニキは少しでも負けを値切るべく、要求を拒否した。
フローレンティーナは止めを刺しに入った。
「現在、我が国は多数の難民が出て困っております。同盟諸国に支援をお願いしたいところですが、帝国による被害でないと助けてはいただけません。ですが幸いな事に、貴国はラファールというグラン・シルフを使われました。この大精霊契約者はエラン・エスピオン。サントル帝国の精霊士が、何故貴国で働いていたのですか?」
「!? そ、その様な事実は、無い」
その男は死んだ。死人に口なしである。
「我が国のグラン・シルフ、インスピラティオーネがラファールと、その契約者の死を確認しました。貴国が同盟を裏切って、帝国の協力を受け軍事行動を起こしたは明白。事を公にすれば、我が国は貴国の非道を証明でき、また同盟諸国からの支援も受けられます」
それをされては同盟から除名されてしまう。孤立すれば帝国に併呑されるのは目に見えていた。
帝国は王侯貴族を否定しており、占領国の君主一族は皆殺しだ。
アラゾニキ四世はがくりと首を落とした。
パトリアの要求を全て受け入れる以外、自分が生き延びる道が無いと理解したのであった。
その場で書面が交され、両国王の署名と紋章印を押して講和条約が締結された。
両国の戦争は僅か六日で終結し、パトリア王国の勝利が確定した。
後に「六日戦争」と呼ばれる、ゴーレムライダーが初めて現れた戦いである。
0
あなたにおすすめの小説
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした
茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。
貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。
母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。
バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。
しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる