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第二章 学園の軋み
お披露目での罠
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「安息日でも働くのは司祭と兵士くらいだ」
とはパトリア王国で使われる言い回しだが、この安息日は特別だった。
フェルームの町の北、ゴーレム大隊の駐屯地に王立精霊士学園の全校生徒と教職員とが訪れていた。
町からは代官などの高級役人や名士、ゴーレムスミスらゴーレム関係者が招待されている。
他にも物見高い住民が多数、駐屯地の外にシートを広げてピクニックしていた。
祖国を勝利に導いた新型ゴーレムがお披露目されるのだ。
戦争中多くの住民は避難していたので、実際に見た者は少ない。
しかも「かなり速く歩いている」姿程度である。
それが「従来型ゴーレムと模擬戦をする」ので、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
対戦相手は、リスティア大王国で訓練を受けた最優秀の高等部五年生である。
中等部五年のルークス卿がどのような戦いを見せてくれるか、住民たちは心待ちにしていた。
ルークスはフェルーム生まれなので、町の住民は自分らの代表のように自慢する。
その父親らゴーレム関係者を、よそ者あつかいしてきた過去を忘れて。
在校生も似たようなもので、ソロス川での決戦で夜通しシルフによる速報を聞いた興奮が蘇っていた。
自分らがどれほどルークスをバカにして、否定していたかなどきれいに忘れて。
編入生たちの胸中は複雑であった。
一夜にして三十七基撃破。
ソロス川の下流域から渡河した部隊が壊滅した。
自分たちが目指したリスティア軍のゴーレムコマンダーが、束になっても敵わなかったのだ。
数字だけでは実感が湧かなかったが、駐屯地に並ぶ数十基のゴーレムの現物を見て、これにほぼ等しい数が一基に撃破されたのだと思うと、凄さが伝わった。
対戦相手の編入生レズールゲンスは焦げ茶色の髪をなでつけ、晴れ舞台に痩せた胸を精いっぱい張って、生徒たちの前に立っている。
ところがルークスがいないので、生徒内に憶測が飛び交っていた。
もっとも支持された憶測は「襲撃を警戒して軍の警護下にいる」だった。
生徒や教職員らの右手に大隊本部が置かれ、兵士とゴーレムとで守られている。そこならゴーレムへの指示に集中して無防備になっても、危険はないと思われた。
駐屯地の西側、演習に使う広大な平原がお披露目の場である。
事故防止のためシルフと軍用犬による徹底した人払いがされ、小鳥たちがのんびりと地面を突いていた。
手前に七倍級ゴーレムが片膝着いて座っている。
実戦同様に右手に戦槌、左手に盾を持っているが、鎧は着けておらず土が剥き出しになっていた。
鎧の重さで動きが鈍くなると「話にならない」ので軽量化したそうだ。
既にノームが同化しており、対戦相手を待つだけだった。
不意に平原の鳥たちが一斉に飛び立った。
南の森から鳥が飛び立ったのに驚いたらしい。
もっと驚いたのは編入生だ。
町の住民も驚きの声をあげた。
森の木々を回りこんで、巨大な人影が現れたのを見て。
七倍級の大きさではあるが、ゴーレムにしては細すぎた。
先日の集団戦で見た女性型ゴーレムが巨大化し銀色の鎧兜を装着しているのだ。
しかも歩いていない。
誰もが目を疑い、二度見して、驚愕した。
「嘘だろ? ゴーレムが走っているぞ!?」
新型ゴーレムは小走りしていた。
軽やかに、そして速く。
人間の七倍もある巨体が地面を蹴り、着地すれば音と振動は凄いはずだ。
だが水の内部に空気が封じ込められているので衝撃は吸収され、新型ゴーレムは驚くほど静かに走ってきた。
まるで人間のように滑らかに走る巨大ゴーレムに、編入生のみならず在校生も教職員も、町の住民たちも呆気にとられてしまった。
従来型ゴーレムの前で止まった新型ゴーレムに、人々は喝采を送った。
やっと反応できたのだ。
この時点でレズールゲンスを始め編入生たちの心胆は寒からしめられていた。
大隊本部の脇、見物人から見える場所に大きな黒板が置かれてある。
そこに兵士が大きく文字を書く。
『これより模擬戦を開始します』
文面を大声で兵士が読むが、駐屯地の外までは届かない。
その為の文字表示なのだ。
黒板は一度消され、新たな文字が書かれる。
『従来型ゴーレムのマスターは、高等部五年レズールゲンス・ポニエテ君』
『新型ゴーレム「イノリ」のマスターは、中等部五年ルークス・レークタ卿』
町の人間から拍手喝采が起きる。
平民も字が読めるからできる説明方法だ。
平民は名前さえ書ければ良し、と愚民化政策を掲げるリスティア大王国への、強烈な当てつけになっていた。
『両ゴーレム前へ』
レズールゲンスは地面に右手を着き、ノームへと念を送る。
「立ち上がれ」
七倍級ゴーレムが立ち上がり、地響きを立てて歩く。
イノリも足音は立てているが、あまりに静かなので観客には無音に思えた。
そして両者が向かい合う。
『用意』
黒板の前で兵士が白い旗を掲げる。
それが振り下ろされた時が開始である。
一時の静寂が駐屯地に訪れた。
旗が風を鳴らして振り下ろされた。
レズールゲンスがノームに「攻撃」と指示したとき既に、ゴーレムの胸元に槍が突き立てられていた。
合図と同時にイノリが突進、ゴーレムが盾を構えるより早く正面突きしたのだ。
槍が抜けると丸い穴が空いている。
ゴーレムが戦槌を振り上げたときには、もうイノリは後ろに下がっていた。
白い旗が上がる。
『攻撃成功』
やっと観客から歓声があがった。
あまりの早さに度肝を抜かれていた。
イノリの奮戦を見たことがある将兵でさえ息を飲む速攻であった。
ゴーレムとは力である。強さと重さ、頑丈さが特徴だった。
対してイノリは速さと滑らかさ、従来型とは別次元の存在であると示したのだ。
レズールゲンスは言葉を失っていた。
しばらく呆然となってしまうほどの早業だった。
先ほど見た小走りは全速ではなかった。
今、イノリは脱兎のごとく飛び出し、疾走したのだ。
それで彼は理解する。
リスティアのゴーレム部隊が一蹴された理由を。
(攻撃が当たらない)
走る目標に攻撃を当てるなど不可能だ。
イノリが足を止めない限り、当たるはずがない。
そしてリスティア軍は集団でも動きを止められなかったのだ。
一対一では絶対に勝てない。
彼は悟った。
ここが晴れ舞台などではないことを。
公開処刑場だったのだ。
ゴーレムが地響きを立てて前進し、間合いに捉えて戦槌を振り下ろす。
イノリは早足だけで横に回り、槍で横腹を突く。
またしても丸い穴が穿たれた。
白旗が上がる。
『攻撃成功』
『イノリの武器は新兵器の機能を封じています』
『本来なら、一撃でゴーレムを大破させる威力があります』
生徒たちもどよめく。
『新兵器を考案したのは、中等部五年アルタス・フェクス嬢です』
突然名前を出された本人が引きつった。
周囲が大きな拍手で祝福する。
『ゴーレム大隊に採用が決まり、量産が始まっています』
町の住民たちが歓声をあげた。町が潤えばそれだけ暮らしが楽になる。
そうしたやり取りを背中で聞きながら、レズールゲンスは醜態をさらし続けた。
心の中で号泣しながら。
鈍重なゴーレムは、軽快に動くイノリに翻弄されていた。
まるで牛と犬である。
牛が角を振り立てようと、犬は身軽に避けて後ろ脚に噛みついてしまう。
イノリは水ゴーレムの巨大化なのだから、一発入れば大破させられるはず。
しかしその一発が入らない。
相手の動きを読んで先手を打とうとレズールゲンスは何度も仕掛けるが、ゴーレムが戦槌を振るのを見てからでもイノリは簡単に避けてしまう。
ゴーレムの動きが遅すぎて、戦槌がイノリに追いつかない。
否、戦槌を追い越してしまうほどイノリが速いのだ。
しかもゴーレムは鎧兜を外して「動きを速めた」状態である。
戦闘装備のゴーレムがより重く、動きが鈍いことを彼は知っていた。
対して向こうは鎧兜で重くなっている。
だのに圧倒的に速い。
イノリの動きが次第に鋭く、小さくなってきた。
恐らくレズールゲンスの能力を見切ったのだろう。
油断したか、と彼の心に闘争心が再度燃え上がった。
フェイントを交えた上からの攻撃を、イノリは歩いて避けなかった。
「やれる!」
と思った次の瞬間、槍が閃き金属音が響く。
戦槌が軌道を逸らし、瞬時に横に回ったイノリに横から突かれた。
槍の柄で戦槌の柄を叩き、攻撃を逸らせると同時に反動で素早く動いたのだ。
届かない。
まるで別世界の超技術である。
レズールゲンスの心が折れた。
一夜にして三十七基も撃破できたのも当然である。
戦いにならない。
彼のゴーレムは穴だらけにされていた。
一撃で大破させられる攻撃を無数に受けたのだ。
新型ゴーレムが従来型ゴーレムを撃破するのは、作業でしかない。
そして空ぶった戦槌が地面を穿った。
即座に駆け寄ったイノリは戦槌を踏みつけ、そのまま腕の上を駆け登った。
「ええっ!?」
ゴーレムの肩に乗ったイノリは、上から首の根元に槍を突き立てた。
バランスを崩したゴーレムが前のめりに倒れたのは、その後だった。
倒れるよりも早くゴーレムは撃破されているのだ。
しかも倒れる前にイノリは飛び降りている。
レズールゲンスは膝から崩れ、地面に両手を着いた。
戦意は尽き果て、もう微塵も残っていない。
『健闘したレズールゲンス君に拍手をお願いします』
その拍手はイノリを讃えるものだった。
『王都でのお披露目では、我が大隊長がきりきり舞いの末、一撃で撃破されました』
それが止めとなった。
レズールゲンスがどれだけ技量を積み上げようと、もう時代遅れなのだ。
涙を溢れさせた若者は、教師のマルティアルに支えられて退場した。
『現在王宮工房では新型ゴーレムの量産化を研究しています』
『超えねばならない壁はいくつもありますが、いずれこの新型ゴーレムが我が軍の主力となるでしょう』
人々が興奮の余韻に浸っている中、アルティは胸を撫で下ろした。
「無事に終わって良かったー」
「アルティは心配性だな!」
とカルミナが暴走する。
その脳天にチョップが振り下ろされた。長身の少女クラーエである。
「あなたが脳天気なだけです。生徒が七倍級で模擬戦をやるのですから、心配にもなります」
「じゃないっすよ。アルティの心配はあっちっすね」
と眼鏡少女のヒーラリが、黄色い声をあげる女子生徒たちを親指で差す。
「今までルークスを『変人』だの『キモい』だのと言っていた人たちが、手の平を返して『きゃー、ルークス様ー、ステキー』っすから、アルティも心配っすよね?」
「あははー、そっちの心配はしていなかったわ」
アルティは苦笑する。
彼女の心配は「ルークスが何かしでかさないか」であった。
何しろ教師が持ちかけ、止め役であるフォルティスも前向きだったのだ。
ルークスが暴走する条件は揃っている。
幸い懸念は杞憂に終わり、お披露目は無事終了した――とアルティは思っていた。
その声が響くまでは。
「私にもやらせてもらおう!」
痩せた少女が前に出た。
デルディである。
アルティが青ざめる前で、彼女はイノリを指し声を限りに断言した。
「私なら、あの新型ゴーレムにも勝てる!!」
周囲にいた生徒たちが爆笑し、嘲笑する。
若い下士官が苦笑しつつなだめた。
「その意気は買うが、不測の事態を起こす恐れがあるので、飛び入りは認められない」
少女の後ろに、これもまた痩せた老人が杖を突きつつ出てきた。
「本人たっての希望だ。やらせてくれたまえ」
ランコー教頭であった。
土精の専門家であり、ゴーレムコマンダーにとって恩師にあたる人物のゴリ押し。
ゴーレム大隊は拒めなかった。
イノリの内部、水繭の中でルークスはため息をついた。
「あー、もう、面倒くさいな」
飛び入りの参戦要求、しかも相手がインスピラティオーネ言うところの「あの小娘」なのだ。
執拗に絡んでくるデルディに、ルークスはほとほと嫌気が差していた。
「無理しないでいいわよ、ルークスちゃん」
水繭の内面を振動させてリートレが声を発する。
「無理と言うほど動いちゃいないよ。久しぶりだから上下動で軽く酔ったくらいさ」
「いかがされます、主様?」
「ここらで決着つけておくか」
面倒事はまとめて片付けてしまおう、とルークスは判断した。
デルディは地面に左手を着いた。二重に描かれた円の中央に。
円の間には精霊の名前と属する精霊界を古い言葉で書いてある。
「我、デルディ・コリドンが命じる。土精界に住まいし契約精霊テロンよ、契約に基づき我が呼び声に応じよ。来たれ、土の精霊ノームのテロンよ!」
土から人間の半分ほどの小柄な精霊が出てきた。
ノームである。
デルディは倒れたままのゴーレムを指す。
「あのゴーレムを操作するのだ」
「分かった」
ぶっきら棒に答えノームは土に同化し、移動した。
程なくゴーレムが動きだす。
黒板に生徒の名前が書かれた。
『中等部五年デルディ・コリドン』
戦槌と盾を手にゴーレムが立ち上がり、第二戦が始まった。
ゴーレムは戦槌を振り上げて前進、近づいたところで振り下ろす。
イノリは横に避けて横腹を槍で突き刺す。
ゴーレムが右斜めに戦槌を振り上げる。
イノリは後ろに下がってやり過ごし、踏み込んで胸を槍で突く。
ゴーレムは再び戦槌を振り上げ、接近して振り下ろす。
イノリは槍の柄で戦槌の軌道を変え、踏み込みざまに脇の下を突いた。
金属同士がぶつかる音に、観客が沸く。
一戦目と変らず、イノリは圧倒的な運動性能を見せつける。
ゴーレムは一方的に突かれているが、デルディには勝算があった。
ランコー教頭から、新型ゴーレムの構造を教えてもらったから。
新型ゴーレムは表面だけが土で基本は水、中心部は空洞なのだ。
それだけ聞けば十分だった。
破壊するのに戦槌の直撃が不要となれば、方法はある。
デルディは地面に手を当て、念を送った。
「弱い攻撃を続け、強い横振りを後ろに下がったら、戦槌を手放して当てろ!」
作戦を伝えたデルディは、勝利を確信した。
ゴーレムが戦槌を投げるなど、実戦ではあり得ない。そんな戦闘動作はないからルークスも対応できまい。
デルディとノームのテロンは等身大ゴーレムで練習を繰り返し、狙った的に確実に当てられるまでになっていた。
今日この時のために。
(私の勝ちだ! 裏切り者め!)
この学園に来てからずっとデルディの顔に貼りついていた怒りが剥がれ、口元が緩んで笑みを浮かべていた。
それを見たランコーはほくそ笑んだ。
新型ゴーレムの内部にルークスがいることは教えていない。
軍事機密を口にするわけにはいかないのだ。
だから事故が起きても、ランコーが責任を問われることはないはずであった。
ルークスはイノリの中で、気が抜けない作業を続けていた。
ゴーレムの戦闘動作が時々乱れるなど、デルディは先ほどの高等部より下手だ。
だがフューリーとバンシーを群がらせてルークスを睨みつける彼女が、無策で挑んできたとは思えない。
新型ゴーレムと戦えるチャンスなど、二度とあるか分からないのだ。
ゴーレム戦基礎の実技で、ルークスがゴーレムの戦闘動作を完璧に知っていることは向こうも知っている。
つまり戦闘動作にある動きは全て、ルークスが読めると分かっている。
ならば戦闘動作にない事を仕掛けてくるはず。
そこまでは読めたルークスも、デルディの飛び入りが計画的である事までは考えが回らなかった。
「?」
ルークスは異変に気付いた。
ゴーレムの攻撃が弱くなっている。
開始時は自重を込めていたが、今は手振り状態だ。
それでも遅く、イノリを捉えるには至らない。
「こっちの防御力が弱いと思ったか、油断させる作戦か?」
ゴーレムは戦槌を左に振った。
一瞬溜める。
(強打が来る!)
すぐさまルークスは退いた。
直後、戦槌が横に強く振られる。
既にイノリは間合いの外。
空を切る戦槌。
ルークスの目が、ゴーレムの手に異常を捉えた。
(握りがおかしい!)
戦槌がイノリの前を横切ろうとした瞬間、ゴーレムは手を離した。
遠心力により戦槌はイノリに向かって飛んだ。
とはパトリア王国で使われる言い回しだが、この安息日は特別だった。
フェルームの町の北、ゴーレム大隊の駐屯地に王立精霊士学園の全校生徒と教職員とが訪れていた。
町からは代官などの高級役人や名士、ゴーレムスミスらゴーレム関係者が招待されている。
他にも物見高い住民が多数、駐屯地の外にシートを広げてピクニックしていた。
祖国を勝利に導いた新型ゴーレムがお披露目されるのだ。
戦争中多くの住民は避難していたので、実際に見た者は少ない。
しかも「かなり速く歩いている」姿程度である。
それが「従来型ゴーレムと模擬戦をする」ので、ちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
対戦相手は、リスティア大王国で訓練を受けた最優秀の高等部五年生である。
中等部五年のルークス卿がどのような戦いを見せてくれるか、住民たちは心待ちにしていた。
ルークスはフェルーム生まれなので、町の住民は自分らの代表のように自慢する。
その父親らゴーレム関係者を、よそ者あつかいしてきた過去を忘れて。
在校生も似たようなもので、ソロス川での決戦で夜通しシルフによる速報を聞いた興奮が蘇っていた。
自分らがどれほどルークスをバカにして、否定していたかなどきれいに忘れて。
編入生たちの胸中は複雑であった。
一夜にして三十七基撃破。
ソロス川の下流域から渡河した部隊が壊滅した。
自分たちが目指したリスティア軍のゴーレムコマンダーが、束になっても敵わなかったのだ。
数字だけでは実感が湧かなかったが、駐屯地に並ぶ数十基のゴーレムの現物を見て、これにほぼ等しい数が一基に撃破されたのだと思うと、凄さが伝わった。
対戦相手の編入生レズールゲンスは焦げ茶色の髪をなでつけ、晴れ舞台に痩せた胸を精いっぱい張って、生徒たちの前に立っている。
ところがルークスがいないので、生徒内に憶測が飛び交っていた。
もっとも支持された憶測は「襲撃を警戒して軍の警護下にいる」だった。
生徒や教職員らの右手に大隊本部が置かれ、兵士とゴーレムとで守られている。そこならゴーレムへの指示に集中して無防備になっても、危険はないと思われた。
駐屯地の西側、演習に使う広大な平原がお披露目の場である。
事故防止のためシルフと軍用犬による徹底した人払いがされ、小鳥たちがのんびりと地面を突いていた。
手前に七倍級ゴーレムが片膝着いて座っている。
実戦同様に右手に戦槌、左手に盾を持っているが、鎧は着けておらず土が剥き出しになっていた。
鎧の重さで動きが鈍くなると「話にならない」ので軽量化したそうだ。
既にノームが同化しており、対戦相手を待つだけだった。
不意に平原の鳥たちが一斉に飛び立った。
南の森から鳥が飛び立ったのに驚いたらしい。
もっと驚いたのは編入生だ。
町の住民も驚きの声をあげた。
森の木々を回りこんで、巨大な人影が現れたのを見て。
七倍級の大きさではあるが、ゴーレムにしては細すぎた。
先日の集団戦で見た女性型ゴーレムが巨大化し銀色の鎧兜を装着しているのだ。
しかも歩いていない。
誰もが目を疑い、二度見して、驚愕した。
「嘘だろ? ゴーレムが走っているぞ!?」
新型ゴーレムは小走りしていた。
軽やかに、そして速く。
人間の七倍もある巨体が地面を蹴り、着地すれば音と振動は凄いはずだ。
だが水の内部に空気が封じ込められているので衝撃は吸収され、新型ゴーレムは驚くほど静かに走ってきた。
まるで人間のように滑らかに走る巨大ゴーレムに、編入生のみならず在校生も教職員も、町の住民たちも呆気にとられてしまった。
従来型ゴーレムの前で止まった新型ゴーレムに、人々は喝采を送った。
やっと反応できたのだ。
この時点でレズールゲンスを始め編入生たちの心胆は寒からしめられていた。
大隊本部の脇、見物人から見える場所に大きな黒板が置かれてある。
そこに兵士が大きく文字を書く。
『これより模擬戦を開始します』
文面を大声で兵士が読むが、駐屯地の外までは届かない。
その為の文字表示なのだ。
黒板は一度消され、新たな文字が書かれる。
『従来型ゴーレムのマスターは、高等部五年レズールゲンス・ポニエテ君』
『新型ゴーレム「イノリ」のマスターは、中等部五年ルークス・レークタ卿』
町の人間から拍手喝采が起きる。
平民も字が読めるからできる説明方法だ。
平民は名前さえ書ければ良し、と愚民化政策を掲げるリスティア大王国への、強烈な当てつけになっていた。
『両ゴーレム前へ』
レズールゲンスは地面に右手を着き、ノームへと念を送る。
「立ち上がれ」
七倍級ゴーレムが立ち上がり、地響きを立てて歩く。
イノリも足音は立てているが、あまりに静かなので観客には無音に思えた。
そして両者が向かい合う。
『用意』
黒板の前で兵士が白い旗を掲げる。
それが振り下ろされた時が開始である。
一時の静寂が駐屯地に訪れた。
旗が風を鳴らして振り下ろされた。
レズールゲンスがノームに「攻撃」と指示したとき既に、ゴーレムの胸元に槍が突き立てられていた。
合図と同時にイノリが突進、ゴーレムが盾を構えるより早く正面突きしたのだ。
槍が抜けると丸い穴が空いている。
ゴーレムが戦槌を振り上げたときには、もうイノリは後ろに下がっていた。
白い旗が上がる。
『攻撃成功』
やっと観客から歓声があがった。
あまりの早さに度肝を抜かれていた。
イノリの奮戦を見たことがある将兵でさえ息を飲む速攻であった。
ゴーレムとは力である。強さと重さ、頑丈さが特徴だった。
対してイノリは速さと滑らかさ、従来型とは別次元の存在であると示したのだ。
レズールゲンスは言葉を失っていた。
しばらく呆然となってしまうほどの早業だった。
先ほど見た小走りは全速ではなかった。
今、イノリは脱兎のごとく飛び出し、疾走したのだ。
それで彼は理解する。
リスティアのゴーレム部隊が一蹴された理由を。
(攻撃が当たらない)
走る目標に攻撃を当てるなど不可能だ。
イノリが足を止めない限り、当たるはずがない。
そしてリスティア軍は集団でも動きを止められなかったのだ。
一対一では絶対に勝てない。
彼は悟った。
ここが晴れ舞台などではないことを。
公開処刑場だったのだ。
ゴーレムが地響きを立てて前進し、間合いに捉えて戦槌を振り下ろす。
イノリは早足だけで横に回り、槍で横腹を突く。
またしても丸い穴が穿たれた。
白旗が上がる。
『攻撃成功』
『イノリの武器は新兵器の機能を封じています』
『本来なら、一撃でゴーレムを大破させる威力があります』
生徒たちもどよめく。
『新兵器を考案したのは、中等部五年アルタス・フェクス嬢です』
突然名前を出された本人が引きつった。
周囲が大きな拍手で祝福する。
『ゴーレム大隊に採用が決まり、量産が始まっています』
町の住民たちが歓声をあげた。町が潤えばそれだけ暮らしが楽になる。
そうしたやり取りを背中で聞きながら、レズールゲンスは醜態をさらし続けた。
心の中で号泣しながら。
鈍重なゴーレムは、軽快に動くイノリに翻弄されていた。
まるで牛と犬である。
牛が角を振り立てようと、犬は身軽に避けて後ろ脚に噛みついてしまう。
イノリは水ゴーレムの巨大化なのだから、一発入れば大破させられるはず。
しかしその一発が入らない。
相手の動きを読んで先手を打とうとレズールゲンスは何度も仕掛けるが、ゴーレムが戦槌を振るのを見てからでもイノリは簡単に避けてしまう。
ゴーレムの動きが遅すぎて、戦槌がイノリに追いつかない。
否、戦槌を追い越してしまうほどイノリが速いのだ。
しかもゴーレムは鎧兜を外して「動きを速めた」状態である。
戦闘装備のゴーレムがより重く、動きが鈍いことを彼は知っていた。
対して向こうは鎧兜で重くなっている。
だのに圧倒的に速い。
イノリの動きが次第に鋭く、小さくなってきた。
恐らくレズールゲンスの能力を見切ったのだろう。
油断したか、と彼の心に闘争心が再度燃え上がった。
フェイントを交えた上からの攻撃を、イノリは歩いて避けなかった。
「やれる!」
と思った次の瞬間、槍が閃き金属音が響く。
戦槌が軌道を逸らし、瞬時に横に回ったイノリに横から突かれた。
槍の柄で戦槌の柄を叩き、攻撃を逸らせると同時に反動で素早く動いたのだ。
届かない。
まるで別世界の超技術である。
レズールゲンスの心が折れた。
一夜にして三十七基も撃破できたのも当然である。
戦いにならない。
彼のゴーレムは穴だらけにされていた。
一撃で大破させられる攻撃を無数に受けたのだ。
新型ゴーレムが従来型ゴーレムを撃破するのは、作業でしかない。
そして空ぶった戦槌が地面を穿った。
即座に駆け寄ったイノリは戦槌を踏みつけ、そのまま腕の上を駆け登った。
「ええっ!?」
ゴーレムの肩に乗ったイノリは、上から首の根元に槍を突き立てた。
バランスを崩したゴーレムが前のめりに倒れたのは、その後だった。
倒れるよりも早くゴーレムは撃破されているのだ。
しかも倒れる前にイノリは飛び降りている。
レズールゲンスは膝から崩れ、地面に両手を着いた。
戦意は尽き果て、もう微塵も残っていない。
『健闘したレズールゲンス君に拍手をお願いします』
その拍手はイノリを讃えるものだった。
『王都でのお披露目では、我が大隊長がきりきり舞いの末、一撃で撃破されました』
それが止めとなった。
レズールゲンスがどれだけ技量を積み上げようと、もう時代遅れなのだ。
涙を溢れさせた若者は、教師のマルティアルに支えられて退場した。
『現在王宮工房では新型ゴーレムの量産化を研究しています』
『超えねばならない壁はいくつもありますが、いずれこの新型ゴーレムが我が軍の主力となるでしょう』
人々が興奮の余韻に浸っている中、アルティは胸を撫で下ろした。
「無事に終わって良かったー」
「アルティは心配性だな!」
とカルミナが暴走する。
その脳天にチョップが振り下ろされた。長身の少女クラーエである。
「あなたが脳天気なだけです。生徒が七倍級で模擬戦をやるのですから、心配にもなります」
「じゃないっすよ。アルティの心配はあっちっすね」
と眼鏡少女のヒーラリが、黄色い声をあげる女子生徒たちを親指で差す。
「今までルークスを『変人』だの『キモい』だのと言っていた人たちが、手の平を返して『きゃー、ルークス様ー、ステキー』っすから、アルティも心配っすよね?」
「あははー、そっちの心配はしていなかったわ」
アルティは苦笑する。
彼女の心配は「ルークスが何かしでかさないか」であった。
何しろ教師が持ちかけ、止め役であるフォルティスも前向きだったのだ。
ルークスが暴走する条件は揃っている。
幸い懸念は杞憂に終わり、お披露目は無事終了した――とアルティは思っていた。
その声が響くまでは。
「私にもやらせてもらおう!」
痩せた少女が前に出た。
デルディである。
アルティが青ざめる前で、彼女はイノリを指し声を限りに断言した。
「私なら、あの新型ゴーレムにも勝てる!!」
周囲にいた生徒たちが爆笑し、嘲笑する。
若い下士官が苦笑しつつなだめた。
「その意気は買うが、不測の事態を起こす恐れがあるので、飛び入りは認められない」
少女の後ろに、これもまた痩せた老人が杖を突きつつ出てきた。
「本人たっての希望だ。やらせてくれたまえ」
ランコー教頭であった。
土精の専門家であり、ゴーレムコマンダーにとって恩師にあたる人物のゴリ押し。
ゴーレム大隊は拒めなかった。
イノリの内部、水繭の中でルークスはため息をついた。
「あー、もう、面倒くさいな」
飛び入りの参戦要求、しかも相手がインスピラティオーネ言うところの「あの小娘」なのだ。
執拗に絡んでくるデルディに、ルークスはほとほと嫌気が差していた。
「無理しないでいいわよ、ルークスちゃん」
水繭の内面を振動させてリートレが声を発する。
「無理と言うほど動いちゃいないよ。久しぶりだから上下動で軽く酔ったくらいさ」
「いかがされます、主様?」
「ここらで決着つけておくか」
面倒事はまとめて片付けてしまおう、とルークスは判断した。
デルディは地面に左手を着いた。二重に描かれた円の中央に。
円の間には精霊の名前と属する精霊界を古い言葉で書いてある。
「我、デルディ・コリドンが命じる。土精界に住まいし契約精霊テロンよ、契約に基づき我が呼び声に応じよ。来たれ、土の精霊ノームのテロンよ!」
土から人間の半分ほどの小柄な精霊が出てきた。
ノームである。
デルディは倒れたままのゴーレムを指す。
「あのゴーレムを操作するのだ」
「分かった」
ぶっきら棒に答えノームは土に同化し、移動した。
程なくゴーレムが動きだす。
黒板に生徒の名前が書かれた。
『中等部五年デルディ・コリドン』
戦槌と盾を手にゴーレムが立ち上がり、第二戦が始まった。
ゴーレムは戦槌を振り上げて前進、近づいたところで振り下ろす。
イノリは横に避けて横腹を槍で突き刺す。
ゴーレムが右斜めに戦槌を振り上げる。
イノリは後ろに下がってやり過ごし、踏み込んで胸を槍で突く。
ゴーレムは再び戦槌を振り上げ、接近して振り下ろす。
イノリは槍の柄で戦槌の軌道を変え、踏み込みざまに脇の下を突いた。
金属同士がぶつかる音に、観客が沸く。
一戦目と変らず、イノリは圧倒的な運動性能を見せつける。
ゴーレムは一方的に突かれているが、デルディには勝算があった。
ランコー教頭から、新型ゴーレムの構造を教えてもらったから。
新型ゴーレムは表面だけが土で基本は水、中心部は空洞なのだ。
それだけ聞けば十分だった。
破壊するのに戦槌の直撃が不要となれば、方法はある。
デルディは地面に手を当て、念を送った。
「弱い攻撃を続け、強い横振りを後ろに下がったら、戦槌を手放して当てろ!」
作戦を伝えたデルディは、勝利を確信した。
ゴーレムが戦槌を投げるなど、実戦ではあり得ない。そんな戦闘動作はないからルークスも対応できまい。
デルディとノームのテロンは等身大ゴーレムで練習を繰り返し、狙った的に確実に当てられるまでになっていた。
今日この時のために。
(私の勝ちだ! 裏切り者め!)
この学園に来てからずっとデルディの顔に貼りついていた怒りが剥がれ、口元が緩んで笑みを浮かべていた。
それを見たランコーはほくそ笑んだ。
新型ゴーレムの内部にルークスがいることは教えていない。
軍事機密を口にするわけにはいかないのだ。
だから事故が起きても、ランコーが責任を問われることはないはずであった。
ルークスはイノリの中で、気が抜けない作業を続けていた。
ゴーレムの戦闘動作が時々乱れるなど、デルディは先ほどの高等部より下手だ。
だがフューリーとバンシーを群がらせてルークスを睨みつける彼女が、無策で挑んできたとは思えない。
新型ゴーレムと戦えるチャンスなど、二度とあるか分からないのだ。
ゴーレム戦基礎の実技で、ルークスがゴーレムの戦闘動作を完璧に知っていることは向こうも知っている。
つまり戦闘動作にある動きは全て、ルークスが読めると分かっている。
ならば戦闘動作にない事を仕掛けてくるはず。
そこまでは読めたルークスも、デルディの飛び入りが計画的である事までは考えが回らなかった。
「?」
ルークスは異変に気付いた。
ゴーレムの攻撃が弱くなっている。
開始時は自重を込めていたが、今は手振り状態だ。
それでも遅く、イノリを捉えるには至らない。
「こっちの防御力が弱いと思ったか、油断させる作戦か?」
ゴーレムは戦槌を左に振った。
一瞬溜める。
(強打が来る!)
すぐさまルークスは退いた。
直後、戦槌が横に強く振られる。
既にイノリは間合いの外。
空を切る戦槌。
ルークスの目が、ゴーレムの手に異常を捉えた。
(握りがおかしい!)
戦槌がイノリの前を横切ろうとした瞬間、ゴーレムは手を離した。
遠心力により戦槌はイノリに向かって飛んだ。
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