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第二章 学園の軋み

事故

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 デルディ・コリドンはパトリア王国北部の農村で生まれた。
 一家の長女で、二才下に弟と、さらに一年下に妹がいる。
 五歳のとき戦争が起こり、国が変ったり領主が変ったりしたが、幼児の生活は変らなかった。
 変化したのは七歳、精霊使いと分かって訓練所に入ったときである。
 領内の子供が集められた初等訓練所でデルディは「土精との相性良好」の評価をもらえたのだ。
 近隣領地から土精使いの子供が集められた中等訓練所で、デルディはゴーレムコマンダーになる訓練を受け始めた。
 農閑期に行われるこの訓練で、デルディは頭角を現わした。

 順調に思えたデルディの人生は、十歳で一変する。
 夏の一ヶ月に及ぶ訓練を終えた長女を、打ちひしがれた両親が迎えた。
 弟も妹もいない。
 領主のゴーレム車に引かれて死んだ、と聞かされた。
 乗っていたのは領主の息子で、乗り回しているときの事故だったらしい。
「どうして教えてくれなかったの!? せめてお葬式に出たかったのに!!」
 泣き叫ぶデルディは、さらに追い打ちを受けた。
 領主の命令で葬式をさせてもらえなかったのだ。
 司祭がこっそりと送ってくれなかったら、二人は地獄へ落ちるところだった。
「どうして……どうして!?」
 あまりに理不尽である。
 しかも理不尽はそれだけで終わらなかった。
 事故で死んだのは妹だけで、弟は領主の息子に突っかかったせいで殺されたのだ。
 息子が罪に問われることはなかった。
 貴族というだけで人を殺しても罰せられない。
 それ以上に少女には我慢できないことが起きた。
 巡回してきた領主に、両親は抗議するどころか媚びへつらったのだ。
 ゴーレムで仕返しをしようとしたデルディは、逆に父親に殴られた。
 あまりに理不尽で、不条理だった。
 彼女の怒りは領主のみならず、領主に媚びる両親にも向けられた。
 家では口を利かなくなり、手伝いもせずひたすらゴーレム操作の腕を磨く。
 家にいるのが苦痛で、訓練所が開かれるのを心待ちにして日々を過ごした。
 だが貴族にゴーレムを向けたとの情報は、訓練所にも届いていた。
 デルディは他の訓練生と離され、監視を兼ねた教官一人が指導するようになった。
 骸骨のような風貌をした監視の教官は無口で、必要最低限の指示しかしない。
 ゴーレムを操作しているときに彼女の口から漏れる「貴族への憎悪」に、教官は「言動が改まるまで他の訓練生とは一緒にできない」と繰り返した。
 貴族とそれに媚びる平民と仲良くする気もないデルディは、言動を改めるなど考えもしない。
 次の期もデルディは一人、骸骨のような教官から訓練を受けた。
 少女の中の憎悪は増しこそすれ、僅かでも薄れることはなかった。
 そんなある日、監視の教官がささやいた。
「お前の貴族への憎しみは本物のようだな」
 何を言い出すかと思えば「自分もそうだ」と打ち明けてきたのだ。
 監視という嫌な仕事を割り振られた彼もまた平民だった。
 教官は貴族階級がいかに世界を歪めたかを教えてくれた。
 そんな貴族階級と戦う平民たちがいることも。
 正しい教えに導かれ、革新した平民たちが。
 それを聞いたデルディは「自分も貴族と戦う」と誓った。
 
 正しい教えを受けたデルディも革新したのだった。

「我々の正体は、決して明かしてはならない」
 と教官は繰り返した。
「世界は決して我々を許さない。世界を革新する我々は、世界を歪ませる者にとり脅威なのだから」
 その言いつけをデルディは守り、余計なことは一切言わずに腕を磨き続けた。

 四年後――突然世界が変った。
 リスティア大王国が敗れ、デルディが住む地域がパトリア王国に戻ったのだ。
 元の領主が戻ってきて、訓練所は閉鎖された。
 教官は祖国へ帰ったが、デルディの胸に革新の教えは残された。
 貴族と戦う、との誓いとともに。

 デルディは王立精霊士学園に拘束された。
 パトリア王国では女王が望むままに平民は自由を奪われるのだ。
 そして、そんな監獄に「貴族になった平民」がいた。
 ルークス・レークタである。
 敵である貴族に寝返った裏切り者だ。
 デルディは許せなかった。
 ルークスが女王の為に戦ったこと、彼女の望むまま貴族になったこと。
 それ以上に平民が彼をうらやみ、酷いと「自分も騎士になりたい」と憧れることが。
 ルークスは、平民の精神を汚染する毒素であった。
 彼の父親は平民として戦い平民として死んだのに、息子が貴族になるなど裏切りである。
 デルディはルークスを「世界から排除する」と決めた。
 その為に機会あるごとに挑んだ。
 そして得意とする七倍級で、彼の新型ゴーレムと戦う機会を得た。
 ランコー教頭から新型の弱点は聞いている。
 機敏な動きで攻撃を避ける新型ゴーレムは、水で出来た本体の中は空っぽなのだ。
 だから壊すのは簡単である。
 問題は「動きが速くて、普通のゴーレムでは攻撃を当てられない」ことだ。
 それをどう克服するか、がデルディの腕の見せ所である。

                  א

 レズールゲンスを軍の宿舎で休ませ、マルティアルは会場に戻ってきた。
 予定にない第二戦に顔をしかめながら。
「なんでおわりなんて始めたんだ?」
 大隊本部に行き、指揮官に苦情を申し立てる。
「これは、先任曹長どの!」
 と大隊長のコルーマ卿が直立敬礼して部下を笑わせた。
 マルティアルはゴーレム部隊創設時メンバーで、学園を卒業したコルーマらを指導したのだ。
 大隊長だったドゥークス・レークタは教えるのが不得手なため、面倒見が良いマルティアルに新兵教育を任せていた。
 マルティアルの指導で新兵たちは実力をつけ、世代交代を果たし今に至る。
 教えるのは下手なドゥークスだったが、部下の適性を見抜く才能があった。
 コルーマ卿は渋い顔をして言う。
「予定外は嫌でしたが、前学園長どのにねじ込まれましてね」
 嫌な予感がしてマルティアルはランコーを探した。
 生徒たちの前で試合を見つめている。
 顔に笑みを浮かべて。
 そしてゴーレムマスターは――あの・・デルディだ。
 常に怒っていた彼女が、何と笑顔になっているではないか。
 嫌な予感にマルティアルは怒鳴った。
「試合は中止だ!」
 それは立場を超えた命令だったが、コルーマ大隊長は即座に応じた。
「試合中止!」
 まだマルティアルの頭には具体的な危険は浮かんでいない。
 だが勘が警告していた。
 奴らは何か企んでいる、と。
 そんなマルティアルをコルーマ卿は信頼していた。
 九年前の実戦を経て、生徒らを直接指導している彼が危険を察した。
 それだけで中止するに十分だ。
 何しろ自分の才能を引き出してくれたのだから。
『試合中止』
 そう黒板に書かれたときは既に、ゴーレムが戦槌を投げつけていた。

 ゴーレムの手から放れた戦槌がイノリ目がけて飛ぶ。
 ルークスは反射的に両足を前に投げ出した。
 イノリはその動きを実行、両足で前に蹴りだし、後ろに倒れ込む。
 その鼻先を掠めるように戦槌が通過する。
 飛んで行く先には――生徒たちが!
 ルークスは左手を挙げる。
 イノリの腕が動いたときにはもう戦槌本体は頭を過ぎ、かろうじて柄の端に当たった。
 直後にイノリは背中を地面に打ち付ける。
 腕が当たった戦槌の柄が跳ね上がり、飛び続ける本体を中心に回転、地面に接触した。
 一瞬、斜めに柄がめり込み、戦槌に制動と同時に上向きの力がかかった。
 弾かれたように戦槌は斜め上に軌道を変え、回転しながら地面に落下、大地を抉って土を跳ね上げ、さらに一回転、尖った先を地面に食い込ませて停止した。
 生徒たちのすぐ前だった。

 自分に向かって飛んで来る戦槌に、デルディは思考が停止してしまった。
 頭の中がまっ白になったまま、地面に突き刺さった戦槌に視線を固定し続ける。
 何が起きたのか理解できず、何も考えられなかった。
 大量の土くれを浴びた生徒たちは悲鳴をあげている。
 教師たちも突然の事に反応できない。
 駐屯地の将兵はすぐさま行動、動かないデルディを揺さぶる。
 それを見たゴーレムは「契約者が襲われている」と誤解し、救出に向かう。
 契約者が常日頃「この国は敵ばかりだ」と言っていたことが決定的だった。
 デルディに向かうゴーレムが生徒たちには「戦槌を投げつけ、次に踏み潰しに来た」と見えた。
 何しろマスターは革新主義者、世界の敵、すなわち自分たちの敵である。
「ゴーレムが暴走したぞ!!」
 生徒たちはパニックになり逃げ惑う。
「落ち着け! 戦槌を回収しに来るだけだ!」
 フォルティスの注意は悲鳴にかき消された。
「逃げるぞ、みんな!」
 周囲が暴走しているので、カルミナの叫びも多数派意見だった。
「そうしたいのですが、アルティが動きませんの」
 長身のクラーエが全力で引っ張るも、アルティはイノリに向かって叫び続ける。
「ルークス! ルークス!?」
 背中から倒れたイノリが動かないのだ。
 ルークスに何かあったに違いない。
 その事で頭が一杯で、接近してくるゴーレムは目に入らなかった。

「ルークスちゃん、ルークスちゃん!?」
 イノリの水繭の中にウンディーネの声が反響する。
 ルークスを収めた水繭はイノリの背中に設置してある。上下の衝撃は水繭の上下動で大半が吸収できるが、背中から倒れたので動く余地がなく、衝撃がまともにルークスを襲った。
 失神したのか、いくらリートレが呼びかけてもルークスは反応しない。
「リートレちゃん、来たです!」
 ノンノンが叫ぶ。
 武器を手放したゴーレムが近づいてくる。
 その前に与えられていた指示に従い、攻撃を続行するためと思われた。
 リートレは一刻も早くルークスの治療を行いたかった。
 しかしイノリを動かしている間はそれができない。
 イノリは立ち上がり、ゴーレムから距離を取る。
「試合中止の指示は出ている! ゴーレムを止めろ、デルディ・コリドン!」
 インスピラティオーネがイノリの口内にある水膜を震わせて声を響かせた。
 それでもゴーレムは止まらない。
 グラン・シルフは周囲にいたシルフを片端からデルディに送りつけた。
 既に兵士が少女の身柄を抑えているが、茫然自失で反応しない。
 イノリは距離を保ち右に回る。
 だのにゴーレムは進路を変えず直進した。
「あれ? どうしたですか?」
 イノリを無視するのでノンノンが不思議がる。
「武器を回収するのだろう。今のうちに主様を起こせ」
「了解です。ルールー、ルールー!!」
 ノンノンは水繭内面から伸びる操作腕を動かし、ルークスの顔をなでる。
「あ……」
 やっとルークスが目を開く。
 ぼやけた視界にクレイゴーレムの姿が映った。
 等身大でやたら太い。
「ルークスちゃん、気付いた?」
「あれ? 僕は……」
「ルールー、気絶してたです」
 頭を振ろうとするや、ルークスの首に鋭い痛みが走った。両手で押えてうめく。
「多分脳震盪も起こしているわ。まだ静かにしていて」
 リートレの声は聞こえるが姿が見えない。左肩にノンノンがいないので、やっと自分がイノリに乗っていることを思いだした。
「インスピラティオーネ、状況は?」
「試合中止の指示が出ました。ですがあの小娘、魂が抜けたようです。ゴーレムに指示ができません」
「? ゴーレムはどこへ向かっている?」
「武器を回収するのでしょう」
 歩み去るゴーレムの向こうでは、生徒も教師もパニックになったか逃げている。
「どうして逃げているの?」
「ゴーレムが向かってきたので、誤解したのでは?」
「誤解――そうか。デルディが指示しない限り――そのデルディは?」
「今、兵士が取り押さえています」
 デルディがいた場所には群がる兵士しか見えない。
「あれじゃあノームが誤解するんじゃ……?」
「誤解ですか?」
「契約者が兵士に捕まっているように見えるよ。一瞬僕がそう思ったくらいだ」
「主様、軍がゴーレムを出しました」
 完全装備の戦闘ゴーレム三基が会場に乗り込んできた。パトリア軍のウルフファング一個小隊である。
「マズい! 学園内で収めないと」
「どうされます?」
 どうするかは、一つしかない。
「インスピラティオーネ、火の気はどこかにある?」
「お待ちを。手近にはありません。建物の中なら――」
「そんな時間はない」
 イノリは向かって来るゴーレムの小隊に向かって駆けだした。水繭が衝撃を吸収しても、上下動で首から後頭部が痛む。
「インスピラティオーネ、僕の声を外に出して」
「承知」
 イノリは火炎槍で軍のゴーレムが持つ盾を突いた。盾の曲面を穂先が滑って火花が散る。
 その刹那に合わせてルークスは叫んだ。
「カリディータ!」
 それは賭けだった。
 火花という僅かな火だったが、精霊界からサラマンダーの娘が飛びだした。
「っしゃあ! あたしの出番だな!?」
 出番を待ち望んで、声が掛かるのをずっと待っていたのだ。一瞬の火花だろうと出るに十分だった。
 カリディータは火炎槍の穂先で火の粉を散らす。
「来てくれると思ったよ。急いで穂先を熱してくれ」
「任せろ! 全力で炙ってやる!!」
 ルークスは槍を高々と掲げた。穂先に黄色い炎を燃えさからせて。
 それを確認したコルーマ大隊長はゴーレムの停止を命じた。
「あとはルークス卿に任せる」
 そして部下に指示をする。
 黒板に大きく文字が書かれ、それを兵士が大声で読んだ。
『これより、新兵器火炎槍の威力をお見せします』
 騒ぎから隔絶された、駐屯地外の住民たちが喜びに沸く。
 事故を演出と思わせたのだ。

 ルークスはぐらつく頭を押え、ゴーレムを追った。
「よし、いいぜ!」
 火炎槍の穂先が高熱で赤くなったのでカリディータが火を弱める。
「突進!」
 イノリは駆けた。
(核を破壊しないよう、胴体中央は避けなきゃ)
 ゴーレムで最も重要な要素は体内に収められた核である。
 製作するに膨大な圧力と熱とが必要だし、原料の産地も限られている。
 パトリア王国では生産できないので全て輸入品だ――先日の戦いで回収した物もあるが。
 イノリはゴーレムに追いつき、その腰に火炎槍を突き込んだ。
 赤く熱せられた穂先が土中の水分を瞬時に蒸発させ、莫大な圧力を生んだ。
 高圧蒸気は土を押しのけ外に噴きだす。
 空気が弾ける音が木霊し、腰の土が吹き飛んだ。
 鎧で閉じ込められていないのに加え、表面が穴だらけなので早く圧が抜け、威力が減じている。
 それでも腰の後ろ半分の土を奪っていた。
 残る土では自重を支えきれず、ゴーレムの上体が仰け反る。
 腹部が横に割け、腰から真っ二つに折れた。
 後ろにゴーレムの上半身が落ち、折り重なるように下半身が倒れる。
 イノリは槍を持ち直し、もがくゴーレムの右肩に突き刺した。
 再度破裂、右肩が吹き飛び腕がもげる。
「あれ?」
 ゴーレムが急に止まったので戸惑った。
「まだ核は露出していないのに、どうしたんだ?」
 ゴーレムの盾を持つ左腕が折れた。土の結合が失われている。
「主様、ノームが抜けたようです」
「ああ、ゴーレムを捨てたのか。へえ、そういう行動に出るんだ」
「契約者の救出が目的なら、ゴーレムを捨ててでも向かうでしょう。あとは軍のノームが対処するはずです」
「だね。彼女は精霊には好かれていたんだ」
 ルークスは火炎槍を掲げて軍に知らせた。
『ゴーレムは撃破されました』
 逃げていた生徒たちから歓声が上がった。
 事情を知らぬ駐屯地の外では拍手喝采である。
 ゴーレムが一撃で大破、しかも胴体真っ二つという派手な結果に大喜びだ。
 ルークスはやっと息をつけた。
「すぐ戻りましょう、ルークスちゃん」
 リートレの助言にルークスは頷く。
 胸がむかついている。
 緊張で感じていなかったが、体のダメージはかなりのようだ。
「生徒たちが……アルティやおじさんたちは?」
「フェクス家全員の無事は確認済みです。生徒に負傷者は出ていますが、重傷はない模様です。主様は十分役割を果たしました。あとは大人たちに任せましょう」
「ルークスちゃんの怪我が知られたら、パトリア王国最大の秘密がバレちゃうわよ」
「ルールー、首痛いですか?」
「そうだね。戻ろう」
 イノリは戦場を後に走り去った。
 駐屯地の外からの拍手と歓声に見送られて。
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