一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第三章 帝国軍襲来

糾弾

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 デルディは学園の救護室で打ち身や擦り傷を手当てされた。
 終わるとゴーレムに案内されて会議室に入る。
 薄暗い部屋に長方形の大きなテーブルが置かれ、両側に学園首脳と軍の将校が並んでいた。
 貴族と、それに尻尾を振る平民たちだ。
 デルディは長方形の短辺、いわゆる誕生日席に座らされた。
 もちろんお祝いされるのではなく、糾弾されるために。
 だが、ただやられるデルディではない。
 じっと反撃の機会をうかがう。
 咳払いしてアウクシーリム学園長が説明した。
「昨日、駐屯地にて生徒が十八人が負傷しました。幸い軽症でしたが、七倍級ゴーレムは一歩間違えれば大惨事を起こします。この事象究明委員会は、事実を明らかにするのが目的です。質問には正直に答えなさい」
 デルディは黙ったまま無反応を通した。
 話者が替わり学園側から壮年男性が問いかけてくる。生活指導のドミナーリ卿だ。
「現状判明している事実は、デルディ・コリドンが操作するゴーレムが戦槌を投げた。落下地点は生徒たちのすぐ前。直後、マスターは心神喪失状態に陥る。ゴーレムが向かってくるのを見て、生徒たちがパニックになり、多数の負傷者が出た」
「パトリア人は腰抜けだな。私たちは戦士として訓練されたぞ」
 嘲笑した少女に騎士教師が声を厳しくする。
「デルディ・コリドン、君に尋ねることは、第一にゴーレムが戦槌を手放した件だ。あれは偶然か、それとも意図的か!?」
 デルディは投げやりに答えた。
「意図的だ」
 室内に緊張が走る。
 ドミナーリが咳払いをした。
「その言葉が事実か、君の契約精霊に確認しよう」
 そのときになってデルディは気付いた。自分がノームをどうしたか、全然覚えていないことに。
 奥の続き扉が開いて、三体のノームが入室してくる。
 デルディの契約精霊テロンが、左右挟まれて来たのだ。
「何故お前がここに?」
「質問されたとき以外しゃべらないように」
 問いかけたデルディと、ノームの双方にドミナーリが注意する。
 そして子供くらいしか背丈がない精霊に尋ねた。
「ノームのテロンよ。君の契約者は見てのとおり無事だ。では質問に答えてもらおう。ゴーレムが戦槌を投げたのは、契約者の指示なのか?」
「そうだ」
「意図的に投げて、新型ゴーレムを破壊しようとした。間違いないか?」
「破壊できるかどうかは知らない。当てろ、と言われただけだ」
「その後は?」
「デルディからの声が途絶えたので見たら、彼女が捕まっていたので助けに向かった。そしたらゴーレムが壊された。動けなくなったゴーレムから抜けて、地中を進んでいたら、この二体に捕まった。デルディが無事と聞かされたので従った」
「ありがとう」
 ドミナーリはデルディに向きなおる。
「つまり君の契約精霊は、ゴーレムを我が軍の兵に向けた。誤解ではあったが、戦闘行動に出たことは間違いない。君は敵国のゴーレムが攻撃してきても逃げないのか? もちろん反撃手段は無しだ」
「逃げるものか。私は戦士なのだ。最後まで戦う」
「戦士? 戦槌が飛んで来ただけで目を開けたまま気絶した君が、戦士だと?」
 ドミナーリは鼻で笑った。
「他の生徒と違い、君だけは『あの戦槌が自分たちを狙ったものではない』と知っていた。にも関わらず、恐怖のあまり硬直したな。それがリスティア大王国の戦士か」
「リスティアなんて知るか」
「そうか。君は革新の戦士だったな」
「その呼び名で――」
 デルディは教官の教えを思い起こした。
 これは誘いだ。乗ってはいけない。
「――その呼ばれ方は不本意だ」
 ドミナーリは口調を変える。
「駐屯地で大型ゴーレムを扱うにあたり、特別に許可された場合を除いて、武器を投擲とうてきさせることが禁じられていることを、知っていたかね?」
「知らない」
「大型ゴーレムを扱うのに必要な、安全教育を受けたかね?」
「受けた」
「待ちたまえ」
 口を挟んだのはゴーレム戦を教える教師マルティアルだ。
「大型ゴーレム使用時の安全規則は高等部で教えることだ。中等部で、ましてや編入したての君がいつ学んだのかね?」
「中等訓練所でだ」
「リスティア時代か」
「つい四月まで、訓練所で私は七倍級を扱っていた」
「安全教育はリスティア軍に準拠したものか? 結構。そこでは『周囲の人間に危険を及ぼさない為の注意点』をどう教えていた?」
 マルティアルはデルディに問いかけながら話を進める。
「ノームに『どのような注意をさせるか』を教えたのかな? 具体的に」
 デルディは記憶を辿る。
「安全範囲に人がいないか、常に注意して、入ったら止まれ、と」
「それは平時、緊急時、戦闘時のどの状況における指示か?」
 初めて聞く分類に戸惑うデルディに代わって、軍人の一人が口を開いた。
「騎士団の報告にありましたな。『敵ゴーレムは足下に味方兵がいると止まる』あるいは『攻撃や移動で味方を巻き込む』などと。川を決壊させたことを除いても、敵ゴーレムは我が軍の将兵より多くの味方将兵を殺傷したことでしょう」
 ドミナーリが嘆息した。
「そんな安全教育では話にならん」
 これにデルディは抗議する。
「実戦なら武器を投げるくらいするだろ? パトリア人は臆病だ」
「君のゴーレムが投げた戦槌、生徒や教職員の上に落ちたかもしれないのだぞ。そうなれば怪我では済まなかった」
「そ、そんなに届くはずがない。現に、手前で落ちた」
 ドミナーリは目を転じ、向かいの軍人に尋ねる。
「届きませんか?」
 年かさのゴーレムコマンダーが答えた。
「十分に届いた。手だけで投げる投槍と違い、遠心力を使い、重量がある戦槌だから、恐らく駐屯地の外まで」
「手前に落ちたじゃないか!」
 デルディが食い下がる。
「ルークス卿が戦槌の柄を跳ね上げてくれたからな。お陰で柄が地面に接触して制動がかかった。あれがなければ生徒の上か、その背後に落ちたろう」
「そんなこと、倒れる一瞬でできるはずがない!」
 デルディは叫んだ。
「新型ゴーレムは倒れた。接触したとしたら、偶然だ!」
「なら本人に確認するまでだ」
 と軍人が言うので、ランコー教頭が口を挟んだ。
「今は彼女の聞き取りです。他の生徒は、彼女が終わってからにしませんと」
「しかし彼女が納得しないでしょう」
「聞かれた事にだけ答えれば良いのです。何も言い分まで聞く必要はありません」
 秘密にされる事が、弟妹の死を隠されたデルディのトラウマを呼び起こす。
「私には聞かれて困ることなどない。ルークスをここに呼べ」
 ランコーがにらんでくるが、貴族を怒らせることにデルディは快感を覚えていた。
 結局教頭は折れ、ルークスが呼ばれた。

 入室したルークスは、いつも通り左肩にオムの幼女を乗せている。
「君、精霊は席を外させなさい」
 ランコーが指さすと、ルークスは眉をひそめる。
「僕は精霊といます。それとも、精霊に聞かれると困ることでも?」
 ランコーは渋面になった。
 その視線がルークスの頭上をさまよう。
「我は常に主様と共におるぞ」
 虚空からの女声にランコーは首をすくめた。
 ルークスはデルディの反対側の短辺に座る。
 ドミナーリ卿が尋ねた。
「昨日のお披露目で、新型ゴーレムが戦槌と接触したのは間違いないな?」
「ええ、まず地面に食い込んだ戦槌を踏み台にしました」
「? 戦槌が止まってから踏んだだと?」
「はい。そのまま相手の腕の上を駆けて肩に乗りましたから。ああ、最初の人の時ですね」
「今はデルディ・コリドンとの第二戦での話だ」
「その説明が無かったので。ええと、彼女のゴーレムが投げた後に接触しました」
「戦槌はどこに接触した?」
「左腕です。前腕ですね」
「倒れた拍子に偶然?」
「いいえ。倒れる途中で気付いたんです。戦槌が飛ぶ先に生徒がいるって。だから左腕をあげさせました。もう本体は通り過ぎて、柄の端に当てるのがやっとでした」
「嘘だ! あんな一瞬で反応できるはずがない!」
「普通のゴーレムだったらね」
 デルディの反論はあっさり跳ね返された。ルークスはドミナーリに問い返す。
「ところで、どうして彼女の飛び入りが許されたんですか?」
「今は君への質問だ」
 ランコー教頭が注意する。途端にルークスの表情が険しくなった。
「なんであんたが、僕の質問を止めるんです?」
 ルークスは無遠慮に教頭の顔を見据える。注意を他に逸らさない為だが、ランコーには敵対感情の表れと見えた。
 視線を逸らせるランコーに、ルークスは閃く。
「まさか、彼女に飛び入りをさせたのって――」
「ランコー教頭だ」
 コルーマ大隊長が本人に代わって答えた。
「我々ゴーレムコマンダーにとって恩師であり、土精の専門家かつ前の学園長のたっての頼みだから、断れなかったのだよ。君には済まないことをした」
 ルークスはランコーに視線を据えたまま尋ねる。
「彼女が僕に敵意を持っていること、知っていました?」
「生徒の内心まで、踏み込みはしない」
「主様、この男は激しく動揺しております」
 虚空からの女声に、室内の空気がさらに張り詰めた。
 ルークスは無意識のうちに低い声を出している。
「知っていた。だから飛び入りさせた」
 言葉を継ぐごとにランコーの顔が青ざめていくのが、傍目でも見て取れた。
 ルークスは顔なじみの大隊長に視線を向ける。
「軍は知っていましたか?」
「知っていたら許可するものか」
「ですよね。ならランコー教頭は、いつ『彼女が僕を敵視している』って知ったんでしょう? あの場だったら軍も知ったはずです。となると『以前から知っていた』となりますね」
「今は君の証言が求められているのだが」
 話を戻そうとしたランコーに、アウクシーリム学園長が容赦なく回答を要求した。
「……三日ほど前だ」
 学園首脳と軍人とが息を飲んだ。
 飛び入りが突発的ではなく、事前に示し合わせた疑いが生じたのだ。
 ルークスはそこまで考えず、なぜ投げたかの方に注目していた。
「そうか。戦槌なんて投げてもそう当たるものじゃない。だのに投げたのは、事前に練習して当てる自信があったからか。いや、でも、戦槌を投げるなんて、どうして思いついたんだ?」
 戦槌を投げつけたところで、鎧に跳ね返されてお終いだ。
「ゴーレムの自重と筋力とを合わせないと、鎧を貫いて土の奥にある核は破壊できない。戦槌を投げるなんて、無意味だし武器を失う。でも、イノリに対しては有効な攻撃――だと思った。となると、彼女には新型ゴーレムの知識が――あった」
 デルディは内心で焦っていた。
 見当違いのことを言っていると思っていたら、いつの間にかルークスが真相に迫っているのだ。
「ランコー教頭、あんた彼女に新型ゴーレムの情報を与えましたね?」
 大人たちは状況でそのことを推測したが、ルークスはまったく別のルートで同じ結論に達した。
 汗まみれの老人はかろうじて答える。
「世間話のついでに、言ったのだろう」
「軍事機密を世間話のついでに? 具体的に何を話したんです?」
「とても動きが速いことと、中が空っぽであることだ」
 軍人たちとマルティアルが同時に立ち上がった。
 そこまで情報を与えた以上、ランコーの目的は一つしかない。
 だのに当人はまったく気づかず、デルディに確認などしている。軍事機密は漏れなかったので次の段階に入ったのだ。
「ランコーが教えたのはその二点で間違いない、と。それが三日前? で、戦槌を投げつけるだけで破壊できると考えて、練習したと」
「なぜ練習したと?」
「戦槌を投げるなんて、僕が知る限り採用している国はないし、リスティア軍のゴーレムは一基も投げなかった。遠心力で投げるなんて、練習しないと当たらないよ。それに、ゴーレムは戦槌の持ち方を直前に変えた。投げて当てやすいようにだね」
「そんな事は考えてもいない」
「あれ? じゃ、どうして人差し指を浮かせたの?」
「知らない。言いがかりはよせ」
「え!? 動きを把握していないの? 自分のゴーレムなのに?」
 驚かれてデルディは悔しくなった。自分のゴーレムのことをルークスに教えられるだなど、屈辱である。
「なら、ノームに確認しようか?」
「好きにしろ」
 ルークスは部屋の隅にいる三人のノームに目を転じた。
「ええと、君だよね?」
 迷わず真ん中に話しかけたので、少女は驚いた。
 ルークスはデルディの契約精霊の顔も名前も知らない。知っている軍のノームに挟まれた、知らないノームを消去法で選んだのだ。
「君はデルディと戦槌を投げる練習をしたね?」
「ああ、したぞ。風の小僧」
「それはどうも。で、中々当たらないから工夫した。握りを変えたり」
「ああ。試した中では一番当たる握りを、七倍級でもやった」
 デルディは知らなかった。ノームが工夫をしているなど。
 契約者でさえ知らないことを、戦闘中に一瞬見ただけで分かったと言うのか?
 しかも遥か遠方から。
 デルディは、ルークスがただ者ではないと初めて認識した。
「人差し指を浮かすだけ?」
「中指からの三本と親指の根元で保持して、親指と人差し指は添えるだけだ」
「今度イノリでやってみよう」
「ルークス、話が逸れているぞ」
 マルティアルに叱られ、ルークスは頭をかいた。
「ノームと会話できるなんて、滅多にないから」
 軍のノームはおろか、アルティの友達でさえルークスが近づくと嫌がるのだ。
「それで、結論は出たのか?」
「ランコー教頭に最後に一つ質問。僕を恨んでいますよね?」
「!?」
 傍目でも分かるくらい老人は身を強ばらせた。
 ルークスの頭上にグラン・シルフが現れていた。反応を一つとして見逃すまいと、ランコーに鋭い視線を向けている。
「こ、個人的な感情を、学問の場に持ち込むことは――」
「はい、いいえで答えられると思いますが?」
「これは私の査問か!?」
「今さら何を? 計画の主犯はあんたじゃないですか。デルディは利用されただけで、良いところ共犯でしょ?」
 デルディ以外の視線がランコーに向けられている。彼女はルークスを睨むばかりだ。
「誤解があるようだ。私は――」
 言いかけたランコーに被せてアウクシーリムがしゃべり出した。
「実は開戦直前、パトリア騎士団の使いがルークス君を勧誘に来ましてな、手ひどく振られたことがあります」
 とって置きを披露した。学園の誰もが知っているが、学外では王宮精霊士室しか知らない情報を。
「生徒のしつけがなっていない、と当時の学園長は騎士殿から強く叱責されました。前学園長は伯爵家の生まれだったので『騎士風情』に叱られて非常にお怒りでした」
 アウクシーリムはこの機に「ランコーの排除」を決めた。
「その直後でしたな。修道院上がりの世間知らずな司教教師が、ルークス君に破門を言い渡すという不祥事が起きたのは」
 コルーマ大隊長の頭に血が上り、顔が紅潮していた。
 追い打ちとしてアウクシーリムはマルティアルに尋ねる。
「お披露目第一戦の生徒、レズールゲンス君へは安全教育を?」
「必要な知識は当日までに叩き込みました。咄嗟に忘れることはあり得ますが、覚えてはいたはずです」
「同じことをランコー教頭は、されなかったと?」
 と流し目で問いかけた。
「情報を話しただけで、飛び入りで参加するとは……」
「期待したから情報を渡したんでしょ?」
 ルークスが突っ込んだ。
「情報提供が模擬戦決定後なら、確定ですね」
 目的語を省いたが、デルディ以外の全員が理解していた。

 ランコーがルークス殺害をくわだてた、と。

 鍛え抜いた軍人たちの圧迫に、ランコーは堪えられなかった。
「……はい」
 消え入りそうな声で認める。
 コルーマ大隊長が重々しい声で言った。
「昨日の説明とは全く異なりますな。その場で彼女の参加を決めたので、安全教育ができなかった、と。それは全て嘘だった。教頭の地位にある者が、土精の専門家が、大型ゴーレムの安全運用を妨げるとは――祖国への重大な裏切りですぞ」
 事情を知らないデルディは、話の成り行きに混乱していた。
 自分が糾弾される場だったのに、いつの間にかランコー教頭が責められている。
 どうやら自分は利用されたらしい。
「軍は最大限の懸念を表し、正式に学園に要請をします。祖国への反逆行為が学園で企てられたか否か、その調査を」
「正式に――事が公になります」
 アウクシーリムは一応難色を示した。軍が退かないとは分かっているから。
「今回の事故が『未遂事件だった』となるに比べたら、調査など些事では?」
「そうですな。学園は調査を約束しましょう」
 コルーマ大隊長とアウクシーリム学園長とが握手して取り引きが成立した。
 合点が行かぬルークスにマルティアルが目で合図する。
 これで大丈夫だと。

 学園長が「王宮精霊士室に報告を」と口にしたので、ルークスの記憶から情報が飛びだしてきた。
 状況からして動機があるし、当時王都にいた点も付合する。
 だのでルークスは空気を読まずに質問した。
「ランコー教頭、あんたインヴィディア卿に薬を盛りました?」
「「なあにいっ!?」」
 デルディ以外の全員の心臓が一瞬止まったに違いない。
 名指しされたランコーなど息も止まって口をぱくぱくさせている。
「だって降格されたでしょ? 動機はあるし、当時王都にいたし、土精使いだから侵入も可能。あんたなら怪しまれずに近づける」
「ば……バカな!! 大恩あるインヴィディア卿に、私が何かするなど、あり得ん!」
「どう?」
 とルークスは頭上に確認する。
「ふむ。驚いているのは確かであるし、とぼけている様子もない。大恩は嘘であろうが、犯人ではなさそうじゃな」
 グラン・シルフの返答に、ランコーはやっと息をつけた。
 学園長が身を震わせながら問いかける。
「ルークス君、王宮精霊士室長のインヴィディア卿が、体調不良というのは――」
「うーん、その質問には答えられません。薬を盛った人に成否を教えることになりますので」
「一体誰が? と聞くのは野暮か」
 マルティアルが額の汗を拭っている。
「ええ、まあ。でもそう思わせたい人かもしれないので、今の所は不明としか」
 そしてやっとルークスはデルディに顔を向けた。
「それで、彼女はどうするんです?」
「あ、ああ。そうだな」
 ドミナーリは会議の趣旨を思い出した。
「主犯がランコー教頭となると、従犯、いや実行犯だな。退学が妥当だろう」
 拘束から解放されるので、デルディにとってはありがたい。
 ルークスに勝つ機会が失われることは痛いが。
「それは変ですね」
 異を唱えたのは、そのルークスだった。
「彼女が軍規違反をしたのは、教頭が許可したからですよ。なら責任は学園じゃないですか。軍が彼女を罰するのは当然ですが、学園が処罰するのは筋が通りません」
「いや、問題は君を――」
 殺そうとしたと言いかけ、ドミナーリは咳払いでごまかした。
「――君に敵意を持っている件だ」
「僕に敵意を持っている、なら学園の殆どの人が該当するじゃないですか」
「!?」
 軍人たちが再び気色ばんだので、学園長は慌てた。
「それは、過去の話だ。英雄となった君は、学園中に歓迎されているとも」
「フューリーをまといつかせてですか? 減りはしましたけど、敵意を向ける人はまだまだ大勢いますね。で、敵意を持っているだけで退学なら、直接暴力を振るった人も退学にしないと不公平です」
「か、彼女は君に・・ゴーレムを向けた」
 アウクシーリム学園長の失言にルークスは気付かない。
「ゴーレム同士の戦闘なら先日もやりました。でも過去に起きたのは暴力です。殴られ蹴られ、石板を割られカバンを汚され服を破られ」
「き、君は、精霊で反撃したではないか」
「学園が黙認したからじゃないか! そもそも嫌がらせが暴力になったのは、あんたが風精科に進まなかった僕を『許さない!』と言ったからだ。連中に大義名分を与えた! 僕に暴力を振るった人間を不問にしながら、今敵意を向けただけで退学とか、納得できません。扱いに差がある理由が『僕が騎士になった』以外にありますか!?」
「き、君が英雄だから……」
「学園は貴族平民を平等に扱う、と先王陛下が決められた。フローレンティーナ陛下も支持されている。その平等を、建前さえ守らないとしたら、それは不忠じゃないんですか!?」
 アウクシーリムは助けを求めるように視線を泳がせる。
 軍人からの敵意のこもった視線、ランコーは「道連れ」に目を細めていた。
 ドミナーリ卿と視線を交し、彼に任せた。
「デルディ・コリドン。君はもう下がってよろしい」
 状況の急転にデルディは混乱していた。
 信じられないことに、どうやら自分はルークスに助けられたらしい。
「これで恩を売ったと思うなよ。私は――」
「君なんてどうでもいいんだ。迷惑だからさっさと消えてくれ」
 これほどの屈辱はデルディにはなかった。

 自分の敵が、彼女を脅威と見なしていないのだ。

 悔しさのあまり全身が震える。
「必ず、私の世界から排除してやる!」
 怒鳴りつけてデルディは部屋を飛びだした。
 捨て台詞に律儀に答えるルークスの声が追いかけてくる。
「いつ君が世界の主になったの?」

 残された当事者で事後処理が決められた。
 デルディの軍規違反は、未成年だし学園の責任もあるので一年間の奉仕活動。
 主犯であるランコー教頭は辞表提出。
 アウクシーリム学園長は監督責任で進退伺い。
 軍は「ルークス・レークタ卿暗殺未遂事件」の調査を学園に要請。
 その調査が始まるまでにランコーの辞表が受理され「国家反逆行為を企図する人物は当学園には存在しない」と学園が回答するという茶番劇である。
 王宮精霊士室の保護を離れれば、ランコーは精霊が使える下級貴族でしかない。
 軍が身柄を拘束して取り調べても、学園は知らぬ存ぜぬで通せる。
 大人たちの都合で決まった決着にルークスは不満だったが、味方である軍を困らせないようごねなかった。

 だが室長不在で王宮精霊士室は判断できず、案件の処理は滞ってしまった。
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