一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第三章 帝国軍襲来

軍議

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 日が暮れランプや燭台が灯りを投げる執務室で、フローレンティーナはルークスの到着を待ちわびていた。
 薄い緑色のドレスは落ち着いて清楚な雰囲気をかもしている。
 学園の制服で現れたルークスとフォルティスに、彼女は微苦笑した。
 つい忘れてしまうが、二人はまだ中等部の生徒なのだ。
「ルークス・レークタ、参上しました」
 片膝を着く二人に、女王は親しく声をかけた。
「良く来てくれました。第一報を受けて必要な者は集まっています」
 宰相ら文官たちと元帥ら武官たち、まだ左腕を吊っている騎士団長の姿もある。
 大卓にリスティア大王国の地図が広げられていた。
 ヴェトス元帥が言う。
「既に帝国軍来襲の報は各国に送っており、我が国は戦時体制に移行しております。今後は対帝国包囲同盟各国と連携し、事に当たる手はずです」
 そして彼はルークスをうながした。
 ルークスはフォルティスのメモを見て、地図に赤い積み木を置く。
「帝国軍本隊兵五万、ゴーレム二百。後陣に兵二万、ゴーレム百」
 室内の緊張が一段高まった。
「先鋒部隊は騎兵二千、ゴーレム百。午後の段階でこの位置です」
 小さい積み木は本隊からかなり離れた場所に置かれた。
「速いな」
 ヴェトス元帥がうなった。
「帝国の軽量型ゴーレムは内骨格を採用して、従来型の二割から三割軽くなっています。騎馬の並足についてこられるようですね。それ以上に重要なのが、重量制限の緩和です。今までゴーレムが通れなかった場所が通れます。ゴーレム運用を想定していない街道の橋とか」
 ルークスは淀みなく説明した。
 太った初老のネゴティース宰相が尋ねる。
「帝国軍はグラン・シルフを使っているそうだが、どこからこれらの情報を得たのかね?」
「帝国が邪魔しているのは、他国の政府や軍の人間と契約したシルフです。でも僕の友達はその範疇じゃないので、自由に行き来できます。今の所は」
「契約精霊とどう違うのかね?」
「説明すると長くなるので、後にしてください」
 文官たちがいきり立った。
 女王の次の地位にある人間の質問を、騎士風情・・が退けたのだ。
 ルークスからしたら好奇心による質問、しかも本題と関係ない話なのでスルーしたに過ぎない。
 だがそんな無礼も、女王に微笑まれては、文官たちも怒りを飲み込むしかない。
「問題は帝国の目的です。以前一個軍を編成中と学園で聞きました。それが今リスティアに来たとして、それ以外に編成しているのでしょうか?」
 ルークスは誰ともなく質問した。
 本来回答すべき外務相が、無礼に対する報復で無視しているので、ヴェトス元帥が答えた。
「別に三個師団が編成中と、三日前に報告された。それ以外は、外務からは何も」
 やっと壮年のアリエーナ外務相が口を開いた。
「現在間諜からはそれ以外の編成報告はありません。ただ軍幹部の動きから、近々新たに軍の編成が始まると予想されます」
「だとしたら、帝国の目的はマルヴァド攻略ではありませんね」
 ルークスがあっさりと言うので、外相は不快げに言う。
「騎士殿はずいぶんと物知りですな」
「まさか一個軍と三個師団程度で、マルヴァドを落とせるなんて思いませんよね?」
「え? それは――専門外ゆえ」
「大戦前ならともかく、軍制を近代化したマルヴァド王国を攻略するに、十万程度の兵と千未満のゴーレムでは足りません。その倍は必要です」
「マルヴァドは五百しかゴーレムを持っていないが?」
「それは公称ですね。自国が持つゴーレムの本当の数を、正直に明かしたなんてパトリア王国くらいですよ。それも勝った戦争をひっくり返された、講和会議での失敗で約束させられて」
 外務の失態を指摘され、アリエーナ外務相は眉根を寄せた。
 ルークスは地図に目を落としたまま続ける。
「マルヴァドは帝国以外国境を接するのは全て同盟国です。持てる戦力を全て帝国に向けられますし、南の都市国家群から援軍を受けられます。しかもリスティア側から来る部隊は、かなり遠回りです。正面からの攻勢と呼応して挟撃するには場所が悪すぎますね。それに、先に背後への警戒を呼ぶなんて悪手ですし、南の都市国家に準備期間を与えてしまいます」
 主人の暴走にフォルティスは気が気ではない。馬車と違い、ここには敵がいるのだ。
 そうした状況はルークスの頭にはまったく無く、記憶の中から次々と情報を引きだして並べ立てた。
「帝国は戦術こそ稚拙ですが、戦略ではそれほど間違いはしてきませんでした。だから百年も伸張を続けていられるんですね。その帝国軍が、マルヴァド攻略で最初にリスティアを攻めるなんていう大失敗、ちょっと考えられません。やってくれたら喜んじゃいますよ」
「喜んでいられるか。リスティアの次は我が国なのだぞ」
 外務相は苛つきを隠そうともしない。そしてルークスは即座に再反論する。
「マルヴァドとフォージーの間の回廊をふさいでしまえば、補給が途切れます。リスティアの領主たちは必死に抵抗するので、現地調達は難しいでしょう。そうなれば五万という兵数は足かせです。我が国はテルミナス川さえ守り切れば、干上がった帝国軍をマルヴァドと北の諸国で挟み撃ち。一個軍を壊滅させられます。通常の全滅ではなく、丸ごと消滅です。予備兵力三個師団では、補給路確保さえ困難ですから」
 ルークスは地図を指して説明した。
 口を歪めたまま何も言えない外相に、彼は不思議そうに言う。
「あの、この程度の軍事知識も無しで、どうやったら他国と交渉できるんですか?」
「き、貴様! 侮辱するか!?」
「あなたに知識がないなら、軍事に明るい部下を連れてきてください。素人に説明する時間がもったいない」
 気色ばんだ外相の機先を制してフローレンティーナが発言した。
「ルークス卿、外交交渉に軍事知識が必要なのですか?」
「不可欠ですよ。外交交渉は『血が流れない戦争』と言われるほどですから。自国がどれだけ戦えるか、相手国がどれだけ不利な状況か、そうした情報を交渉カードにして駆け引きするわけです。手札の価値を知らないでは、勝負になりません」
 女王は少し視線を遠くに移してからうなずいた。
「なるほど。では外務にも軍事に詳しい者を入れる必要がありますね。どのような人間が適切だと思います?」
「一番必要なのは戦略眼です」
「戦略とは何ですか?」
「国の大方針です。帝国と対峙するにしても、同盟国のどの国と密に結ぶか、どことなら疎遠になっても良いか、ですね。その為に自軍がどれだけの事をできるか、相手国もどこまでできるか、動員力、装備、継戦能力、輸送力などの情報を頭に入れて、総合的に考えられる人が必要です」
「すると前線の将軍よりは、後方の参謀が適任ですね?」
「はい。そうだと思います。外交交渉という戦場での参謀です」
「とても良い事を教えてもらいました。ありがとう、ルークス卿」
 そして女王は視線を変え、さらに顔を横に向ける。
「ヴェトス元帥、参謀部から外務に派遣する人材を選んでください」
「御意」
「陛下! いきなりそれは。伝統を変えることになりますぞ」
 ネゴティース宰相が止めるも、フローレンティーナは冷ややかに言う。
「九年前の講和失敗に加え、過日の侵略を事前に察知できなかった外務には失望しています」
「そ、それは、リスティアにはグラン・シルフがおりましたゆえに」
「ああ」
 とルークスが小さくこぼしたのを、女王は聞き止めた。一瞬、彼女が視線を走らせた先をフォルティスは確認する。
 部屋の隅にいる父、フィデリタス騎士団長だ。
 彼が小さく合図するのを、女王は確認していたのだ。
 どうやら示し合わせているのは女王と騎士団長だけではない。人員を送る軍も共謀しているらしい。
 ルークスという劇薬を、王城内の権力闘争で女王らは見事に利用していた。
 否、さしものルークスも、王城では劇薬とはなり得ず駒止まりなのだろう。
「どうしました、ルークス卿」
 と女王はルークスをさらに暴走させる。
「そもそも間諜を文官が仕切っているのが問題ですね。軍事知識が無い人間だから、演習の準備と侵攻の準備の区別が付かなかったんだと思います。送り込むにせよ現地で引き込むにせよ、軍事知識がある人間でないと、国家存亡の情報を取りこぼします。リスティアの侵攻を見逃したように」
「そうした人材を選べる人間を、間諜の統括に入れる必要がありますね」
「しかし、武官では政治の事が分かりません」
 外務相の抵抗を、女王は撥ね付けた。
「責任者まで変える必要はありません。人員を選ぶ担当に、武官を入れるだけです」
「しかし、いくら陛下の騎士とはいえ、未成年の言葉ではありませんか」
 その言葉を待っていたかのようにフローレンティーナは笑みを浮かべる。
「では専門家に聞きましょう。プルデンス参謀長」
 痩せた、文官にしか見えない武官が初めて口を開く。
 それまで顔をしかめ、さもルークスの発言が不快そうな顔をしていた参謀長が、いきなり笑顔となったので文官たちは驚愕した。
「は。ルークス卿の高い見識には驚かされます。グラン・シルフが使えるだけでも参謀部としては是が非でも欲しい人材でしたが、参謀としてもやってゆける知識と戦略眼があると本日判明しました」
「では彼の言うように、外務に人材を送ることは?」
「軍として長年の悲願でした。これで軍が必要とする、他国の軍事情報を得られますし、将兵たちの血で掴み取った勝利を台無しにされずに済みます」
 まんまと参謀長にしてやられた宰相ら文官たちが、歯がみするも時既に遅し。
 議題は参謀部から外務へ送り込む人数へと移っていく。
 その時ルークスはもう別の事を考えていた。
 自分が欲しい情報を、持ってきてもらうにはどう伝えれば良いか。
 シルフなら言った通りに見てくれるが、そのシルフの知識に左右される。
 ましてや人間なら?
 あまり人間を知らないルークスには、とても高い壁であった。

                   א

 ルークスとフォルティスは夕食の席に招かれた。
 王城の食堂にはフォルティスの父親である騎士団長や元帥ら武官はいたが、文官の姿はない。
 それだけでもフォルティスは不安になったが、それ以上に不安にさせたのは席次だった。
 女王陛下の右隣がルークスなのだ。左隣がヴェトス元帥である事を思えば、異例中の異例である。
 さらに異例なのが、一介の従者でしかない自分がこの場にいることだ。
 先日の、ルークスだけを招いた席ならともかく、父親までいる場、そのうえ警護の騎士がまたも兄のプレイクラウス卿なのだから、座り心地が悪いことこの上ない。
 それでもルークスへの助言という自らの役目は忘れなかった。

 女官が前触れし、一同は立ち上がった。
 フローレンティーナ女王が食堂に現れる。
 女王はサーモンピンクの夜会ドレスに、小ぶりのティアラを合わせていた。
 ルークスはフォルティスに教わったとおり、女王の椅子を引く。彼女が椅子の前に来たとき、椅子を軽く押して座るのを手伝った。
「ありがとう、ルークス」
「ああ、はい」
 フローレンティーナはフォルティスに目を向ける。
「フォルティス、良く教えてくれていますね」
「もったいなきお言葉、恐れ入ります」
「フィデリタス卿は、二人のご子息がともに将来が楽しみですね」
 さしもの騎士団長も父親の顔になった。
「過分な配慮、恐れ入ります」
 給仕が料理を運んで来た。スープ、前菜の野菜と魚のプディング、主菜はアヒルのローストである。
 ルークスにマナーを教えつつ食べるフォルティスは、味わうどころではない。
 人の気も知らずにルークスが「もっと楽しんだら?」などと言い、女王も笑いながら同意するのだから尚更だ。
「今は私的な場です。もっとくつろぎなさいな」
 これにプルデンス参謀長が嘆息した。
「やれやれ、また侍従長の白髪が増えますな」
「まあ、意地悪なこと」
「部下の無礼、どうかご容赦を」
 とヴェトス元帥がかしこまる。
「追従を禁じて諫言をするよう言いつけておりますゆえに」
「とても鍛えられているようですね」
「激しく後悔しております」
 真顔の冗談にフローレンティーナは笑い出す。
 プルデンス参謀長は大げさにため息をつく。
「酷いですなあ、私を酒の肴にするとは」
「いつもこんな冗談を?」
 とルークスが無遠慮に女王に問いかける。
「いいえ。あなたがいるからですよ」
 女王はルークスの肩にいるノンノンの頭を撫でた。

 食事が終わり、お茶を飲んでいるとき、女王が切りだした。
「此度の帝国軍の侵攻、我が国に及ぶでしょうか? 未来の参謀に聞きましょう」
 とルークスに問いかけた。邪魔者の文官がいない、この場こそ本当の軍議だった。
「戦力的には十分です。後陣の二万人と百基が分散を始めました。この戦力だけでもリスティアは占領できるでしょう。他に向ける予定だった部隊を転用したにせよ、必要以上を送り出すとは考えにくいです。だって食料などの補給物資を余分に運ぶことになりますから。戦争で疲弊した二カ国を一気に落とすと考えれば、規模の辻褄は合います。ただそうなると『落とした後を考えていない』となりますが」
「侵略後の占領が難しい、そう考えているのですね?」
「はい。マルヴァドかフォージーのどちらかを抱き込まない限り、占領軍は孤立します。そうなれば同盟国が共同で撃破するのは難しくありません」
「我が国にとっては最悪のシナリオですね」
「もっと最悪なのは、マルヴァドが抱き込まれている場合です。我が国は帝国に併合されますから。もちろんマルヴァドは窮地に陥りますから、正常な判断力があればそんな真似はしません」
「正常な判断力をマルヴァドに期待できないと?」
「正常な判断力があったら、リスティア軍を通過させなかったはずです」
 ルークスの真っ直ぐな発言に、プルデンス参謀長は笑いをこらえきれない。
「何かありますの?」
 陛下に問われ、彼は咳払いした。
「確かに『正常な判断力が無い』と思われても無理ありません。ただ当人たちには筋道が通っているようですね。彼らの価値基準、優先順位で」
 この痩せた武官はルークスを否定するつもりはない。
 むしろ高く評価している。
 敵の規模と位置だけで考えたにしては筋が良い。
 ルークスに足りないのは経験と、帝国の内部情報、そして自己認識、とプルデンス参謀長は見ていた。
「帝国軍は五月に軍事行動を取る予定でした。厚手のマントなど冬物を用意して。五月にそれらが必要となると、大陸北部の山岳地帯以外に考えられません。恐らく大戦の遺恨を晴らすべく、フィンドラ王国を攻略する気だったのでしょう。四百基七万人は、それに見合った規模です」
「それを東に向けたのですね?」
「ルークス卿の言われたとおり、リスティアを落とすには多すぎますし、マルヴァドも落とすには少なすぎます。パトリアなら落とせますが、補給路を断たれるので占領の維持は不可能です」
「では帝国軍の目的は?」
「今のところ不明、としか」
「見当は付いていますよね?」
「陛下は私を買いかぶりすぎです。憶測を飛ばすのは簡単ですが、それが参謀長の口から出たとなると影響が大きいので、どうかご容赦を」
 内心では女王陛下の慧眼けいがんに脱帽していた。
 見当は付いている。

 恐らく帝国は「適正規模を計れなかった」のだろう。

 敵戦力が不明なので「出せる戦力を全て向けた」なら筋は通る。
「近日中に帝国軍は大王都に達します。その時に何らかの声明を出すでしょう」
「その後リスティアからは何も?」
「はい。第一報のシルフに型どおりの謝意を伝えたきり、何も。これはもう『リスティア政府は帝国軍の襲来情報を信じなかった』とみるべきかと」
「自国の事なのに」
「グラン・シルフによる連絡妨害は本隊に限るでしょうから、後陣部隊による占領で気付くはず。リスティア政府は幼い大王を抱えて逃げるしかありません。行き先はマルヴァドでしょうから、そちらに任せましょう。その間に我が国は守りを固めます。特に、奪還した地は国境の守りが不十分です。重点的にそちらを固めております」
 と上官に顔を向ける。ヴェトス元帥が引き継いだ。
「ルークス卿が迅速な情報入手をしてくれたお陰で、我が国は帝国に先んじられました。まずはそれを祝いましょう」
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