一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第六章 帝国のゴーレム

帝国の目

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「シノシュ、ノームが六名、土に戻ったぞ」
 唐突に話題を変えた女声に、白髪の少年は目を上げた。
 夕刻で暗くなった部屋、テーブルの向かいにいる相手――土の大精霊にシノシュは「ゴーレムから抜けた」ノームたちの名前をたずねる。
 グラン・ノームが答えた名に、シノシュは戸惑った。
 控えのゴーレムコマンダーの契約ノームなのだが、占領部隊である第八十九連隊の所属と記憶している。マルヴァド軍から鹵獲したゴーレムを使っていたはず。
 念の為に方位を聞くと「北東」だ。
 テーブルに広げたリスティア大王国の地図に刺したピンの頭のタグと、師団の編成表とを少年は照らし合わせる。
 そして首都の東にある軍港に刺してあった、小隊を意味するピン三本を抜いた。
(いきなり後方か)
 パトリアとの国境からはかなり距離がある。
 途中で警戒に引っかからずに来たとなると、かなり少数かあるいは――
(海からか)
 軍港を攻撃したのは、そこを使う為であろう。
 だが無傷で残っているパトリア海軍を警戒して、軍港は厳重に守られていたはず。
 となれば海と陸、パトリア海軍とリスティア残党との協同作戦か。
 いずれにせよ狙いは大王都。
(アラゾニキを放ったな)
 帝国の傀儡政権を潰すには元大王の復権が最適だ。
 そして六基のゴーレムを撃破もしくは無力化でき、シルフによる連絡がいまだ来ていないとなれば――
「師団長を呼んでください」
 シノシュがそう言うと、グラン・ノームのオブスタンティアがテーブル向こうの床に沈みこんだ。
 歩くより土中を行く方が速いのが土精だが、床から地面までまだ距離があった。
 旅館は一階でも床が地面から上がっているのだ。

 帝国征北軍本隊は、リスティア南部の交易都市に進駐していた。
 市民階級は町中の宿などに泊まり、大衆階級の下士官以下は町の外で野営だ。
 この町も食料の備蓄は少なく、徴収する際にかなり抵抗された。
 帝国は領主が食料を貯め込んでいると思っていた。
 パトリアへ攻め込んだ際に民衆から徴収したことは把握していたから。
 だが領主から大王が徴収していたのだ。
 大王都の備蓄も少なく、ホウト元帥はリスティア人たちに食料の行方を問いただした。
 そして絶望した。
 パトリア王国を占領するつもりだったので、大半を本隊が運んでいたのだ。
 そしてソロス川の濁流に飲まれた。
 大王都を制圧するや征北軍は帝国本土に、食料の大幅な追加を要請せざるを得なかった。
 既に前線では、マルヴァド軍よりも空腹の方が将兵を悩ませている。
 ホウト元帥ら征北軍司令部の悩みは、ゴーレム師団には届いていなかった。
 何千人も抱える歩兵師団と違い人数が少なく、下士官以上の精霊士が主な構成員であるうえ、エリート部隊なので食料が優先的に回されるからだ。

 シノシュは師団本部が借り上げた宿の一室で、師団長に報告するために各部隊の現在位置を地図に落とす作業をしていた。
 その最中にグラン・ノームが「ゴーレムからのノーム離脱」を感知したのだ。
 ただ大精霊の力をもってしても遠すぎるので、土中か否かが分かる程度。確認のための意思疎通は不可能だった。
 足音が廊下に響き、部屋の扉が開け放たれる。
「何ごとだ!?」
 居丈高に壮年の巨漢が入ってきた。
 第三ゴーレム師団「蹂躙」師団長アロガン将軍である。
 染髪中だったらしく濡れた髪の紫が濃くなっていたが、髭はそのままだ。
 若い副官のサーヴィター陸尉を引き連れている。
 染髪料の悪臭に表情を変えることなく、シノシュは直立不動で報告した。
「大王都の東、リマーニ軍港に配置したゴーレム六基全てから、ノームが出ました」
「理由は!?」
「申し訳ございません。不明です」
「まだシルフによる連絡は届いておらぬ!」
「申し訳ございません。存じあげません」
 師団長は口髭をしごいて地図をにらむ。
 軍港から抜いたピンは、その場に倒して置いてある。
「敵は北の軍港に上陸するはずだったが」
 それは独り言なので、シノシュは無反応を通した。
 現在本隊は大王都から南に二日進んでいる。
 直ちに引き返せば、大王都陥落には間に合わなくとも直後には到達し、旧政権復活を潰すことが可能だ。
 一方で、もう三日も南進すればパトリア国境の大河に到達できよう。
 しかし師団長の思考はその遥か手前で停滞していた。
「この軍港は守りが固いと聞いていたが」
 と首をひねっている。
 将軍が不思議がっている理由はシノシュに推測できた。
 不自然なゴーレム配置、北の軍港に一個大隊も置いたのは、そこに上陸するとの情報があったからだろう。
(その裏をかかれたな)
 シノシュは簡単に推測したが、そんな洞察力を持っているなどと教える愚は犯さず、沈黙を守った。
 若い副官が余計な事を言いだす。
「恐らくリスティア軍が反乱を起こしたのでしょう。ゴーレムコマンダーを人質にすれば、ノームは戻らざるを得ません」
「あり得るな――」
 もっともらしく頷く師団長だが、振りだけで理解はしていない。
「――あるいは陽動作戦ではないか? 北を攻撃するのに、こちらの注意を引きつけるための」
「慧眼であります、師団長閣下」
 副官がお追従を述べる。
(逆だろ!)
 どうしてもシノシュは内心での突っ込みを止められない。
 北に上陸するとの偽情報を流し占領部隊を北に吊り上げ手薄になった中枢を急襲した、となぜ考えられないのか。
 パトリアは、新型ゴーレムの存在をリスティア侵攻まで隠しきった国ではないか。
 極秘の作戦情報が漏れる方が不自然とは考えないのか?
「しかし何故、連絡がまるで無かったのだ?」
 二人して首をひねる師団幹部に、シノシュは内心でだけ呆れた。
 シルフが封じられた――グラン・シルフが出てきた以外にないではないか。
 そして大陸東部でマルヴァド王国以外のグラン・シルフ契約者はたった一人。
 パトリアの風に愛された少年。

 ルークスがリマーニ軍港に来たのなら、すべて説明が付く。
 否、それ以外に説明のしようがない。

 新型ゴーレムなら六機撃破も簡単だ。
 ルークスは船で、新型ゴーレムは海岸線を走らせれば作戦自体は難しくなかろう。
 もっとも帝国では「ゴーレムが走る」など信じられていない。
 シルフの報告だから疑う余地はないにもかかわらず。
 帝国では精霊でさえ「革新的でない」ので信用されないのだ。
 精霊使いにしても「グラン・シルフ契約者がゴーレムマスターである」点に疑問を抱かない程度だ。
 初めて新型ゴーレムの情報に触れたとき、彼が真っ先に抱いたのは疑問だった。
(どうやったらグラン・シルフ契約者がノームと契約できるのだ?)
 グラン・ノームと契約したシノシュが、シルフと契約するのは不可能だ。
 土精と相性が良いシノシュの気質を、風精が嫌うから。
 土と風は反対の属性である。
 土は冷にして乾なのに対して、風は熱にして湿なのだ。
 冷と熱とは打ち消し合うので同居は不可能。
 乾と湿にしても同様だ。
 これがシルフとノームなら、まだ可能性はある。
 水か火との相性が良ければ、その両隣の精霊との契約も、非常に困難だが不可能ではない。
 例えば火属性の熱と乾が強ければ、熱だけで風、乾だけで土もあり得る。
 だが大精霊となると話は別だ。
 両方とも強くなければ契約などできない。
 シノシュは冷と乾の土属性しかなく、風属性の熱も湿も持っていない。
 ルークスは土と風が逆転しているだけで、条件は同じはず。
 大精霊契約者が反対属性の精霊と契約するなど、精霊の特性上あり得ないのだ。
 この「精霊的にあり得ない事象」に比べたら、新型ゴーレムはそれほど不思議ではない。
 せいぜい革命的技術の実現なのだから。
 それに気付かない精霊使いたちに、シノシュは呆れていた。
 大衆階級なら洞察力を隠すこともあるが、市民階級にそれはない。

 シノシュは地図に目を落とした。
 大王都ケファレイオに刺さっているピンは八。二個中隊しかいない。
 北の軍港に二十本以上刺さっているのに、国の中枢に半分以下である。
 一晩で四十基撃破できる新型ゴーレムなら、殲滅は難しくあるまい。
 恐らく今夜にも――パトリアの新型ゴーレムは走れるのだから。
「よし、ホウト元帥に報告しよう。シルフから通報が来ているやもしれぬ」
 やっと師団長が前に進んだ。
 同じ無能でも「考える無能」は時間の浪費が酷い、とシノシュは内心で冷笑した。
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