一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第六章 帝国のゴーレム

連絡将校の夢

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 わずか二日間でエステル海尉の世界観は大変動した。
 二十一才のオミネム・エステルはパトリア海軍本部所属の将校である。
 先日、彼女はルークス卿の連絡将校に指名された。
 連絡将校は建前で、その実ルークスに対する諜報活動だと内々に知らされた。
 新型ゴーレムや精霊などの極秘情報、そして彼を操るのに必要な情報を収集するのが主な任務だ。
 その為には対象から信頼される必要がある。
 エクセル海尉は理解ある年上女性を演じた。
 前日、帝国艦三隻を拿捕だほした艦上で、ルークスが突然「上陸地点の変更」を言いだしたときも、笑みこそ消したが黙っていた。
 上陸地点の変更だけなら問題ない。むしろ望ましい。
 逆に「敵が待ち伏せている場所への上陸」に執着したら諫言かんげんする場面だ。
 問題は変更地点にあった。
 大王都ケファレイオの海の玄関であるリマーニ軍港は、難攻不落の要衝と呼ばれている。
 リスティア解放軍の参謀長が即座に「海からでは決して攻略できません」と断言したほどだ。
 岬に囲われた入り江にあり、岬に配備されたゴーレムの投石で「大型船も沈められる」と言う。
 しかもルークスが選んだ理由が「拿捕した艦隊の母港」だから呆れる。
 さすがに諫めようとした連絡将校の眼前で、対象はあっさり言った。
「岬のゴーレムは新型ゴーレムが片付けます」
「その新型はどこに?」
「その質問には答えられません」
 眼鏡の参謀長が顔をしかめるも、少年は涼しい顔だ。
 新型ゴーレムの所在はパトリア海軍も知らない。
 軍艦で運ぶとの偽情報まで流し、海に沈めてどこかへやってしまった。
 エクセル海尉は心中で毒づく。
(海底を歩かせるなら、鎧なんか積む必要ないでしょ)
 恐らく陸軍の連中も知らないだろう。
 だのに長身の将軍は澄まし顔で言う。
「思いも寄らぬ場所に来るのが、新型ゴーレム最大の強みですから」
 連絡将校は「新型ゴーレムが自艦に積載されている」とは夢にも思わなかった。
 水と空気以外の体積が一樽分しかない、などは誰にも想像できない。
 樽に収まるまでルークスも知らなかったのだから。

 話を真に受けたリスティア人参謀長は、新型ゴーレムありきの奇策を練り上げた。
「拿捕艦三隻を帝国軍艦に偽装――つまり現状のまま――当艦隊に追跡されているように装います。その三隻を軍港に突入させて――岬のゴーレムを港内に突き落とせますか? 大波を起こしたい」
 ルークスは二つ返事で「できる」と言ったあとで確認する。
「岬から落ちた先が海面なら」
「それなら大丈夫。切り立った崖の下はかなり深いはず」
「波が足りなかったら、イノリに飛び込ませましょう」
 初めてリスティア人は新型ゴーレムの呼称を知った。

 細部の確認で地図を見ていたルークスが、唐突に言いだす。
「旗艦を変更しないといけませんね」
「何故です?」
 ティモール提督が怪訝な顔になる。
「このデルフィナ号は浜に乗り上げてもらいますから」
 ルークスは軍港の南の砂浜を指した。
「そこで新型ゴーレムに武具を渡します。ですので旗艦はグライフェン号に戻して、ティモール提督には移乗してもらいましょう」
 慣れた艦を離れるのに難色を示した臨時提督を、ルークスは追いこむ。
「浜に乗り上げ動けない船で艦隊指揮ができますか? 軍港近くで乗り換えのために止めるなんてできませんよ?」
 ウンディーネがルークスの肩を突いた。
「ルークスちゃん、人間一人なら私たちが動いている船から船へ運べるわ」
「そりゃいいや。じゃあティモール提督には、海に飛び込んでもらって、ウンディーネたちに運ばせて、海面から甲板まで放り投げてもらおう」
「ルークス卿、あなたはもしご自分が『それをやれ』と言われたらやるのですか!?」
 たまりかねた提督に、ルークスは事もなげに言う。
「簡単ですよ。人間は飛び込むだけで、あとは精霊が運んでくれます。なんなら、今やってみせましょうか?」
 うな垂れたティモール提督は、事前の移乗に同意するしかなかった。

 ルークスが精霊を信頼する度合いに舌を巻きつつ、フォルティスは考えた。
「ルークス卿、敵艦隊の哨戒は今後密になるはずです」
「そうだね。そうやってリマーニ所属の艦隊は僕らを探しているから、出払っているだろうね」
 度を超した対象の楽観ぶりに、エクセル海尉は性格把握のために異を唱えた。
「しかしからにはしないでしょう。出入りもあるので、軍港に近づくほど発見される危険が増します」
「ここから北へ行くまでの間よりも、リマーニまでの方が遙かに短いし――」
(まだ子供だ。自分の意見に固執している)
 しゃべっているうちにルークスは、急に遠い目をした。
「――嵐の中、敵艦隊を探すってできる?」
「風雨が弱ければある程度は。昼中に限りますが。強い嵐では転覆や離散をしないよう操艦するので手一杯になります」
「じゃあ嵐に先行してもらって、それを追いかけよう。嵐に吹き込む風が使えるよ」
「しかし嵐は今、東にあって――」
「だから動かすんだよ。嵐を」
 昨夜、シルフたちに言った不可能事を口にした。
 連絡将校は信じなかった。昨晩も今も。
 だがグラン・シルフは「昨夜のうちに手順は組んでおります」と頷くのだった。 
(まさか、可能と言うの?)
 そして大精霊の号令一下、風精たちは一斉に東へと飛び去った。
 時折伝令が戻るくらいで、警戒要員まで動員した総掛かりである。
 嵐をどうやって動かすかはルークスも理解しておらず、説明はフォルティスの役目になった。
「嵐は気圧の山に押され、気圧の谷に引かれるそうです。シルフたちは嵐の前方に山を、嵐の西に気圧の谷を作ります。山は下降気流で、谷は上昇気流で作れるそうです。
「嵐の北で下降したシルフは海面ギリギリを嵐の西まで移動、そこで上昇、上空で転じ嵐の北へ行き、再び降下します。これを繰り返すことで嵐の北上を阻害しつつ、西に引っ張るのです」
「本当に可能なのですか?」
 エクセル海尉の問いかけにフォルティスはうなずく。
「原理的に可能だから精霊たちがは取りかかったのです。ただ嵐との力比べは『やってみないと分からない』らしいです」
 肯定されたので彼女は小躍りしたくなった。
(天変地異を制御できたら歴史が変わる)
 是が非でも成功して欲しいものだ。

 暗くなるころシルフの伝令が「嵐が西に動きだした」と報告した。
 風向きが変わり、向かい風を切り上がっていた艦隊は、南からの追い風を受けて北上ペースを速めた。
 風が強まり波も高まったので艦隊は帆を畳み、風上に舳先を向けて艦尾から吹き流しを垂らした。
 それでも風に押されて北に流されてゆく。
 夜が更けるにつれ、嵐が艦隊の北を横切ってゆくのをシルフが報告する。
 エクセル海尉は興奮を抑えきれなかった。
 嵐を自在に動かせるなら、望んだ場所に雨を降らせられるではないか。
 パトリア王国はもう干ばつに苦しむことはなくなり、敵国に洪水を引き起こせる。
 竜巻で海戦に勝つどころではない。
 天候制御能力をクナトス殿下が得れば、世界を掌中に収めるのも夢ではない。
(なんとしても、あの坊やを味方に引き入れなければ)
 彼女は決意をさらに固めた。

 夜が明けても全天が雲に覆われた空は暗い。
 シルフが「嵐はリマーニ軍港を逸れ、やや北に上陸した」と報告した。
 それでも軍港は暴風雨のまっただ中だ。
「やった! お疲れ。あとは嵐を北に追い払うだけだね」
 喜ぶルークスにシルフが笑いかける。
「精霊が疲れるかよ」

 夕刻、嵐が去った直後の軍港に艦隊は到着した。
 西日に照らされた海上に、他の艦影は見当たらない。
 作戦どおり帝国軍旗を掲げた拿捕艦が軍港に逃げ込む。
 デルフィナ号は舵の故障を装い砂浜に突進、波打ち際からかなり離れた位置で着底、停止した。
 海兵を乗せた長艇を水夫が下ろす。
 火矢を射られたら木造艦はひとたまりもない。砂浜に防衛線を敷く必要がある。
 エクセル海尉も降りる準備をし、舷側から海面を見下ろした。
 濁った波の引き際に砂州が見え隠れする。
「これだけ浅ければ、沈んでいたゴーレムも――」
 水夫たちが驚き騒ぐ方を見て、彼女は息を詰まらせた。

 艦尾の後ろに巨大な泥の女性――新型ゴーレムが立っているではないか。

「いつの間に――ルークス卿!?」
 少年の姿は甲板から消えていた。
 場違いな装いの者は従者と傭兵、陸軍の将兵しかいない。
 イノリは船倉から上げられていた槍を掴むと、索具が交錯する甲板から慎重に抜き取る。
 そして鎧は着けずに走りだした。
 既に拿捕艦隊は岬に隠れている。
 だが走る巨大な女性の姿に、エクセル海尉の懸念は吹き飛んだ。
 あっという間に新型ゴーレムは岬先端の作業ゴーレムを倒し、海に飛び込む。
 連絡将校は息を切らせて岬の尾根に駆け上がった。
 岸壁にゴーレムの残骸が点在している。
 新型ゴーレムは、都市を囲む城壁に達していた。
 城門を守る敵ゴーレムが戦槌を振り上げるや、イノリは一瞬で横に回りこんだ。
 槍でひと突き。
 直後にゴーレムが破裂して崩れた。
 最後の一基も同様に、神速の動きで破壊される。
 まるで亀と犬くらい、両者の動きに差があった。
「帝国が奪いに来るわけだ……」
 サントル帝国最大の強みである「圧倒的な数のゴーレム」を無効化してしまう新型ゴーレムに、エクセル海尉は笑いが止まらない。
 陸も海も、たった一基で制することができるではないか。
(何としても手懐てなずけるのだ。クナトス殿下が世界を掌中に収めるために!)
 その為に欠かせない、重大な使命を任された我が身をエクセル海尉は誇った。
 それだけプロディートル公爵に「信頼されている」ことを意味するのだから。
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