一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第六章 帝国のゴーレム

大王都急襲

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 三基の等身大ゴーレムを使って、アルティはイノリ用の新兵器を実験していた。
 安息日でも休むことなく。
 少しでもルークスの危険を減らそうと実験を繰り返し――失敗を重ねていた。
 工房近くの粘土山脇で実験する長女を、父親のアルタスが見守っている。
 ルークスを見守ってきたように。
 一基のゴーレムが金属製雨樋を支えていた。
 このレールにもう一基が、身の丈ほどもある鋼管の矢を乗せる。
 矢は全体がサラマンダーによって加熱されていた。
 レールに置かれた矢の後端――ノックには弦が通る溝はなく、中央に小さな穴が空いている。
 そこをゴーレムが針で突いた。
 内部で末端を塞ぐガラス板が割れ、穴から高圧高温の水蒸気が猛烈な勢いで噴きだす。
 その反作用で矢は飛びだした。
 白い尾を引いた矢は、前方の粘土塊に突き刺さった。
 加熱された先端部で粘土に含まれる水分が瞬時に蒸発、膨大な体積となる。
 その圧力に負けた矢が押し出され、穴から粘土かすと湯気が噴きだす。
「これだと抜けちゃうか……」
 アルティは肩を落とした。
 矢に推進用の瓶を付けるのではなく「鋼管で作った矢の内部に水蒸気を閉じ込める」までは良かった。
 戦闘用ゴーレムに突き刺さる速度が得られたのだから。
 だが刺さりはするが、穴を塞ぐ円錐金具で止まってしまう。
 金具より後ろに返しがあっても無意味だ。
 だが返しが前にあると穴が広がり、金具で穴を塞げなくなる。
 金具を大型化すると重量と空気抵抗が増え、速度が落ちてしまう。
 それで返しを小さくしたのだが、引っかかりが少なすぎて抜けてしまった。
 火炎槍は突いた後もイノリが押えているから、円錐金具でしっかり穴を塞げるのだ。
「もっと水分を増やして速度を上げるか」
 矢を回収したゴーレムが、矢の後端を塞ぐ穴あきの栓を回し抜いた。
 矢尻を上にしてガラスの破片を桶に捨てる。
 計量した水をアルティが斜めにした矢に注ぎ、ガラス板で塞ぐ。
 ゴーレムは栓をねじ込んでから矢を炭火の上にかざす。
 サラマンダーのシンティラムが炭火で矢を炙り、先端と中の水を加熱する。
 それをゴーレムが雨樋に乗せ――
 いきなり破裂音がして矢が飛びだした。
 勢いが付かない矢はすぐ落ちて、地面に刺さり泥混じりの蒸気を弾けさせる。
「怪我は無いか!?」
 アルタスが駆け寄った。
「大丈夫。でも、何が起きたの?」
 サラマンダーが見たままを説明する。
「ゴーレムが針で突かないうちに、矢が水蒸気を噴きだして飛んだ」
 ゴーレムが回収した矢を見ると、後端のねじ込み部で千切れ、栓ごと無くなっていた。

 矢の破断部が花弁状に裂け、めくれて広がっている。

「どうしてこんなことに?」
はがねが疲れたんだ」
 ぼそりとアルタスが言う。それでアルティも理解した。
 以前ルークスが話した金属疲労――加熱と冷却を繰り返すと金属は弱ってゆく――だ。
 しかも加熱のたびに内側から猛烈な圧力を受けていた。
 管の中で一番薄い部分、末端のねじ込み部が最初に壊れたのだ。
 千切れた矢の末端を見ているうちに、アルティの中で何かが閃いた。
 花弁状に裂けた破断部をしげしげと観察し、答えを導く。
「突き刺さってから内部で広がれば……抜けるのを止められる?」
 刺さるまでは細いままで、内部で破断して広がれば、返しの替わりになる。
 火炎槍と違い矢は使い捨てるのだ。壊れても問題ない。
 変形や破断が、敵ゴーレムの内部で起こるよう加減すれば良さそうだ。
「できる? いや、やってみて、手直しすればいいんだ!」
 突破口を発見してアルティは興奮した。
 地面に枝で線を引き、閃きを具体化し始める。
 その様にアルタスは目を細めた。
 物作りの血は、ちゃんと我が子に受け継がれていたのだ。

                  א

「アラゾニキが震えあがったのも無理からんな!」
 剛胆な騎士でさえ、不安定な高所で大きく上下動させられると肝を冷やした。
 しかも暗闇を、馬より速く進んでいるのだ。
 甲冑を着け槍を背負ったイノリが両手でプレイクラウス卿を持ちながら、夜道を走っていた。
 上陸が当初計画より遥か手前、しかも三日も早かったせいで、作戦目的の帝国軍補給部隊はまだリスティア国内に入っていなかった。
 一方パトリア王国にとって物資より重要な、外交の交渉相手が指呼の間にいる。
 帝国もしくはリスティア政府が、連絡が取れなくなったリマーニ軍港が「占拠された」と気付くのは時間の問題だ。
 気付いて奪還部隊を寄越すなら良いが、大女王が逃げ出したら面倒になる。
「逆に、大女王さえ押えてしまえば勝ちだな」
 そうルークスは考え、その日のうちに大王都ケファレイオ行きを決めた。
 ゴーレムを始末すれば、帝国兵は逃げ散るだろう。
 後はリスティア解放軍が到着するまで、大女王を逃がさなければ良い。
 その案にプレイクラウス卿が乗っかってきてしまった。
 確かに今ヴラヴィ大女王を寝返らせれば、帝国軍を丸ごと敵地で孤立させられる。
 そうなれば敵は進撃どころではない。
 全力で大王都を奪還しに戻るはず。
 補給を断つより確実に、祖国を守れるではないか。
「この機を逃す手はない!」
 これにはルークスが困った。
「制圧前の城に乗り込むなんて自殺行為ですよ!」
「一国の使者をむざと殺しはすまい」
「殺す国ですよ! リスティアも帝国も」
「夜に崖っぷちで騎馬戦をする程ではなかろう」
 外交の責任者はプレイクラウス卿なので、作戦指揮官のルークスは説得以上はできない。
 フォルティスやスーマム将軍の反対も押し切って出発されてしまった――馬で。
「帝国軍がゴーレムを野放図に歩かせたあとじゃ、街道だってどんな状態か」
 とのルークスの声は届かなかった。
「騎士殿は焦っているようだぜ」
 と傭兵サルヴァージが嘲笑したが、それが正解だとルークスには思えた。
「道路事情も分からない夜道を馬で行くなんてバカじゃないか」
 イノリに乗ってから少年は毒づいた。

 懸念は的中し、町をでて半刻足らずで馬は足を挫いてしまった。
 女王陛下の名代を置き去りにできず、結果イノリが騎士を運ぶことになったのだ。
 走りだして一刻あまり、林の脇でプレイクラウス卿が声を上げた。
「ルークス卿、一度下ろしてくれ」
 木陰で用を足してきた。
「アラゾニキではあるまい、垂れ流した姿を見せるわけにゆかぬからな」
 危機感を欠いた騎士にルークスはいら立った。
 外交交渉中の暗殺――それはルークスのトラウマであった。
 その為かなり過敏になっている。
 リスティア解放軍が城内を掃除したあとなら、その心配はなくなるのだが。
 解放軍の先鋒とパトリア軍もリマーニを出発はしたが、馬もゴーレムも足りないので徒歩だ。
 大王都に着くのは、強行軍でも明日の午後になる見込みである。
 ルークスは「プレイクラウス卿に振り回されている」と腹を立てた。
 一方で先輩騎士は「ルークスが作戦変更をした尻拭い」と考えている。
 二人は互いに相手を「言いだしたら聞かない頑固者」だと認識していた。

 夜半に大王都の城壁が見えた。
 ルークスはイノリを止めて様子をうかがう。
 東の門に二基ゴーレムがいた。夜目に鎧が暗く見えるのは、赤いからだろう。
 帝国軍の主力クリムゾン・バーサーカーだ。
「もう一基はどこだ?」
 帝国軍が三基で一個小隊の編制を、二基で一個小隊に変更した事実をルークスは知らなかった。
 パトリアの間諜が「ゴーレムの総数は変わらない」と報告をしなかったためだ。
 サントル帝国では闇雲な革新による制度変更が頻発するうえ、すぐ戻すことも多かったので、重要ではない変更は無視されてきた。
 小隊編成の変更は、ゴーレムの運用変更を意味する重要案件だったが。
 軍事に疎い文官が選んだ人材なので、知識に欠けていたのだ。
 大王都ケファレイオに配置された帝国軍ゴーレムの詳細をシルフが報告した。
「三箇所の門外に二基ずつ、町中に二基ずつ五箇所か。帝国は小隊編成を変えたんだな」
 二基で小隊か班かは不明だが、基本単位が二基になったのは間違いない。
 現場を見ただけでルークスは正解を導いた。
 元より単独行動のイノリにはあまり影響しないが、小隊単位で戦うゴーレム大隊は戦術を見直す必要が出る、
 ルークスはシルフをスーマム将軍と本国とに送った。

 都市が見える木立に、イノリはプレイクラウス卿を置いた。
「ゴーレムを片付けるまで待っていてください」
 グラン・シルフの指図でシルフたちが大王都を強風に包み込む。
 ルークスは東門を守るゴーレムに向け、イノリを走らせた。
 砂塵で月が煙る中、赤い鎧を着けた赤土のゴーレムが急速に迫る。
「これがクリムゾン・バーサーカー!? 鎧に色ムラがあるし、作りも甘い!」
 ゴーレムスミスの腕ではパトリアが上と見て取り、ルークスの口角が上がった。
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