一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第六章 帝国のゴーレム

大女王

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 その少し前――
 西門は帝国軍に破壊されていたので、イノリが大王都ケファレイオに入るのには苦労しなかった。
 都内も暴風が吹き荒れ、ルークスを収めた水繭の内面には、周囲の建物がぼんやりしか映らない。
 だがルークスは困らなかった。
 敵ゴーレムの位置は全て分かっているのだから。

 人間は光を媒体にして物を見る。
 精霊はそれに加え、自分が司る物質を媒体にもできるのだ。
 シルフなら空気、ウンディーネが水を媒体にするように、ノームは土を媒体にして物を見る。
 だからノームはゴーレムの内にいながら、外の様子が分かるのだ。
 ルークスはシルフの友達から彼らが「空気を通さない境界」を遠方から認識できると聞いていた。
 色や明るさなど光が生む要素は分からないが、表面の形状は手に取るように分かる。
 地面や水面に限らず、生き物などの動きも目以上に良く見える・・・とのこと。
 だので夜間、強風が砂塵を巻き上げ視界を閉ざす中でも、敵ゴーレムの位置どころか姿勢まで事細かに、シルフから情報を得られた。

 帝国軍がゴーレムを置いたのは、大通りや広場など「ゴーレムが動くのに支障がない」広い場所だった。
 しかも大王都は道幅がやたら広い。
 西門から東へ真っ直ぐ延びる大通りをイノリが走っても、何かにつまずく恐れはなかった。
 砂塵の切れ間に巨大な影を確認。
「ジャンプ!」
 事前の打ち合わせどおり、助走を使ってイノリは高々と跳躍した。
 巨大なゴーレムを上から攻撃する敵は存在しない。
 振り下ろされる戦槌にしても、目の前の同輩が握っているのだ。
 ゴーレムの身長ほど跳躍する敵など、ノームはもちろんゴーレムコマンダーにも想定外である。
 イノリに気付いたクリムゾン・バーサーカーは動き始めたばかり。
 対応に困り停止しようとした。
 しかし慣性力が働き、止まるまで惰性で動く。
 その僅かな間にルークスは、落下速度を加えた火炎槍を、敵ゴーレムの喉元に突き込んだ。
 イノリの着地と同時に内部から破裂。
 バーサーカーは両腕を左右に、頭部を後ろに落とす。
 空になった鎧の上半身も落ち、破断面に砕けた核の残骸が顔を出していた。
 僚基がルークスに盾を向けてくる。
 イノリは素早く横移動、盾がない右側に回りこむ。
 戦槌を振り上げかけた右腕の、脇の下に火炎槍を突き刺す。
 右腕が吹き飛んだゴーレムは、バランスを崩し左に倒れた。
「止めを刺すのは後にしよう」
 ルークスは次の敵へとイノリを走らせる。

 残り八基はほどなく全滅した。

                  א

 謁見の間には既にパトリア王国の使者が到着していた。
 緋色の絨毯に立つ騎士の、灯りを照り返す金具や金色の髪が身分卑しからぬことを示している。
 立派な体格と相まって、若年ながら風格を漂わせていた。
 対して広間に入ったヴラヴィは、痩せた肢体に深い青のドレスをまとい、亜麻色の髪に乗せたティアラを落とさないよう歩くのさえおぼつかない。
 やや垂れた目で茶色い瞳が泳いでいて、前を歩く女官長に付いてゆくのがやっとであった。
 不安と緊張をまとった大女王が玉座に腰を下ろすと、使者はその場で膝を着く。
 少女は声を震わせないよう細心の注意で発言した。
「私がリスティア大王国君主ヴラヴィ・トゥ・インミーラです」
「ヴラヴィ大女王に拝謁賜り、恐悦至極にございます。パトリア騎士団所属プレイクラウス・エクス・エクエス卿であります。主君フローレンティーナ女王が名代として参上いたしました。帝国軍の主力が戻る前に交渉する為とはいえ、夜分に押しかけた無礼、平にご容赦を」
「用向きをうかがいましょう」
 ヴラヴィは裏返りそうになる声を必死に押えた。
 鋭い視線で少女を射すくめたまま、騎士は口上を述べる。
「我が主君フローレンティーナ女王には、ヴラヴィ大女王陛下を正当なるリスティア大王国の君主であると、承認する用意がございます」
「!?」
 突然な申し出に少女は驚愕した。
 あまりに都合が良すぎて、耳を疑ってしまった。
 騎士は丸めた書状を、女官に渡した。
 受け取った女官長が蝋の封を切って羊皮紙を広げ、ヴラヴィに見せる。
 そこにはパトリア王国女王名で、騎士が伝えた内容が記されてあった。
 使者は言う。
「我がパトリア王国は、対帝国包囲同盟に加盟した隣国を欲しております。当然ながら、我が国に敵対しない国家を。貴国がその条件に合致するならば、承認はもちろん友邦として援助する用意がございます」
 願ってもない話だが、ありがた過ぎて逆に怪しい。
 女官長も顔を引き締めているので、ヴラヴィは様子をうかがう。
「援助の、具体的内容は?」
「早急に行うべきは、貴国に侵入した帝国軍の撃退にございます。さし当たっては、帝国軍のゴーレムを片付けましょう」
「――あの、新型ゴーレムで、ですね?」
「御意。我がパトリア王国が開発した新型ゴーレムは無敵にございます。先ほどの活躍をご覧いただけたなら、決して誇張ではないと理解していただけるものと存じます」
「帝国軍は七万もおります。ゴーレムも四百基。撃退が可能と?」
「七万人。一日二食で十四万食。十日で百四十万食。その食料、どこで得られますか?」
「帝国から物資を運ぶと聞いています」
「途中で奪ってしまえば届きません。我が新型ゴーレムが、護衛のゴーレムを撃滅しますゆえ」
「では町々を略奪して回るでしょう」
「ゴーレム無き軍隊が町を落とすのは至難でございます。籠城していれば、程なく攻撃側が餓えて潰れるでしょう」
「まさか……帝国軍に勝てると?」
「確約できるのは、帝国軍のゴーレムは全て、我が新型ゴーレムが撃破するということです」
 話が現実味を帯びてきたので、ヴラヴィは踏み込んだ。
「それで帝国軍が帰ったとして、我が国はどうなります?」
「現在、リスティア解放軍がリマーニ軍港より進軍中でございます。我が国の捕虜となった将官士官が、軍港や周辺で集めた兵をまとめております。私めが出発した時点でおよそ二千。都に到着次第、大女王陛下の旗下に入る手はずです」
 軍隊が持てる!
 ヴラヴィに希望が見えた。
 傀儡ではなく、本当に君主になれる未来が訪れるのだ。
 両親兄弟の無念を晴らすには、これ以上ない申し出ではないか?
 だが身内の裏切りにあった少女は慎重だった。
「もし、断ったらいかがされます?」
「我が国が必要とするのは、対帝国包囲同盟に加盟した、我が国に友好的な隣国であります。その条件に合致するならば、アラゾニキ四世であろうと――」
「それだけはダメ!」
 思わず叫んでしまった。
 ヴラヴィは咳払いして呼吸を整える。
「それだけは、なりません」
 俯いた大女王にパトリア騎士は語りかける。
「もし、我が国と貴国との間に和議が成立したならば、捕虜を引き渡す用意がございます」
「それは――アラゾニキのことですか?」
「御意。それを提案したのは、彼を捕虜にした本人ですので問題ありません」
「本人?」
 顔を上げてヴラヴィは、広間が明るくなっているのに気付いた。
 東の海から太陽が昇ろうとしているのだ。
「はい。新型ゴーレムのマスターです」
 騎士が手で外を示す。
 バルコニーの向こうに立つ新型ゴーレムの手の平に、小柄な人影が立っていた。
「子供?」
 プレイクラウス卿は勝負時と見て声量を上げる。
「彼がアラゾニキ四世を捕縛した少年です。敵ゴーレム撃破の勲功と合わせ、異例ながら未成年でフローレンティーナ女王陛下の騎士に任じられました――」
 少年の周囲をシルフが飛び交っている。
「――彼こそ風に愛された少年、グラン・シルフ契約者、そして新型ゴーレムを開発したゴーレムマスター、ルークス・レークタ卿です」
 騎士と呼ぶにはあまりに幼く、腰の剣が大きすぎる。
「あんな少年が……あの暴君を……」
「あのゴーレムの手でアラゾニキを掴み、ここよりパトリアの王都アクセムまで走らせました。宙吊り状態で揺すられたアラゾニキは、失禁したうえに歯の根が合わぬほど震えていたそうです。しかもその醜態を、貴国の民衆に晒したとのことでございます」
 ヴラヴィの目から涙がこぼれた。
「あの暴君に……生き恥をかかせてくれた……」
「ルークス卿にとってアラゾニキは両親の仇でした。九年前の戦争で勝利に貢献したゴーレムコマンダー、ドゥークス・レークタが彼の父親で、アラゾニキの手により夫人と共に暗殺されたのです」
「彼もアラゾニキに両親を!?」
 あそこにいるのは、もう一人の自分だ。ヴラヴィはそう思った。
「そして恐れ多くも大女王陛下を承認し、アラゾニキを引き渡してしまえ、と主君に奏上したのも、彼でした」
 ヴラヴィは大きく頷いた。
 自分と同じ目に遭った者が、彼女に報復と自立の機会をくれたのだ。
 自らの手で仇敵に報復することなく。
 大女王は玉座から立ち上がった。
 バルコニーに歩み出る。
 ゴーレムの手に乗った少年は、東を指さした。
「あそこに、あなたの軍隊が」
 城壁の先、朝日が昇る海の方角から、騎馬の集団が列をなして来る。
 豆粒より小さいが、翻る国旗は間違いなくリスティア大王国のものだ。
 軍港周辺で馬をかき集め、死に物狂いで駆けつけたのは百騎ほど。
 それを見てヴラヴィは目を閉じた。
「分かりました。フローレンティーナ女王陛下よりの申し出、お受けいたします」
 それを聞いてプレイクラウス卿は卒倒しかけるほど安堵した。
 初めての外交交渉、それも祖国の命運を決める大勝負に勝ったのだ。
(だが――)
 と若き騎士はバルコニーの外を見つめる。
 やはりルークスだった。
 彼の活躍が全てを決したのだ。
 帝国軍のゴーレムを撃破しただけでなく、アラゾニキを捕らえたこと、ヴラヴィ大女王承認とアラゾニキの引き渡しを奏上したこと。
 視野の広さが騎士のレベルを凌駕している。
 ゆえに、忠誠を捧げられた主君のみならず、隣国の君主さえ動かしてしまった。
 そのことが、プレイクラウス卿の胸中に言い知れぬ違和感を呼ぶのだった。

 この日、リスティア王国・・新政府は、対帝国包囲同盟加盟を宣言。
 パトリア王国と和議を結んだ。
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