133 / 187
第六章 帝国のゴーレム
苦戦
しおりを挟む
パトリア王国の首都アクセムにある王城は、夕焼けに染まっていた。
だが女王フローレンティーナの心は、夜明けを迎えたように明るくなっている。
ルークスから連絡が届いたのだ。
自軍後方に新型ゴーレムが現れたら、帝国軍はどう動くか?
帝国軍が宣言したとおり「作戦目標がルークスと新型ゴーレム」なら、本隊が反転するはず。
その回答が出た。
ルークスから使わされたシルフは明言する。
「本隊は動かず。兵一個師団とゴーレム一個連隊のみを向かわせた、だってよ」
王城の連絡所を通さず女王に直接報告したので、行き違いが生じる余地はない。
「朗報です。よく知らせてくれました」
「大したことないよー。おいらはルークスに頼まれただけだからさ」
フローレンティーナの感謝に、シルフは得意げに執務室の天井付近を飛び回る。
そんなシルフに、女王は彼が最も喜ぶことをした。
「ルークスに伝えてください。『あなたのお友達が知らせてくれたので、心のつかえが取れました。ルークスにはいくら感謝してもしきれません』と」
「任せておけ! ルークスの元へひと吹きだ!」
シルフは真っ直ぐ窓から飛びだした。
にこやかに見送る女王に宰相は怒りをぶつける。
「喜んでいる状況ではありませんぞ! 帝国軍は、ここ王都に来るのですぞ!」
外相に負けないくらい蒼白になった宰相に、横合いから声がする。
「おや? 帝国軍がリスティア侵攻を始めた時点で予想されていたことでは?」
涼しい顔で痩せた参謀長が言う。
「そんなことより『ルークス卿を引き渡せ』などという無茶な要求が、我が国の結束を乱すための策略と判明したことを喜びませんか?」
「しかし、新型ゴーレム無しで帝国軍を防ぐなど不可能ですぞ!」
その新型ゴーレムを「帝国に引き渡せ」と言ったことを忘れた宰相に、プルデンス参謀長は苦笑した。
「何の為にルークス卿が寡兵を率いて敵軍後方に上陸したか、まだご理解いただけないとは。参謀長として不明を恥じるばかりです」
意趣返しをしてから口調を改める。
「ご心配なく。帝国軍は国境まで辿り着けません。数日中に本隊も引き返します」
「なぜ分かる!?」
「その為の作戦をルークス卿が実行しているからです」
ネゴティース宰相は「上陸地点を勝手に変えた」だの「大王都攻略は補給部隊攻撃後だった」と、些末なことでケチをつけた。
これを参謀長はにべもなく切り捨てる。
「現場の判断で臨機応変に対応するのが戦争です。作戦の大目的である帝国軍の真意を知ることと、リスティア新政権を味方につけることは共に成功しました。実に大戦果ですな」
「しかし、まだ本隊は戻っていないではないか!」
「敵将が予想以上に愚かだっただけのこと。自分たちが危機的状況にいることも分からないのですから」
「敵を侮るのは愚者のすることだ! 一部隊のみ引き返すのは、当初の想定にあったではないか」
「それは北の軍港から補給路を脅かした段階での話です。だが今は、大王都を落とされリスティア王国が離反、帝国軍は敵地で孤立したも同然です。だのに戦力の逐次投入という最悪な手を打ちました。これを愚かと呼ばずしてなんとします?」
「しかし、連中は交易都市を押えているぞ」
「二千人都市で四万の将兵が養えると? 早晩食料を食い尽くし、住民と戦うことになりましょう」
「他の都市から運べば良い」
「それだけの輸送能力を帝国軍本隊は有していません。たとえ各領主が協力したとしても、我が国との戦いで荷車やゴーレムの相当数を失っています。帝国軍は本国からの食料を待つか、食料がある場所へ行くしかないのです。そして前者を止められようとしているのに後者――ケファレイオ行きをしなかった。宰相殿はこの判断を賢明と思われますか?」
これ以上ごねたら「自分が愚かだ」と告白するも同然なので、初老の宰相は口をつぐむしかなかった。
ただプルデンス参謀長は一つだけ間違えていた。
帝国軍の指揮官は愚かではない。
政治将校が愚行を強いたのだが、そこまではパトリア軍の知恵袋にも想像できなかった。
外部から見えるのは「帝国軍司令部が愚かな判断をした」だけなのだから。
א
月明かりの夜道を、ルークスはイノリに走らせていた。
「船を下りてからずっとイノリにさせていて、皆と会えないから寂しいよ」
水繭の中で親友たちに言う。
特に、左肩にノンノンがいない事に強い違和感を覚えるのだ。
「ルークスちゃん、少し大人になりましょうね」
リートレが大人の声を水繭に響かせた。
走り続けて深夜を回るころ、インスピラティオーネが警告する。
「主様、間もなく敵の野営地に到着します」
「帝国のシルフは?」
「友達がもてなしております」
「じゃあ気付かれていないね」
「ですがゴーレムは動いております」
「移動しているの?」
「野営地の周囲を回っています」
ルークスは野営地に近い丘の反対側に回りこんだ。
イノリから出て丘の上から野営地を見る。
月明かりだけで良く見えないが、大きな影が動いているのは分かった。
七倍級の大きさだが細身である。
内骨格を採用した軽量型ゴーレム、クリムゾン・レンジャーに違いない。
いくつもある焚き火が野営地で、その周りを歩き回っているようだ。
焚き火を遮る際にシルエットが見えた。
「物音を立てていたら警戒にならないのに。それとも威嚇かな?」
ゴーレムがいない部隊にとっては、軽量型でも十分脅威となる。
ルークスはイノリに戻って、カリディータに火炎槍を炙らせた。
シルフに風を起こさせ、人間の視界を閉ざさせる。
「それじゃあ、新型ゴーレム同士の対決といきますか」
ルークスはイノリを走らせた。炎の軌跡を残しながら。
夜襲に気付いた帝国軍はレンジャーの足を止めさせた。
そこにイノリが突撃する。
レンジャーは前掛け程度の胸当てしか着けておらず、腹部や側面は土が露出している。おまけに盾も無い。
正面のレンジャーが両手で戦槌を持ち上げた。
イノリは右側面に回りこみ、横から突きで脇腹を突いた。
穂先を炙っていたサラマンダーは、円錐金具の背後に退避している。
鋼板を巻いて作られた金具は大型化され、裏側にカリディータが隠れられるようになっていた。
実体を持たない精霊は物理的衝撃に害されはしない。
ただ土と金属、爆裂する水蒸気という「火も可燃物も無い世界」は火精的に苦しいものだ。
火精使いでもある開発者アルティの気遣いである。
右腹部の土が吹き飛び、バランスを崩したレンジャーは横に倒れた。
背骨が上半身と下半身を繋いでいるので、大破はしたが撃破には至らない。
イノリの右からレンジャーが接近してきた。
振り下ろされる戦槌を火炎槍の柄で逸らし、右脇の下を横から突き。
右肩から右脇までの土が吹き飛び、右腕がだらりと下がった。
露わになったのは肩の球状関節と鎖骨、背骨と――肋骨だった。
人間と違って内臓が無いので、背骨は胴体のほぼ中心を通っている。
その胸部に卵型の金属格子があった。
格子の卵は人間よりやや小さく、中にも土が詰まっている。
「あんな部品が! 核をあれで守っているのか」
人間の肋骨と同じように重要部品を守っているらしい。
「王宮工房の模型には無かったな。そうか、前掛けみたいな鎧は、あの部分を守っているんだ」
胸当てと土、さらに鋼鉄の格子によって守られた核なら、戦闘ゴーレムの戦槌にも耐えられるだろう。
軽量型ゴーレムは防御力は弱いが、最重要部品は従来型より厳重に守られていた。
「核も小さいんじゃないか?」
強度を持たせるために、七倍級ゴーレムの核は人間の子供ほどの大きさがある。
肋骨との間に土があると考えると、軽量型ゴーレムの核はその半分もない。
結晶が小さい、それは最も高価な部品がより安く、より簡単に作れることを意味する。
「やるじゃないか、帝国の技術者も」
ルークスの口元が緩む。
軽量化と防御力の両立という無茶な要求だったに違いない。
それを内骨格に生物を同じ「臓器を守る」機能を持たせて実現したのだ。
そんな技術者にルークスは敬意を覚えた。
「主様、敵が接近しています」
インスピラティオーネの警告でルークスは我に返った。
「おっと考えこんでいた」
レンジャー三基が迫っており、うかうかしていると包囲されてしまう。
さらに砂塵を突いて通常型のバーサーカーも接近しつつあった。
「こちらの位置は分かっているね。コマンダーから見えるのかな?」
ノーム同士で連携しているなら、この部隊はパトリア軍に匹敵する練度となる。
左から振られたレンジャーの戦槌を火炎槍の柄で逸らせ、地面を叩かせた。
その隙に後ろに素早く下がり、イノリは包囲を脱する。
そして外縁のレンジャーの背中を突いた。
ガチっと固い手応えで、穂先が背骨に当たったのを感じた。
突き刺した周囲の土が剥がれ落ちただけで、ほぼ不発だった。
突かれた反動でレンジャーは前のめりに倒れる。
「どういうこと?」
考える暇もなく、次のレンジャーが襲い来る。
後ろに避け、左に回りこみ脇腹を突く。
左脇の土が吹き飛び、肋骨が剥き出しになる。中の土はぎっしり詰まったままだ。
そして骨組みが支えるので撃破にいたらない。
横合いから戦槌が振られてきた。
下がったところにもレンジャーが来る。
「従来型より速いだけじゃない。視界を塞いでいるのに着実に接近してくる。たまたまコマンダーが近くにいるんじゃなくて連携している!」
「主様、敵兵は混乱して逃げ惑っております。しかしゴーレムの動きは統制がとれております」
「そんな真似、グラン・ノームがいない限り不可能だ」
言ってから答えに気付いた。
「そうか、グラン・シルフがいる大部隊なんだ。グラン・ノームがいても不思議じゃないよな」
ゴーレムを一個師団も投入した、大戦以後最大の戦役なのだ。
ゴーレムコマンダーが状況を把握できなくても、グラン・ノームが「自分の影響下にないゴーレムを攻撃しろ」と命じれば、ノームは敵味方を識別して行動できる。
ルークスの父親がリスティア軍相手にやったように。
「グラン・ノームはどこだ?」
いずれかのゴーレムの内か?
「戦闘に参加しないゴーレムがいたら教えて」
しかしすぐ自分で否定した。
「こんな小部隊にいるわけないか」
いるとしたら本隊だろう。
「となると、グラン・ノームはかなりの距離で制御できる? それとも分割前の指示がいまだに有効なのか」
後者の方が納得できる。
リスティア侵攻するにあたり、帝国はリスティア、マルヴァドに加えパトリア軍も想定しているはず。
寿命という概念が無い精霊の時間感覚は、基本的に人間より遥かにのんびりだ。
一度指示されたら帰国するまでだって続けられる。
それを利用してルークスは敵シルフの妨害を「排除」ではなく「遅延」にしたのだ。
その間もレンジャーとバーサーカーがイノリに迫ってくる。
「バーサーカーがケファレイオで動かなかったのは、町に被害を出さないためだったのかな」
近づくレンジャーに攻撃を空振りさせ、火炎槍で膝を突く。
固い手応えがして、土は破裂せずに膝周りから土が剥がれ落ちた。
転倒するレンジャーを見てルークスは理解した。
「そうか。穂先の熱が骨に奪われるのか」
土は熱を伝えにくいからこそ、穂先周辺で水蒸気が一気に発生するのだ。
だが金属は熱を伝えやすい。穂先の熱を伝導という形で奪ってしまう。
たとえ土が剥がれ落ちても、骨組みが全身を維持するので撃破に至らない。
弱点の核は金属格子で火炎槍の穂先からも守られている。
「これは、手強い……」
動きが速いうえに倒しにくい。
従来型ゴーレムの敵ではない軽量型ゴーレムだが、ことイノリ相手になると最大の脅威であった。
ルークスは包囲されないよう神経を使う。
ゴーレムコマンダーからの視界を閉ざしても「グラン・ノームの影響下にないゴーレム」というだけで、向こうはイノリを特定できるのだ。
幸いレンジャーの鎧は一部だけなので、隙間を狙う必要はない。
手当たり次第に突いて次々大破させる。
「いけるか?」
そうルークスが思った途端、急にイノリがつんのめった。
右足が引っかかったらしい。
咄嗟にノンノンが左足を出して転倒を防いだ。
「何があったの?」
ルークスはイノリの顔を右足に向ける。
レンジャーが倒れたまま、イノリの右足首を掴んでいた。
鎧の部分以外は掴み潰されている。
動けないイノリに、レンジャーとバーサーカーが群がってきた。
だが女王フローレンティーナの心は、夜明けを迎えたように明るくなっている。
ルークスから連絡が届いたのだ。
自軍後方に新型ゴーレムが現れたら、帝国軍はどう動くか?
帝国軍が宣言したとおり「作戦目標がルークスと新型ゴーレム」なら、本隊が反転するはず。
その回答が出た。
ルークスから使わされたシルフは明言する。
「本隊は動かず。兵一個師団とゴーレム一個連隊のみを向かわせた、だってよ」
王城の連絡所を通さず女王に直接報告したので、行き違いが生じる余地はない。
「朗報です。よく知らせてくれました」
「大したことないよー。おいらはルークスに頼まれただけだからさ」
フローレンティーナの感謝に、シルフは得意げに執務室の天井付近を飛び回る。
そんなシルフに、女王は彼が最も喜ぶことをした。
「ルークスに伝えてください。『あなたのお友達が知らせてくれたので、心のつかえが取れました。ルークスにはいくら感謝してもしきれません』と」
「任せておけ! ルークスの元へひと吹きだ!」
シルフは真っ直ぐ窓から飛びだした。
にこやかに見送る女王に宰相は怒りをぶつける。
「喜んでいる状況ではありませんぞ! 帝国軍は、ここ王都に来るのですぞ!」
外相に負けないくらい蒼白になった宰相に、横合いから声がする。
「おや? 帝国軍がリスティア侵攻を始めた時点で予想されていたことでは?」
涼しい顔で痩せた参謀長が言う。
「そんなことより『ルークス卿を引き渡せ』などという無茶な要求が、我が国の結束を乱すための策略と判明したことを喜びませんか?」
「しかし、新型ゴーレム無しで帝国軍を防ぐなど不可能ですぞ!」
その新型ゴーレムを「帝国に引き渡せ」と言ったことを忘れた宰相に、プルデンス参謀長は苦笑した。
「何の為にルークス卿が寡兵を率いて敵軍後方に上陸したか、まだご理解いただけないとは。参謀長として不明を恥じるばかりです」
意趣返しをしてから口調を改める。
「ご心配なく。帝国軍は国境まで辿り着けません。数日中に本隊も引き返します」
「なぜ分かる!?」
「その為の作戦をルークス卿が実行しているからです」
ネゴティース宰相は「上陸地点を勝手に変えた」だの「大王都攻略は補給部隊攻撃後だった」と、些末なことでケチをつけた。
これを参謀長はにべもなく切り捨てる。
「現場の判断で臨機応変に対応するのが戦争です。作戦の大目的である帝国軍の真意を知ることと、リスティア新政権を味方につけることは共に成功しました。実に大戦果ですな」
「しかし、まだ本隊は戻っていないではないか!」
「敵将が予想以上に愚かだっただけのこと。自分たちが危機的状況にいることも分からないのですから」
「敵を侮るのは愚者のすることだ! 一部隊のみ引き返すのは、当初の想定にあったではないか」
「それは北の軍港から補給路を脅かした段階での話です。だが今は、大王都を落とされリスティア王国が離反、帝国軍は敵地で孤立したも同然です。だのに戦力の逐次投入という最悪な手を打ちました。これを愚かと呼ばずしてなんとします?」
「しかし、連中は交易都市を押えているぞ」
「二千人都市で四万の将兵が養えると? 早晩食料を食い尽くし、住民と戦うことになりましょう」
「他の都市から運べば良い」
「それだけの輸送能力を帝国軍本隊は有していません。たとえ各領主が協力したとしても、我が国との戦いで荷車やゴーレムの相当数を失っています。帝国軍は本国からの食料を待つか、食料がある場所へ行くしかないのです。そして前者を止められようとしているのに後者――ケファレイオ行きをしなかった。宰相殿はこの判断を賢明と思われますか?」
これ以上ごねたら「自分が愚かだ」と告白するも同然なので、初老の宰相は口をつぐむしかなかった。
ただプルデンス参謀長は一つだけ間違えていた。
帝国軍の指揮官は愚かではない。
政治将校が愚行を強いたのだが、そこまではパトリア軍の知恵袋にも想像できなかった。
外部から見えるのは「帝国軍司令部が愚かな判断をした」だけなのだから。
א
月明かりの夜道を、ルークスはイノリに走らせていた。
「船を下りてからずっとイノリにさせていて、皆と会えないから寂しいよ」
水繭の中で親友たちに言う。
特に、左肩にノンノンがいない事に強い違和感を覚えるのだ。
「ルークスちゃん、少し大人になりましょうね」
リートレが大人の声を水繭に響かせた。
走り続けて深夜を回るころ、インスピラティオーネが警告する。
「主様、間もなく敵の野営地に到着します」
「帝国のシルフは?」
「友達がもてなしております」
「じゃあ気付かれていないね」
「ですがゴーレムは動いております」
「移動しているの?」
「野営地の周囲を回っています」
ルークスは野営地に近い丘の反対側に回りこんだ。
イノリから出て丘の上から野営地を見る。
月明かりだけで良く見えないが、大きな影が動いているのは分かった。
七倍級の大きさだが細身である。
内骨格を採用した軽量型ゴーレム、クリムゾン・レンジャーに違いない。
いくつもある焚き火が野営地で、その周りを歩き回っているようだ。
焚き火を遮る際にシルエットが見えた。
「物音を立てていたら警戒にならないのに。それとも威嚇かな?」
ゴーレムがいない部隊にとっては、軽量型でも十分脅威となる。
ルークスはイノリに戻って、カリディータに火炎槍を炙らせた。
シルフに風を起こさせ、人間の視界を閉ざさせる。
「それじゃあ、新型ゴーレム同士の対決といきますか」
ルークスはイノリを走らせた。炎の軌跡を残しながら。
夜襲に気付いた帝国軍はレンジャーの足を止めさせた。
そこにイノリが突撃する。
レンジャーは前掛け程度の胸当てしか着けておらず、腹部や側面は土が露出している。おまけに盾も無い。
正面のレンジャーが両手で戦槌を持ち上げた。
イノリは右側面に回りこみ、横から突きで脇腹を突いた。
穂先を炙っていたサラマンダーは、円錐金具の背後に退避している。
鋼板を巻いて作られた金具は大型化され、裏側にカリディータが隠れられるようになっていた。
実体を持たない精霊は物理的衝撃に害されはしない。
ただ土と金属、爆裂する水蒸気という「火も可燃物も無い世界」は火精的に苦しいものだ。
火精使いでもある開発者アルティの気遣いである。
右腹部の土が吹き飛び、バランスを崩したレンジャーは横に倒れた。
背骨が上半身と下半身を繋いでいるので、大破はしたが撃破には至らない。
イノリの右からレンジャーが接近してきた。
振り下ろされる戦槌を火炎槍の柄で逸らし、右脇の下を横から突き。
右肩から右脇までの土が吹き飛び、右腕がだらりと下がった。
露わになったのは肩の球状関節と鎖骨、背骨と――肋骨だった。
人間と違って内臓が無いので、背骨は胴体のほぼ中心を通っている。
その胸部に卵型の金属格子があった。
格子の卵は人間よりやや小さく、中にも土が詰まっている。
「あんな部品が! 核をあれで守っているのか」
人間の肋骨と同じように重要部品を守っているらしい。
「王宮工房の模型には無かったな。そうか、前掛けみたいな鎧は、あの部分を守っているんだ」
胸当てと土、さらに鋼鉄の格子によって守られた核なら、戦闘ゴーレムの戦槌にも耐えられるだろう。
軽量型ゴーレムは防御力は弱いが、最重要部品は従来型より厳重に守られていた。
「核も小さいんじゃないか?」
強度を持たせるために、七倍級ゴーレムの核は人間の子供ほどの大きさがある。
肋骨との間に土があると考えると、軽量型ゴーレムの核はその半分もない。
結晶が小さい、それは最も高価な部品がより安く、より簡単に作れることを意味する。
「やるじゃないか、帝国の技術者も」
ルークスの口元が緩む。
軽量化と防御力の両立という無茶な要求だったに違いない。
それを内骨格に生物を同じ「臓器を守る」機能を持たせて実現したのだ。
そんな技術者にルークスは敬意を覚えた。
「主様、敵が接近しています」
インスピラティオーネの警告でルークスは我に返った。
「おっと考えこんでいた」
レンジャー三基が迫っており、うかうかしていると包囲されてしまう。
さらに砂塵を突いて通常型のバーサーカーも接近しつつあった。
「こちらの位置は分かっているね。コマンダーから見えるのかな?」
ノーム同士で連携しているなら、この部隊はパトリア軍に匹敵する練度となる。
左から振られたレンジャーの戦槌を火炎槍の柄で逸らせ、地面を叩かせた。
その隙に後ろに素早く下がり、イノリは包囲を脱する。
そして外縁のレンジャーの背中を突いた。
ガチっと固い手応えで、穂先が背骨に当たったのを感じた。
突き刺した周囲の土が剥がれ落ちただけで、ほぼ不発だった。
突かれた反動でレンジャーは前のめりに倒れる。
「どういうこと?」
考える暇もなく、次のレンジャーが襲い来る。
後ろに避け、左に回りこみ脇腹を突く。
左脇の土が吹き飛び、肋骨が剥き出しになる。中の土はぎっしり詰まったままだ。
そして骨組みが支えるので撃破にいたらない。
横合いから戦槌が振られてきた。
下がったところにもレンジャーが来る。
「従来型より速いだけじゃない。視界を塞いでいるのに着実に接近してくる。たまたまコマンダーが近くにいるんじゃなくて連携している!」
「主様、敵兵は混乱して逃げ惑っております。しかしゴーレムの動きは統制がとれております」
「そんな真似、グラン・ノームがいない限り不可能だ」
言ってから答えに気付いた。
「そうか、グラン・シルフがいる大部隊なんだ。グラン・ノームがいても不思議じゃないよな」
ゴーレムを一個師団も投入した、大戦以後最大の戦役なのだ。
ゴーレムコマンダーが状況を把握できなくても、グラン・ノームが「自分の影響下にないゴーレムを攻撃しろ」と命じれば、ノームは敵味方を識別して行動できる。
ルークスの父親がリスティア軍相手にやったように。
「グラン・ノームはどこだ?」
いずれかのゴーレムの内か?
「戦闘に参加しないゴーレムがいたら教えて」
しかしすぐ自分で否定した。
「こんな小部隊にいるわけないか」
いるとしたら本隊だろう。
「となると、グラン・ノームはかなりの距離で制御できる? それとも分割前の指示がいまだに有効なのか」
後者の方が納得できる。
リスティア侵攻するにあたり、帝国はリスティア、マルヴァドに加えパトリア軍も想定しているはず。
寿命という概念が無い精霊の時間感覚は、基本的に人間より遥かにのんびりだ。
一度指示されたら帰国するまでだって続けられる。
それを利用してルークスは敵シルフの妨害を「排除」ではなく「遅延」にしたのだ。
その間もレンジャーとバーサーカーがイノリに迫ってくる。
「バーサーカーがケファレイオで動かなかったのは、町に被害を出さないためだったのかな」
近づくレンジャーに攻撃を空振りさせ、火炎槍で膝を突く。
固い手応えがして、土は破裂せずに膝周りから土が剥がれ落ちた。
転倒するレンジャーを見てルークスは理解した。
「そうか。穂先の熱が骨に奪われるのか」
土は熱を伝えにくいからこそ、穂先周辺で水蒸気が一気に発生するのだ。
だが金属は熱を伝えやすい。穂先の熱を伝導という形で奪ってしまう。
たとえ土が剥がれ落ちても、骨組みが全身を維持するので撃破に至らない。
弱点の核は金属格子で火炎槍の穂先からも守られている。
「これは、手強い……」
動きが速いうえに倒しにくい。
従来型ゴーレムの敵ではない軽量型ゴーレムだが、ことイノリ相手になると最大の脅威であった。
ルークスは包囲されないよう神経を使う。
ゴーレムコマンダーからの視界を閉ざしても「グラン・ノームの影響下にないゴーレム」というだけで、向こうはイノリを特定できるのだ。
幸いレンジャーの鎧は一部だけなので、隙間を狙う必要はない。
手当たり次第に突いて次々大破させる。
「いけるか?」
そうルークスが思った途端、急にイノリがつんのめった。
右足が引っかかったらしい。
咄嗟にノンノンが左足を出して転倒を防いだ。
「何があったの?」
ルークスはイノリの顔を右足に向ける。
レンジャーが倒れたまま、イノリの右足首を掴んでいた。
鎧の部分以外は掴み潰されている。
動けないイノリに、レンジャーとバーサーカーが群がってきた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に召喚されて2日目です。クズは要らないと追放され、激レアユニークスキルで危機回避したはずが、トラブル続きで泣きそうです。
もにゃむ
ファンタジー
父親に教師になる人生を強要され、父親が死ぬまで自分の望む人生を歩むことはできないと、人生を諦め淡々とした日々を送る清泉だったが、夏休みの補習中、突然4人の生徒と共に光に包まれ異世界に召喚されてしまう。
異世界召喚という非現実的な状況に、教師1年目の清泉が状況把握に努めていると、ステータスを確認したい召喚者と1人の生徒の間にトラブル発生。
ステータスではなく職業だけを鑑定することで落ち着くも、清泉と女子生徒の1人は職業がクズだから要らないと、王都追放を言い渡されてしまう。
残留組の2人の生徒にはクズな職業だと蔑みの目を向けられ、
同時に追放を言い渡された女子生徒は問題行動が多すぎて退学させるための監視対象で、
追加で追放を言い渡された男子生徒は言動に違和感ありまくりで、
清泉は1人で自由に生きるために、問題児たちからさっさと離れたいと思うのだが……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
魔法が使えない落ちこぼれ貴族の三男は、天才錬金術師のたまごでした
茜カナコ
ファンタジー
魔法使いよりも錬金術士の方が少ない世界。
貴族は生まれつき魔力を持っていることが多いが錬金術を使えるものは、ほとんどいない。
母も魔力が弱く、父から「できそこないの妻」と馬鹿にされ、こき使われている。
バレット男爵家の三男として生まれた僕は、魔力がなく、家でおちこぼれとしてぞんざいに扱われている。
しかし、僕には錬金術の才能があることに気づき、この家を出ると決めた。
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる
街風
ファンタジー
「お前を追放する!」
ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。
しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる