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第六章 帝国のゴーレム

補給部隊強襲

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 夜通し軽量型ゴーレムを追いかけては行動不能にしていたので、ルークスが王都ケファレイオに帰還したのは翌朝だった。
 城ではリスティア軍が出動準備に慌ただしい一方で、パトリア軍のスーマム将軍は広間の端にある椅子で眠そうに座っていた。
「お帰り、ルークス卿」
 若い将軍が片手を挙げ声をかけてくる。
「寝ていないのですか?」
「リスティア軍が準備する前に出てくれと言われてね。部下は夜明け前に出発している」
「これからリスティア軍はゴーレムの回収を?」
「ああ。私は、君に挨拶してから行こうと思ってな。後から追い抜いてくれ」
「了解です」
 スーマム将軍と入れ違いにフォルティスが傭兵サルヴァージを連れて来た。
 ルークスより上背あるフォルティスも、巨漢の前では子供に見える。
「部屋は準備してあります。ゆっくりお休みください」
 ルークスが出ようとしたところに、ヴラヴィ女王が広間に現れた。
「ルークス卿、お疲れ様です」
「ああ、どうも」
「あなたのお陰で我が軍もゴーレムを持てます」
「ええ。ただ軽量型はゴーレム戦では戦力になりません。核を従来型に転用するのも難しいでしょう」
「ええと、そうですの?」
 帝国では飼い殺し状態だった少女は「核が何か」も知らない。
「今夜攻撃する補給部隊に随伴しているのも軽量型なので、本命は明後日一個師団と来るゴーレム連隊百基です。大半が従来型ゴーレムですから」
「まるで狩りにでも行くような話しぶりですね」
「戦争は狩られる危険もありますよ」
「え?」
 ヴラヴィが驚くので、ルークスは説明しようとした。その袖が引かれる。
「ルークス卿、よろしいですか?」
 フォルティスに呼ばれ、ルークスは女王に断ってから場を離れた。
 少年従者は小声で言う。
「早くお休みください。あなたは疲れているのですよ?」
「ああ、でも」
「他国君主への講義は戦争終結後でも遅くありません。今はルークス卿が休息することが最優先事項です」
 フォルティスの胃袋はキリキリ痛んだ。
 ルークスが「味方を増やす」ことを考えているのは分かるが、連日の夜襲で疲れているときにやることではない。
 ルークスは注意が向いた方向にすぐ行動が逸れてしまう。
 それまでのことなど頭からすっ飛ばしてしまって。
 アルティ=フェクスの苦労がしのばれた。
「あいつの保護者じゃない」と言いつつも尻を叩いていた少女に、少年従者は敬意さえ感じた。

 一寝入りしてから夕食を済ませ、ルークスはイノリに乗り込んだ。
「よし、作戦の第三段階だ」
 当初は第二段階が補給部隊襲撃だったが、上陸地点の変更によってリスティア新政府抱き込みが先になった。
 補給部隊を失えば、帝国軍は前進どころではなくなる。
 何しろ本隊はこの日を「占領している町を破壊するのに費やした」のだから。
 自ら補給拠点を潰す愚行に「何を血迷った?」と驚いたが、午後に出された声明でさらに驚かされた。
 ヴラヴィ女王の裏切りに対する報復――それが都市破壊の理由だった。
 その都市が女王の直轄地にあるならまだ分かるが、血縁でもない領主一族が処刑されている。
 帝国軍の行動原理はさっぱり理解できなかった。
 たとえ人的被害がゼロだったとしても、住み慣れた家を町ごと破壊された人々の悲しみはいかほどばかりか。
 しかもイチャモンでしかない理不尽な理由で、だ。
「まさか全軍で反転しなかったのは、この報復を優先したためだったりしてな」
 水繭の中で軽口を叩かないではいられないほどルークスは苛立っていた。
 ノンノンが心配するほどに。
 まさか正解を口にしたとは夢にも思わず、ルークスはイノリを走らせた。

 夜半過ぎ、水繭内にインスピラティオーネの声が響いた。
「主様、前方に友軍部隊です」
 僅かな騎兵と歩兵、ゴーレム車が進んでいる。
 スーマム将軍率いるパトリア軍戦闘集団「雲雀ひばり」は、道を外れてイノリが通る場所を開けてくれた。
 追い越す際、将兵から歓声が上がった。
「皆さん喜んでいるです」
「戦闘をルークスちゃんに任せてしまえるからよ」
 喜ぶノンノンにリートレが辛辣に言った。
「どうでもいい。敵ゴーレムをぶっ壊せばいいんだからよ」
 火炎槍の穂先でカリディータが混ぜっ返す。
「戦わずに済むなら、それが一番だけどね」
 ゴーレムの破壊はルークスにとって気鬱な作業だ。
「できるだけレンジャーは鹵獲して、輸送の護衛に利用しよう」

 そして帝国軍補給部隊をイノリは視認した。
 空は曇りがち、月が時折隠れるので、ソロス川でリスティア軍と戦ったときをルークスは思い出した。
 補給部隊は大量のゴーレム車が列をなし、合間合間に騎兵、そして列の前後と両側を軽量型ゴーレムが固め――移動していた。
 シルフによればゴーレム車は約八百、馬は百、人は千ほどらしい。
 無防備な補給部隊にとり、一番の生存策は「一刻も早く物資を引き渡してしまう」ことだ。
 故に夜を徹して移動しているのだろう。
「インスピラティオーネ、周辺警戒のシルフは?」
「友達が足止めしております、主様」
「まだ気付かれていないね。よし、始めてくれ」
 シルフに暴風を吹かせ、敵の目を潰したところにイノリは突撃した。
 狙うは車列の先頭。
 前方警戒の軽量型ゴーレム――クリムゾンレンジャーの反応は早かった。
 しかし運動性能に絶対的な差がある。
 戦槌を振り上げたところに、ルークスは一基目の下腹部を火炎槍で突いた。
 一瞬後、股間の土が吹き飛び、股関節の球体関節が左右とも剥き出しになる。
 関節周りの筋肉を失ったレンジャーは後ろに倒れた。
 王室工房からもらったレンジャーの骨格模型(肋骨は無かったが)でルークスは攻略法を見いだしていた。
 レンジャーで最も土が多く、骨が少ない部分が下腹部なのだ。
 人間のような骨盤は無く、背骨から左右に伸びる骨が大腿骨と球体関節で繋がっているだけである。
 そこなら骨に邪魔されることなく、火炎槍のひと突きで大量の土を奪えるはず。
 読みが的中してルークスはほくそ笑む。

「撃破さえ考えなければ、一撃で動きを止められるね」

 勢いを得たイノリは右のレンジャーに突き進んだ。
 戦槌は既に振り上げられている。
 無造作に間合いに踏み込む。
 振り下ろされた戦槌を、イノリは火炎槍の柄で逸らせて地面を抉らせる。
 そして無防備な下腹部を突いて大破させた。
 イノリは道路に立ちはだかり、近寄るレンジャーを次々と倒す。
 前方を塞がれ車列は立ち往生した。
 イノリを見た前方の帝国兵が逃げる。
 近づくレンジャーを大破させつつ、イノリは放棄されたゴーレム車の横を進んだ。
「主様、兵たちは逃げる際に後方に『戻れ』と言っております」
「伝言が最後尾に伝わったら面倒だな」
 ルークスはイノリを走らせた。
 途中でレンジャーと遭遇するも、相手が攻撃するより早くすれ違う。
 最後尾のゴーレム車が向きを変えている所に間に合った。
 後方警戒のレンジャーを道路に突き倒し、行く手を塞いでしまう。
 数台のゴーレム車が道路を外れた。
 物資を満載した荷車は、不整地に乗り入れるや車輪を埋めたり藪に絡められたりしてすぐ止まる。
 兵たちはゴーレム車を捨てて逃げるしかなかった。
「パトリア軍だったら荷物に火をかけるよね」
 来た道を駆け去る兵たちに、ルークスはため息をつく。
「ひょっとして物資の処分が許されていないとか? どっちにしろ助かる」
 残るレンジャーも逃げ始めた。
 イノリは追撃し、尻を突いて行動不能にしてゆく。
 最後の一基を大破させたところでインスピラティオーネが報告した。
「主様、ゴーレム車周辺から人がいなくなりました」
「じゃあパトリア軍を誘導して。急いで運んでもらおう」
 ひと仕事終え、ようやくルークスは肩の力を抜けた。
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