一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第九章 次なる戦いに備えて

夏の予定

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 ルークスにあてがわれた王城の控え室では、アルティとフォルティスが待っていた。
「ちゃんと休む――って、え!?」
 問いかけた少女は、少年に続いて入ってきた女性を見て目を点にした。
 グラン・シルフらをイノリに残しているので、護衛に精霊を付けるのは分かる。
 シルフが二人、ルークスの頭上を飛び交っているのは今までどおりだ。
 それに加えて、サラマンダーの娘が火の粉をまき散らしていた。
「どうしてカリディータが?」
 風邪でもひいて寒気がするのか、とアルティは心配になったのだ。
「なんだい、アルティは。ずいぶんとご挨拶だね」
 機嫌を損ねたサラマンダーの前で、少年は苦笑した。
「カリディータなんて今さらじゃないか」
 呆れた風のルークスは、血色を取り戻して元気そうに見えた。
 王都に到着した半日前は、憔悴しょうすいしていたのに。
 驚きのあまり混乱するアルティを気遣い、フォルティスがフォローする。
「サラマンダーが目立ち過ぎるので、アルティは驚いたのでしょう」
 既に日は落ち、窓の外は暗い。
 室内を照らすランプやロウソクよりも、サラマンダーは遥かに明るく周囲を照らしていた。
「そうなんだ。これ見よがしに精霊に護衛させることに、意味があるらしい」
 ルークスはプルデンス参謀長から策を授けられていた。
 だがアルティの関心はそこにはない。
「それで、休むのよね?」
「休むよ。陛下に言われたからね」
 あっさり言うので、少女は複雑になる。
(私がいくら言っても聞かないくせに!!)
 いけないと分かってはいるが、嫉妬の炎が燃え上がってしまう。
 自己嫌悪のあまりアルティは消沈するが、ルークスが気付かないのでフォルティスは心配になる。
「ルークス卿、王都到着時から何かあったのですか?」
 少年従者の問いかけに、少年騎士は首をひねる。事件などの心当たりは無い。
「何か、注意を向けることが見つかったのでは?」
 質問を変えられて、やっと合点が入った。
「ああ、思いついたんだ。パレード中に」
「何をです?」
「サントル帝国を倒す方法」
 不意に訪れた静寂に、ルークスは戸惑った。
 アルティもフォルティスも、目を見開いて声を失っているのだ。
「どうしたの?」
「いえ……あまりにも簡単に、重大事を言うので驚きました」
「そりゃ簡単さ、言うだけなら。何だって実行するのが難しいんだから」
 したり顔のルークスに、思わずフォルティスは突っ込んだ。
「いやいやいや、言う以前に、普通は考えつきませんよ。この百年もの間、誰も有効な方法は考えつきませんでした」
「考えついたくらいは、いたんじゃないかな? 難しすぎて実行しようと思わなかっただけで」
「一体どんな――それ以前に、我々が聞いてよいのでしょうか?」
「軍事機密だからまだ話せないね。これから軍が検討して、できるとなったら分かると思うけど」
「つまり、帝国に打撃を与えられる――そう軍は判断したと?」
「話したのは、プルデンス参謀長だけだけど」
「それで十分な気がします」
 少年たちの会話に少女が割って入る。
「とにかく、ルークスの手からは離れたのね?」
 アルティは「ルークスの意識が別に向けられた」ことだけを気にしていた。
 そしてそうだと分かると、ホッと胸を撫でおろす。
 亡父の契約精霊への怒りで、いつ爆発するか気が気で無かったのだ。
 一方のフォルティスは「ただでさえ帝国に睨まれているルークスが、さらに危険視される」と危惧きぐした。
 ルークスは「帝国最大の強み」を無効化したのだ。そのうえ帝国の弱点まで見いだしたとなれば、刺客の百人は送られてくるだろう。
 そこまでは思い至らないアルティは、ルークスが没頭しすぎる事柄を潰しにかかる。
「リスティアで熱中していた、新しいゴーレムの方はどうなの?」
「それも参謀長に任せてきたよ。軍はアルタスおじさんや王宮工房に投げるだけだろうけど。とにかく僕は、休まなきゃいけないからね」
「そう。それは――良かった」 
 ゴーレムオタクからゴーレムを手放させた女王に、アルティは敗北感を募らせる。
 それがまた自己嫌悪を招いてしまう悪循環。

「ところで、もう学園は夏休みだよね?」
 唐突にルークスが話題を変えた。
 それだけなら珍しくないが、夏休みの予定を話し出したので、またしてもアルティは驚かされた。
 ゴーレムと精霊以外にルークスが時間を使うなど、今まで無かったことだ。
 学園の図書室かゴーレム大隊の駐屯地に行く、さもなくば近辺で精霊と遊ぶのが彼にとっての長期休暇である。
 学園での講義が無くなっただけで、普段と生活は変わらないのがルークスだった。
「戦争続きで疲れた陛下に、静養してもらおうって話になってね」
 プルデンス参謀長の策は「ルークスが休んでいる姿を見せて陛下を安心させる」である。
 ルークスが寝食を忘れてゴーレムにのめり込むのを防ぐ、これ以上にない作戦でアルティを安心させてくれた。
 さらに懸案だった「ルークスが安らげる場所」問題も、パトリア軍の知恵袋は解決している。
「陛下の母君って外国生まれだったよね?」
「はい。海の向こう、インスラム王国です」
 そこは大陸の東、帝国の手が届かない場所である。
「たとえ帝国が艦隊を寄越せたところで、風を支配するルークス卿にかかれば一網打尽でしょう」
 先日は三隻の敵艦を投降させたが、三十隻でも結果は同じとフォルティスは思った。
「そうかな? 敵側のグラン・シルフが二人までなら大丈夫だろうけど、三人以上となったら――」
「とにかく、ルークス卿も陛下のインスラム訪問に同行されるのですね?」
 主人が馬鹿正直に懸念を言い始めたので、従者は慌てて話題を逸らせる。
「もちろん。それで、二人も一緒に来てもらえるかな?」
 フォルティスに異存は無いが、アルティは二の足を踏んだ。
 先ほどの自己嫌悪が尾を引いてしまい、言葉を濁す。
「僕の健康チェックのためにアルティは欠かせない、と参謀長は言うんだけど」
「同感です。私では不調が見抜けませんでしたから」
 フォルティスの後押しにアルティは抗しきれず、うなずくしかなかった。
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