一基当千ゴーレムライダー ~十年かけても動かせないので自分で操縦します~

葵東

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第九章 次なる戦いに備えて

死刑判決

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 サントル帝国の首都グラン・サントルは、公称百万人の巨大都市である。
 この帝都を遠望すれば百人中九十九人は目を疑い、残る一人は目覚めようとするはずだ。
 あり得ない光景を目にすれば、夢か幻と思うほかない。

 そんな非現実的な光景を見ることもなく、シノシュは皇宮入りした。
 国境から目隠しされたまま連行されたので、非現実な皇宮はおろか帝都の賑わいも目にしていない。
 罪状は敗戦の原因者である。
 征北軍司令ホウト元帥と連名で訴追されていた。
 それだけでも最悪中の最悪だが、帝都に到着するや状況はさらに悪化した。

 恐れ多くも皇帝陛下の前で断罪される運びとなったのだ。

 目隠しが外され、最初に見えたのは赤い絨毯だった。
 シノシュは巨大な広間を縦断する、緋色の絨毯にひざまずいていた。
 隣ではホウト元帥が大柄な体を縮こめている。
 一級市民でさえ蒼白になっているのだ。ましてや大衆でしかないシノシュは、歯の根も合わぬほど震えている。
 ひれ伏した少年の頭の中では、同じ言葉が繰り返されていた。

 どうしてこうなった?

 土の中で窒息死する予定だったのに、契約精霊に掘り返されてしまった。
 そのうえグラン・ノームは、残存ゴーレムの放棄を勝手に敵と約束し、実行してしまった。
 全てシノシュが意識を失っている間に起きたことだ。

 ゴーレム車内で息を吹き返したときは既に、全てが終わっていた。
 オブスタンティアに「どうして死なせてくれなかったんだ!」と詰め寄ったところで取り戻しはつかない。
 敗戦の責任だけでも過大だったのに、ゴーレム放棄の責任まで負わされてしまった。
 それもこれも、契約精霊が余計な真似をしてくれたからだ。
 そのうえ元帥付の政治将校は、精霊の独断専行だとは信じない。
「貴様の罪を、帝都で糾弾してやる!」
 と、事実上の死刑宣告までしてくれた。

 シノシュが避けたかった連座は、家族は全員が確実、親族まで及ぶだろう。
 罪もない幼い弟妹たちを死なせてしまう自分が、呪わしくてならない。
(どうして俺なんかが生まれてきたんだ?)
 いくら自分を呪っても、時を戻すことはできなかった。

 皇宮の謁見の間は大劇場のように広大だ。
 やたら高い天井からは赤いカーテンが幾筋も垂れ下がり、大理石の床には緋色の絨毯が入り口から一直線に伸び、正面の大階段を登ってゆく。
 最上段は舞台のようで、きらびやかに飾られた玉座が据えられ、壮年男性が頬杖をついていた。
 サントル帝国で最も尊い存在、ディテター・プロタゴニスト・アスチュース五世皇帝である。
 床に這いつくばるシノシュからは皇帝どころか玉座すら見えず、絨毯だけが視界を占めていた。
 血のように赤い毛氈に、冷や汗と涙が染みを広げてゆく様だけしか見えない。
 少年は絶望の、さらに向こうの悲劇を予想して震え続けた。

 シノシュとホウト元帥とが平伏する前で、政治将校が得々と演説している。皇帝陛下の御前で、両側から文武百官が注視する中で。
 征北軍派遣主幹、元帥付のコレル政佐だ。
 ホウト元帥に対して政佐は「進撃速度が遅い」「革新行動に非協力的」「ゴーレム車の質を意図的に落とした反党行為」などの罪状を並べ立てる。
 シノシュが知る限り、元帥はゴーレム師団長のような「素人でも分かる失態」は犯していない。
 唯一の失態とも言える戦力の逐次ちくじ投入も、政治将校の横槍が原因のはず。
 ゴーレム車の質に至っては、ゴーレムが道を荒らしたせいで乗り心地が悪化したことへの、イチャモンとしか思えない。
(一級市民様でさえこれだ。大衆の俺なんて……)
 シノシュの震えがさらに強まった。

 元帥への罪状陳述が終わり、ついに少年の番が来た。
 コレル政佐はシノシュが犯した罪を挙げてゆく。
 精霊にゴーレムを放棄させた件に留まらず、新型ゴーレムとの交戦の全てで「意図的な敗北」をし、世界革新党の指導に従わぬ反革新行為をした、など死刑相当の罪状が列挙された。
「これほどまでに重罪を重ねる退廃主義者など、同盟諸国の間諜以外にありえないのであります。斯様かような反革新分子を排出した血統など、有害血統として根絶すべきであります!」

 血統根絶!?

 覚悟していた以上の巻き添えに、シノシュの呼吸が停止した。
 親兄弟どころか祖父母、その兄弟、又従兄弟に至るまで、恐らく帝国に併合されて以降の親族が皆殺しにされるのだろう。
 尽きる事のない後悔の土砂に、少年の心は押し潰される。
 なおも熱弁を振るう政治将校の声が、ぼんやりと聞こえ続けた。

 罪状陳述が終わり、広大な謁見の間は静まりかえる。
 と、そこで聞こえたのは、ため息だった。
 玉座で頬杖を付いている皇帝陛下が、ため息をついたのだ。
「話は以上か?」
 式次第に無い発言に、列席した全員が総毛立つ。
 だが前例破りだろうと異例だろうと、至尊しそんの行為は全て正しい、それがサントル帝国の国是であった。
 一同が固唾を呑む前で、ディテター五世皇帝は予定にない発言を続ける。
「コレル政佐だったな?」
「は! 小官の名を覚えていただけたとは、天にも昇る喜びであります!」
 歓喜に顔を輝かせる政治将校に、皇帝は問いかけた。
「パトリアの新型ゴーレムの所在を知った時、貴様は何をした?」
「は? それは、リスティア大王国の背信が判明そた時でありましょうか? ならば『断固たる報復を進言した』左様に記憶しております」
「報復の具体的内容を説明せよ」
「は! 第一に大女王配下の貴族を処刑いたしました。第二に、潜伏する貴族をゴーレムにて都市ごと蹂躙じゅうりんいたしました」
「報復を急がせた理由は何か?」
「は! 直ちに罰しなければ、しつけにならないからでございます。蛮人は犬と同等であります。即座の報復により、リスティア大女王は震えあがりましてございます」
「ほう、震えあがったがゆえに『小娘は対帝国包囲同盟に加盟した』そう申すか?」
「そこまでは……蛮人の行動は、時に不条理でございますれば」
 困惑する政治将校に、皇帝は問い続ける。
「貴様は、余を裏切った小娘を『躾け』で済ませたのか? 神の代行者であり、サントル帝国の皇帝たる、この余を裏切った罰が、躾けなどという軽微な――」
「それは悲しき誤解であります! 即座の躾けは、手始めにございますれば――もちろん大女王の死刑は確定でありまして――しかし、大王都へ向かった軍勢は、この、被告人たちの失態と妨害とにより、到達し得なかったことは、まことに遺憾の極みでございます」
「敵は双方とも大王都におったのだぞ。全軍で踏み潰せば済んだ話だ。だのに貴様はそれを妨げ、一部だけを差し向けたではないか」
「それは――いきなり全軍では時間がかかる故でございます! 罰は即座でなければ、躾けになりませぬ!」
 コレル政佐は必死に言い訳をする。
 いつものように「上役を言いくるめられれば助かる」と詭弁をろうしているのだ。
 もっとも、本人以外の誰もが「死刑が確定している」ことを察していた。
 皇帝が楽しんでいる節があるため、阻止も制止もされずにいるだけだ。
 だが「口先だけで生きてきた」世界革新党員は、自分を客観視することができず、無駄な足掻きを続ける。
 そんな抵抗も虚しく、皇帝は決を下した。
「もう黙れ。戯れ言は聞き飽きた。たかだか一政治将校の躾け方針で、余の最初の外征が失敗するとは――この様な痴れ者を寄越した世界革新党には、失望したぞ」
「誤解です! 作戦が失敗したのは、この、大衆が、同盟国の間諜が、邪魔をしたからです!」
 政治将校が指す先で、大衆の少年が平伏していた。
 それを見てサントル帝国の最高権力者は言い渡す。
「心配するな。貴様と一緒に処刑してやるから安心せい」
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